煙流動予測モデルの 一酸化炭素濃度予測アルゴリズムの比較検討

煙流動予測モデルの
一酸化炭素濃度予測アルゴリズムの比較検討
―区画火災の模型実験データを通して―
Comparative study of smoke transport models in prediction of carbon
monoxide concentrations during under-ventilated regime of a
compartment fire, based on reduced scale experimental data
橋村
征(K112612)
Tadashi Hashimura (K112612)
が一酸化炭素濃度予測計算のアルゴリズムが異な
る。また FDS(Fire Dynamics Simulator)は CFAST
と同じく NIST が開発・公開、CFD(Computational
Fluid Dynamics)による火災性状シミュレートに特
化したモデルである。なお、CFAST の開発は終了
しているが最新版の Ver.6 を、FDS は現在配布中の
Ver.6 を使用した。
モデル名
計算法 備考
BRI2002
2 ゾーン
日本、建築研究所で開発
CFAST
2 ゾーン
米国、NIST で開発
(National Institute of Standards
and Technology)
FDS
同上
CFD
表 1 研究に使用した煙流動予測計算モデル
1.4. 煙流動予測モデル比較検討の手順
煙流動予測計算モデルの比較検討手順を図 1 に示
す。木材クリブを燃焼した区画模型実験で計測した
重量減少速度を BRI2002, CFAST, FDS 各モデルの
火源に入力、一酸化炭素濃度の予測計算を行う。一
酸化炭素濃度の実験観測値と予測計算値を比較しモ
デルの一酸化炭素濃度の予測性能を比較検討する。
Volume concentration
Comparison
CO volume concentration
Time
Calculation Model
Time (s)
Experiment
Time (s)
Mass loss rate
Input
Calculation
・BRI2002
・CFAST
・FDS
Output
Volume concnetration (%)
Volume concnetration (%)
Reduced scale
model experiment
Mass loss rate (kg/s)
1. はじめに
1.1 研究背景
本研究は住宅火災に関連するものである。住宅火
災の統計データ分析結果[1]によれば、火災による死
者全体のうち約 46%が一酸化炭素中毒・窒息によ
り、約 43%が火傷により死亡しているころが分か
る。次に出火時に火災室以外の場所に居て死亡した
人の死因を調べると、一酸化炭素中毒・窒息により
死亡している人の割合が約 61%となり、住宅火災
全体と比較して 17 ポイントと大きく増大してい
る。しかし、出火時に火災室以外の場所に居た人が
どれくらいの時間でどれくらいの濃度の一酸化炭素
を吸入して死に至るかというストーリーに対する理
解は進んでいないのが現状である。
区画火災では換気支配型燃焼時に高濃度の一酸化
炭素を含んだ煙が火災室で発生し廊下を介して別室
に輸送されるのを Hartzell[2]が実験で確認してい
る。しかし、実大規模の火災実験で火災室から離れ
た場所の一酸化炭素濃度を計測した研究や少なく、
また、数値計算による一酸化炭素濃度の予測検証も
ガス燃料や液体燃料を燃焼した実験の検証事例は見
つけられるが、実火災に近い固体燃料で行った事例
が少ないのが実状である。
1.2 本研究の目的
本研究では、一般的に使われている煙流動予測計
算モデルを使用し、木材クリブを燃やした区画模型
実験のデータを通じて一酸化炭素濃度の実験観測値
と予測計算値の比較から、煙流動予測計算モデルが
持つ一酸化炭素予測計算アルゴリズムの特徴とその
予測性能を工学的用途への使用を念頭に比較検討す
ることを目的とする。
1.3 比較検討した煙流動予測モデル
一酸化炭素濃度を予測計算するにあたり、
BRI2002, CFAST, FDS の 3 種の煙流動予測モデル
を使用した。各モデルの概要を表 1 に示す。
BRI2002 は国内の建築研究所で開発され、2 ゾーン
モデルで計算を行う。CFAST(Consolidated Model
of Fire Growth and Smoke Transport)は米国の
NIST(National Institute of Standard and Technology)が
開発、BRI2002 と同じ 2 ゾーンモデルで計算を行う
Time (s)
Calculation value
図 1 煙流動予測計算のモデル比較検討手順
2. モデルの比較検討にあたり予測計算した実験
2.1 予測計算の対象にした実験の背景
区画火災における換気支配型燃焼時の一酸化炭素
の収率が Equivalence ratioΦの関数になるという
Global equivalence ratio(GER)モデルの検証を目
的として模型区画内で木材クリブを燃焼した実験を
た。Gottuk の研究[7]を参考に一酸化炭素の収率をΦ
が 1 を越えた時と 0.5 を越えた時および計算開始か
ら終了まで固定する 3 パターン行った。3 パターン
の収率切り替えの概念を図 3 に示す。
0.25
0.23
0.20
CO yield
行った[4,5,6]。計測した区画内の一酸化炭素濃度、区
画内外への流出入空気量、および燃料の重量減少速
度を検証した結果、Equivalence ratioΦの値が 1
を越えて定常的な換気支配型燃焼になると、一酸化
炭素の収率が 0.23 に収束することが分かった。
2.2 予測計算対象とした実験の開口条件
一酸化炭素濃度の予測計算を行った実験の区画模
型詳細図を図 2 に、区画正面に設けた開口の条件を
表 1 に示す。Case1 は縦長の通常開口である。
Case2~4 は図 2 に示すとおり上下に同じ大きさの
開口を設け、高さは固定し横幅を変数としている。
0.15
0.10
0.05
0.00
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
Equivalence ratio φ
Case, No
開口数
幅[mm]
高さ[mm]
1
縦長 1 開口
275
450
2
上下 2 開口
140
60
3
上下 2 開口
275
60
4
上下 2 開口
550
60
表 2 一酸化炭素濃度予測した模型実験の開口条件
2.3 一酸化炭素濃度計算のアルゴリズム
BRI2002 では、随時高温層の Equivalence ratioΦ
の値を計算、このΦの関数となるパラメータより一
酸化炭素の生成を計算している。CFAST は任意の
時間、値で一酸化炭素と二酸化炭素の生成重量比を
ユーザーが制御し一酸化炭素の生成を計算してい
る。FDS では、計算開始から計算終了まで設定が固
定されるが、ユーザーが設定した任意の一酸化炭素
の収率あるいは燃焼の化学反応式に基づいて一酸化
炭素の生成を計算している。
3. 濃度予測計算に際する各モデルの設定
3.1 重量減少速度データの加工
各煙流動予測計算モデルの火源には区画模型実験
から測定した重量減少速度を直線近似したデータを
入力した。
3.2 BRI2002 の設定
一酸化炭素濃度の予測計算にあたりプログラムの
変更は行わず現行のまま使用した。燃料は BRI2002
中のデフォルトの木材を設定した。
3.3 CFAST の設定
一酸化炭素濃度の予測計算に、区画模型実験から
得た換気支配型燃焼時の準定常状態では一酸化炭素
の収率が 0.23 に収束するという結果を取り入れ
た。実験で観測された準定常状態時の一酸化炭素お
よび二酸化炭素の濃度値を標準条件として抽出し、
一酸化炭素と二酸化炭素の重量比に変換、設定し
6
CO volume concentration (%)
図 2 区画模型詳細、断面および正面
図 3 CFAST、Equivalence ratio(Φ)と収率の切り替え
3.4 FDS の設定
FDS は、燃料の化学種が 1 種類と仮定し一酸化炭
素の収率を設定する方法をとった。収率の値は
CFAST と同じく 0.23 とした。なお FDS ではΦの値
による収率の切り替えが出来ず計算開始から終了ま
で固定される。従って、着火初期の燃料支配型燃焼
時においても一酸化炭素の生成が計算される。ま
た、木材クリブの燃焼を重量減少で制御する事が不
可能であるため、火源は木材クリブと同じ化学式を
持つ仮想ガスを燃料とする仮想のガスバーナーを設
置し重量減少速度により制御した。比較対象とする
一酸化炭素の濃度値は BRI2002, CFAST の出力がゾ
ーンの値であることに考慮し、床上 40 ㎝から 20 ㎝
間隔で区画前、中央、後方に設定した 12 個のプロ
ーブから出力される値の平均値とした。
3.5 CFAST の収率切り替えタイミングの選択
収率の切り替えパターンを変えた予測計算値と実
験観測値を図 3 に示す。濃度値の時間変化に注目す
ると、Equivalence ratio(Φ)の値 0.5 で収率を切り替
えた計算が実験値により近い濃度変化を再現出来て
いることが分かる。今後の比較はΦ=0.5 で収率を切
り替えたパターンの計算結果で行う。
Experiment
5
4
3
fix
2
1.0
1
0.5
0
0
200
400
600
800
1000
1200
1400
Time (s)
図4
Case 1 による収率切り替えタイミングの比較
CO concentration (vol %)
7
6
CFAST
5
140%
予測計算値 / 実験観測値
4. 一酸化炭素濃度の予測性能の評価
4.1 一酸化炭素濃の予測計算値のモデル間比較
各モデルによる一酸化炭素濃度の予測計算値と実
験観測値を比較した。Case1 の比較結果を代表とし
て図 5 に示す
120%
100%
80%
60%
FDS
40%
20%
Experiment
4
CFAST
BRI
0%
Case1
3
FDS
2
1
Case2
Case3
Case4
図 7 一酸化炭素濃度ピーク平均値モデル別評価
BRI2002
120%
0
400
600
800
1000
1200
1400
Time (s)
図5
Case 1、各煙流動予測計算モデルによる一酸化炭素
濃度の実験観測値と予測計算値の比較
4.2 一酸化炭素濃度予測性能の評価方法
予測計算モデルの一酸化炭素濃度予測性能を評価
するために、予測計算結果を評価した。図 6 に評価
方法のイメージ図を示す。実験の換気支配型燃焼時
の一酸化炭素のピーク時の濃度を基準とした同時間
帯の予測計算濃度平均値の評価、同じく実験の一酸
化炭素濃度が 0.1%に達した時間を基準として予測
計算濃度値が 0.1%に達した時間の評価、この 2 点
についてスコア化した。
図 6 一酸化炭素濃度予測結果の評価方法イメージ
4.3 予測計算による一酸化炭素濃度値の評価結果
一酸化炭素濃度の実験と予測計算のピーク平均値
を比較評価した結果を図 7 に、濃度が 0.1%に達し
た時間を比較評価した結果を図 8 に示す。BRI2002
による計算結果は濃度が全体的に低く、濃度が上昇
する時間も全体的に実験より早くなっている。
CFAST による計算結果は、濃度は平均的に実験値
に近く濃度が 0.1%に達する時間も BRI2002, FDS よ
りも実験に近くなっている。FDS による計算結果
は、縦長開口の Case1 や開口幅の狭い Case2 では実
験の半分以下の値となっているが、開口幅が広がっ
た Case3,4 については実験に近い値を得ている。濃
度が 0.1%に達する時間は全ケースとも実験より早
い。
予測計算値 / 実験観測値
200
100%
CFAST
80%
60%
40%
BRI
FDS
20%
0%
Case1
Case2
Case3
Case4
図 8 一酸化炭素濃度変化開始時間モデル別評価
5 モデル別一酸化炭素濃度予測性能の考察
5.1 BRI2002 の一酸化炭素濃度予測性能
BRI2002 による一酸化炭素濃度の計算結果が実験
より全体的に低いことについて原因を調べた結果、
一酸化炭素生成速度を決定する煙層中の
Equivalence ratioΦ[8]の値に問題がありそうなことが
分かった。図 8 に Case2 の実験と予測計算によるΦ
の時間変化を示す。Φの値で換気支配型燃焼に移行
しているか否か判断するが、予測計算では常にΦが
1 未満だった。BRI2002 は GER モデルに乗っ取り
一酸化炭素の収率をΦの関数としている。今回のケ
ースではΦが 1 未満の燃料支配型燃焼として終始計
算していたため、一酸化炭素の生成計算が制限され
たと考える。計算が実際のΦを追跡できない原因と
して、実験は区画全体で、BRI2002 では煙層中で、
厳密には定義が異なるΦを使用していることも考え
られる。
Experiment
Calculation
3
Equivalence ratio
0
2
1
0
0
500
1000
1500
2000
Time (s)
図 8 Case 2 Equivalence ratio 実験値及び計算値
4.2.2 CFAST の一酸化炭素濃度予測性能
CFAST による計算は平均的に実験に近い計算が
可能なことが分かった。CFAST の特徴に火源の設
定時に一酸化炭素の収率を任意の値、任意の時間で
制御できることが挙げられる。この特徴が他 2 つと
比較して実験値に近い計算を可能にしていると考え
られる。収率の入力をより実験に近づけることで計
算の精度向上は図れるが、収率の設定に伴う作業量
の増加、正確さが問題になると考えられる。
0.25
本研究
一酸化炭素収率
0.23
0.20
0.15
改善案
0.10
0.05
0.00
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
等量比 Φ
図 9 CFAST に入力する収率のイメージ図
4.2.3 FDS の一酸化炭素濃度予測性能
FDS による計算は、一酸化炭素の収率が計算開
始から終了まで固定されるため、計算開始後から一
酸化炭素の生成計算が行われており、このことは一
酸化炭素濃度が 0.1%に達した時間が実験より早い
という結果と一致する。次に Case1 および 2 の予
測計算と実験観測値が外れた要因を調べた。一酸化
炭素の濃度分布図(図 10)を確認すると、区画開口部
から排出された箇所で一酸化炭素濃度が高くなって
いる。FDS では計算格子中の酸素濃度や温度によ
り燃焼に至らない場合、燃料は未燃ガスとして処理
され一酸化炭素の生成計算が制限される。このた
め、開口条件により区画内の一酸化炭素の濃度が実
験より低くなると考えられる。未燃ガスとして処理
された燃料が開口付近の酸素豊富な箇所で燃焼計算
された結果、開口部外で一酸化炭素の生成計算が行
われて
図 10 に示すような開口外で一酸化炭素濃度が高く
なったと考えられる。このケースででは火災室の一
酸化炭素の正確な濃度予測は困難ではあるが、火災
室以外の場所の一酸化炭素濃度を知るという観点の
場合、火災室から排出される一酸化炭素の総量とい
う観点で実験と同等の計算が可能かと思われるため
今後検証の必要がある。
5 まとめ
GER モデルを使った一酸化炭素発生計算を行う
3 つのモデルを比較した結果、収率を任意の時間任
意の値で制御できる CFAST が実験に最も近い計算
を行うことが分かった。FDS は開口条件によるも
のの収率の値を制御することで一酸化炭素濃度のピ
ーク値は実験に近い計算を行えることが分かった。
今回、条件を把握している実験でさえ予測計算モデ
ルにとる忠実な再現が困難であったことから、実大
規模の火災の一酸化炭素濃度予測にはより困難が伴
うと思われる。今後の一酸化炭素の予測計算は今回
判明した煙流動予測計算モデルの特徴をよく理解し
たうえで、モデルの選択、計算およびその結果の分
析を行う必要がある。
〈参考文献〉
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図 10 Case1、一酸化炭素の濃度分布図