市場の実態に合わせた金融包摂のあり方の一例

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市場の実態に合わせた金融包摂のあり方の一例
執筆:ファイク・サディク
(Faiq Sadiq)
、Habib Bank Limited、支払サービス部門責任者
パキスタンにおける正式な金融サービスの浸透度は、正式な銀行口座の
これは残念なことです。貯金は有意義なことであり、銀行を利用できれば、
う
保有者が人口の 10% つまり約 1,800 万人にすぎないと世界銀行が推定し
まく運用して利益を得ることさえ可能であるにもかかわらず、彼らの多くは、
ているように、長い間、同地域の近隣諸国と比べても低い水準が続いてきま
銀行のビルに足を踏み入れて相談に乗ってもらう行為を思い浮かべるだけ
した。しかし、携帯電話は急速に普及しており、現在では 1 億 3,100 万人以
で萎縮してしまうのです。正式な教育を受けておらず読み書きができない人々
上の市民が所有していることから、国内の銀行の間では、無店舗型バンキン
にサービスを利用してもらうのは、さらに難しい課題となります。なおこの
グ
(包摂型バンキング)を主要チャネルの一角に据える動きが活発化して
点は、頻繁なやり取り
(モバイルバンキングなら可能です)
を通じて信頼を築
います。パキスタンで最大かつ最古の金融機関である HBL(Habib Bank
くことが非常に重要である理由のひとつでもあります。
では、モバイルテクノロジーを活用して、いわゆる「非銀行利用者
Limited)
層」に基本的なサービスを提供すること以上の、革新的なバンキングサー
また、銀行がこれまで非銀行利用者層にサービスを提供できなかったもう
ビスを実現しようとしています。金融包摂を進めて貧困層や農村地帯の住
ひとつの理由は、一人ひとりの預金額が少ないため、従来の支店中心のモ
民を取り込むだけでなく、あらゆる人々に便利なモバイルバンキングサービ
デルで金融サービスを提供しようとしても、口座の開設 / 管理コストに見合
スを提供し、誰もが自分の生活設計をコントロールできるようにすることを
う利益を上げることが難しいことにありました。
目標に掲げているのです。
そしてこの部分こそが、モバイルテクノロジーが(無店舗型バンキング戦略
パキスタンの銀行はこれまで、国内の低所得層に的を絞った対応を明確に
の一環として)
、
この国の金融サービス変革を担うことになった領域です。モ
打ち出すことがありませんでした。この層は総人口の約 60%を占めており、 バイルバンキングなら、銀行はこの人口セグメントに特化して設計および価
巨大な潜在市場であることは明らかですが、対応の難しさがネックになって
格設定したサービスを無理なく提供することができます。
きたのです。
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パキスタンのモバイル普及率が 75% 近くに達していることを考えると、非
要因のひとつとして、この「非銀行利用者層」と呼ばれるセグメントに属す
銀行利用者層に優れたコスト効率でサービスを提供して新たな収益源を
る人々は、銀行サービスそのものに全く馴染みがありません。また、この層
生み出す巨大なチャンスが広がっていることは明らかです。
に属する人々の多くが、未知のサービスをなかなか信用しようとしないこと
も、状況を複雑にしています。
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公共料金の支払は、大量の利用が見込めるサービスです。非銀行利用者層だけでなく国全体が、
手作業による紙ベースのソリューションから脱却することになるからです。
小さく始め、大きく考える
言い換えると、どこで暮らしているかによらず、すべての国民の間でモバイ
ルバンキングや決済サービスを利用したいという関心(さらには熱意)
を醸
パキスタンのモバイル事業者や金融機関はモバイルバンキング戦略の黎
成することは、パキスタン全体が新しい時代へと踏み出して大きな進歩と
明期にあり、取り組みの段階も各社さまざまです。現時点で最も重視されて
優れた効率を実現するための、最初のステップと考えることができます。
いるのは、送金と公共料金の支払です。これらは幅広い訴求効果が見込め
る二大サービスであると同時に、モバイルバンキングが消費者の生活の重
要な一部となることから、モバイルバンキング全体の信頼感を高める効果
斬新な発想の必要性
も期待できます。
HBL では、送金および公共料金の支払という 2 つのサービスについて、す
もう少し明確に説明すると、今のところ、送金は銀行内送金と銀行間送金に
でにパイロット版を運用しており、2013 年第 3 四半期に商用運用を開始す
限られており、同一銀行の本支店ネットワーク内の異なる店舗間で送金す
ることを計画しています。これらのパイロット版は、
ブランド名を冠したわけ
ることと、パキスタン国内で営業する異なる銀行間で送金することだけが可
でもなく、積極的なマーケティングも行わなかったにもかかわらず大成功を
能です。モバイルバンキングでは国際送金は利用できません。
収め、取引額と収益がともに当初の期待を大きく上回りました。
公共料金の支払は、大量の利用が見込めるサービスです。非銀行利用者層
またパイロット版によって、
テクノロジーではなく利用者を優先して考えるこ
だけでなく国全体が、手作業による紙ベースのソリューションから脱却する
との重要性も実証されました。人々が求めているのは使いやすさと効率性
ことになるからです。これはパキスタン経済に大きな飛躍をもたらしますが、 であり、モバイルテクノロジーはまさにそれを提供することができます。ただ
より重要な点は、新たなエコシステムの形成と、利用者の態度の変化への
残念ながら、HBL はこうした利用者の要件への対応に関しては、今のとこ
道が開かれることです。つまり、
これらの二大サービスの相乗効果によって、 ろ少しばかり苦戦しています。非銀行利用者層の社会への参画を促すことで、
近い将来、その他のモバイルバンキングサービスや決済サービスを導入す
パキスタンの所得水準を引き上げようとする当行の挑戦および金融業界全
るための理想的な条件が整備されることになります。
体の取り組みを、国の金融規制当局は全面的に支援してくれていますが、
国内のモバイル事業者については同じ状況にあるとは言えません。
携帯電話による料金支払のメリットを理解した利用者は、
モバイルバンキン
グによって生活を改善できる方法が他にもいろいろあるのではないかと容易
事実、モバイル事業者は、巨大市場である従来型の携帯電話ユーザーにモ
に想像できるようになります。たとえば、モバイルバンキングなら自分も口座
バイルバンキングサービスを提供する目的に関しては、USSD 1 チャネルを
に預金できるのではないか、あるいは、携帯電話を使って他の取引や投資さ
銀行に供用しないことを選択しました。そして、
これによって HBL はアプロー
えも行えるのではないか、などと自問自答するようになるのです。どのような
チの再考を迫られることになりました。私たちが必要としていたのは、利用
変化も、多くの人々の支持が得られた時点から一気に加速することを私たち
者が快適に利用および満足できると同時に、金融機関にとってコスト面で
は経験から知っていますから、
こうした受容の広がりは極めて重要です。
折り合うモデルでした。IVR2 を検討しましたが、安定したシステムと音声認
脚注
1. USSD:Unstructured Supplementary Service Data。携帯電話間でテキストメッセージを交換する技術のひとつ。
2. IVR:Interactive Voice Response(自動音声応答装置)
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識ソフトウェアに多額の投資が必要となることから、却下されました。その
の被災者に対する支援を、政府や多国籍組織が効果的に管理および配分
ため、通信事業者を選ばないアプローチを開発することを決断し、モバイル
するための機能とインフラを整備することも、金融包摂の取り組みの大きな
データ通信と Wi-Fi を通じてアクセス可能なスマートフォン用のアプリを
部分を占めています。
利用することにしたのです。
パキスタンはこの領域で現在までに大きな前進を果たしており、たとえば
国民の利益のためには銀行とモバイル事業者の連携が不可欠ですから、
そ
2012 年 10 月にハリケーン「サンディ」の被害を受けた米国なども含め、他
の後、規制当局が動いて両者の対話を求めました。そしてモバイル事業者
の国々が災害救援活動を行う際の参考となる貴重な事例を提供しています。
に対しては、金融機関が自社のモバイルネットワークを使ってモバイルバン
もちろん、
まだまだ課題は多く、関係者全員が実践から学んでいる状況です。
キングサービスを提供できるようにするまでの道のりを示す、具体的なロー
直近の自然災害を見ても、パキスタンの救援能力がまだ十分でないことは
ドマップの策定を求めました。もちろん、HBL をはじめとする金融機関は、 明らかです。自然災害の発生時には、一部の銀行や機関ではなく国中の
ただ待っているわけではありません。HBL では、先ほど触れたサービスを立
組織が一丸となって、被災者が食糧や医薬品を購入したり自宅を再建した
ち上げる予定ですし、
その他にも多くの計画が進行中です。
りできるように、社会のあらゆる階層の人々に支援を行き渡らせるための
エコシステムを確立しなければなりません。
独立から 60 年以上も経ち、人口が 1 億 9,000 万人を超えるパキスタンに
より大きな目標に向けて
おいて、45 行以上ある銀行のすべてを合わせても利用者が 1,800 万人し
HBL では、モバイルバンキングサービスを提供するチャンスだけを見てい
かいないことを考えれば、パキスタンにとって金融包摂が極めて重要な取り
るのではなく、もっと大きな視野で現状を見ています。金融包摂の延長線上
組みであることを理解していただけると思います。非銀行利用者層を金融
にある、はるかに遠大な目標を達成することを目指し、革新的な商品やサー
システムに取り込むことで実現するのは、安心して貯蓄でき、住居、教育、老
ビスを投入するチャンスが存在することを、はっきりと見据えているのです。 後といった人生設計を立てやすくなる結果として、利用者の生活の質が改
こうした観点からすると、モバイルバンキングは、パキスタンが地域の近隣
善されることだけではありません。繁栄および成長という共通の目標に向け
諸国との格差を解消し、ひいては同様の成果を達成しようと努力している
て、すべての国民がステークホルダーとして積極的に努力できるようになる
世界中の国々にひとつのお手本を示すために利用できる、さまざまな手段
結果として、パキスタンの将来の安全と安定を追求できるようになるのです。
のひとつにすぎません。
しかし、まずは、金融包摂に関する私たちのビジョンを理解することが重要
ファイク・サディク
(Faiq Sadiq)は HBL に 22 年間勤続し、主な職務は、支
です。
払サービス部門の戦略の指揮監督、
クライアントの開拓とクロスセルの推進、
HBL の支払サービスを利用する企業 / 金融機関クライアントの満足の確
ごく基本的な意味では、金融包摂とは、すべての人々に質の高い金融サー
保に努めることです。HBL 社内で要職を歴任し、教育や性別に関連した諸
ビスを無理のない料金で提供し、将来の生活設計に関する意思決定を誰
問題の解消につながるような革新的な融資オプションを検討することを目
もが確かな情報に基づいて的確に行えるようにすることに、的を絞り込ん
的とした、国連および UNESCO の委員会にも参加しています。
だ取り組みです。しかしパキスタンの場合は、洪水や地震といった自然災害
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