景気循環と株式市場サイクル

景気循環と株式市場サイクル 1
ケイ・アドバイザー
*このメモは2006年ごろ書かれたもので、データはその当時のものであることをご承知下さ
い。
景気循環と株式市場サイクル
日本経済は、戦後 13 回の景気循環を経験し、現在は 14 回目サイクルの上昇局面に入って
いる。株式市場の方向性を予想することは難しいが、多くの投資家がその手がかりを求めて、
試行錯誤を繰り返している。ここでは景気循環と株式市場サイクルとが、どの程度相関してい
るのかを探る。日本の景気動向指数は、経済活動の方向性やその強さを判断する基礎デー
タとして、他の先進国と比較しても、かなり優れた、信頼できる経済データだと言われている。
そして、株式市場の行方を考える為の重要性は非常に高い。
景気基準日付(山と谷)
景気動向指数
その他 200 以上の指標
DI (景気の方向)
CI (景気の強弱)
国民所得統計(GNP)
企業収益
景気先行指数(12指標)
貿易・為替レート
景気一致指数(11指標)
雇用
景気遅行指数( 7指標)
企業者の景況感
TVや新聞・雑誌では、「景気先行指数」、「景気一致指数」や、「景気の山と谷」などの言葉で、
ケイ・アドバイザー
景気循環と株式市場サイクル 2
経済活動の報道をする。その他にも、「金利、生産・出荷・在庫、輸出入、為替、消費動向、デ
パート売上、物価、GDP」などが、「景気」と関連して議論される。こうした経済統計指標や景
気指数 (いくつかの経済統計をまとめて一つの指数として、100 とか 1000とかをベースに置
き換えたデータ) は、株式市場の代表的指数である日経225や東証株価指数とどう関連し
ているのだろうか?
国の経済活動を表す代表的統計としては、GDP(国内総生産)があり、「景気の実態にもっと
も近い」指標の一つ、といわれている。「景気の良い悪い=GDP 成長率の変動」では何故い
けないのか?「景気」とは、「経済的総合活動」をあらわす概念であり、含まれる経済活動の
範囲と言う意味で、GDPより景気動向指数の信頼性が高いようだ。いわば、GDPは経済活
動を集約したデータであり、そうした集約データが今後どう変化するか、を予測するには、GD
Pより経済活動より幅広い分野に亘って、多くの経済指標を追跡する必要がある、と思われ
る。
景気動向指数の全体像を概観すると、前ページのチャートのようになる。
「景気基準日付」とは、経済活動が「山」、即ちピークとなる「月」と、その逆の「谷」、即ち経済
活動が底(ボトム)を打つ「月」のこと。戦後の景気循環の夫々を、山と谷とで纏めたものが下
の表。
戦後の景気循環
景気
循環
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
開始
拡張
後退
終了
谷
(ヶ月)
山
(ヶ月)
谷
ー
ー
51年 6月
4
51年10月
51年10月
27
54年 1月 10 54年11月
54年11月
31
57年 6月 12 58年 6月
58年 6月
42
61年12月 10 62年10月
62年10月
24
64年10月 12 65年10月
65年10月
57
70年 7月 17 71年12月
71年12月
23
73年 3月 16 75年 3月
75年 3月
22
77年 1月
9
77年10月
77年10月
28
80年 2月 36 83年 2月
83年 2月
28
85年 6月 17 86年11月
86年11月
51
91年 2月 32 93年 5月
93年 5月
43
97年 5月 20 99年 1月
99年 1月
22
00年11月 14 02年 1月
02年 1月
?
?
?
?
経済社会総合研究所、「景気基準日付」より。
景気基準日付は「景気動向指数研究会」(座長以下 7 人の構成員)が、景気動向指数とその
ケイ・アドバイザー
景気循環と株式市場サイクル 3
他 200 以上の経済指標を検討、分析して決定する。決定までにはかなり時間がかかる。例え
ば、1999 年 1 月に始まった第 13 番目の景気循環において、その山が暫定的に 2000 年 10
月であった、と決まったのが 2001 年 12 月の会合。即ち、1 年以上も経過していた。そうはいっ
ても、これは正式な会合での決定の話で、非公式には、先行指数の動きなどで、もっと早い
時期に暫定的判断を予想することは可能である。かつては経済企画庁が扱っていたが、現在
は内閣府経済社会総合研究所(http://esri.cao.go.jp/)が担当している。
景気基準日付を判断するデータの中で最も重要なのが、DIとCIで、両方とも、下の表のよう
に、先行、一致、遅行の三種類の系列から成っている(詳細は上記ホームページ参照)。DIと
はDiffusion Index(ディフージョン・インデックス)、CIとはComposite Index(コンポジッ
ト・インデックス)という、夫々英語の頭文字をとったもので、日本語でもそのまま使っている。
先行系列
12系列
一致系列
11系列
最
終
需
要
L1 在
庫
率
指
( 逆 サ イ ク ル
鉱 工 業 生 産
L2 在
庫
率
指
( 逆 サ イ ク ル
L3
新
(
規
除
実 質
L4 (
船
を
除
L5
新
着
求
学
機
舶
く
人
卒
財
生
数 C1
(
)
財
鉱
数 C2
出
)
数
C3
)
械 受 注
・
電
力 C4
民
需
)
設
住
工
床
面
宅
C5
積
耐
久
消
費
L6 出
荷
指
( 前 年 同 月 比
消
費
者
態
L7
指
日 経 商 品 指
L8 (
4
2
種
( 前 年 同 月 比
財
数 C6
)
度
C7
数
数
) C8
)
L9 長
差 C9
長
L9A 新
流
短
期
金
国
債
発
通
(10
年
利
T
(
L10
東 証 株 価 指 数 C10( 前 年 同 月 比 ) 2
L11
A
L11
B
L12
投
(
総
益
長
新
流
中
判
し
B
か
O
月
)
債 C10
回
L9B
L11
I
3
利
資 環 境 指
製
造
業
資 本 営 業
率 ( 製 造 業
期 国 債 (10 年
発
通
利
小 企 業 業
断 来 期 見
(
全
産
業
ケイ・アドバイザー
R C10) 1
数
C11
)
利
)
)
債
回
況
通
)
遅行系列
7系列
産
鉱
指
工
業
数
最
LG1
)
在
終 需 要
庫
指
財
数
常 用 雇 用 指 数
財
LG2 (
製
造
業
)
数
( 前 年 同 月 比 )
実 質 法 人 企 業
大
口
電
力
LG3 設
備
投
資
使
用
量
(
全
産
業
)
家 計 消 費 支 出
稼
働
率
指
数
LG4 ( 全 国 勤 労 者 世 帯 )
(
製
造
業
)
( 前 年 同 月 比 )
所
定
外
労
働
時
間
指
数 LG5 法 人 税 収 入
製
造
業
)
(
投
資
財
出
荷
完 全 失 業 率
指
数 LG6
( 逆 サ イ ク ル )
( 除 輸 送 機 械 )
百 貨 店 販 売 額
国 内 銀 行 貸 出
LG7
( 前 年 同 月 比 )
約 定 平 均 金 利
商 業 販 売 額 指
数 ( 卸 売 業 )
( 前 年 同 月 比 )
営
業
利
益
(
全
産
業
)
中
小
企
業
売
上
高
(
製
造
業
)
中 小 企 業 出 荷
指
数
製
造
業
)
(
中
小
企
業
物
価
指
数
( 工 業 製 品 )
有 効 求 人 倍 率
(
除
学
卒
)
工
業
荷
生 産
指
景気循環と株式市場サイクル 4
直訳すとDiffusionは「普及、伝播」。「DI」とは景気の拡張、後退がどの経済活動分野まで浸
透しているかを示しており、その意味では景気の方向性をあらわしている。具体的には、3 ヶ
月前と比較して改善している系列が、全体の系列中いくつあるか、を100%表示にしたもの。
例えば、DI先行指標では、12個の先行系列中、3 ヶ月前と比較して、改善したものが 5 系列、
普遍のものが 2 系列、残りの 5 個がマイナスだった、と仮定しよう。改善しているものは(+)
であらわし、夫々1 点とされる。不変(0)は 0.5 点、マイナス(-)はゼロ点とする。従って、DI
は 6 点/12 点=50%、となる。
一方、「CI」のCompositeは「総合的、複合的」などの意味があり、景気拡張、後退の程度、
或いは景気の強さと弱さ、即ち「景気の量感」を計測する指数。夫々の系列について、標準偏
差と平均とを均一化するような統計的処理を行い、基準年月を100とするように修正している。
1990年の終わりから1991年初めにかけてのバブルの頂上で、は110を上回る強さを示し
た。景気は、その後 1993 年 12 月には85.9まで弱くなった。そして、2005年末からは再び1
10台に復帰している。
2006年1月
2004年1月
2002年1月
2000年1月
1998年1月
1996年1月
1994年1月
1992年1月
1990年1月
1988年1月
1986年1月
1984年1月
1982年1月
120.0
110.0
100.0
90.0
80.0
70.0
60.0
1980年1月
指数
CI 一致指標の推移
月
DIとCIの元になる、先行、一致、遅行の夫々について簡単に見ておきたい。前述の景気動向
指数研究会は、継続的に経済指標と景気との関係について実証分析を継続的に行っており、
系列の入れ替えもある。上記3ページの表は 2001 年 12 月に採用されたもので、先行、一致、
遅行系列の一部が変更された。先行系列については、例えば、乗用車新車新規登録・届出
台数が廃止され、替わって耐久消費財出荷指数と消費者態度指数の二つが加えられた。さ
らに、マネーサプライ(M2+CD)が除かれ、長短金利差(新発 10 年物国債利回りーTIBOR
ケイ・アドバイザー
景気循環と株式市場サイクル 5
3ヶ月)に変更された。最も興味あるのは、東証株価指数の前年同月比が再び追加されたこ
とである。
景気動向指数に採用されている経済指標の変遷をみると、それだけで日本経済の歴史が浮
き彫りにされてくるようだ。1960 年の最初のDI作成時に、先行系列に採用されていた指標で
は、外貨準備高(1968年6月まで)、臨時日雇労働者延べ人員(1965 年 2 月まで)などがある。
また、所定外労働時間は一時一致系列に移されたあと、再び先行系列に採用され、一旦は
廃止された後、現在は一致系列に採用されている。東証株価指数は、当初旧指数が採用さ
れていたが、1987年7月の改定では削除されていたのである。
株価は、景気の先行経済指標の一つとして頼りにされている、というのは世界共通の常識で
はない。OECDの作成している、OECD Composite Leading Indicatorsにおいて、構
成国22ヶ国中、株価を指標として採用している国は半数の11ヶ国。米国の代表的な商務省
指数ではS&P500を採用しているが、別の代表的なStock And Watson指数では含ま
れていないそうだ(p234、「景気循環と景気予測」、浅子 和美・福田 慎一、東京大学出版
会、2003年7月)。その理由はおそらく二つ考えられる。一つは、株式市場が、国の経済活
動全体の代表となりうるかどうか、であろう。鉄道や郵便、電力・ガス・水道、通信・電話、道路、
などの事業が、夫々の国の規制と歴史的な変化により、上場されていない場合もある。例え
ば、現在の中国株式市場は、その業種分類や規模において、十分に中国経済を代表してい
るとは思えない。もう一つは、株式市場の変動幅や方向が、実体経済と比較して大き過ぎた
り、連動性がなかったりすることも考えられる。
さて、日本における株価と景気動向指数との関係はどうであろう。「景気循環と景気予測」の
第9章 景気指標としての株価、原田 信行、によれば、「株価はCI一致指数と鉱工業生産指
数に対して8か月、実質GDPに対して9か月先行している」(p249)。さらに興味あるのは、
「株価は前年同期比で見た場合が最も説明力が高く、そのとき景気に対して5か月先行して
いる」(p249)、ということ。要するに、株価は、景気動向指数よりもさらに先行するわけで、そ
の逆ではない。「株価と景気動向指数はかなりの相関関係があるが、タイミングは不透明」、
とのことである。
日経225指数と、景気動向指数との関係を見るために次のような作業をした。株式市場の方
向性を探るわけであるから「DI」を使い、しかも株価を含む「先行系列」に目を向けよう。株価
については、データの関係上日経225を使い、説明力の高い「前年同期比」を使う。先行系
列DIについても、株価との連動性を見るために、前年同期比が計算できるような工夫を加え
る。それは、「累積指数」とよばれる数字で、1953年3月を「ゼロ」として、その後の先行指数
については、「50を超えたらその超過分を加え」、「50を下回ったらそのマイナス部分を減じ
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景気循環と株式市場サイクル 6
て」、累積的な数字にしたもので、内閣府経済社会総合研究所のホームページにも掲載され
ている。
例えば、ある月の先行DI指数が70の場合、加える数は70-50=20となる。過去一年間、
12ヶ月に80の純増加、或いは純累積があったと仮定した場合、この80はもとの数が500で
ある場合(+16%)と、2000である場合(+4%)とでは比率が大きく異なる。勿論、プラスと
マイナスとが逆転することは無いから、方向性やサイクルは間違うことはない。
%
先行DI累積指数と日経225 (y-y、%)
80.0
60.0
40.0
20.0
0.0
-20.0
-40.0
-60.0
DI累積
日経225
月次
1974年4月から、2003年9月まで、356ヶ月の「前年同月比」を、先行系列DI累積指数と
日経225についてプロットした結果が上のチャート。先行系列DI累積指数がもともと方向性を
示す指数であるので、その変動幅即ち振幅の大きさの比較はあまり意味がないが、二つの
変動パターンの方向性がかなり似ているのは重要である。勿論、タイミングのズレはある。そ
して、そのズレが何故生ずるのかについては、非常に興味ある課題であり、今後も分析を続
けたい。
景気の動向を見極めるのは難しいが、株式市場の将来を予想することはさらに難しい。我々
が出来ることは、先行指標を中心とした景気動向指標、及び為替やGDPのような主要経済
データ、さらには金融・財政政策と経済産業政策、を見ながら、株式市場の大きなサイクルや
トレンドから外れないようにすることでないだろうか?景気の山や谷、及び株式市場のピーク
やボトムは、結果として判明するだけで、予測することはほぼ不可能に近い。
現在の景気上昇局面は2002年1月にスタートしたが、株式市場はその後16ヶ月間低迷し、
2003年5月になってようやく上昇過程に入った。このような大きなズレはかなり珍しいと思わ
れるが、当時の不良債権問題、金融システム不安の増大、デフレの悪化、などがこのズレを
ケイ・アドバイザー
景気循環と株式市場サイクル 7
生んだのであろう。
DI累積と日経225の「前年同月比」のサイクルについてもう少し別の角度から見ることで、タ
イミングと変動幅について考えてみよう。次ページのチャートは、DI累積指数と日経225との
同じ月の変化率をX・Y軸上にプロットしたもの。例えば緑の線から右は、DI累積の前年同期
DI累積指数と日経225
日経225%
50.0
30.0
10.0
-10.0-25.0
-30.0
-15.0
-5.0
5.0
15.0
25.0
35.0
-50.0
DI累積%
比が15%以上の月で、上記表では52回あった。15%以上という「景気が良い」時期は殆ど
の場合日経225もプラスとなっている。マイナスの時は2回のみで(1994年1月の-7.8%と
2000年6月の-0.5%)。しかし、プラス月でも、その程度は1.4%から45.7%まで広がって
いる。
「景気の悪い」時期は勿論株式市場も当然ながら、下げる時が多い。DI累積指数が-10%以
下(上のチャートの赤い線の左側)は61ヶ月あったが、44ヶ月はマイナスであった。それでも、
17ヶ月もプラスがあり、しかも、日経225の上昇率10%以上が、半数以上の10ヶ月あった
ことは注意する必要がある。
では、景気の「良かった」、「悪かった」を判断できないようなボーダーラインの場合はどうだっ
ただろうか?[-1.0%<累積DI指数<+1.0%] の範囲にあった月数は25回。そのうち
プラスが15、マイナスが10。案の定、プラス・マイナスが拮抗している。しかし、変動幅をみる
と、―37.4%から+39.9%までと殆ど参考にならないほど多様であった。しかも、DI変化率
の小さい、判断の難しいときにこれだけ株式市場が変動するわけだから、読み違えたときのリ
スクは非常に高い。
ケイ・アドバイザー
景気循環と株式市場サイクル 8
以上
ケイ・アドバイザー