2014 年度 倒産法 第 14 回 第14回 個人倒産 1 個人倒産の処理方法 (1) 倒産 ADR ADR(Alternative Dispute Resolution:代替的紛争処理手続) 裁判によらない紛争解決手段。国家権力による強制力を背景とする一刀両断的な 解決ではなく,当事者の任意の話し合い・譲歩による解決を指向する。 長所は合意による柔軟な解決内容を実現できることや合意内容について任意の履 行が期待しやすいことなど。 短所は任意交渉に応じない当事者を拘束できず,証拠を強制的に提出させる手段 がないことなどである。 倒産に関する ADR としては,裁判所で行われる司法型 ADR として特定調停が, 裁判所外の民間 ADR としてクレジットカウンセリングがある。 (ア) 特定調停 民事調停法の特別法である「特定債務等の調整の促進のための特定調停に関する 法律」 (2000 年施行)によって創設 特徴 完全合意型 →調停が成立するためには,債権者の個別・積極的な同意が必要 →調停に代わる決定(民調 17 条)が確定するためには,債権者が異議を述べな いという意味で消極的な同意が必要 司法型 →裁判所が関与するため一定の公平性・透明性確保が期待できる 簡易・迅速・廉価 →個人再生・個人破産と異なり,弁護士をつけない本人申立てがほとんど。個 人再生委員や管財人はつかない。申立費用は数千円。 利用実態 ピーク時の 2003 年には 54 万件。2010 年には 3 万件弱 減少した理由:任意整理の普及(任意整理では債務名義が作られない,過払金 についてもまとめて交渉できる,裁判所に出頭しなくてよい,交渉中の利息・ 損害金をカットできるなど,債務者にとってメリットがあるといわれ,最近は 特に司法書士が関与して進められることが多いという) ,個人に対する貸付の総 量規制(年収の 3 分の 1 まで) ・グレーゾーン金利の廃止(後述)による個人債 務の減少などが指摘されている。 手続 1 平野哲郎 2014 年度 倒産法 第 14 回 簡易裁判所で,調停委員が進める。特定調停の調停委員は元書記官などが多い。 一人の債務者が 10 社前後の債権者に対して申し立てることが多い。 利息制限法を上回るが出資法違反にならないグレーゾーン金利(15〜20%以上 29.2%以下)について,利息制限法に基づいて債務額を引き直し計算をする(た だし 2010 年施行の貸金業法によってグレーゾーン金利は撤廃された)。 引き直し計算後の残額を 3〜4 年で弁済する調停案が一般的(調停成立後の利息・ 損害金はカットするが,それ以外は全額弁済が原則。ただし,元金カットする場 合もある) 。 債権者が出頭しなくても電話などで,事実上同意を得た上で調停に代わる決定を することが多い。 (イ) クレジットカウンセリング 公益財団法人日本クレジットカウンセリング協会による事業。 弁護士と消費生活アドバイザーがカウンセリングをして,任意整理などをサポー トする。 費用は無料(クレジット業界団体,貸金業界団体,金融機関団体が負担) 1987 年から開始されているが,利用は年間 1000 件程度。 全国に 12 のセンター・相談室がある(近畿にはない)。 ホームページ http://www.jcco.or.jp/ (2) 法的処理 (ア) 個人再生 民事再生法の中に,特則手続として小規模個人再生,給与所得者等再生が用意され ている。 手続が簡略化されており,住宅ローンについての特則が特に重要。 (イ) 個人破産 個人破産事件は大部分が,手続費用(主に管財人報酬)も不足するため同時廃止と なる。配当ではなく,免責によって債務の支払を免除されて,債務者が再起を図る ことが事実上主な目的。 (3) 個人倒産の処理方法の選択基準 引き直し計算をすれば,数年で債務の弁済が可能な場合 →任意整理,特定調停 一定の収入があり,弁済の意思はあるが,全額の弁済は困難。特に持ち家を保持したい →個人再生 収入がないか,債務額に対して著しく乏しく弁済がほとんど不可能 →個人破産 債権者には選択権はない。 2 平野哲郎 2014 年度 倒産法 第 14 回 →債務者が,弁済能力があるにも関わらず,個人破産を選択しても個人再生に移行さ せることはできない。弁済能力があるのに弁済の意思がないという場合,再生手続へ の強制移行させるべきではないか。 2 個人再生 (1) 小規模個人再生 利用実態 小規模個人再生・給与所得者等再生は 2001 年から施行 小規模個人再生は 2007 年に 2 万 4000 件以上でピーク,給与所得者等再生は 2003 年 に 9000 件近くでピーク。合計は 2007 年の 2 万 7000 件超が最高。2011 年は合計 1 万 4000 件超。 (ア) 利用要件 ①個人債務者であること ②将来において継続的にまたは反復して収入を得る見込みがあること ③住宅ローンを除く債務総額が 5000 万円を超えないこと (イ) 個人再生委員 小規模個人再生では監督委員は選任されない。 個人再生委員(通常は弁護士。司法書士や調停委員経験者の場合もある)が選任さ れ,以下の職務を行う(再 223 条 2 項。全部とは限らない) ① 債務者の財産・資産状況の調査 ② 再生債権の評価に当たって裁判所の補助 ③ 債務者の再生計画案作成のために必要な勧告 *個人再生委員に否認権はない。 *大阪地裁では弁護士が申立代理人としてついている場合は,個人再生委員は選 任されず,申立代理人が上記の職務を行う。 (ウ) 債権調査 債権届出は省略され,債務者が提出する債権者一覧表に記載のある債権者は記載 どおりの届出をしたものとみなされる。 異議の申述がある場合のみ,裁判所が個人再生委員の意見を聞いて評価する。 (エ) 再生計画 ①提出権者 債務者だけ ②形式的平等原則 権利変更は債権者間で平等でなければならない=通常再生のような実質的平等原 則(少額債権は全額弁済するなど)は排除される(再 229 条1項)。ほとんどの債 権者が消費者金融業者などで等質性があるから。 3 平野哲郎 2014 年度 倒産法 第 14 回 ただし,悪意の不法行為による損害賠償請求権,故意・重過失による生命・身体を 害する不法行為による損害賠償請求権,養育費等は権利変更の対象外(再 229 条 3 項) ③弁済の頻度 3 ヶ月に 1 回以上(再 229 条 2 項 1 号) ④弁済期間 原則 3 年間(同 2 号。5 年まで延長可能) ⑤最低弁済基準額(再 231 条 2 項 3 号,4 号。テキスト 248 ページの表参照) 小規模個人再生では財産調査がされるとは限らない→清算価値保障原則を実現で きないおそれがある→ほとんど弁済をしないような再生計画を認めることによる モラル・ハザードを防止する必要がある→一定額の弁済は法律で確保する。 ⑥消極的同意方式 同意しない債権者が書面等投票でその旨を回答する。 (オ) 計画遂行 そもそも監督委員が選任されないので,履行を監督する制度はない。 計画変更(延長)は可能(再 234 条) 変更でも対応できない場合は,取消し(再 238 条で 189 条1項 2 号が適用除外さ れていない)→牽連破産 ハードシップ免責(Hardship=困難) ① 再生計画の遂行が極めて困難で,②債務者に帰責事由がなく,③すでに 4 分 の 3 以上の弁済を終えているとき等の要件を満たした場合は,残額について免 責決定をすることができる(再 235 条) (2) 給与所得者等再生 サラリーマンについて用意されたより簡易な手続 給与のような変動の少ない定期的な収入がある場合に利用可能(再 239 条1項) 再生計画について債権者の決議は不要で,債権者の意見聴取期間が経過した後に裁判 所による認可決定がされる(再 240 条 1 項,2 項,241 条 1 項) 。 再生計画は「可処分所得要件」を充足する必要=生活保護水準の生活費を上回る可処分 所得の 2 年分を原則として 3 年間の再生計画期間内に弁済すること 実際には,政令(再 241 条 3 項)で定められている控除生活費が少ないため,可処分 所得要件を満たした弁済計画を建てると,小規模個人再生の最低弁済基準額を上回る 弁済額になってしまうことが多い。 この手続で得られる債権者の決議不要というメリットはあまり大きくない(小規模個 人再生でも債権者の同意が得られないことは少ない) →サラリーマンも小規模個人再生を利用している 4 平野哲郎 2014 年度 倒産法 第 14 回 (3) 住宅資金貸付債権に関する特則 リストラなどによって住宅ローンの支払が困難になった債務者が家を失わずにすむよ うにするための救済策 住宅資金特別条項 住宅ローンの全部または一部を変更する再生計画条項(再 196 条 4 項) 条項の類型(再 199 条) ① 期限の利益回復型=遅滞に陥っているローンを再生計画の中で加算して支払 う ② リスケジュール型=弁済期を繰り延べる ③ 元本猶予併用型=元本の一部の弁済を猶予して支払額を平準化する ④ 合意型=①から③以外の合意で定める方法 ⑤ そのまま条項=法律が予定していなかったパターン。債務者は経済的に破綻 しても住宅ローンだけは払い続けていることが多く,その場合,権利変更の必 要がない。そこで,そのまま支払続けるという条項を入れる。 3 個人破産 個人破産の歴史 1952 年まで 免責制度がなく破産のメリットがない。 1970 年代まで 「破産は恥」という意識。個人破産の利用はほとんどない。 1980 年代 消費者金融(当時は「サラ金」と呼称)の普及による多重債務者の 増加。1984 年に個人破産が 2 万件超。その後,バブル景気でいっ たん減少。 1990 年代 カード破産の急増。1998 年 10 万件超。若年層の破産。宮部みゆき 『火車』 。クレサラ弁護士。 2000 年代 長引く不況。2003 年に 24 万件。その後,過払金請求の増加,特定 調停・個人再生の利用などにより減少したがなお 10 万件以上。 (1) 破産手続 (ア) 申立書 【書式】申立書書式,陳述書書式(新潟地裁の例) http://www.courts.go.jp/niigata/saiban/tetuzuki/syosiki/ 申立書・陳述書のほかにも債権者一覧表,資産目録,家計状況を申立人が作成し, 源泉徴収票,課税証明書,預金通帳写し,生命保険証書等を提出する。 申立てを弁護士に委任するのも費用がかかるため,本人申立ても一定数ある。 申立書は,定型のものが各裁判所に用意されており,それを埋めれば本人でも十分に 申し立てられる。 弁護士に委任するメリット 5 平野哲郎 2014 年度 倒産法 第 14 回 →受任通知を債権者に送ると取立行為を止められる。受任通知受領後の正当な理由 のない取立てには,2 年以下の懲役または 300 万円以下の罰則が科される(貸金業法 21 条 1 項 9 号,47 条の 3 第 1 項 3 号) 。 →弁護士が代理人についている場合,申立日に面接を実施し,即日開始決定・廃止決 定をする運用をしている裁判所もある。 (イ) 審尋 裁判官による審尋が行われる。かつては一人 30 分かけることもあったが,現在は 極めて簡単なもので,集団的に行われることもある。 生活保護受給者については審尋を省略する裁判所もある。 (ウ) 同時廃止(破 216 条) かつては個人破産はほとんどが同時廃止で処理されていたが,財産隠匿などが放 置されるという問題があった。 現在は,破産財団に属する財産が一定額以上見込める場合や財産の隠匿が疑われ る場合は,管財人が選任されている。 *「一定額」については,東京地裁では管財事件の最低予納金額である 20 万円, 大阪地裁では自由財産の限度額である 99 万円(破 34 条 3 項 1 号,民執 131 条 3 号,民執施行令 1 条) 管財人選任率は 3 分の 1 程度。 現金・預金のほか,生命保険解約返戻金,退職金見込額の 8 分の 1 以上などが破 産財団を構成する(退職金については,退職させるわけにはいかないので上記相当 額を自由財産から組み入れさせる) 。 不動産がある場合は原則として管財事件になるが,評価額の 1.5 倍以上の被担保 債権がある場合は同時廃止を認める。 (2) 免責 (ア) 導入の経緯 破産手続では,手続終結後に破産債権残額の弁済を免れる手段はない。 ※民事再生では,再生計画認可により残債務を免責される(再 178 条,会更 204 条 も同旨) 個人に対する経済的再生機会の整備を目的として,GHQ の指令により 1952 年に 免責手続が導入された。 免責の制度趣旨 恩典説(判例・通説?) :誠実な債務者に与えられる恩典 経済再生手段説:破産者のフレッシュ・スタートのための制度 →恩典説は,免責不許可事由の解釈・審理が厳格で,経済再生手段説は緩やかと いわれるが,事実上あまり違いはない。 ※免責の合憲性「公共の福祉のために憲法上許された必要かつ合理的な財産権の 6 平野哲郎 2014 年度 倒産法 第 14 回 制限」(最決昭和 36・12・13 民集 15・11・2803) (イ) 破産手続と免責手続の関係 旧法では,破産手続と免責手続は厳格に区別されていた。 But ①破産手続の同時廃止から免責許可決定が確定するまでの間に残債務に対する強 制執行が横行 ②免責の申立て忘れも発生 ↓ 現行法では,両手続を一体的に運営 ①免責申立中の強制執行の禁止(破 249 条 1 項) ②反対の意思表示をしない限り,破産開始申立てと同時に免責申立てをしたもの とみなす(破 248 条 4 項) (ウ) 免責不許可事由 管財人が選任されていれば,管財人が不許可事由を調査し,裁判所に報告する(破 250 条 1 項)。 管財人選任の有無にかかわらず,破産債権者は免責についての意見を述べること ができる(破 251 条) 。 かつては免責不許可事由の審査のために全件裁判官による個別面接による審尋を 行っていたが,現在は集団審尋か,書面審尋しかほとんど行われていないようであ る。 免責不許可事由があっても裁量により免責を許可できる(破 252 条 2 項) 。 不許可事由の類型(破 252 条 1 項) ①破産者による意図的に破産債権者を害する行為 破産財団減少行為(1 号) ,不当な債務負担(2 号) ,不当な偏頗行為(3 号) , 浪費・賭博等射幸行為(4 号) ,詐術による信用取引(5 号) ,帳簿等隠滅行為 (6 号) ,虚偽の債権者名簿提出行為(7 号) 浪費→社会的に許される限度を超えた支出 詐術→換金目的でのカードによる物品購入等 ②破産法上の義務違反・手続進行妨害行為 調査協力その他の義務違反(8,10 号) ,管財業務等妨害行為(9 号) ③7 年以内の免責取得 (エ) 効果 破産手続による配当を除き,破産債権残額につき責任を免除(破 253 条 1 項) 免責によって債務は消滅するか 債務消滅説 →債務自体が消滅するため,任意弁済の余地もない 7 平野哲郎 2014 年度 倒産法 第 14 回 自然債務説(判例・通説) →主債務が消滅しているとすると保証債務も附従性によって消滅してしまい, 保証人への保証債務履行請求ができること(破 253 条 2 項)を説明できなく なるため,債務は残ると考える=強制執行はできないが,任意弁済は有効 非免責債権(破 253 条 1 項) ①租税等請求権 (1 号) →公益的観点から非免責債権とされているが,債務者の経済的更生という観 点からは問題 ②破産者が悪意で加えた不法行為請求権(2 号) →換金行為などは詐欺に当たるので,免責自体は不許可にならなかったとし ても非免責債権に当たるという解釈はあり得る。 ③破産者が故意または重大な過失で加えた人の生命身体を害する不法行為請求 権(3 号) ④親族の扶養料請求権等(4 号) ⑤雇用関係に基づいて生じた使用人の請求権(5 号) ⑥破産者が知りながら債権者名簿に記載しなかった請求権(6 号) →「知りながら」には過失による場合も含む(東京地判平成 14・2・27 金法 1656・60) 。4 年間請求がなかったために債権者名簿に登載することを失念し た場合は,免責が認められないほどの過失とは認められない(神戸地判平成 元・9・7 判時 1336・116) →「故意・重過失」がある場合には免責しないというのが実務上の解釈? ⑦罰金等の請求権(7 号) *破産債権者表の記載により非免責債権に該当すると認められる場合は,裁判 所書記官は単純執行文(民執 26 条)を付与することができる(最判平成 26・4・ 24 民集 68・4・380) 。 (3) 復権 破産者は,弁護士,公認会計士,税理士等になれず,後見人などにもなれない。業法 による就職制限も多い(警備員,宅建業者,旅行業者等) 復権によって,破産者に対する資格停止・権利制限が消滅する。 ①当然復権(破 255 条 1 項各号) 免責許可決定の確定など。ほとんど全てこれによる。 ②申立復権(破 256 条) 1 月 15 日は野村剛司弁護士による講演です。 定期試験は論述試験です。レジメとテキストをよく復習しておくこと。 過去のレジメは,http://lawschool.jp/hirano/からダウンロードできます。 8 平野哲郎
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