経験価値におけるロイヤルカスタマー醸成に関する研究 Research for

経験価値におけるロイヤルカスタマー醸成に関する研究
Research for nurturing the loyal customer based on the experience value 製品デザイン計画分野 11624009 共田圭吾 指導教員 藤戸幹雄教授 木谷庸二助教 1.研究背景と目的 モジュール(SEM)注1を提唱した。経験価値は、顧客の内面
今日、先進諸国のような成熟市場において、製品やサー
的な経験と外面的な経験が含まれており、さらに、プロセ
ビスのコモディティ化から救う新たなステージとして注
ス重視であることがわかる。 目されているのが経験である。しかし、素晴らしい顧客経
2.2 特別な経験価値 験をむやみやたらに提供すれば良いというわけではない。
経験価値には、より人生を変えるような経験価値も存在
顧客は、ステージによって経験価値世界が異なるためであ
する。このような経験について、B.J.パインⅡ,J.H.ギル
る。企業は、顧客が求めている経験を提供することが有効
モアは、「変革」と述べている。また、シュミットも、世
である。顧客には、心理的ロイヤルティと行動的ロイヤル
界観、優先順位、生き方をまるっきり変えてしまう異なる
ティによる顧客ステージがある。企業は、一般的に、高い
タイプの経験価値について触れており、
「より深い」
「より
ステージの顧客の方が、有益である要素が多いため、いか
本質的な」「より関係の深い」経験価値であると述べてい
にして顧客ステージを上げるかについて腐心する。しかし、 る。 最もロイヤルティの高い顧客を醸成することに対する経
3.顧客経験価値世界について 験価値からのアプローチについては、あまり明確に言及さ
3.1 顧客経験価値世界 れていないのが現状である。本研究では、経験価値の観点
経験価値は、個々人によって異なる。そのため、経験の
から、いかにしてロイヤルカスタマーに醸成されるのか、
世界観も異なる。この経験価値は、使用頻度とロイヤルテ
に着目した。本研究では、まず、ロイヤルカスタマーとロ
ィに依存している。顧客の経験価値を分類する際、経験価
イヤルカスタマーになる前ステージである顧客との経験
値の豊かさ、密度、多様性を決定するため、使用頻度と顧
価値世界の違いを明らかにする。そして、ロイヤルカスタ
客ロイヤルティは特に有益である。 マーの経験に着目し、いかにしてロイヤルカスタマーに醸
3.2 ロイヤルカスタマー 成されたのかを経験価値の観点から明らかにし、ロイヤル
ロイヤルカスタマーの詳細な定義は企業やブランド毎
カスタマー醸成のための特別な経験の必要性を提起する
に変わるが、収益を上げることが事業目的である一般事業
ことを目的としている。 者にとって、その企業に価値を多く支払っている(=顧客
2.経験価値について 生涯価値の高い)顧客のことを示すことが多い。また、表
2.1 経験価値とは 1のように、あるステージが満たされると、段階的に次の
[1]
B.J.パインⅡ,J.H.ギルモア は、「製品という価値」と
ステージに上がると考えられる。 「サービスという価値」は別の存在であると捉えるように、 表1 ロイヤルカスタマーづくりの5つのステージ[3] 経験も「経済価値」としての存在であると提唱した。これ
までの経済価値がすべて買い手の外部に存在しているが、
経験という経済価値は、本質的に個人に属しており感情的、
身体的、知的、さらに精神的な働きのレベルでの働きかけ
に応えた人の心の中に生まれる。 また、バーンド・H・シュミット[2]は、経験価値の内的要
素を示すことができる5つのモジュール(「SENSE」、
「FEEL」、
「THINK」、「ACT」、「RELATE」)に分類した戦略的経験価値
“売り上げと利益を呼ぶロイヤルカスタマー”p75 より加筆修正 3.3 本研究におけるロイヤルカスタマーとリピートカス
験価値を提供している事例としてよく取り上げられる、ス
タマー ターバックスでの調査を事例として本研究を進める。 本研究では、経験価値の視点から、ロイヤルカスタマー
5.アンケート調査 とロイヤルカスタマーになる前ステージであるリピート
5.1 “ロイヤルカスタマー”と“リピートカスタマー”
カスタマーに着目する。ここで、ロイヤルカスタマーを選
の選定方法 定する際に、「見せかけのロイヤルティ」、「潜在的ロイヤ
顧客ロイヤルティの測定には、世界的なコンサルティン
ルティ」ではなく、「真のロイヤルティ」をもった顧客の
グ会社、ベイン・アンド・カンパニー、名誉ディレクター
ことを“ロイヤルカスタマー”とする。また、リピートカ
である Fred Reichheld による著書『顧客ロイヤルティを
スタマーについても、“ロイヤルカスタマー”になる前の
知る「究極の質問」』[5]で提唱された測定方法を用いる。 顧客ロイヤルティの高いリピートカスタマーがいかに“ロ
“ロイヤルカスタマー“と“リピートカスタマー”を区別
イヤルカスタマー”に醸成されるか、に論点があるので、
する範囲は次のように定める。 パレートの法則を参考に、顧客の上位二〇%のリピートカ
①“ロイヤルカスタマー…”顧客ロイヤルティの「推奨 スタマーかつ“ロイヤルカスタマー”に当てはまらないリ
者」
“かつ”利用頻度の「ほぼ毎日」から「週に3〜4日」
ピートカスタマーを本研究の対象である“リピートカスタ
“利用頻度については、今回実験を行うスターバック
マー”とする。 スでのロイヤルカスタマーは、週に3回以上であるため
4.研究指針 である。 4.1 仮説の導入 ② “リピートカスタマー”…“顧客ロイヤルティ軸の「中
“リピートカスタマー”から“ロイヤルカスタマー”に
立者」以上”かつ“頻度の割合が上位20%になるまでの
醸成するには、特別な経験価値を経験することで、“ロイ
範囲”かつ“ロイヤルカスタマー”とかぶらない範囲 ヤルカスタマー”に醸成されるのではないかと考えた。そ
5.2 調査の概要 こで、次の仮説を導いた。 顧客ロイヤルティと利用頻度、最も良く行く店舗の特定を
仮説:「経験価値において“リピートカスタマー”から
行うため、2012 年の1月に、120 名に対して調査票による
“ロイヤルカスタマー”に醸成される際、特別な経験価値
アンケート調査を実施した。 を伴う」 5.3 調査結果 4.2 本研究の流れ 図2に示すように、“ロイヤルカスタマー“2名と“リ
本研究の流れとして、まず、本研究の被験者となる“リピ
ピートカスタマー”9名を抽出した。この中から、次章で
ートカスタマー”と“ロイヤルカスタマー”を選定するた
述べる調査の被験者、
“ロイヤルカスタマー“2名、
“リピ
めに、アンケート調査を行う。そして、行動観察調査およ
ートカスタマー”2名、さらに、別に、スターバックスの
びインタビュー調査により“リピートカスタマー”と“ロ
従業員1名を選定した。 イヤルカスタマー”にとっての経験価値の違いを顧客のイ
ンサイトから分析する。この際、顧客としての従業員経験
価値世界と“ロイヤルカスタマー”との類似性についても
分析する。また、実際に企業が目指している経験価値世界
との比較検討も行う。これにより、企業が戦略を立てる上
で、どちらのステージの顧客に向けて立てるべきなのかに
[4]
ついて考察する。そして、SCAT によるインタビュー調査
により、仮説について分析する。 4.3 事例として本研究を行う企業の選定 本研究を行うにあたり、ライフサイクルが短く、低価格
の商品を取り扱っている小売業が、リピートカスタマーが
多く、ロイヤルカスタマー醸成に関する本研究に適してい
図1 最も良く行く店舗についての図表 ると考えた。そこで、本研究では、筆者自身がアルバイト
6.顧客経験価値世界の分析 パートナーとしてアルバイト活動を行っており、豊かな経
6.1 エクスペリエンスマッピング 本研究では、顧客の経験価値世界を視覚化するためにエ
は求めようとする感情が生まれていないということがわ
クスペリエンスマップを作成する。エクスペリエンスマッ
かる。従業員に対しては、受け身である。 ピングとは、顧客の体験・心理状態・タッチポイントなど
ンドと接するポイントを記す。このタッチポイントでの経
験を視覚化するため、非常に重要な要素である。 図3 “リピートカスタマー”A のエクスペリエンスマップ ③SEM を基にした経験価値要素…本研究では、経験価値に
■“ロイヤルカスタマー”の特徴 の一覧の動きをサービス利用時の流れに沿って視覚的に
表現し、一覧化する手法である。エクスペリエンスマップ
は二種類ある。現状の体験を可視化したエクスペリエンス
マップと理想の体験を可視化したエクスペリエンスマッ
プである。 6.2 本研究で用いるエクスペリエンスマップの説明 ①基本情報…顧客のステージ、目的、来店店舗。 ②タッチポイント…時系列で、顧客が従業員や商品、ブラ
重点を置いているため、5つの要素すべてを加えた。 お店は、従業員と会話ができる場所として考えており、
④タッチポイントにおける経験の評価…経験の評価を視
従業員との関わりに最も価値を求めている。また、入店前
覚化することで感情の動きをわかりやすくした。 から、感情が高く、店舗を利用すること自体に大きな楽し
みを見いだしていることがわかる。さらに、感情の最大値
がとても高い。また、SEM の“Relative”経験をしている。
これは、参加意識の現れであると考えることができる。カ
ップにメッセージなどが描かれており、従業員とのコミュ
ニケーションが成り立っている。さらに、SNS に画像を投
稿しており、喜びや幸せを、他の人と共有しようという感
情がうかがえる。 図2 エクスペリエンスマップの説明 6.3 調査の概要 経験価値世界を分析する上で、できる限り日常の世界を
経験してもらうことが大切である。そのため、顧客の行き
つけの店舗で、いつもと同じ時間帯での行動観察調査を行
った。行動観察は、参与観察の中でも選択的観察を行った。
被験者は、前章で選定した、
“リピートカスタマー”二名、
“ロイヤルカスタマー”二名、“パートナー”一名の、計
五名に対して調査を行った。 図4 “ロイヤルカスタマー”B のエクスペリエンスマップ 6.4 調査結果と考察 ■ ”スターバックスパートナー”A の特徴 ■“リピートカスタマー”の特徴 他のお客さんや、食べ物などの売れ行きなど、従業員特有
経験のグラフが比較的安定している。また、目的が居心
の視点が入っているが、その他の点は、非常に“ロイヤル
地や、ドリンクといったもので、実際にその目的が実現し
カスタマー”と特徴が似ていることがわかる。 た際に、最も経験価値のポイントが高いことからもわかる。 6.5 スターバックスが日常において目標としている顧客
さらに、従業員との接点において心情の変化がないという
の経験価値世界 ことである。このことから、従業員に対しては、期待して
理想を表すエクスペリエンスマップは、理想体験の可視
いるだけの接客はなされており、従業員との間にそれ以上
化を目的としている。スターバックスが日常において目標
としている理想体験を可視化するには、従業員側の視点が
マー”の経験価値世界から、心のつながりをもった特別な
必要である。そのため、筆者自身が、スターバックスの従
経験をきっかけに“ロイヤルカスタマー”のより豊かな経
業員としての立場から作成した。 験価値世界に変貌を遂げるのではないかと考えられる。 ■店舗が日常において目標とする仮想顧客の特徴 特徴として、“リピートカスタマー”のエクスペリエン
スマップと非常に似ていることである。実際、ドリンク、
空間、人と人とのつながりがお店の目標であり、その経験
を顕著に表したこのエクスペリエンスマップと、“リピー
トカスタマー”のエクスペリエンスマップが似ていること
から、“リピートカスタマー”は、店舗が目標としている
顧客に最も近い顧客層であると考えられる。 図6“リピートカスタマー”から“ロイヤルカスタマーへの”経
験価値世界の広がり 8.研究のまとめ 本研究の成果として、“リピートカスタマー”は、ブラ
ンドの提供する経験に満足しているが、比較的受動的な経
験であり、“ロイヤルカスタマー”は、従業員とのコミュ
ニケーションに重きを置いた経験価値世界であることが
示唆された。さらに、“ロイヤルカスタマー”は、顧客と
しての従業員とも非常に似た経験価値世界を有している、
と考えられる結果となった。また、店舗が日常的に提供し
ようとしている経験価値世界を最も体現している顧客層
図5 店舗が日常において目標とする仮想顧客エクスペリエンス
は“リピートカスタマー”であるという結果も得られた。
マップ さらに、仮説に対するインタビュー調査の結果として、き
7.特別な経験に関するインタビュー調査 っかけは存在し、この特別な経験とは、「心のつながりを
7.1 インタビュー調査の概要 もった感動を伴う経験」であるという可能性が示唆された。 被験者にストーリーを語ってもらうことで、仮説が成り
今後の展望として、“ロイヤルカスタマー”醸成のきっ
立つのかを確かめることを目的とする。インタビュー形式
かけに必要な出来事がおこった際に、感動を与えられるよ
としては、出来るだけ自由に話してもらえるよう、形式張
うなベース作りを日常的に行える経験を提供しつつも“ロ
らず、反構造化面接を採用した。質問テーマは「行きつけ
イヤルカスタマー”醸成に固執するのではなく、むしろ、
のお店での今に至るまでのエピソード」として、テーマに
戦略を立てる上では、“リピートカスタマー”醸成に向け
ついて自由に語ってもらった。また、分析方法は、SCAT を
た取り組みを行う方が好ましいのではないか、ということ
用いた。被験者は、先ほどの“ロイヤルカスタマー”2名
が考えられる。 で、前章でのインタビュー調査に続けて行った。 補注 7.2 調査結果と考察 注1) それぞれのモジュールは、ある程度独立性がある、というも
ので完全に分かれてはいない。
ストーリー・ライン、理論記述の結果から次のことがわ
参考文献 かる。 [1]B.J.パインⅡ,J.H.ギルモア:新訳 経験経済 脱コモディテ
ィ化のマーケティング戦略,ダイヤモンド社,(2005) [2]バーンド・H・シュミット:経験価値マーケティング;ダイヤ
モンド社,(2000) [3]松村清:
“売り上げと利益を呼ぶロイヤルカスタマー”p75、商
業界,(1998-4) [4]大谷尚:“4ステップコーディングによる質的データ分析手法
SCAT の提案-着手しやすく小規模データにも適用可能な理論化の
手続き-”名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀要,(2008) [5]Fred Reichheld(訳 鈴木泰雄)
:
“顧客ロイヤルティを知る「究
極の質問」”、武田ランダムハウスジャパン,(2006-9) もともと日常的な経験に満足しており、人に興味を抱い
ている。また、特別な経験は、顧客と従業員の心のつなが
りが表面化した経験である。さらに、その場にいる従業員
全体が参加したコミュニケーションである。また、特別な
経験によって強く感動し、それを機に忠誠を誓っている。 このように、“ロイヤルカスタマー”に醸成される際、
非日常な経験により、変革が行われる。“リピートカスタ