急激な寒冷暴露に伴う生理・心理反応 - Humanomics | 千葉大学大学院

千葉大学人間生活工学研究室修論概要(2001)
急激な寒冷暴露に伴う生理・心理反応
─床暖房と空気暖房の比較
キーワード:床暖房、空気暖房、寒冷暴露
人間生活工学研究分野:野倉邦裕
■研究の背景
天井
今日の床暖房の普及は居室における暖房環境を大きく変化さ
せた。床暖房は伝導方式と輻射方式による暖房である。そのた
2
0
0
c
m
め、足元が暖かい、室内の垂直温度差が少ない、空気が乾燥し
さえられ省エネルギーである等の効果を得られることが大きな
特徴である。また、床暖房を使用した多くの消費者が、床暖房
が作り出す温熱環境に快適さを感じており、現在では居間だけ
床上高さ
ない、ハウスダストが舞い上がらない、室温を20℃付近に押
1
5
0
c
m
1
0
0
c
m
床暖房
でなく、子供部屋や寝室といった居間以外の居室へも床暖房が
5
0
c
m
普及しつつある。しかし、冬季の暖房環境において問題とされ
ているのがヒートショックである。ヒートショックとは急激な
空気暖房
床
温度変化が身体におよぼす影響のことで、血圧の急変動、脈拍
1
7
の急増などの症状を引き起こす。とくに寒い冬は、暖かい部屋
1
9
2
1
2
3
2
5
2
7
2
9
温度
3
1(℃)
Fi
g.
2 暖房室内の垂直温度分布
と寒い場所(浴室やトイレ)などとの温度差が激しいため、深
刻な事故を引き起こす原因になっている。
そこで本研究では、床暖房の作り出す環境、すなわち頭寒足
熱環境と、その反対の空気暖房による頭熱足寒環境を作り、そ
れらの暖房環境から寒冷室に移動した際の生理的、心理的反応
を比較検討した。
■研究の方法
□被験者
健康な男子学生7名(年齢:23±2.
0歳、身長:171±7.
7cm、
Fi
g.
3 暖房条件の実測値
体重:57.
6±6.
3kg)。被験者は規定の実験着(Tシャツ、長
袖シャツ2枚、長ズボン、靴下:cl
o値=約0.
98)を着用し実験
□測定項目
を行った(Fi
g.
1)。
○皮膚温(7点:前額部、前腕部、手甲、腹部、大腿部、下
腿部、足甲。及び、膝下のサーモグラフ)
○深部体温(直腸温)
○皮膚血流量(2点:前腕部、下腿部)
○心拍数、拡張期血圧、収縮期血圧
○主観評価(全身温冷感、全身温熱的快適感)
また、暖房条件が精神作業のタスクパフォーマンスに与える
影響の違いを見るために、両暖房室内でクレペリンテストを行
った。
□実験の流れ
被験者を環境に慣れさせるために座位にて60分間安静状態
を保った。その間被験者の身体的特徴(身長、体重、皮下脂肪
厚、体脂肪率)の測定及び各種測定センサの装着を行った。そ
Fi
g.
1 実験風景
の後安静状態にて生理量、主観評価測定を開始した。60分後
寒冷室に移動し、更に30分安静状態を保った(Fi
g.
4)。
□実験条件
空気暖房→冷室
暖房室
床暖房→冷室
寒冷室
各種測定項目測定
両暖房室の温度、湿度、気流はPMV指標によって同一条件
となるように設定した。空気暖房では床温が17.
99±0.
07℃、
床上110cmは23.
48±0.
13℃となり、床暖房ではそれぞれ
安
静
30.
39±0.
16℃、21.
01±0.
25℃であった。寒冷室の実測温度
安
静
はそれぞれ14.
2±0.
6℃、14.
3±0.
8℃であった。実験期間を
通じて大きな変動は見られなかったことから、安定した制御を
行うことが出来たと判断できる(図2,
3)。
120
60
ク
レ
ペ
リ
ン
テ
ス
ト
安
静
1510
Fi
g.
4 実験プロトコル
安
静
0
30mi
n
千葉大学人間生活工学研究室修論概要(2001)
■結果
測定分散分析を行った。その結果、暖房条件に有意な効果は見
□皮膚温
られなかった。
時間と暖房条件を要因とする二元配置の反復測定分散分析を
行った結果、前額、手甲、足甲における全時間の平均値に暖房
□主観評価
条件の主効果に有意性が見られた(前額部:p=0.
047、手甲:
時間と暖房条件を要因とする二元配置の反復測定分散分析を
p=0.
024、足甲:0.
007)(Fi
g.
5,
6)。また、これらの部位は
行った結果、全身温冷感において、全時間の平均値に暖房条件
暖室内のみの平均値においても、暖房条件の主効果に有意性が
の主効果に有意性が見られた(p<0.
001)(Fi
g.
8)。また、
見られた(前額部:p=0.
048、手甲:p=0.
012、足甲:
暖室内のみの平均値においても、暖房条件の主効果に有意性が
p=0.
014)。さらに、足甲においては冷室内のみの平均値につ
見られた(p<0.
001)。
いても暖房条件の効果に有意性が見られた(p=0.
004)。
暖室
暖室
全身温冷感
前額の皮膚温
(℃)
34
32
30
床暖房
■
空気暖房
28
60
どちらでも
ない
やや涼しい
涼しい
寒い
◆
30
冷室
冷室
空気暖房
30
0
時間
30
(mi
n)
Fi
g.
8 全身温冷感の経時変化
Fi
g.
5 前額の皮膚温の経時変化
暖室
床暖房
■
60
時間
30(mi
n)
0
◆
□精神作業
冷室
対応のあるt
検定を行った結果、暖房条件の違いによるクレ
(℃)
ペリンテストの成績に有意な差は見られなかった。
足甲の皮膚温
3
2
■考察
3
0
本実験では、各暖房室内では、空気暖房条件に比べ、床暖房
2
8
条件の方が、前額、手甲、足甲など末梢部の皮膚温が高い値を
2
6
2
4
示していた。これは、床暖房の特徴である熱の伝導が大きな原
◆
床暖房
■
空気暖房
因であるといえる。つまり、床暖房により足底が暖まり、その
時間
(mi
n)
3
0
2
2
6
0
3
0
0
Fi
g.
6 足甲の皮膚温の経時変化
と考えられる。しかし、寒冷室移動後の直腸温の値からは、空
気暖房条件に比べ床暖房条件の方が、核心温の変動が大きい結
果を示していた。これは、暖房室内において床暖房条件の方が
□直腸温
時間と暖房条件を要因とする二元配置の反復測定分散分析を
行った結果、暖房条件と時間の関係に有意な交互作用が見られ、
空気暖房に比べ、床暖房条件の方が直腸温の低下が大きい結果
となった(Fi
g.
7)。
暖室
(℃)
37.
1
皮膚表面温度が高い値を示しており、寒冷暴露に伴う放熱がよ
り多く行われたことによるものと考えられる。また、血圧、心
拍数において、暖房条件間に有意な差が見られなかったことか
ら、今回の実験における暖房方式の違いによるヒートショック
には違いは見られなかったことを示した。さらに、主観評価で
冷室
は全身温冷感において床暖房条件に比べ空気暖房条件の方がよ
り、暖房室内において涼しいと感じていた。これに対しPMV
値が床暖房では-0.
5、空気暖房では-0.
3と床暖房条件の方がわ
36.
9
直腸温
情報が脳の視床下部に伝達され、末梢部の血管が拡張したため
ずかに涼しい値を示している。これは、床暖房の足底に対する
局所的な暖房効果が温冷感に影響したと考えられる。
36.
7
36.
5
◆
床暖房
■
空気暖房
■まとめ
床暖房環境は同一室内での生活においては、熱の伝導により
36.
3
60
30
0
時間
n)
30(mi
Fi
g.
7 直腸温の経時変化
□その他の生理量
前腕部、下腿部の皮膚血流量、拡張期血圧、収縮期血圧、心
拍数においても、時間と暖房条件を要因とする二元配置の反復
足の裏を暖め、末梢血管を拡張し、末梢部の皮膚温を暖めやす
い環境であるといえる。また、主観的にも空気暖房に比べ暖か
さを感じることができる環境だと言える。しかし、廊下に出た
り、トイレに行くなど、部屋移動に伴う急激な寒冷暴露では、
放熱効果のため、深部体温の維持効果は低いことが明らかとな
った。