大腿部下端加速度に注目した歩行分析法の開発

千葉大学人間生活工学研究室修論概要(2005)
大腿部下端加速度に注目した歩行分析法の開発
ー加速度波形の再現性と特徴的パターンの検討ー
キーワード:加速度センサ、特徴的パターン、
オンライン検出
人間生活工学教育研究分野:竹内智之
■研究の背景
我々が歩行する際、遊脚相中につまずきを防ぐために足関節を
背屈させている。
しかし、現在利用されている義肢装具では足関節
は受動的な動きしかできず、
この背屈制御を行うことができない。
また、現在様々な歩行分析法が利用されているが、それらは機
器が大掛かりで測定環境が限定されてしまったり
(床反力計、
ビデ
オカメラによる評点計測など)、
またセンサを身体に複数取り付け、
取り付けに細かい設定が必要であったりする
(フットスイッチ、
ゴニ
オメータなど)。
これに対して、1つのセンサで測定が可能で、取り
付けも簡単に行えるものであれば、
より簡便な歩行分析が可能に
なると思われる。
そこで本研究では、センサが小型軽量で取り付けの細かい設定
を必要としない加速度センサに注目した。
これにより衝撃加速度と
傾斜角度の両方をリアルタイムに計測することができる。加速度セ
ンサを下肢に取り付けた場合、支持面に接した際の衝撃、下肢の
振りを判断することができ、簡便な歩行分析法の検討が可能にな
1 歩行周期
加 下
速
度
︵
上
下
方
向
︶
足
関
節
角
度
上
底屈
上方向への加速の
開始点
底屈の開始点
底屈から背屈への
変換点
背屈
踵接地
0
ると思われる。
また、加速度センサのこれらの利点を活かせば義肢
上方向から下方向
への変換点
足指離地
0.5%ごとに1データ 計 201 データ
踵接地
100%time
装具における背屈制御にも応用できると考えられる。
図1 歩行周期の切り出し
■研究の目的
加速度センサを用いた下肢の状態の判断を行うための歩行分
ることができ、上下方向の加速度波形にこれらの点と対応する点
析法を開発することを最終目的として、下肢に加速度センサを取り
が確認され、
これをもとに歩行周期の切り出しを行った。歩行周期
付けてトレッドミルによる歩行実験を5つの速度条件で行った。そ
ごとに切り出した後、1歩行周期を100%として歩行周期時間の標
して、加速度波形における再現性と被験者内、被験者間を通して
準化を行い、
また、歩行周期ごとにデータ数が異なるのでリサンプ
の普遍的な特徴的パターンの存在を明らかにするために「同一被
リングを行い、データ数を調整した(図1)。
験者で一定速度での1歩行周期ごとの加速度波形に再現性がある
か(歩行周期での比較)」、
「同一被験者で歩行速度が異なる場合
■結果と考察
でも加速度波形パターンには類似性があるか(被験者内での比
<歩行周期での比較>
較)」、
「被験者が異なる場合でも加速度波形パターンには類似性
各速度条件において連続した10の歩行周期に対して歩行周期
があるか(被験者間での比較)」を検討し、
またオンラインでの下肢
時間の変動係数を求めた。その値は小さく (CV=0.7∼3.1%)、歩
の状態の検知を試み、義肢装具における遊脚相中の背屈制御へ
行周期時間にはばらつきがほとんどなく近似していたと言える。
ま
の応用方法を検討することも目的とした。
た、歩行周期ごとに全ての組み合わせで相互相関関数を求めて歩
行周期ごとのずれ時間の平均を見たところ、全被験者の全速度条
■研究の方法
件において平均ずれ時間は1%time以内(-0.53∼0.86%time)に
<被験者>
収まっており、歩行周期ごとにはずれ時間がほとんど無く時間的特
被験者は歩行機能に障害のない健康な男子大学生8名(平均年
性が類似していたと考えられる。
よって、今回設定した歩行周期の
齢21±2.4歳)
とし、実験前に各々が最適だと感じる速度で歩行さ
切り出し点は妥当であったと示唆される。
また、加速度振幅にはば
せ、最適速度を求めた。
これを基に-10%、-20%、+10%、+20%の速
らつきが多少見られたが概形は近似していた。
度条件をそれぞれ設定し、最適速度を含めた5つの速度条件でト
以上のことより、同一被験者で一定速度での加速度波形には1
レッドミル歩行を行った。
歩行周期ごとには良好な再現性が存在することが確認された。
<測定項目>
<被験者内での比較>
下肢に加速度センサを取り付けるにあたり、取り付け位置はわ
被験者内での加速度波形パターンの比較を行うために各速度
かりやすい位置を考え、
また義肢装具への実装も視野に入れて体
条件における連続した10の歩行周期の平均波形に対して、特徴点
幹になるべく近い近位とし、大腿部下端に設定した。3軸加速度セ
a∼h点を定めた。
これは全被験者で確認された。
この特徴点の一
ンサを膝蓋骨上縁から2cm上方に固定し、大腿部下端での加速度
連のパターンが、歩行周期に対応した加速度波形の特徴的パター
を測定した。
また、下肢の状態を判断するために足関節、膝関節の
ンであると思われる。そこで、速度条件間での特徴点の相対出現
関節角度を電気式ゴニオメータで測定し、下肢の筋活動から歩行
時間の回帰分析を行い、相関係数を求めた。全被験者の全速度条
の周期性を確認するために大腿直筋、半腱様筋、前脛骨筋、
ヒラメ
件間で各特徴点の相対出現時間には多少のばらつき
(SD=0.2∼
筋での表面筋電図を測定した。
<歩行周期の切り出し>
3.7%time)が見られたが、速度条件間で有意に高い正の相関
(r=0.990∼0.999)が見られ(図2)、速度が異なっても特徴点の出
各関節の角度変化と下肢の筋活動から、一般に言われている歩
現タイミングの比率は類似していたと考えられた。 行の周期性を改めて確認することができ、3方向の加速度波形に
以上のことより、同一被験者で歩行速度が異なる場合でも加速
もそれぞれ周期性が確認され、加速度波形の歩行周期ごとの切り
度波形パターンには高い類似性が存在することが確認された。
出しを試みた。足関節の角度変化から踵接地、足指離地を判断す
千葉大学人間生活工学研究室修論概要(2005)
1.5
b
1
e g
c
0.5
100
100%time
90
80
70
速
度 60
50
条 50
件 40
30
20
10
00
50 100%
0 10 20
100
30 4050 50
60 70 80 90100
%time
速度条件B
被験者2
0G
-0.5
-1
-1.5
d
a
-2
h
f
:2SD
-2.5
0
10
20
30
-20%
40
-10%
50
60
70
相関係数 : 0.990 ∼ 0.999
回帰係数 : 0.92 ∼ 1.04
: -1.29 ∼ 2.49
+20% 切片
80
90 100
図2 各速度条件での加速度波形、各特徴点の散布図(全被験者)
1.5
b
1
0.5
100
100%time
90
80
70
被 60
50
験 50
者 40
30
20
10
00
00 10 20
100%
100
30 4050
50 60 70 80 90100
%time
被験者B
g
e
c
0G
-0.5
f
-1
-1.5
d
a
h
:2SD
-2
0
10
20
30
40
50
60
70
BPF
ピーク検出
LPF
0
ピークの判別
%time
+10%
最適
原波形
80
90
100
%time
被験者1
被験者2
被験者3
被験者4
被験者5
被験者6
被験者7
被験者8
相関係数 : 0.996 ∼ 0.999
回帰係数 : 0.92 ∼ 1.07
切片 : -3.91 ∼ 4.59
背屈制御信号
開始
終了
足関節角度
図5 オンライン検出
■義肢装具における背屈制御への応用
義肢装具における遊脚相中の背屈制御方法を考えた場合、加速
度波形をオンラインで処理することにより足関節の背屈が開始さ
れる遊脚相の開始点と、背屈が終了する遊脚相の終了点をリアル
タイムに検出することができれば、
これらを制御信号として用いる
ことができると考えられる。そこで、加速度波形から遊脚相の開始
点と終了点をリアルタイムに検出するためのオンライン処理方法
について検討した。
図3 各被験者での加速度波形、各特徴点の散布図(最適速度)
<BPFによる遊脚相の開始点、終了点の検出>
遊脚相の開始点、終了点を検出するにあたり原波形にバンドパ
スフィルタ
(BPF)をかけることでそれぞれを際立たせ、各点を検出
<被験者間での比較>
しやすくすることを考えた。遊脚相の開始点は終了点に比べて明
被験者間での加速度波形パターンの比較のために、速度条件を
確ではないため直前のピークを検出することで対応した。今回5Hz
最適速度にそろえて比較したところ、被験者間での比較と同様に
から10Hzを通過域に設定したところ、
フィルタリングに伴う時間遅
各特徴点の相対出現時間には多少のばらつき
(SD=0.8∼2.7% れは全被験者においてほとんど無かった。
time)が見られたが、全被験者間で有意に高い正の相関(r=0.996
<LPFによる遊脚相の開始点、終了点の判別>
∼0.999)が見られ(図3)、被験者が異なっても特徴点の出現タイ
BPFにより開始点、終了点に対応する点が検出できるようになっ
ミングの比率は類似していたと考えられた。
たが、オンラインではどちらが開始点か終了点か判別できない。そ
以上のことより、被験者が異なる場合でも加速度波形パターン
こで、遮断周波数1Hzのローパスフィルタ
(LPF)をかけた波形を
には高い類似性が存在することが確認された。
用いてその0ラインとの2つの交点、正負の転換点から開始点、終
了点の判別を考えた。正から負への転換点の後に現れたピークを
■特徴的パターン
結果より加速度波形には歩行周期ごとの良好な再現性、および
被験者内、被験者間での高い類似性の存在が確認され、
このこと
から被験者内、被験者間を通した普遍的な特徴的パターンが存在
することが示された。そこで、最適速度を基準として各被験者の特
徴点の相対出現時間の平均値から特徴的パターンを図4のように
示した。ただし加速度振幅は相対値になっており、あくまで波形の
パターンを表している。
また、各特徴点が示す歩行周期上の下肢
の状態を定義できた。
開始点、
また負から正への転換点の後に現れたピークを終了点と
して判別することが可能になる。
<背屈制御信号のオンライン検出>
原波形にBPFをかけることで遊脚相の開始点の直前および終了
点でのピークが際立った波形が得られ、LPFをかけることで遊脚相
の開始点直前のピークと終了点でのピークの判別を行うことので
きる波形が得られた。
この2つの波形を用いることで背屈制御の開
始点、終了点をオンラインで検出することが可能だと思われる。
以上の波形処理を実際にオンラインで行ったところ、遊脚相の
開始点、終了点に対応した信号の検出が可能であった(図5)。ただ
下
g
踵接地
b 衝撃の反動
大腿部の前方への
大腿部の前方への
振り出し
振り出し
c
a 踵接地の衝撃
なっていた。
しかし、大腿部下端での加速度波形をオンラインで処
理することにより、遊脚相の開始点、終了点をリアルタイムに検出
することが可能であることが示された。
e
d
上
し、検出した信号は実際の遊脚相の開始点、終了点よりも若干早く
f
足指離地
■まとめ
h
過度の振り出し
を防ぐ減速
験者内、被験者間を通した普遍的な特徴的パターンの存在が明ら
%time
立脚相
大腿部下端での上下方向の加速度波形には、歩行周期ごと
の再現性、および被験者内、被験者間での類似性が確認され、被
遊脚相
かとなり、歩行分析法としての有用性を示すことができた。
また、加
速度波形を用いた遊脚相の開始点、終了点のオンライン検出の方
法が具体的に示され、義肢装具における遊脚相中の背屈制御への
図4 特徴的パターン
応用も可能であることが示唆された。