半導体電子正孔系での相分離過程に対する近接場光学応答理論

半導体電子正孔系での相分離過程に対する近接場光学応答理論
石川
陽 (山梨大学大学院医学工学総合研究部)
1.研究背景と目的
半導体電子正孔系においては、励起子・電子正孔プラズマ・電子正孔液体などへの相分離過程が
光学応答スペクトル変化として観測されているが、現状では空間平均化された情報しか得られてい
ない。しかし、近年では近接場光により電子状態実空間情報も観測されており、近い将来に相分離
過程の実空間情報へのアプローチも可能になると予想される。本研究の目的は、半導体電子正孔系
における非平衡ダイナミクス理論を現象論および微視的立場から構築し、相分離過程に対する時空
間分解光学応答理論を確立することである。さらに、本研究を半導体電子正孔系における一般的な
非平衡現象へ適用し、電子相関と非平衡性に関する新概念の発見を目指し研究を行なった。
2.本研究の成果:電子正孔系での相分離過程に対する時空間分解光学応答理論 [1]
電子相関や光との相互作用を全て厳密に扱う微視的理論は煩雑になるので、本研究では、相分離
過程に対しては時間依存 Ginzburg-Landau 理論を基にした現象論を、時空間分解光学応答に対して
は Wigner 表示による半導体ルミネセンス方程式の微視的理論をそれぞれ適用した。
図1(a)(b)と図2(a)(b)は、寿命が無限大と有限の場合における相分離過程と空間平均化された
吸収スペクトル変化である。寿命が有限であれば、図2(a)のように励起子相の鋭いピークと電子
正孔プラズマ相の幅広い利得帯が共存したスペクトルが得られ相分離過程を議論できるが、寿命が
有限になると、図2(b)のように利得帯しか観測できなくなり相分離を議論することが困難となる。
図3(a)(b)(c)と(d)(e)(f)は、それぞれ図2(a)と(b)に対応した実空間分解吸収スペクトルの時間
変化である。寿命が無限大の場合に限らず寿命が有限の場合でも、スペクトル形状(幅)によって
励起子ピークとプラズマ利得帯領域への相分離が明瞭に判断できる。すなわち、本研究の時空間分
解光学応答理論が半導体電子正孔系での相分離過程の理解に対して有用であることが示された。
図 1. キャリア密度分布の時間変化
図 2. 吸収スペクトルの時間変化
(a) 寿命が無限大 (b)寿命が有限
(a) 寿命が無限大 (b) 寿命が有限
図 3. 実空間分解吸収スペクトルの時間変化.(a)(b)(c) 寿命が無限大
(d)(e)(f) 寿命が有限.図中の実線は値 0 の等高線を表わしている.
3.派生した研究成果 I:半導体電子正孔系の光学スペクトルと非平衡励起子密度分布の関係
非平衡状態における多体効果によって変調された励起子基底を新しく定義することで、公募研究
で用いた半導体ルミネセンス方程式を拡張し、発光・吸収スペクトルと非平衡励起子密度分布の関
係式を微視的に導出した。
この成果は、
熱平衡系での KMS 関係式を非平衡系へ拡張したものであり、
半導体電子正孔系における光学応答の、特に非平衡的な特性を理解する上で有用であることが期待
される。この研究は秋山英文教授(東京大学)と小川哲生教授(大阪大学)との共同研究である。
4.派生した研究成果 II:光近接場を利用したスピン依存励起移動の理論 [2]
公募研究で用いた光子場と相互作用する半導体電子正孔系でのキャリアダイナミクス理論およ
び光近接場の概念を応用し、スピン依存励起移動の微視的理論を構築した。希薄磁性半導体と非磁
性半導体からなる多重量子井戸構造において、磁場によるゼーマン効果を利用した励起移動ダイナ
ミクス制御のメカニズムを解明した。この研究は、本研究代表者の所属する山梨大学の理論・実験
グループとの共同研究である。
5.今後の展望等について
公募研究課題「半導体電子正孔系での相分離過程に対する近接場光学応答理論」に対しては、今
後、現象論の微視的な意味付けと光近接場プローブ効果の導入を検討している。また、非平衡系へ
拡張された KMS 関係式の実際の問題への応用を進める。さらに、公募研究で用いた非平衡時空間キ
ャリアダイナミクスの微視的理論手法を、新物質や新現象へ適用する共同研究も進めている。
参考文献
[1] A. Ishikawa, Eur. Phys. J. B 86 (2013) 41.
[2] T. Suwa, A. Ishikawa, T. Matsumoto, H. Hori, and K. Kobayashi, Phys. Scr. T151 (2012) 014054.