高強度テラヘルツ波による超伝導秩序パラメーター振動の実時間観測

高強度テラヘルツ波による超伝導秩序パラメーター振動の実時間観測
松永 隆佑
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻島野研究室
Time-resolved study of order parameter oscillation in superconductors
using intense terahertz wave
Ryusuke Matsunaga
Shimano Group, Department of Physics, Faculty of Science, The University of Tokyo
Change of Probe Electric Field (arb. units)
テラヘルツ(THz)分光技術の発達により、物性物理において重要な Fermi 面近傍の低エネルギ
ー領域(~meV)における電磁応答を詳細に調べることが可能になった。特に THz 時間領域分光は、
Kramers-Kronig 変換なしで応答関数の実部と虚部の両方を得ることができるだけでなく、ポンププローブ分光と組み合わせることで約 1 ps の時間分解能でダイナミクスを調べることを可能にする
強力な手法となっている。さらに最近では高い電場尖頭値を持つ高強度 THz パルスの生成が可
能になり、THz 波で駆動されたことで生じる非平衡状態の性質とそのダイナミクスの研究や、THz
波による物質制御について注目が集まっている。
我々は、THz 電場に駆動された非平衡量子多体系の研究対象として超伝導に着目した。金属
超伝導体のギャップエネルギーは meV 程度、つまり THz 領域にある。そのため高強度 THz パル
スを用いることで、光子の余剰エネルギーを抑えて電子系を強く励起したり、あるいは準粒子励起
の起こらない周波数で系をコヒーレントに駆動するといった、可視光では決してなしえない実験によ
って非平衡量子多体系における新しい学理を追求することが可能になると考えられる。
金属から超伝導への相転移は、波動関数の位相に関する U(1)対称性の自発的な破れを伴う。
このような対称性の破れた系では、秩序パラメーターの振幅および位相の揺らぎに相当する集団
励起モードが出現する。このうち振幅の振動モードは近年では Higgs モードと呼ばれ、凝縮系にお
ける研究が近年盛んに進められている。しかし超伝導のヒッグスモードは分極を伴わず、線形応答
の範囲では光と結合しないため、その性質はこれまでほとんど調べられていなかった。
我々は s 波超伝導体 Nb 1-xTi xN に対して THz ポンプ-THz プローブ分光測定を進めてきた。高
強度モノサイクル THz パルスを用いてギャップ端に高密度の準粒子を注入することで、格子系を
加熱することなく瞬時に超伝導状態を励起することができる[1]。このような非断熱的な摂動が与え
られた後の秩序パラメーターΔ の変化を時間分解検出すること
により、秩序パラメーターの自由振動、つまり Higgs モードを観
τpump/τΔ=0.57
測することに成功し(図)、その周波数が 2Δ と一致することを
確かめた[2]。さらに、ギャップエネルギーよりも低い周波数(ω)
を持つ高強度狭帯域 THz パルスを用いて励起することで、電
2
1 nJ/cm
場照射中に周波数 2ω で秩序パラメーターの強制振動が生じ、
9.6
8.5
これに伴って周波数 3ω の高次高調波が放出されることを見
7.9
7.2
出した[3]。この振動が 2ω=2Δ を満たすときに増強することか
6.4
ら、THz 波とヒッグスモードが非線形応答領域において共鳴す
5.6
4.8
ることを発見した[3]。これらの成果は超伝導というマクロな量
4.0
子状態を光によって高速に制御する新たな道筋を示すもので
ある。銅酸化物や鉄系超伝導体などの非従来型超伝導体へ
0
-4
-2
0
2
4
6
8
の拡張も大変興味深く、今後の発展が期待される。
Pump-probe Delay Time tpp (ps)
以上の結果は、島野亮、濵田裕紀、富田圭祐、杉岡新、藤
図 THz 波 で非 断 熱 的 励 起 された
田浩之、辻直人、青木秀夫、寺井弘高、牧瀬圭正、鵜澤佳徳、
超伝導体における Higgs モード[2]。
王鎮各氏(敬称略)との共同研究に基づいている。
[1] R. Matsunaga and R. Shimano, Phys. Rev. Lett. 109, 187002 (2012).
[2] R. Matsunaga et al., Phys. Rev. Lett. 111, 057002 (2013).
[3] R. Matsunaga et al., Science 345, 1145 (2014).