洋美癌学会修正版7

HBOCの遺伝カウンセリングと
遺伝子診断受検率
仲田洋美1)2)3)4),岡本陽子1),三好康雄5),冨田尚裕6),
玉置知子1)7)
1)兵庫医科大学病院臨床遺伝部
2)香川大学医学部医学系研究科がんプロフェッショナル養成腫瘍内科コース
3)兵庫医科大学医学系研究科特別研究学生
4)元四国がんセター家族性腫瘍相談室
5)兵庫医科大学病院 外科学(乳腺・内分泌外科)
6)兵庫医科大学 外科学(下部消化管外科)
7)兵庫医科大学 遺伝学
【目的】
四国がんセンターと兵庫医科大学の2施設で、 遺伝性乳がん
卵巣がん(HBOC), 家族性大腸腺腫症(FAP), 遺伝性非ポ
リポーシス性大腸がん(HNPCC)を対象に、家系内 の発端者
として遺伝カウンセリング(Genetic counseling, GC) を受けた
患者中、遺伝子診断に至った人数を抽出 し、到達に至るまで
の問題点を探る。
四国がんセンター 2000-2011 11年 77例
検査料金:HBOC以外は研究費
GC料金:初診料10000円、再診料5000円
兵庫医科大学
2008-2011 4.5年 28例
検査料:有料
GC料金:自費(初診、再診とも3000円、
2011年より紹介の状況により3000-10000円)
【方法】
GC対象疾患
FAP HNPCC HBOC
家系の中で遺伝子診断の説明を始めて受けた
方(遺伝子診断の発端者)の遺伝子診断受検
率と、すでに変異が判明した遺伝子診断の発
端者の血縁者の遺伝子診断受検率
・GC記録より、受検しない理由の割り出し
【結果1】
家系で初めて遺伝子診断の実施についてのGCを受けた
患者(発端者)における遺伝子診断受検の割合
四国がんセンター
兵庫医大
計
GC
(人)
遺伝子診
断(人)
GC 遺伝子診 GC
(人) 断(人) (人)
遺伝子診 割合
断(人) (%)
FAP
15
6
11
6
26
12
40
HNPCC
29
12
9
6
38
18
47
HBOC
33
3
8
4
41
7
17
家系で初めて遺伝子診断の実施についてのGCを受けた
患者(発端者)数と、遺伝子診断受検者数の比較
遺伝子診断を受けた発端者の血縁者で
GCと遺伝子診断を受検した人の割合
四国がんセンター
兵庫医大
計
GC 遺伝子診 GC 遺伝子診 GC 遺伝子診 割合
(人) 断(人) (人) 断(人) (人) 断(人) (%)
FAP
2
2
6
6
8
8
100
HNPCC
1
1
7
7
8
8
100
HBOC
3
3
0
0
3
3
100
発端者の血縁者
GCと遺伝子診断を受検した人数
遺伝子診断に関するGCと遺伝子診断
を受けた方の集計(患者、血縁者)
四国がんセンター
兵庫医大
計
GC 遺伝子診 総GC 総遺伝子診 割合
(人) 断(人) (人) 断(人) (%)
GC
(人)
遺伝子診
断(人)
FAP
17
8
17
12
34
20
60
HNPCC
30
13
15
12
35
25
70
HBOC
36
6
8
4
44
10
22
遺伝子診断に関するGCと遺伝子診断を受けた
方の集計(患者、血縁者)
【まとめ1】
1.FAP(APC遺伝子)とHNPCC(MSH2 , MLH1 , MSH6,
PMS2遺伝子)では、遺伝子診断の発端者は約40%が
GCの後に遺伝子診断を受けた。
2.施設間の違いとしては、FAP, HNPCCでは遺伝子検
査が無料か有料かがあり、これは受検率に関係しない
ことが示唆された。
3.遺伝性 乳が ん・卵巣がん(HBOC)(BRCA1/2遺伝子)
では遺伝あ子検査受検率が17.5%と低い。
4.HBOC遺伝子検査は両施設で有料でしかも高価であ
る。
このような状況より、HBOCで遺伝子検査の受検をしな
い理由をGC記録より解析した。
【結果2】
HBOCとして紹介されたが、GC後に遺伝子検査受検率
が少なかったことについて
・兵庫医大では母数が少ないが、GC予約時に遺伝子診
断価格を聞いて受診しなかった方が複数名あった。
・価格が高いことについては、GC時に全員が何らかのコ
メントをした。
・GCの際に、下記の因子が抽出された
①高価な遺伝子診断価格に対して支出することが、自
分自身で決定できる立場かどうか
② GCで十分に説明している「診断率が70%程度」とさ
れることをことへの反応ではないか
①価格と自分自身で決定できる立場かどうか
①-A. 実施に至ったのは、計7人。
・主体的に意思決定ができ、支払能力がある
・配偶者からも勧められている
・乳腺外科主治医からの強い勧め
「自分の状況は自分で把握しておきたい」3名
「娘がいるから」 1名
「強く主治医にすすめられたから」 2名
①-B.実施に至らなかった方
・家庭での自分の決定権が及ぶ以上の高額な検査料金
「高価で保険がきかないから」 4名
・遺伝子診断結果が家族に及ぼす影響を考えるとその
場で意思決定ができない
「家族にも遺伝子診断結果が影響するから」 2名
「受けたくない検査は受けず、自助努力による早期発見
を考えたい」2名
・受診理由が「遺伝子検査希望」であっても「主人に相談
してみます」という状況でGCが終了した場合再受診なし。
☆男性の場合、女性ほど深刻でないため、妻に相談され
ても積極的に受けるように勧めていない可能性あり。
☆体表臓器の乳腺が主体で自助努力による早期発見の
可能性があるため、主人に相談もしていない可能性あり。
②診断率が70%程度とされることをGCで十分に説明して
いることへの反応。
⇒ 価格面からすでにnegativeな印象を持っていること
に加えて、
・他の遺伝子診断率とくらべて10%程度しか低くないが、
「診断率が100%が当たり前」という思い込みを否定する
説明
・遺伝子診断で変異がなくてもHBOCである状態にかわり
がないことをGCで十分に説明していることへのnegative
な反応?
A.受けた方:「わかる可能性があれば受けておいて、変
異が見つかったらpositiveな行動を起こす」
・母が卵巣がんで死去したため、変異があれば予防的卵
巣切除なども視野に入れて対応したい。
・わかれば娘のためになる。
B.受けない方: 「絶対わかるわけではないのですね」
【まとめ2】
HBOC遺伝子検査を受けることについての
意思決定には
1.経済的な制約が大きいと推測された
2.それ以外の問題点を広く明らかにする
必要がある
【HBOCでの低受検率の原因考察】
1.F AP・HNPCCの疾患概念が消化器科医師に
浸透している
①FAPは認識されてからの時間が長い。 HNPCC
はFAPと対照される疾患として認識され、双方とも
治療方針が消化器科師に周知されている。
②遺伝形式にも十分な説明がなされている。
③その後の遺伝カウンセリング受診であるために、
すでに選択された患者、家族のみが受診してい
る可能性あり。⇒遺伝子診断の高受検率
2.FAP,HNPCCと比較して「HBOCが遺伝性疾患」
との認識が未だ不十分
遺伝子診断への紹介・問い合わせは、乳腺外科
医より(兵庫医大) で、他科からは無。医師への
啓発状況も専門性によって異なっている可能性。
3.家族性発症の確認が不十分
家族発症の有無を目的とした詳細な家族歴聴取
には時間と労力がかかる。忙しい日常診療にそ
れだけの労力が割けない。
4. 四国がんセンター分では、遺伝子検査体制
が整う前の症例が半数近くと多く含まれているた
め、全体として受検率が低下した。
【提言】
1. 詳細な家系情報を得るための、家系の1次、2次、3次
聞き取りシステムの提案
1次:患者自身が記載。乳線科での初診時の問診に、第
2度近親までの情報を得ることを標準化。乳がん学会に
家族歴を含む問診票を提案。
2次:医療スタッフによる聞き取り。HBOCに該当すれば担
当医ががんの種類・発症年齢等を確認。患者(疑い含
む)が3人あれば3次に紹介。
3次:遺伝カウンセリング。専門的に詳細な家系の聴取。
人的資源として、認定遺伝カウンセラーの専門性を生か
した参画など。
2.三次:遺伝カウンセリング(GC)
1)GC担当医は、家系の確認、さらに詳細な家系情報の
聞き取りを通じて、どの遺伝子の検索が適切なのか判断。
2)遺伝子診断を受ける場合のメリット、デメリットには十分
な説明と意思確認がおこなわれるが、遺伝子診断を受け
なかった場合のデメリットの説明は不十分なことが多い。
治療選択に必要な検査であることの説明。
①術式の選択:乳房保存希望⇒生殖細胞系列遺伝子変
異が無いことが望ましい。(乳癌学会ガイドライン(2011):
変異があれば同側乳房内の再発リスクが高まるため乳房
切除術が望ましい)
②治療薬剤の選択: PARP阻害剤適応⇒生殖細胞系列
BRCA遺伝子変異のある場合のみ。(PARP阻害剤の臨床
導入が目前)
3)患者さんの詳細な家系情報、個人的な状況への配慮。
特に遺伝子診断を受けたくても受けられない方への配慮
と、optionの提示をしっかり。
① GC時の詳細な家族歴聴取で、患者自身が初めて家
系の状況を正確に理解される状況が多い。
患者側も、家系情報を積極的に聞かれない場合には、話
したり思い出したりするきっかけがつかめない?
② Stigmatizationの回避。家族への十分な説明とケア。
③ 遺伝子検査料金が高価すぎて支払えない患者さん
への配慮、フォローの指導。
今後の受診を拒否しないように配慮。
3.BRCA変異と関連性の高いトリプルネガティブ乳がん
TNBCに限り医療費助成が必要
①BRCA1,2の日本人に多い変異の遺伝子検査について
の保険適応、もしくは医療費助成の検討が必要。
②遺伝子検査前1回、結果説明1回のGCも保険適応に含
む(施設限定)。
⇒近親者のスクリーニングに関係する重要情報である。
がんは早期発見・早期治療が可能。
③保険適応、もしくは医療費助成の論拠として、PARP阻
害剤や、早期発見・早期治療が保険診療に及ぼす費用
対効果、医療費削減が可能かどうかの検討。
⇒モデル作成のためHBOCの患者の集計が必要
4.HBOC患者会の設立、すでにある患者会と連携して、
遺伝子診断の実態を知り、今後の具体的な支援のあり方
を考える
・患者やその家族への全国的なアンケート調査を施行
・患者自身が将来に関わる自己決定をするためのプロセ
スの援助:Stigmatizationを克服し疾患を正確に理解。
・患者の理解をはかる以外に、一般の教育があってこそ。
多様性を認める成熟した社会の形成が必要。
☆ 中等・高等教育課程での生物学における遺伝学に割
かれる教育時間が世界でも最少クラスのレベルにあるこ
との改善など日本人類遺伝学会と連携。
(欧米400ページ。本邦3行。)
4.担当医の役割の重要性を担当医に啓発:HBOCに関
わる米国のアンケートでは、遺伝子診断の説明は医師
から受けたいとの結果が出ており、担当医の重要性が
認識されている。
・FAP,HNPCCと同じく、担当医の役割が重要と考えられ
る。
5.日本版遺伝情報保護法の検討が必要。