首都高速道路における事故損失時間評価手法の検討

第 26 回交通工学研究発表会 2006 年 11 月
首都高速道路における事故損失時間評価手法の検討
1. はじめに
*首都高速道路㈱
正会員
○岩崎
興治
千葉工業大学
正会員
赤羽
弘和
パシフィックコンサルタンツ㈱
正会員
船岡
直樹
千葉工業大学
非会員
増子
卓
所要時間」[時]と定義した.
交通の需給関係が日常的に逼迫している都市高
図-2.1 に示すように,予め精度検証を行った車
速道路では,事故や工事などによる道路交通サービ
両感知器データにより,時空間速度分布を事故時お
スの低下が社会経済的に大きな影響を与えることは
よび平常時について作成する.この速度分布に閾値
明白である.この様な状況下,首都高速道路におい
を越えた差分が生じている領域を,交通事故の時空
ては年間約 13,000 件の事故が発生しており,直接的
間影響範囲(以下,影響範囲)として特定する.平
損失は勿論,事故渋滞により後続車両など事故当事
常時の走行速度としては,事故日の前後の週におけ
者以外が被る追加的時間損失等の間接的損失も甚大
る中央値を設定した(以下,中央値速度).
である.よって,安全対策の立案に際しては,事故
事故時速度
件数だけではなく社会的影響も考慮する必要がある
平常時速度
区間
この概念には,損失を被る車両台数や渋滞中の走行
速度の増減の影響が含まれていなかったため,実態
※
※
に即した評価ができなかった.そこで,事故抑止及
び事故処理時間短縮の重要性の明示,事故対策優先
60
50
30
50
60
区間
50
30
20
35
40
30
25
20
25
30
65
60
50
60
60
60
65
65
50
60
60
60
60
65
60
区間
60
65
50
55
60
時間 帯
積分値である渋滞量[km・時]で表していた.しかし,
70
60
40
70
70
時間 帯
これまで,間接的損失の評価指標は渋滞長の時間
時間 帯
と考えられる.
影響範囲
5
0
0
-10 -30
-15 -30 -40
-10 -35 -40 -30
10
0
-30 -30
10
0
-20 -30
セル内の値:速度[km/h]
右側の分布図にて,速度差 30[km/h]以上の範囲
を影響範囲とし,■ で表す
図-2.1
事故損失の時空間影響範囲の特定
箇所選定への適用及びこれらによるサービス水準の
交通集中渋滞が日常的に発生している箇所におい
評価に適用することを目的に,これまでの間接的損
ては,事故による損失時間は事故時と平常時(非事故
失の評価指標を改善することとした.
時)との差分により推定できる.また,交通集中渋滞
本稿では,延べ損失時間[台・時](=Σ(通過交通
による損失時間は,平常時(非事故時)と非渋滞時(概
量×損失時間))として時間損失を定量的に示すこと
ね目標とするサービス水準)との差分により推定で
ができる評価手法に関し,既往の研究
1-3)
を踏まえ
て有効性を確認し,首都高速道路における事故損失
の評価手法を検討した.その概要を紹介する.
きる.
図-2.2 に,損失時間の分離の概念を示す.
非渋滞時所要時間
5分
2. 事故損失時間の定義と影響範囲の特定
交通集中渋滞損失時間(サービス水準との不足分)
平常時所要時間(非事故時・渋滞時を含む)
事故損失時間とは,個々の車両が事故渋滞に伴う
速度低下により追加的に要する所要時間である.本
10 分
事故による損失時間
事故時所要時間
研究では,
「事故時の通過所要時間-非事故時の通過
Keywords: 事故渋滞,損失時間,サービス水準
*
連絡先 : [email protected]
03-3539-9504
20 分
図-2.2
損失時間分離の概念
t
3. 損失時間の推定方法
事故時所要時間とを比較することになる.両手法の
3.1 区間積和法
非渋滞時所要時間の推定手順は,以下の通りである.
遅れ時間[分]
区間
区間
区間
1
2
2
2
8
6
2
2
2
2
2
遅れ時間[分]
事故時交通量[台]
区間
区間
6
4
2
4
5
4
4
6
10
6
4
損失時間[台・時]
250
250 200
250 200 150
9
250 200
200
16
18
遅れ時間
延べ損失時間[台・時]
事故時所要時間
事故時累加交通量曲線
渋滞開始
16
図-3.2
18
21
25
渋滞解消
時刻
区間積和法の概念図
累加曲線法の概念図
進行方向
21
13
※ ■は影響範囲を表す
※ 延べ損失時間は,影響範囲内の損失時間の合計
図-3.1
非事故時または
非渋滞時所要時間
区間
時間 帯
4
4
6
10
時間 帯
時間 帯
2
4
5
時間 帯
5
6
8
12
時間 帯
時間 帯
4
5
7
非事故時または非渋滞時累加交通量曲線
]
[
平常時所要時間[分]
累加 ボトルネック交 通 量 台
事故時所要時間[分]
正
5
分
毎
の
経
過
時
図-3.1 に示すように,事故時と平常時について,
区間1
区間2
区間3
区間4
10:00
2分
2分
2分
5分
順調
10:05
2分
2分
5分
8分
混雑
10:10
2分
5分
8分
10分
渋滞
1100 : 2
1 50
6
5分
7
8分
150分
分
10分
同一の区間・時間帯での所要時間の差分から遅れ時
間を算出する.これに対応する事故日の交通量との
積を求め,影響範囲内の損失時間の総和を延べ損失
時間として推定する.
図-3.3
逆タイムスライス法の概念図
①走行軌跡積和法による非事故時所要時間の推定
本手法では,影響範囲内において,事故日の前後
渋滞が合流部を超えて延伸する場合にも,影響範
の週における感知器データの中央値速度を用い,逆
囲内における各区間・時間帯の損失時間の総和によ
タイムスライス法を適用し,平常時(非事故時)に
り延べ損失時間を推定できる.
おける所要時間の推定を行う.
②累加曲線収束計算法による非渋滞時所要時間の
3.2 走行軌跡積和法及び累加曲線収束計算法
図-3.2 に基本概念を示す.渋滞先頭の直近下流
の交通量をボトルネック交通量とし,累加ボトルネ
推定
図-3.4 に示す本手法における非渋滞時所要時間
の推定手順は,以下の通りである.
ック交通量曲線を描く.次に,各時間帯で事故時と
¾ 渋滞発生時間帯において,当該時間帯直前の非
非事故時または非渋滞時の所要時間の差分を時間軸
渋滞時交通量を需要交通量の初期推定値とする.
上の過去へ変位させ,非事故時または非渋滞時の累
¾ 初期推定値を,当該区間における交通量-速度
加交通量曲線を描く.両累加曲線により囲まれる領
相関図の非渋滞域における回帰直線式に入力し,
域の面積は,全走行車両の遅れ時間の総和に相当す
非渋滞時速度を推定する.
¾ 非渋滞時速度と当該区間長とから,非渋滞時所
る.
走行軌跡積和法及び累加曲線収束計算法において
は,図-3.3 に示すようにボトルネックを先頭とし
た逆タイムスライス法
2)
を用いて,走行軌跡に沿っ
た渋滞時の所要時間を算出する.
要時間を推定する.次いで,それと渋滞時所要
時間との差より遅れ時間を算出する.
¾ 遅れ時間より,当該時間帯における需要交通量
を再推定する.
前者は,事故は発生していないが日常的に交通集
¾ 需要交通量の初期推定値と再推定値との差が許
中渋滞が発生している時間帯ではその交通状況での
容値未満であれば,再推定値を当該時間帯にお
所要時間,後者は結果的に非渋滞時の所要時間と,
ける需要交通量(非渋滞時交通量)とする.許
容値以上のときには,初期推定値と再推定値の
描くと,非事故時と非渋滞時との差分として,平常
平均値を算定し,手順の先頭に戻って許容値未
時における交通集中渋滞による損失時間が推定でき
満に収束するまで繰り返す.同様の手順を各時
る.したがって,これを事故時の総損失時間から差
間帯において渋滞終了時刻まで継続する.
し引くと,事故により付加的に発生した損失時間も
推定することができる.
Yes ⇒次の時間帯へ進む
No ⇒ 初期値と推定値の中間値を
初期値qとし再度計算する
累
加
交
通
量
許容値の判定
累加曲線収束計算法以外の 2 手法においては,規
推定需要交通量の算出
非渋滞時所要時間
制速度などを目標サービス水準の評価値として設定
することにより,平常時におけるサービス水準から
所要時間の差より
遅れ時間を算出
の低下分としての損失時間を推定することも可能で
ある.
渋滞時所要時間
5. 具体事例への適用
5.1 事故の概要
交通量-速度相関図の
非渋滞域における回帰直線式
渋滞開始直前の交通量
2 から 4 に示した各手法を,実際の事故に適用し
時間
図-3.4
た結果を,以下に示す.事例抽出に際しては,大規
累加曲線収束計算法における非渋滞時所
模なネットワークを抱える首都高速道路全線にて,
要時間の推定方法概念
全時間帯において損失時間評価を行えるように,以
図-3.5 に示すように,本 2 手法では延べ損失時
下の条件を設定した.
間推定時にボトルネック交通量を用いることから,
¾
事故渋滞が合流部を超えて延伸した
渋滞延伸末尾が複数経路に及ぶ場合には,分・合流
¾
日常的に交通集中渋滞が発生していた
部に仮想ボトルネックを設定することで,事故によ
る延べ損失時間を推定できる.これより,渋滞の影
適用した事故の概要を,表-5.1 及び図-3.5 に示
す.
響を被ったがボトルネック手前で分流した交通も考
慮した損失時間を推定できる.
表-5.1
路線
中央環状線事故概要
発生箇所
事故発生 規制開始 規制終了
中央環状線(外) 江北 JCT~扇大橋
支線2
支線2
支流
2
事故発生箇所
支線4
支線4
支流
4
9
9
10
10
1
11
11
11
4
4
3
3
2
2
線
支線1
支線1
支流 1
支線3
支線3
支流
3
中環(荒川)
荒川線
1
4:48
5:01
7:27
出口
川
口川
線口
12
12
中環(王子)
王子線
5
5
5.2 評価結果
表-5.2 及び図-5.2 に,各手法における推定結
1
2
主線
2
本流
主線
(拡大図)
果を示す.延べ損失時間に関しては,走行軌跡積和
法と累加曲線収束計算法とにおいて,推定値は一致
した.また,区間積和法の結果もほぼ同程度となっ
※図は江北 JCT の設定例(数字は区間番号)
図-3.5
仮想ボトルネックの設定方法
4. 事故渋滞および交通集中渋滞による損失時間の
分離精度の評価
累加曲線収束計算法では,非渋滞時速度を用いる
ため,事故渋滞だけでなく交通集中渋滞による損失
時間も含めた総損失時間が推定される(図-2.2 参
照).一方,走行軌跡積和法で用いた中央値速度によ
り非事故時における累加ボトルネック交通量曲線を
た.各時間帯の損失時間の変動も,前2者において
はほぼ一致した.これらと比較して,区間積和法の
結果は,ピーク時間が相対的に繰り上がっている.
表-5.2
延べ損失時間評価結果
延べ損失時間[台・時]
手法
事故渋滞
交通集中渋滞
区間積和法
1901
―
走行軌跡積和法
2060
―
累加曲線収束計算法
2060
765
損失時間[台・時]
200
150
5.3 各推定手法の特徴
渋
渋
滞
開
滞
解
表-5.3 に,各手法の特徴の比較を示す.
始
消
首都高速道路の特徴として,出入口が多く,感知
中環(荒川):16.9[台・時]
器が多いことが挙げられる.これらを考慮すると,
100
50
川口線:1860.5[台・時] 中環(王子):22.6[台・時]
0
04:00
14700
18300
05:00
21900
06:00
25500
29100
07:00
32700
08:00
9:00
当道路において損失時間を評価する際は,簡易かつ
実用的な精度で損失時間を評価できる区間積和法が
最も適切と考えられる.
時刻[時:分]
① 区間積和法
渋
200
損失時間[台・時]
6. おわりに
渋
中環(荒川)と川口線区間2:
258.2[台・時]
滞
開
150
始
滞
解
効な評価方法であること,首都高速道路においては
消
区間積和法が最も適切な手法であることを確認した.
さらに詳細な影響を分析するには,事故が発生し
100
川口線区間3より上流
:1779.0[台・時]
50
0
04:00
14700
18300
21900
05:00
06:00
なければ首都高速道路を利用したであろう一般道路
中環(王子):22.8[台・時]
25500
29100
07:00
32700
08:00
9:00
滞
開
150
始
100
中環(荒川)と川口線
区間2:258.2[台・時]
渋
要時間の把握は困難である.首都高速道路だけでは
滞
解
なく全国の道路網に適用するため,迂回・転換交通
消
による損失評価方法や,感知器設置密度が疎で出入
口がある路線へ適用できるように改善が必要である.
川口線区間3より上流
:1779.0[台・時]
50
や関連する路線が負担した転換交通による他経路へ
量は事故時と平常時との差分より推定できるが,所
交通集中渋滞:765.0[台・時]
渋
200
への迂回交通や,事故発生により並行する一般道路
の影響も考慮する必要がある.この迂回・転換交通
時刻[時:分]
② 走行軌跡積和法
損失時間[台・時]
本研究により,損失時間評価手法は 3 手法とも有
中環(王子):22.8[台・時]
本研究に取り組むにあたり,千葉工業大学卒業生
の古澤英信氏や同修士 2 年の前司敏昭氏をはじめ,
0
04:00
14700
18300
21900
05:00
06:00
25500
29100
07:00
08:00
32700
9:00
時刻[時:分]
パシフィックコンサルタンツ㈱の佐藤光氏,首都高
速道路㈱の田沢誠也氏,小川晃市氏,割田博氏には,
③ 累加曲線収束計算法
親切丁寧なご指導とご助言を頂いた.ここに,心よ
り感謝の意を表する次第である.
※区間番号は図-3.5 参照
図-5.2
適応事例における推定結果
表-5.3
損失時間推定手法の比較
参考文献
1)
錦戸綾子,割田博,赤羽弘和:交通事故による
項目
区間積和法
走行軌跡
積和法
累加曲線
収束計算法
平常時所要時間
中央値速度
中央値速度
Q-V 図より
算出した速度
推定に用いる
交通量
各区間の交通量
ボトルネック
交通量
ボトルネック
交通量
旅行時間の
推定方法
同時刻の区間旅
行時間の和
走行軌跡に基づ
いて推定
走行軌跡に基
づいて推定
加交通量曲線による損失時間評価法の首都高速
感知交通量の
バイアス誤差の影響
大
小
小
道路における事故渋滞への適用,土木計画学研
計算手法の難易度
容易
やや容易
煩雑
感知器設置密度の高さ
必要
低くても可
低くても可
○
△
(煩雑)
△
(煩雑)
渋滞による損失時間の評価法の比較分析,第 24
○
△
(煩雑)
回交通工学研究発表会,pp.81-84,2004.
流出入交通量
の考慮
交通集中渋滞と
事故渋滞の分離
○
損失評価指標に関する検討,第 25 回日本道路会
議,No,02043,2003.
2)
船岡直樹,赤羽弘和,田沢誠也,錦戸綾子:累
究発表会,Vol.29,2004.
3)
田沢誠也,赤羽弘和,割田博,船岡直樹:事故