聴講記録(糖尿病治療最前線:平成27年2月26日 「SGLT2阻害薬による薬疹の考え方」 東京大学医学部皮膚科学 佐藤伸一教授 「SGLT2阻害薬による薬疹の考え方」 Ⅰ.薬疹についての基本 ・危険な薬疹の「危ないサイン」 薬疹はいつ出現するか分からない。かゆみが強くないため患者自身が気づかないことも多い。 その反面、急激に重症化する怖さもある。 ・薬疹を疑ったら、まずいつからそういった紅斑ができてきたのかを聞き取ります。 かゆみがないため、患者さんもあまり分かっていないことがありますから、本当に詳しく聞くようにします。 また、それ以前に開始した薬剤、使用していた薬剤のすべての投与時期と期間に関する情報が必要です。 発熱、粘膜症状、水疱形成、表皮剥離、びらんは危険なサインです。 このような症状があれば、迷わずに皮膚科に連絡。時機を逸すると危険です。 ・確定診断としては薬物の投与により発症し、中止により軽快することで疑いが濃厚。 パッチテスト陽性、リンパ球刺激試験陽性、誘発試験(DLST)陽性で確実となる。 薬疹発症の機序 ・アレルギー機序による薬疹 薬剤、あるいは血清蛋白などと結合した複合体が抗原性を獲得し、免疫学的な機序を介して発症する.すなわち、特定の抗原に反応する抗体やリンパ球 が生成された個体にのみ生じる. 免疫学的な機序としては、Coombs & Gell によるⅠ型~Ⅳ型アレルギーのほかに、T 細胞を介した機序が存在すると考えられているが、詳細は不明であ る. ☆初感作では、4日から1週間程度経ってから症状が現れる。(これは、メモリーT細胞が生成される期間) ☆SJS、TENでは症状の現れるのがもっと早い。 ★内服してから数時間から1日程度で現れるのは、①以前に感作を獲得(多い)。②クロス感作(少ない)。 ・非アレルギー機序による薬疹 感作の有無に関係なく誰にでも起こり、そのなかには以下に示すようなさまざまな機序のものが含まれる.原因薬剤によって特徴的な臨床所見をとる. 副作用:期待とは異なる、薬剤が本来もっている薬理作用が出現したものをさす.抗癌薬による脱毛やエトレチナート(ビタミン A 誘導体)による掌蹠の落 屑など. 過剰投与:誤って過剰に投与された場合や代謝や排泄に障害をもつ個体の場合に生じる. 蓄積作用:長期間の摂取により皮膚や粘膜に薬剤が蓄積されたものをさす.砒素黒皮症や銀皮症など. 相互作用:ある薬剤が他の薬剤の代謝や排泄を阻害したり、蛋白結合に影響を及ぼしたりして、過剰投与と同じ状態が生じる. 生体側の条件によるもの:きわめて少量の薬剤でも過剰状態が出現する(不耐性)、本来の薬理作用と異なる効果が出現する(特異体質)など.代謝系酵 素に異常を認める. 薬疹の型 ☆多形紅斑 erythema multiforme(EM)は、多形滲出性紅斑(erythema exsudativem multiforme)ともいう。 やや隆起する 10mm大程の特徴的な環状浮腫性紅斑が関節伸側部や手背などに左右対称性に多発します。 紅斑の中心は陥没して特徴的な標的状(target lesion)となります。 感染症(ヘルペスやマイコプラズマ)や薬剤に対する免疫アレルギーが主な病因です。 最初は小さな発疹が段々中から外へと広がっていきます。(発疹の経過も大事です) EMは、Stevens-Johnson 症候群への移行もありますので注意が必要です。多型紅斑といって少し周りが盛り上がった紅斑が多数出てきます。こんなに 紅斑ができていても、薬疹の場合はかゆみがほとんどないことがよくあります。 そういう場合は、原因の薬剤を中止するだけで初期治療が十分のこともあります。 多型紅斑型薬疹の場合は中毒性表皮壊死症(TEN 型)やスティーブンス・ジョンソン症候群などの重症薬疹に移行することがあり、そのままでは危険な こともあります。 ☆スティーブンス・ジョンソン症候群(Stevens-Johnson Syndrome) 薬疹の重症型です。発熱を伴う粘膜疹が、口唇、眼粘膜、外陰部などの皮膚 粘膜移行部に発現し、皮膚の紅斑を伴います。しばしば水痘、表皮剥離など 播種状紅斑丘疹型薬疹 薬剤性蕁麻疹 の表皮壊死性障害を認める。本症候群で、目の充血がひどい、唇がむけて きた、痂皮があるといった症状は「危ない」というサインです。 ☆中毒性表皮壊死症(TEN:toxic epidermal necrolysis) 広範囲な紅斑と、全身の10%以上の水痘、表皮剥離・びらんなどの顕著な 表皮の壊死性障害を認め、高熱と粘膜疹を伴う。 ☆播種状紅斑丘疹型薬疹 最も普通のタイプの薬疹で、小さな紅斑や丘疹性(少し盛り上がる)紅斑がポ ツポツと広い範囲に発症し、つながりやすい傾向を示します。多くは原因薬剤の摂取後7日以内に発症。 原因薬剤:イオヘキソール、アンピシリン、カルバマゼピン、塩酸メキシレチン、チオプロニン、アモキシシリン、イオメプロールなど。 ☆薬剤性蕁麻疹 固定薬疹 薬剤によるアレルギーである。薬剤摂取後 30 分以内に起こるのが通常。抗生剤・NSAID の頻度が高い。真皮の浮腫であり、個々の発疹は24時間程度 で消失する。 ☆固定薬疹 特定の薬剤が原因となり、原因が加わるごとに同一部位に発疹が生じる病態のことである。原因薬剤が投与されるたびに発症は拡大し、新たな部位に も生ずるようになる。 代表的な原因薬剤としてはピリン系薬剤、サルファ剤、バルビツレート系薬剤などが挙げられる。 口唇・外陰部など皮膚粘膜移行部に好発する。 薬疹の治療 ①被疑薬の中止 ②ステロイドのパルス療法+免疫グロブリン大量静脈注射。 さらに血漿交換など。 薬疹の予後 TENの死亡率は20%、SJSの死亡率は3%とされている。 Ⅱ.「SGLT2阻害薬による思いもかけない副作用として薬疹の発症があった」。 薬疹の発症頻度は、市販後直後調査において(平成26年8月時点で)、1%の発現が見られた。通常、多いとされる医薬品等の発症頻度は、テグレトール で3.5%、バクタで1.2%、ザイロリックで1.0%と云われており、SGLT2阻害薬の発症頻度には驚かされた。ことに「スーグラ」では多かったと。 SGLT2 阻害薬の適正使用に関する Recommendation(改訂:2014 年 8 月 29 日)において、8月17日時点の各社の副作用報告によれば、予想された副 作用である尿路・性器感染症に加え、重症低血糖、ケトアシドーシス、脳梗塞、全身性皮疹などの重篤な副作用がさらに増加している。とされ、 Recommendation の第5に、本剤投与後、薬疹を疑わせる紅斑などの皮膚症状が認められた場合には速やかに投与を中止し、皮膚科にコンサルテーシ ョンすること。また、必ず副作用報告を行うこと。が明記されている。 SGLT2阻害薬による薬疹発症の特徴 ①「SJS」が生じうる。いわゆる粘膜疹であり、目の結膜、口唇、外陰部等に発症。 ②交叉感作がある。 ③特殊例として、固定疹が2例、蕁麻疹タイプが50例以上見られた。 ④服用の1日目から発症する可能性がある。 ☆「スーグラ」では、早く発症する患者に重篤例が多い。 発症の機序についての考え(目下検討中ではあるとされ、?の数は疑わしさの程度と云ってよい)。 ①「脱水による皮膚の乾燥から皮疹が発症する」 ⇒?? ②「重症なるがゆえに感作期間が極端に短くなる」 ⇒?? ③「非アレルギー(ケトアシドージス)による」 ⇒? ④p-i concept (or p-i concept drug hypersensitivity) ⇒最も当てはまりそうだとされている。 薬剤(分子)がT細胞抗原受容体あるいはMHC分子と直接結合(それほど強くなくても)し、T細胞を活性化して薬疹が発現する機序の概念。 薬物が薬物アレルギーを引き起こす過程の最初には、感作成立段階が存在する.実際には、小分子薬物のすべてが通常考えられているようにハプテン となるとは考えづらい(臨床的にも反応時間の点でも)。 Pichler らは近年 p-i concept と称して、小分子が抗原提示細胞内での処理を経ることなく、共有結合を介さずに MHC と TCR を仲立ちすることで特異的 T 細胞を活性化するという図式を提唱している(pharmacological interaction with immune receptors concept)。 参考:ハプテン概念:ハプテン(hapten)は、単独では抗体を生産させる能力(抗原性)がないが、タンパク質などと共有結合すると抗原性を示す比較的低分 子量の物質。薬疹発症の機序において中心的な役割を持つと云われている。 今後、データの蓄積により解明されるであろうが、日常診療に反映することで、患者の安心・安全に寄与したい。以上、聴講しメモを取ったものを整理した。登坂紀一朗
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