【総論】 企業と資本市場の 良好な関係の 構築に向けて

特集1
成長戦略としての
コーポレートガバナンス
はじめに
従前、コーポレートガバナンスは不祥事の防止などコン
プライアンス重視の傾向が強く、長期的な企業価値向上と
いった視点から議論される機会は少なかった。しかし、現
1章 【総論】
企業と資本市場の
良好な関係の
構築に向けて
在進められているコーポレートガバナンス改革は、日本企
業のグローバル競争力強化を目指す政府の成長戦略を受け
たものだ。コンプライアンスよりも企業価値を重視する傾
向が強まっていることは明らかだろう。
これを踏まえ、今回の特集は「成長戦略としてのコーポ
レートガバナンス」とする。本稿は、総論として成長戦略
の内容や目指す姿について概観した上で、企業としての対
応について考察する。
成長戦略とコーポレートガバナンス
まず、コーポレートガバナンス改革がどのように経済の
未来経営研究部長
主席研究員
藤島 裕三
上席主任研究員
深澤 寛晴
再生・成長につながるのか、成長戦略を注意深く読んでみ
よ う。2013年6月14日 に 公 表 さ れ た「 日 本 再 興 戦 略
2013 -JAPAN is BACK-」では以下のように述べている。
(抜粋、下線は筆者)
• 株主等が企業経営者の前向きな取組を積極的に後押しするよう
コーポレートガバナンスを見直し、日本企業を国際競争に勝て
る体質に変革する。
次に、1年後の14年6月24日に公表された「日本再興戦
略 改訂2014 ―未来への挑戦―」では、さらに深堀りし
た記載になっている。
(抜粋、下線は筆者)
• サービス分野を含めて生産性の底上げを行い、我が国企業が厳
しい国際競争に打ち勝って行くためには、大胆な事業再編を通
じた選択と集中を断行し、将来性のある新規事業への進出や海
外展開を促進することや情報化による経営革新を進めること
で、グローバル・スタンダードの収益水準・生産性を達成して
いくことが求められている。
• コーポレートガバナンスの強化により、経営者のマインドを変
革し、グローバル水準のROEの達成等を一つの目安に、グロー
バル競争に打ち勝つ攻めの経営判断を後押しする仕組みを強化
していくことが重要である。
上記のロジックを図示したのが<図1>である。
競争力強化のために事業再編などが求められる、といっ
た部分は従前から議論されてきた内容だが、①明確にグ
ローバル競争を意識している点に加え、②資本市場(株主
など)の力を生かして③経営者のマインドを変えようとし
4
Feature
図1 成長戦略におけるコーポレートガバナンス改革
表1 2014年上半期のコーポレートガバナンス関連施策
コーポレートガバナンスの見直し・強化
月
主体
経営者のマインドの変革を
株主などが後押し
1
東証
株価指数JPX日経イン 過去の利益水準やROE
デックス400の算出開 などから投資魅力の高
始
い400銘柄を選定
東証
上場会社は、取締役で
独立性の高い社外取締
ある独立役員を少なく
役の確保に係る有価証
とも 1名以上確保する
券上場規程の一部改正
よう努める
 事業再編、選択と集中
 新規事業への進出、海外展開
 情報化による経営革新
 グローバル競争(国際競争)に打ち勝つ
 グローバル・スタンダードの収益
水準・生産性
 グローバル水準のJG=の達成などが
一つの目安
2
争に勝つためには、安売りによるシェア拡大など近視眼的
な施策でなく、将来性のある戦略や経営革新を必要とした
主な内容
「責任ある機関投資家」 投資先とのエンゲージ
の諸原則《日本版スチュ メント、議決権行使を
金融庁
ワードシップ・コード》 通じて、企業価値の向
の確定
上や持続的成長を促す
4
国内株式運用受託機関 外資系運用機関の大幅
の 選 定、 マ ネ ジ ャ ー ・ な増加、ベンチマーク
GPIF*
ストラクチャーの見直 (運用指標)としてJPX
日経400を採用
し
6
法務省
出典:政府「日本再興戦略2013「
」日本再興戦略 改訂2014」よりEY総合研究所(株)作成
ている点が特徴として指摘できる。中でも①グローバル競
施策
社外取締役を置くこと
会社法の一部を改正す
が相当でない理由を株
る法律案が可決成立
主総会で説明
*年金積立金管理運用独立行政法人
出典:各種報道よりEY総合研究所(株)作成
こと、そして②資本市場を活用する姿勢の象徴として、
ROE(自己資本利益率)を実質的なKPI※1に掲げたことは、
厳しく成果を求める成長戦略のスタンスを表しているもの
これら一連の施策が目指す姿を理解する上で、14年8月
といえよう。成長戦略は、企業(経営者)にコーポレート
6日に経済産業省が発表した 「持続的成長への競争力とイ
ガバナンスの改革にとどまらず、資本市場との良好な関係
ンセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」 プロ
の構築を促していると受け止めるべきだろう。
ジェクトの最終報告書(いわゆる「伊藤レポート」
)にお
ける問題提起は大いに参考となる。同レポートは中長期的
成長戦略の諸施策と目指す姿
なROE向上を目指すことで企業と資本市場(投資家)の
価値観を一致させ、高質な対話を追求することを提言して
14年上半期に行われた施策を<表1>に示す。上場規定
いる。<図2>に示す通り、このような整理は成長戦略に
や会社法の改正は独立取締役あるいは社外取締役の人数に
おける諸施策と明確に関連付けることができる。
関する外形的な内容が主だが、
その他の施策は企業
(経営者)
に資本市場の視点を取り入れるよう促す内容と言えよう。
さらに「日本再興戦略 改訂2014」では、会社法改正や
日本企業に求められる対応
日本版スチュワードシップ・コード策定を成果として挙げ
近年、日本企業の株主構成は安定株主中心から機関投資
た上で、新たなアクションプランとして以下二つの施策を
家中心へとシフトしつつある※2。企業が機関投資家を中心
打ち出している。
とする資本市場と望ましい(良好な)関係を構築するため
には、①中長期的なROE向上に向けた経営戦略・計画を
• 「コーポレートガバナンス・コード」の策定等:
示し実行すること、②その状況を監督・けん制する機能と
コーポレートガバナンスに関する基本的な考え方(諸原則)、
してコーポレートガバナンスを強化すること、の二つに取
持ち合い株式の議決権行使の在り方、政策保有株式の保有目
的の具体的な記載・説明、上場銀行・上場銀行持株会社に1
名以上の独立社外取締役
• 持続的な企業価値の創造に向けた企業と投資家との対話の促進:
株主総会の開催日や基準日の設定、企業が一体的な開示をす
り組んでいく必要がある。資本市場との接点という意味で
は、①はIR、②は株主総会を含むSR※3ということになる。
①および②に着実に取り組むことで、中長期的な視点を重
視する機関投資家が株主となり、対話を通じてWin-Winの
る上での実務上の対応等を検討する研究会、建設的対話促進
関係を構築することが理想的な展開と言える。
のプラットフォーム作り
また、①および②に加えて、見逃しがちだが重要なのが
EY総研インサイト Vol.3 February 2015
5
Feature
図2 コーポレートガバナンス関連施策と「伊藤レポート」
〈伊藤レポート:企業と投資家の望ましい関係〉
会社法改正
企業
tt
JG=重視
コーポレート
ガバナンス・
コード
投資家
tt
中長期投資
=
スチュワード
シップ・コード
価値観の一致
対話・エンゲージメント
株主総会の
在り方
建設的な
対話の促進
時価総額の最大化 5 豊かな国富の維持・形成
出典:政府「日本再興戦略 改訂2014」および経産省「伊藤レポート」よりEY総合研究所(株)作成
③被買収への備えである。成長戦略が掲げる事業再編、選
備えについて議論する中で、①IRや②SR上の課題が浮き
択と集中、新規事業への進出、あるいは海外展開といった
彫りになることも多い。①~③にバランスよく取り組む、
施策に取り組む上で、M&Aが有力な選択肢になるケース
すなわち資本市場との関係を「点」ではなく「面」で構築
も出てくるだろう。その中で自社が買収のターゲットにな
することが求められていると言えよう。
る可能性は否定し難い。また、資本市場には短期的な視点
から株式の大量保有や経営への要求などを行う投資家がい
るのも事実であり、被買収リスクを広く認識しておく必要
各論について
がある。企業としては、買収提案などを受ける事態を想定
今回は総論としての本稿を踏まえ、5本の各論を掲載す
し、十分な対応ができるよう準備しておくことが求められ
る。それぞれ<表2>の①~③と関連付けて整理すると以
る。以上、①と②は平時の取り組み、③は有事への備えと
下のようになる。
整理できる<表2> 。
各論
最後に、①~③には密接な関係があることを指摘したい。
①IRおよび②SRに関する上述の理想的な展開が実現して
いれば③被買収リスクは低減するであろうし、そうでない
場合は増大すると考えられる。また、③被買収リスクへの
[各論1]2014年株主総会の議決権行使結果
~ TOPIX 100採用企業の分析を中
心に~
投資家(株主含む)
状況
①
平時の
取り組み
シップ・コードへの対応
[各論4]ISSが2015年版議決権行使助言方
株主
針(ポリシー)を発表
②
接点:AJ
接点:KJ'株主総会
論点:主にJG=向上策
論点:主にコーポレート
(経営戦略・計画など)
ガバナンス
③
有事への
備え
接点:被買収リスクの顕在化(買収提案など)
論点:平時からの備え(①および②を含む)
出典:EY総合研究所(株)作成
6
②( 企 業 の 立 場 か
ら)
[各論2]機関投資家の動向①~議決権行使の ②( 投 資 家 の 立 場
[各論3]機関投資家の動向②~スチュワード
表2 企業と資本市場の接点と論点
表2との関連性
[各論5]資本市場の環境変化:高まる被買収
リスク
から)
①および②
②(および①*)
③
*資本生産性(ROE)基準については①の要素があると考えられる。
※1 KPI(Key Performance Indicators):重要業績評価指標
※2「[各論5]資本市場の環境変化:高まる被買収リスク」参照
※3 SRはShareholder Relationsの略。IR活動が広く投資家全体を対象とするのに
対し、SR活動は対象を株主に限定する点で異なる。