本文 - J

生物物理 41(6), 315-317(2001)
ふ
とく
う
ひ
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あれ! 顕微鏡対物レンズが縮ん
でいる?(対物レンズの温度依存性)
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●
レンズの筒は単純に伸びるという想定を裏切って焦点
が対物レンズ側に移動した. しかもその移動量が予想
外に大きかったので報告する.
2.使用機材と測定方法
科学技術振興事業団CREST
「生命活動プログラム」チーム13
2.1 被測定レンズ
塩 育
1.はじめに
・Nikon CF Plan Apo 60 ×
N.A.1.40
・Nikon CF fluor 100 ×
N.A.1.30
・Olympus Plan Apo 60 ×
N.A.1.40
2.2 おもな使用機材
タンパク質などの生体物質が働くようすを 1 分子単
・Olympus 倒立顕微鏡IX-70 :
位で観察・操作する「1 分子生理学」と呼ばれる新しい
左サイドポート部測定光学系(ナイフエッジ法)追加
研究分野が生まれつつある. この研究のためには光学
・Nikon 倒立顕微鏡TMD :
顕微鏡が不可欠であり, 生体物質の動きが非常に小さ
落射蛍光照明部改造・左サイドポート部測定光学系
いため, 解析には数ナノメートルの精度が必要である.
追加
しかし現存の光学顕微鏡には安定性の問題があり, 実
・画像記録・解析装置
験誤差のおもな原因の1 つとなっている.
ビデオカメラ:HAMAMATSU C5405 1/2 インチ
X-Y(水平面)座標軸方向は研究者の苦心により安定
Camera Controller :HAMAMATSU C2741
性確保の対策がとれる場合もあるが, Z 軸(垂直)方向の
DIPS :HAMAMATSU C2000
最大の不安定要素は対物レンズの温度依存性にあると
・加温装置:
東海ヒット社 レンズウォーマー
言われており, 研究者が対処できる問題ではない. そこ
で次の方法でこれを実際に測定してみたところ, 対物
対物レンズ
ピンホール
ナイフエッジ
焦点のレンズ側
正規の焦点
焦点のカメラ側
図1
ナイフエッジ法の原理
ピンホールからの光は対物レンズにより拡大され, 正規の焦点面に再結像する. 対物レンズの瞳面を半分覆うと, 正規の焦点前後面
では図のような半円となる.
Microscope Objectives Effectively Shrink Upon Warming
Megumu SHIO
CREST Genetic Programming Team 13
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生 物 物 理
表1
Vol.41 No.6(2001)
各種対物レンズの温度依存性測定結果
顕微鏡対物レンズの物点(焦点面)が室温の変化等により変化する量を単位温度あたりで表した値(µm /℃)で表示する. −と
は 1 ℃上昇すると対物レンズを下記の数値だけ物体の方向に近づけなくてはならない方向を示す(焦点距離が短くなる方向の値).
数値の単位は µm.
対物レンズ
測定法1 ビーズ拡大像 測定法2
の直径測定法
ナイフエッジ法
結果1
Nikon CF
−0.62
Plan Apo 60×
Nikon CF
−1.28
fluor 100×
Olympus
−0.58
Plan Apo 60×
測定法3
ナイフエッジ法
結果2
結果1
結果2
結果1
結果2
−0.72
−0.63
−0.66
−0.63
−0.56
−0.67
−1.16
−0.58
−0.58
2.3 測定方法(ここにもひとくふう)
−0.68
ロとなる点が焦点である).
測定には, 3 通りの方式を用いた(表1). 測定法1 は,
この測定法の感度は非常に高いが, 測定できる試料面
対物レンズによるビーズの拡大像の直径変化から焦点
の範囲が非常に狭い(100 倍の対物レンズでは試料面
位置の変化を求めるものである(ビーズ拡大像の直径
でZ 軸方向300 nm). そこで, カメラ移動方式の光学系
測定法). まず, ピエゾ駆動によりZ 軸ステージを0.1 µm
を考案した(図2). 試料面には, ピンホールの代わりに
ずつ動かし, それぞれの部位におけるビーズの拡大像
直径1 ∼2 µm のビーズを固定する.
をCCD カメラで記録しておく. これを基準尺とし, 室温
対物レンズの瞳部に直接ナイフエッジを置くことは,
を上昇させて顕微鏡全体を暖めたときのビーズ拡大像
高倍率対物レンズでは(レンズがきっちり詰まってお
の直径から焦点位置の変化を換算した.
り)現実には不可能である. そこで, 倒立顕微鏡サイド
測定法2 と3 は, いずれもナイフエッジ法 応用式を
ポート側に瞳面を中継するリレーレンズ系を増設し,
1)
用い, 2 は室温を上昇させ, 3 は対物レンズ部のみをレン
投影瞳面にナイフエッジを置いた.
ズウォーマーで暖めて測定を行った. ナイフエッジ法
3.測定結果の検討
の原理を以下に述べる(図1). 対物レンズ瞳面に, レン
測定結果を表1 に示す. 対物レンズの筒は40 mm 近く
ズ面の真半分を遮光するようにナイフエッジを挿入し
ておく. ピンホールからの光を対物レンズで拡大投影
あるので, 温度上昇時には(筒長が伸び, 対物レンズ取
し, CCD カメラの撮像面に再結像させる. 撮像面がちょ
付けねじ終面より焦点面が長くなり)対物レンズを物
うど焦点であれば, スポット像が得られる. しかし, 撮像
体より遠ざける方向に移動させないと合焦しないと予
面が焦点よりもレンズ側であれば上方半円像となり,
想していた. しかし, 3 つの測定法による結果はどれも,
カメラ側であれば下方半円像となる. したがって, カメ
対物レンズを物体に近づける必要があるというものだ
ラの撮像面をレンズ側の位置から次第に遠ざけていき,
った. 今回の測定で, 単純に筒が伸び縮みするのでなく,
上方半円像が下方半円像に変わる境目が正規の焦点と
レンズと金物の複雑な関係があることに気づいた.
いうことになる. 実際には, 半円像の上下の逆転は, 画像
同一の測定法での再現性はよいが, 測定法を変える
解析により光の重心移動から検出する(重心移動がゼ
と0.1 µm の差が認められ, 換算法には問題が残されて
試料面
対物レンズ
CCDカメラ
第2次像
図2
f =150 mm
リレーレンズ
f =150 mm
リレーレンズ
ナイフエッジ
第1次像
ナイフエッジ法を用いて実測した光学系
対物レンズの瞳面はリレーレンズで中継され, この面にナイフエッジを設置した. 寸法は記載しないが, 実測装置サイズをそのまま
縮小している.
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あれ! 顕微鏡対物レンズが縮んでいる?(対物レンズの温度依存性)
X-Yステージ
対物レンズ
基台
柱(インバー材)
補正筒
基盤
Z 軸微動ステージ
図3
補正機構の構成図(測定結果確認用)
基盤上の中央部(対物レンズ・補正筒・ Z 軸微動ステージ)と周辺部(柱・基台・ X-Y 軸ステージ)の温度依存性の総和が等しく
なっている.
な顕微鏡の基本コンポーネントに問題がある場合, 研
いる.
究者にはどうすることもできない.
4.ひとくふう
5.まとめ
焦点移動の方向と測定値を確認し, また, 実際の使用
の際の不安定性を少しでも解消するため, 図3 のような
対物レンズの温度依存性を測定したところ, 焦点距離
工夫をし, 補正機構を試作した. 補正の原理はステージ
が1.0 µm /℃以上移動し, 対物レンズの筒が単純に伸び
部に熱膨張係数のきわめて低いインバー材の柱を用い
るという想定とは逆方向であった.
て, 基盤を吊り下げ, この基盤上に補正筒と対物レンズ
顕微鏡の不安定要素はこの焦点移動の問題だけでは
を組上げた. 対物レンズの温度依存性はマイナス方向に
ない. メーカーさん何とか解決して下さい. 我々は苦し
あるので, 補正筒にはプラス方向となる真鍮を用いた.
紛れにこんな工夫をしていますが, 切実な問題です. 対
物レンズの焦点移動はせめて1 ℃の温度変化で0.1 µm
結果は良好で, 安定性が桁違いに向上した. 焦点移動
方向も誤りないと確認できた. しかしながら, この補正
以下にして下さい.
方式は指定のレンズには適応できるが, レンズ交換時
文 献
には別途補正が必要である. 研究が進むにつれて, より
1)久保田 広(1964)光学, pp.210-213, 岩波書店, 東京.
安定性の高い顕微鏡が望まれるが, 対物レンズのよう
塩 育(しお めぐむ)
科学技術振興事業団 CREST「生命活動プログラム」チーム13
連絡先:〒216-0001 川崎市宮前区野川907 帝京大学生物工学研究センター内3F
E-mail: [email protected]
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