行政キャッシュ・フロー計算書に基づく安全性指標の有用性

行政キャッシュ・フロー計算書に基づく安全性指標の有用性
小谷学・片桐高宏
(金沢学院大学)
要旨
本稿では,行政キャッシュ・フロー計算書に基づく財務指標が,地方自治体の財務安全
性に関する事前警鐘機能を果たしているか否かを,決算データを用いて検証した。財務的
に安全な自治体グループと安全性が低下した自治体グループについて,財務省が提唱する
財務指標の時系列推移を調査した結果,それらの中にも安全性のシグナルとなるものと,
なりにくいものがあることが判明した。さらに,自治体の安全性の変化を察知するうえで,
より適当な財務指標の開発余地があることも明らかになった。
はじめに
本稿の目的は,行政キャッシュ・フロー計算書に基づく財務指標が,期待される役割を
果たしているか否か,実証的に調査することである。ここに行政キャッシュ・フロー計算
書とは,地方自治体の財務状況を把握するという目的から平成 17 年度より財務省において
作成されることとなった書面であり,従来の決算統計に基づいて地方公共団体の債務償還
能力及び資金繰り状況を表したものである。財務省は,行政キャッシュ・フロー計算書を
用いた調査を行うことにより,財政投融資の融資先である地方自治体の財務健全性を注視
している。具体的には,行政キャッシュ・フロー計算書から算出される4指標(債務償還
可能年数,実質債務月収倍率,積立金月収倍率,行政経常収支率)に基づき,自治体の財
務状況をモニタリングし,必要に応じて自治体に対するヒアリングや助言を行っている。
したがって,行政キャッシュ・フロー計算書に基づく財務指標に対しては,地方自治体の
財務安全性の変化を察知するシグナルとなることが期待されているのである。
行政キャッシュ・フロー計算書が期待通り自治体の財務安全性を適切に描写する限り,
経済的な困窮の予兆は,困窮状態に至る以前から,行政キャッシュ・フロー計算書上の財
務比率に反映されているはずである。仮に困窮に陥った自治体の財務指標の時系列に,健
全な自治体と大きく異なる特徴を見出すことができれば,分析者の将来予測能力の改善に
役立つであろう。ところが,実際に行政キャッシュ・フロー計算書にそのような機能が備
わっているか否かは,実証的に確認されている訳ではない。営利企業を対象とした先行研
究の中には,キャッシュ・フロー計算書に基づく安全性指標の有効性を疑問視する分析結
果もある。したがって,行政キャッシュ・フロー計算書に基づく財務指標が有効か否かは,
実証的に興味深い問題であると言える。
我々は,平成 14 年度から平成 24 年度までの自治体の決算情報から,行政キャッシュ・
1
フロー計算書を擬制的に作成し,財務安全性の高い自治体グループと安全性が低下してい
る自治体グループについて,財務省が注目する4つの財務指標の時系列的推移を調査した。
その結果,それらの指標の中にも安全性に関する良好なシグナルとなるものと,シグナル
としての利用が期待できないものがあることが判明した。さらに,行政キャッシュ・フロ
ー計算書の既存の項目を組み合わせることで,より適当な財務指標を開発できる可能性が
あることも明らかになった。行政キャッシュ・フロー計算書の有用性を証拠づけた研究は
これまでに行われていないことから,本稿の結果は財政の分析者に対して一定の示唆を与
えるものと思われる。
本稿の構成は以下のとおりである。第2節では関連する先行研究について述べ,第3節
では行政キャッシュ・フロー計算書に関する制度を解説する。第4節では本稿のリサーチ・
デザインに言及したうえで,第5節ではデータの入手法や性質について述べる。第6節で
は分析結果を提示し,最後の第7節では結論を述べる。
先行研究
営利企業の倒産可能性を予測する場面において,財務情報が役立つことを明らかにした
初期の研究に Beaver(1966)がある。彼は,倒産企業グループと非倒産企業グループにつ
いて,財務比率の時系列推移を調査した。また Altman(1968)は,複数の財務比率を用い
て倒産企業グループと非倒産企業グループを識別する多変量判別モデルを推定した。これ
らの研究はいずれも,企業の安全性を評価する上で,損益計算書や貸借対照表に基づく財
務比率が有用であることを主張している。
我が国上場企業を対象とした研究では,桜井・石川(1999)および桜井・村宮(2007)
が,倒産企業グループと非倒産企業グループについて,損益計算書と貸借対照表から得ら
れる財務比率の時系列推移を調査している。その結果,倒産企業に関するどの財務指標に
ついても,倒産前の早い時期から予想された方向に徐々に悪化しており,倒産時期が近づ
くにつれ,倒産企業と非倒産企業の財務指標に関する格差が拡大していることが判明した。
上に挙げた研究は,主として損益計算書や貸借対照表といった発生主義会計に基づく財
務諸表を用いているのに対し,目崎(2000)は擬制的に作成したキャッシュ・フロー計算
書の有用性を調査した。彼女はキャッシュ・フロー計算書項目を用いたロジットモデルに
より,倒産企業・非倒産企業を判別する変数として,キャッシュ・フロー計算書の1項目
である売上収入が有用であると指摘している。加えて,石川・倪(2012)は,キャッシュ・
フロー計算書をはじめとする財務諸表の指標を用いて,判別モデルおよびロジットモデル
を推定した。その結果,複数のキャッシュ・フロー指標が有効な変数として抽出され,モ
デルは高い判別率を示していた。これらの研究は,キャッシュ・フロー計算書の有用性を
支持するものである。
営利企業の安全性評価を行う上でキャッシュ・フロー情報に期待が寄せられる背景とし
て,主に次の2点が挙げられよう。1つは,キャッシュ・フロー情報が損益計算書を補完
2
する役割を担っていることである。利益を計上しながらも資金繰りの行き詰まりのために
倒産する事例,いわゆる黒字倒産は後を絶たない。これに対し,キャッシュ・フロー計算
書は,損益計算書では捉えられない収入支出を明らかにして,企業の資金繰り状況を報告
する。いわば,キャッシュ・フロー計算書は,発生主義会計の死角をカバーすると期待さ
れているのである。いま1つは,キャッシュ・フロー情報の客観性の高さである。つまり,
利益は経営者の主観的な見積もりや会計処理方法の恣意的な選択によって操作される恐れ
があるのに対し,キャッシュ・フローは操作しようのない事実であるため,バイアスの少
ない情報であると考えられているのである 1。
しかしながら一方では,キャッシュ・フロー計算書項目の有用性に疑念を抱かせる分析
結果も報告されている。例えば,宮本(2002)は,倒産企業グループ・被買収企業グルー
プ・健全企業グループの3グループについて,複数の財務指標を用いて平均値の差の検定
を行っている。その結果,キャッシュ・フロー計算書関連の指標については,これらの3
グループを判別する力が弱いこと明らかになった。また,白田(2003)は,倒産企業グル
ープと非倒産企業グループについて,キャッシュ・フロー計算書に基づく複数の財務指標
の推移を調査したところ,両グループの間に顕著な相違を発見することができなかった。
白田(2003)はこの点について,経営が逼迫し倒産に至るような企業においては,倒産直
前には資金流動性を高めようとする傾向にあることから,固定資産の現金化,買入債務に
対する支払延長などが重なり,かえってキャッシュ・フロー指標は良好な値をみせ,継続
企業と変わらないレベルとなりうる,と述べている。
以上の先行研究を要約すると,損益計算書や貸借対照表に基づく財務比率については,
企業の安全性を評価するためのシグナルとして一定の機能を果たしていることが早くから
示されてきたと言える。それに対し,キャッシュ・フロー計算書に基づく財務比率につい
ては,それが有用か否かについて,意見の一致をみていない状態にある。なお,これらは
営利企業についての研究結果であり,地方自治体という非営利組織についての分析は,我々
が知る限り行われていない。
行政キャッシュ・フロー計算書に関する制度
周知のとおり,我が国には財政投融資という制度が設けられており,日本国政府は財投
債を発行することにより金融市場から資金調達を行い,教育・福祉・医療など,民間金融
機関では適切な資金供給が困難な分野に貸し出しを行っている 2。
これらの財投資金の融資先の1つとして,地方自治体がある。すなわち,金融市場から
資金調達を行うことが困難な地方自治体に対しては,資金の安定的確保を図るという観点
から,財政投融資を通じた資金供給が行われている。このような地方自治体向け貸出に対
1
例えば,佐藤ほか(2015)などを参照。
本節の記述は,
『地方公共団体向け財政融資 財務状況調査ハンドブック(以下,
「ハンド
ブック」と略)
』に依拠している。
2
3
しては,平成 16 年度に財政制度等審議会において,
「貸付先の財務状況,事業の収益性等
を適切にチェックすることが求められる」と指摘されている。それを受け,債務の償還可
能性を注視する目的から,平成 17 年度に財務省による地方自治体の財務状況把握が始まっ
た。財務省では地方自治体の債務償還能力や資金繰り状況を明らかにするため,全ての地
方自治体を対象に,決算統計に基づき行政キャッシュ・フロー計算書を作成しているとさ
れる。以下には,ハンドブックより行政キャッシュ・フロー計算書の様式を転載した。
(
『地方公共団体向け財政融資 財務状況調査ハンドブック』より引用)
4
行政キャッシュ・フロー計算書は,一会計期間における現金の流入と流出を,行政活動
の部,投資活動の部,および財務活動の部の3つの区分に分類し,自治体の資金繰りの実
態を明らかにする書面である。そして,財務省は行政キャッシュ・フロー計算書の項目か
ら算出される財務指標をもとに,自治体財政の安全性についてモニタリングを行っている
とされる。具体的には,行政キャッシュ・フロー計算書から得られる4つの財務指標がモ
ニタリングの際のベンチマークとして用いられている。すなわち,①債務償還可能年数,
②実質債務月収倍率,③積立金月収倍率,④行政経常収支率がそれである。①から④は以
下のように定義されている。
①
債務償還可能年数�年�=
②
実質債務月収倍率�月�=
③
積立金等月収倍率�月�=
④
行政経常収支率�%�=
実質債務
行政経常収支
実質債務
行政経常収入 ÷ 12
積立金等
行政経常収入 ÷ 12
行政経常収支
行政経常収入
一般に,①と②はその値が小さいほど,③と④はその値が大きいほど,財務上の安全性
は高いとされており,財務省はそれぞれの比率について,診断の際の基準を示している。
そして,モニタリングの結果をもとに,必要に応じ各自治体に対するヒアリングやアドバ
イスを行っている。
リサーチ・デザイン
我々は行政キャッシュ・フロー計算書に基づく財務比率が自治体の安全性に関する事前
警鐘機能を果たしているか否かを実証的に調査するため,桜井・村宮(2007)に依拠した
リサーチ・デザインを採用した。すなわち,危機的な状況にある自治体グループについて,
危機的な状況に陥る5期前から危機に陥った期までの財務指標の時系列推移を,同時期に
おける健全な自治体グループのそれと比較する。行政キャッシュ・フロー計算書に基づく
財務指標が有効なシグナルであるとすれば,危機的な状況に陥る前から,その予兆は財務
指標に表れているはずである。具体的には健全な自治体については財務指標に変化がない
一方で,危機に陥りつつある自治体については財務指標が徐々に悪化する傾向があるため,
両グループの差は拡大すると予想される。
5
我々は,個々の自治体の行政キャッシュ・フロー計算書項目を足し合わせて集計するこ
とで,安全な自治体と危機的な状況に陥った自治体のそれぞれについて,加重平均的な行
政キャッシュ・フロー計算書を作成するという手法を用いた。そして,これらの行政キャ
ッシュ・フロー計算書から,4つの財務指標を算定した。もし個々の自治体ごとに財務指
標を算定して,それらを単純に平均すると,次のような問題が発生する。例えば債務償還
可能年数を算定する場合,自治体によっては分数の分母が極端に小さいため,結果として
財務指標が著しく大きな値をとる恐れがある。また,理論上は正値であるべきにもかかわ
らず,実際の指標が負の値をとるなど解釈不能なケースが生じる恐れもある。このような
事態を回避するために,単純平均でなく加重平均を用いる手法を採用したのである 3。
なお,我々は危機的な状況に陥っているか否かの判断にあたり,自治体の実質公債費比
率が 18%以上であるか否かをメルクマールとした。実質公債費比率とは,
「地方公共団体の
財政の健全化に関する法律」で導入された指標であり,地方公共団体の借入金(地方債)
の返済額(公債費)の大きさを,その地方公共団体の財政規模に対する割合で表したもの
である 4。
実質公債費比率の水準は,地方債の発行条件を通じて,自治体の財政に大きな影響を与
えている。現行の地方債協議制度のもとでは,地方自治体は協議という手続きを経れば,
国または都道府県の同意がなくとも地方債を発行することができる。ところが,実質公債
費比率が 18%以上になった自治体に対しては,地方債の信用維持のため,起債に際して早
期是正措置が講じられることになる。具体的には,当該自治体は起債に際して公債費負担
適正化計画を策定するとともに,総務大臣又は都道府県知事の許可を受けなければならな
い。加えて,早期是正措置の対象となった事実が公表されることになる。自治体にとって,
自らの裁量による機動的な起債ができないことや早期是正措置の発動に伴う名声の失墜は,
著しく深刻な問題であろう。これらを考慮して,自治体が資金的に逼迫し危険な状況に置
かれる閾値を,実質公債費比率 18%であるとみなすことにした 5。
3
桜井・村宮(2007)を参照。
実質公債費比率の算定方法については,総務省のホームページ「健全化判断比率の算定」
を参照。
5 営利企業の破綻事例に比べると,自治体の事例は極めて少ない。そこで,本稿では実際に
破綻したか否かでサンプルを分類するのではなく,財務上危険な状況に陥っているか否か
で分類を行った。そのメルクマールが実質公債費比率 18%である。後述するように,当該
基準に抵触する自治体の例は少なくない。なお,実質公債費比率が 25%以上になると地域
活性化事業等の単独事業に係る地方債が制限される。また 35%以上になると,これに加え
て一部の一般公共事業債等についても制限されることになる。以上のように,25%や 35%
という値もメルクマールの候補になると考えられるが,これらに抵触する自治体数はきわ
めて少ない。具体的には,全サンプル 2310 自治体・年のうち,25%以上となったサンプル
はわずか 17 自治体・年,35%以上となったサンプルは 6 自治体・年に過ぎなかった。本稿
では少数サンプルの極端な値が特異な分析結果をもたらす恐れを考慮して,実質公債費比
率 18%をメルクマールとした。
4
6
データ
行政キャッシュ・フロー計算書は,平成 17 年度より財務省が個々の自治体の決算を用い
て作成している書類であって,現在のところ,一般に公開されているものではない。しか
し,財務省が公表しているハンドブックには,地方財政状況調査票(決算統計)から行政
キャッシュ・フロー計算書を作成する手順が解説されている。そのため,これに従えば,
外部者が行政キャッシュ・フロー計算書を複製することはおおむね可能である 6。我々は,
ハンドブックに従い,決算統計から行政キャッシュ・フロー計算書を擬制的に作成した。
補遺には,決算統計を行政キャッシュ・フロー計算書に組み替える上で,我々が準拠した
対応表を掲載している。なお,行政キャッシュ・フロー計算書の作成に必要な決算統計デ
ータは,全て総務省のホームページ「市町村別決算状況調」から入手した。
本稿では,自治体のうち,特別区と市のみを分析対象とし,町と村を除外した。その理
由は,分析期間内において著しい数の町村合併が生じており,期間内で連続的にデータを
収集できる町村数が限られているためである 7。図表1には特別区・市・町・村数の推移を
掲載した 8。これによれば,平成 15 年度から 17 年度にかけて市町村合併が進み,自治体数
が半減したこと,および減少した自治体の大半は町と村であったことがわかる。
6
僅かではあるが,行政キャッシュ・フロー計算書項目の中には,決算統計情報だけでは作
成できないものも含まれている。例えば,財務活動の部の収入である翌年度繰上充用金は,
決算統計情報には表示されていない。このような項目については,近似的に金額を求める
必要がある。
7 そのほか,
町村については市や特別区と比べて開示されている決算統計の範囲が狭いため,
行政キャッシュ・フロー計算書の作成にあたって市や特別区と同一の手法が適用できない
ことも理由である。
8 総務省のホームページ「広域行政・市町村合併」に基づく。
7
図表 1
特別区・市・町・村数の推移
3500
3000
2500
数
2000
特別区
1500
市
町
1000
村
500
合計
25年度末
24年度末
23年度末
22年度末
21年度末
20年度末
19年度末
18年度末
17年度末
16年度末
15年度末
14年度末
0
さらに,自治体の財務安全性の判断基準として用いた実質公債費比率は,平成 19 年度分
から平成 24 年度分までのものが公表されている 9。我々はサンプルを実質公債費比率が継
続的に得られるものに限定し,上記の期間中に合併によって誕生(あるいは消滅)した特
別区・市はサンプルから除くことにした。その結果,東京 23 区を含む 638 自治体について,
6 か年分の実質公債費比率を得た。また,実質公債費比率の公表年度から遡って 5 期前まで
の行政キャッシュ・フロー計算書データが得られることを条件に課したため,サンプルは
3822 自治体・年(東京 23 区を含む 637 自治体×6 か年分)に絞られた。なお,これらの
自治体の中には,分析対象期間中に他の市町村を吸収する形で合併しているケースがある。
他市町村との合併に起因する財務状況変化の影響を除去するため,我々は総務省のホーム
ページ「平成 11 年度以降の市町村合併の実績」に基づき,平成 14 年度から 24 年度の期間
において他市町村を吸収合併した自治体を手作業で特定し,除外した。その結果,最終サ
ンプルは 2310 自治体・年(東京 23 区を含む 385 自治体×6 か年分)となった。図表2に
は,最終サンプルの年度間分布を掲載した。なお,これらのサンプルのうち,実質公債費
比率が 18%以上となった自治体数を下段のカッコ内に表示している。これから,平成 20
年度以降,実質公債費比率が 18%以上である自治体の割合は減少していることが分かる。
なお,総務省のホームページ「地方公共団体の主要財政指標一覧」では,平成 19 年度以降
全市町村の平均実質公債費比率は継続的に低下していることが明らかにされている。本稿
平成 20~25 年度の実質公債費に関するデータ(確報値)は総務省のホームページ「地方
公共団体の財政の健全化」から取得した。なお,平成 19 年度決算については,確報値が掲
載されていなかったため,速報値を利用している。
9
8
のサンプルの動向はこれと概ね整合的である。
図表 2
最終サンプルの年度分布
特別区
市
計
19 年度
20 年度
21 年度
22 年度
23 年度
24 年度
23
23
23
23
23
23
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
362
362
362
362
362
362
(52)
(54)
(48)
(38)
(23)
(16)
385
385
385
385
385
385
(カッコ内は実質公債費比率が 18%以上の自治体数)
図表3には,行政キャッシュ・フロー計算書から得られる4つの財務指標について,年
図表3から観察される顕著な傾向として,
度ごとに 385 自治体の加重平均値を掲載した 10。
債務償還可能年数および実質債務月収倍率については趨勢的に低下傾向にあるのに対して,
積立金等月収倍率はわずかに上昇傾向にあると言える。つまり,本稿のサンプルについて
言えば,この期間に債務の縮減が進展するとともに,一定の内部留保を形成しており,後
年度になるほど財務健全性が高まっているように思われる。
図表 3
14年度
15年度
16年度
17年度
18年度
19年度
20年度
21年度
22年度
23年度
24年度
債務償還
可能年数
11.44
14.14
13.87
12.12
7.70
7.96
9.69
10.01
8.91
7.81
7.73
実質債務
月収倍率
19.66
20.21
19.98
19.37
17.06
16.40
16.31
15.17
14.85
13.96
13.67
積立金等
月収倍率
2.50
2.49
2.43
2.47
2.60
2.62
2.99
2.56
2.61
2.69
2.99
行政経常
収支率
0.14
0.12
0.12
0.13
0.18
0.17
0.14
0.13
0.14
0.15
0.15
(東京 23 区を含む 385 自治体の値)
分析結果
以下では,債務償還可能年数,実質債務月収倍率,積立金月収倍率,および行政経常収
支率の順に,それぞれの時系列推移のグラフを掲載した。いずれのグラフも横軸は第-5 期
から第 0 期までとしている。すなわち,実質公債費比率が 18%以上となった年度を第 0 期
10
「積立金等」や「実質債務」の定義については,補遺を参照。
9
とし,その 5 期前からの推移をプロットしている。なお,第 0 期において実質公債費比率
が 18%以上となった自治体群を「危険グループ」とし,同時期において 18%未満であった
自治体群を「安全グループ」と表示することにした。
図表 4
債務償還可能年数
12
10
8
年
6
安全グループ
危険グループ
4
2
0
第-5期 第-4期 第-3期 第-2期 第-1期 第0期
図表4の債務償還可能年数のグラフによると,第-5 期においては安全グループと危険グ
ループはほとんど同一の値を示している。しかし,後年度になるにつれ,安全グループで
は債務償還可能年数が低下しており,財務状況が改善していることがわかる。それに対し,
危険グループの債務償還可能年数は横ばいであり,財務状況に大きな変化は見られない。
その結果,年を追うごとに両グループの差は拡大している。前節でみたように,本稿の分
析期間において,債務償還可能年数の平均値は時系列的に低下傾向にあった。それを考慮
すると,危険グループの債務償還可能年数が横ばいであるという事実は,同グループの財
務状況が相対的に悪化していることを示唆している。以上の結果をふまえると,第-5期
においては安全グループと危険グループを判別することは難しいものの,債務償還可能年
数の推移を時系列的に追跡することで,当該自治体の財務安全性が優劣いずれの方向へ変
化しているか,察知することができそうである。
10
図表 5
実質債務月収倍率
30
25
20
月 15
安全グループ
危険グループ
10
5
0
第-5期 第-4期 第-3期 第-2期 第-1期 第0期
次に実質債務月収倍率を示した図表5によれば,第-5 期から第 0 期のいずれについても
危険グループの方がかなり高いことが分かる。したがって,安全グループと危険グループ
の差は,第-5 期において既に同比率に表れていると言える。ただし一方で,両グループの
値は同様に低下していることも分かる。したがって,実質債務月収倍率の大小によって安
全グループと危険グループを判別することは可能だとしても,同比率の時系列的変化を用
いて両グループを識別することは困難かもしれない。
図表6には積立金等月収倍率のグラフを掲載した。これから,安全グループの値は危険
グループの約2倍に及ぶこと,および危険グループでは分析期間を通じて値に変化がない
のに対し,安全グループではゆるやかに上昇していることが分かる。したがって,同比率
に基づけば,同時点における比率の大小と時系列的な変化の両面から,両グループの判別
が可能であろう。
11
図表 6
積立金等月収倍率
3.5
3
2.5
月
2
安全グループ
1.5
危険グループ
1
0.5
0
第-5期 第-4期 第-3期 第-2期 第-1期 第0期
図表7は行政経常収支率のグラフである。これを見ると,意外なことに第-5 期から第-
1 期のいずれについても,危険グループの方が安全グループよりも高い値を示していること
がわかる。ハンドブックによれば,一般に行政経常収支率が高いほど,債務償還能力が高
く,資金繰り状況も良好であるとされるが,図表7の結果はこのような主張と整合的では
ない。また,時系列的に見ると,第-5 期から第-1 期にかけて両グループの差は縮小して
いることがわかる。すなわち,同比率の大小や時系列的変化から,両グループの財務安全
性を直観的に解釈することは難しいように思われる
11。これらをふまえると,行政経常収
支率を財務健全性のシグナルとして用いることは適切でないと言えよう。
11
危険グループの行政経常収支率が高い理由については,地方交付税の存在が関係してい
るからではないかと推測される。すなわち,地方交付税の目的は,自治体間の財政力の不
均衡を調整することにあるため,実質公債費比率が高い自治体に対しては,そうでない自
治体と比べて多額の地方交付税が交付されている可能性がある。そして,地方交付税は行
政キャッシュ・フロー計算書上,経常収入に算入される。その結果,実質公債費比率が高
い危険グループでは,行政経常収支率の値が高くなっているのかもしれない。
12
図表 7
行政経常収支率
25%
20%
15%
安全グループ
10%
危険グループ
5%
0%
第-5期 第-4期 第-3期 第-2期 第-1期 第0期
以上のように,財務省が提唱する4つの財務指標の中には,自治体の財務安全性の良好
なシグナルとして利用が可能なものと,そうでないものがあると言えよう。これらの財務
比率についいては,今後も見直しや改善が図られるものと期待されるが,ここでは参考と
して,行政キャッシュ・フロー計算書や決算統計上の項目を組み合わせることによって,
より適当なシグナルを作成できる可能性があることを示しておく。我々が考える指標の1
つは積立金等実質債務比率であり,以下のように定義される。
積立金等実質債務比率�%�=
積立金等
実質債務
すなわち,積立金等実質債務比率は,自治体が抱える債務に対し内部留保がどれほど積
み立てられているかを示す値であり,当該比率が高いほど財務安全性が高いと考えられる。
図表 8 には積立金等実質債務比率のグラフを掲載している。これより,いずれの期におい
ても,安全グループの数値は危険グループの3倍以上に及ぶことがわかる。また,危険グ
ループは時系列的に変化がないのに対し,安全グループは年を追うごとに数値が顕著に改
善しており,その結果,両グループの差異は時系列的に拡大している。すなわち,同比率
を用いれば,同一時点における比率の高低および時系列推移の両方から安全性を識別する
ことができよう。積立金等実質債務比率は,行政キャッシュ・フロー計算書の欄外に記載
される2つの残高情報を用いることにより,容易に算定が可能である。
13
図表 8
積立金等実質債務比率
0.25
0.2
0.15
安全グループ
0.1
危険グループ
0.05
0
第-5期 第-4期 第-3期 第-2期 第-1期 第0期
我々が考えるいま1つの指標は最終収支率であり,以下のように定義される。
最終収支率�%�=
歳入合計 − 歳出合計
歳入合計
すなわち最終収支率は,歳入に占める最終収支の割合を示す。歳入合計や歳出合計の値
は,決算統計から収集することが可能である。図表 9 には同比率のグラフを掲載している。
これを見ると,第-5 期においてのみ危険グループの方が安全グループより良好な値を示す
ものの,第-4 期以降は安全グループが危険グループを上回り,かつ両者の差は拡大傾向に
あると言える。すなわち,先述の積立金等実質債務比率と同様,最終収支率は安全性を識
別するための指標として有用であると期待できる。なお,積立金等実質債務比率や最終収
支率といった指標は一例であり,いかなる指標が優れているかは,実証的な問題である。
今後の実務の蓄積をふまえてより適切な財務指標が考案されることが期待される。
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図表 9
最終収支率
0.03
0.025
0.02
0.015
安全グループ
0.01
危険グループ
0.005
0
第-5期
第-4期
第-3期
第-2期
第-1期
第0期
-0.005
-0.01
おわりに
本稿では,自治体の決算情報に基づいて行政キャッシュ・フロー計算書を作成し,財務
安全性の高い自治体と安全性が低下した自治体について,財務省が提唱する4つの財務指
標の時系列的推移を調査した。その結果,それらの指標の中にも自治体の財務安全性に関
する良好なシグナルとなるものと,シグナルとしての利用が難しいものがあることが判明
した。さらに,行政キャッシュ・フロー計算書の項目を組み合わせることによって,より
良好な財務指標を作成することができることを例証した。これまでに,行政キャッシュ・
フロー計算書の有用性を現実のデータによって確認した研究は存在しないことから,自治
体財政の分析者に対して,本稿の成果は一定の示唆を与えるものと考える。
ただし一方で,本稿の結果を解釈するにあたっては留意すべき点もある。例えば,我々
が用いた行政キャッシュ・フロー計算書はあくまで擬制的に作成したものであることや,
分析対象期間が比較的短いことなどがそれである。今後行政キャッシュ・フロー計算書が
公表され,長期にわたるデータが蓄積された時点で,改めて分析を行う必要があると考え
る。行政キャッシュ・フロー計算書に関する研究が進展し,安全性評価手法が確立されれ
ば,市場規律を通して地方自治体の財務健全性が高まるものと期待される。
15
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16
補遺
地方財政状況調査票(決算統計)と行政キャッシュ・フロー計算書項目の対応表
(決算統計)
(行政キャッシュ・フロー計算書)
■ 歳入
1.地方税
2.地方譲与税
3.利子割交付金
4.配当割交付金
5.株式等譲渡所得割交付金
6.地方消費税交付金
7.ゴルフ場利用税交付金
8.特別地方消費税交付金
9.自動車取得税交付金
10.軽油引取税交付金
11.地方特例交付金
12.地方交付税
13.交通安全対策特別交付金
14.分担金及び負担金
15.使用料
16.手数料
17.国庫支出金
生活保護費負担金
児童保護費等負担金
障害者自立支援給付費等負担金
子どものための金銭の給付交付金
公立高等学校授業料不徴収交付金
普通建設事業費支出金
災害復旧事業費支出金
失業対策事業費支出金
委託金
財政補給金
社会資本整備総合交付金
特定防衛施設周辺整備調整交付金
電源立地地域対策交付金
地域自主戦略交付金
東日本大震災復興交付金
その他
18.国有提供施設等所在市町村助成交付金
国庫財源を伴うもの
19.都道府県支出金
普通建設事業
災害復旧事業
その他
委託金
都道府県費のみのもの
20.財産収入
児童保護費等負担金
障害者自立支援給付費等負担金
子どものための金銭の給付交付金
普通建設事業費支出金
災害復旧事業費支出金
電源立地地域対策交付金
その他
普通建設事業費支出金
災害復旧事業費支出金
その他
財産運用収入
財産売払収入
21.寄附金
22.繰入金
23.繰越金
24.諸収入
延滞金・加算金及び過料
預金利子
公営企業貸付金元利収入
貸付金元利収入
受託事業収入
収益事業収入
雑入
25.地方債
26.特別区財政調整交付金
歳入合計
(行政活動の部) 地方税
(行政活動の部) 地方譲与税・交付金
(行政活動の部) 地方譲与税・交付金
(行政活動の部) 地方譲与税・交付金
(行政活動の部) 地方譲与税・交付金
(行政活動の部) 地方譲与税・交付金
(行政活動の部) 地方譲与税・交付金
(行政活動の部) 地方譲与税・交付金
(行政活動の部) 地方譲与税・交付金
(行政活動の部) 地方譲与税・交付金
(行政活動の部) 地方譲与税・交付金
(行政活動の部) 地方交付税・特別区財
政調整交付金
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 分担金及び負担金・寄
(行政活動の部) 使用料・手数料等
(行政活動の部) 使用料・手数料等
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(投資活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 特別収入
(行政活動の部) 特別収入
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 行政特別収入
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(投資活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 特別収入
(投資活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 特別収入
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(投資活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 特別収入
(行政活動の部) 国(県)支出金等
(行政活動の部) 事業等収入
(投資活動の部) 財産売払収入
(行政活動の部) 分担金及び負担金・寄
(行政活動の部) 特別収入
いずれにも分類しない
(行政活動の部) 事業等収入
(行政活動の部) 事業等収入
(投資活動の部) 貸付金回収
(投資活動の部) 貸付金回収
(行政活動の部) 事業等収入
(行政活動の部) 事業等収入
(行政活動の部) 事業等収入
(財務活動の部) 地方債
(行政活動の部) 地方交付税・特別区財
政調整交付金
上記1.から26.の合計
■ 歳出
1.人件費
2.物件費
3.維持補修費
4.扶助費
5.補助費等
6.普通建設事業費
7.災害復旧事業費
8.失業対策事業費
9.公債費
10.積立金
11.投資及び出資金
12.貸付金
13.繰出金
14.前年度繰上充用金
歳出合計
(行政活動の部) 人件費
(行政活動の部) 物件費
(行政活動の部) 維持補修費
(行政活動の部) 扶助費
(行政活動の部) 補助費等
(投資活動の部) 普通建設事業費
(行政活動の部) 行政特別支出
(行政活動の部) 行政特別支出
(財務活動の部) 元金償還額
(行政活動の部) 支払利息
いずれにも分類しない
(投資活動の部)投資及び出資金
(投資活動の部) 貸付金
(行政活動の部) 繰出金
(財務活動の部) 前年度繰上充用金
地方債元利償還金
一時借入金利子
上記1.から14.の合計
なお,行政キャッシュ・フロー計算書の参考情報である以下の各項目については,次のように算定している。
地方債現在高 = 決算統計上の地方債現在高
積立金等 = 決算統計上の積立金現在高 + max[(歳入合計-歳出合計),0]
有利子負債相当額 = max[(歳出合計-歳入合計),0] + 債務負担行為額
最後に,上記の3項目を用いて,実質債務を次のように算定した。
実質債務 = 地方債現在高 + 有利子負債相当額 - 積立金等
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