3.医局一年の歩み 医局長 園 田 信 成 平成 27 年度となり、あっという間に医局長の 1 年目が経過しました。 この 1 年の始まりは、 “まずは人事をしっかりと検討せよ”との任命を受け医 局員名簿と睨めっこをして、どのように配置すべきかを検討する日々からスター トしました。なるべく多くの時間をかけて何度も話し合いをし、幸いに今年度の 人事をスムーズに決定することが出来たのは医局員の皆様のご協力のお陰であります。ここに感謝を申 し上げます。 平成 26 年度の医局のイベントを振り返りますと、まずは 4 月に医局会総会、その後 5 月に同門会幹 事会が行われました。6 月 1 日から腎グループの宮本哲先生が西日本産業衛生会に出張、7 月に同門会 総会が開催されました。特別講演には大阪大学大学院重症臓器不全治療学の福嶌教偉先生にお越し頂き、 「我が国の重症心不全治療の現状」についてご講演頂きました。何と、その後の懇親会で福嶌先生の娘 さんが産業医大医学部の 5 年生であることが発覚し、つい数ヶ月前にポリクリで第 2 内科をローテート していたことに気付き大変驚きました。黒岩賞は、薬剤溶出性ステント植え込み後の冠動脈を血管内超 音波で評価した研究を Circulation Journal に報告した、村岡秀崇先生が受賞しました。また 7 月 1 日付 けで腎グループの田村雅仁先生が腎センターの診療教授として就任されました。 7 月 31 日で心エコーグループを長年支えてくれた芳谷英俊先生が退局し、故郷の奈良に戻られました。 9 月には、産業医大病院開院以来の一大事となった厚生労働省・地方厚生局・都道府県合同による「特 定共同指導」が行われ、第 2 内科医局員一同協力して、無事乗り切りました。11 月に同門会幹事会、 12 月は第 2 内科忘年会を若松岩屋にある料亭浜風で行いました。今年に入り、2 月に第 2 内科入局説明 会を開催しました。 平成 26 年度は、佐藤由季さん、下山尊弘さん、柳生圭士郎の 3 人が第 2 内科に入局して頂きました。 現在学外で研修中であり、2 年後に大学に逞しくなって戻ってきてくれることを期待しています。他に 学内から三浦俊哉先生と瀬戸山航史先生、他大学から楠本三恵先生、前田千恵先生が入局して頂きまし た。皆さんの今後のご活躍を心より祈念しています。 3 月末には第 26 回日本心エコー図学会が北九州国際会議場で開催され、尾辻教授が会長でした。銀 河鉄道 999 のポスターあり、学会内容もとても充実した満足度の高い学会で参加者も大変多かったよう です。4 月からは沢山の 3 年目専修医が帰任しました。また林篤志先生、林克英先生のダブル林先生が 新しく助教として就任しました。5 月からは竹内正明先生が病院臨床検査・輸血部部長(診療教授)と して就任され、芹野良太先生が准教授として就任されました。 最後に、平成 26 年度病棟医長の大江学治先生、外来医長の荒木優先生、1 年間大変お疲れ様でした。 平成 27 年度の病棟医長は村岡秀崇先生、外来医長は中野(旧姓藤本)陽子先生にお願いしました。1 年間どうぞ宜しくお願いします。私はもう 1 年医局長として、第 2 内科の発展のために、また医局員の 皆様のお力になれるよう精一杯努力して参りたいと思います。引き続き同門の先生方のご指導、ご鞭撻 をお願い申し上げます。 −7− −8− 平成 27 年 5 月 11 日 撮影 院内カンファの様子 循環器内科・腎臓内科カンファ(月曜日 病院 3F カンファレンス室) 医局会 (月曜日 18:00 ~ カンファレンスルーム) 心カテカンファ (木曜日 医局カンファレンスルーム) 腎カンファ(金曜日 腎センター) −9− 新任・昇任スタッフの自己紹介 腎センター 診療教授 田 村 雅 仁 2014 年 7 月 1 日より腎センター診療教授を拝命しました。平成元年に 6 期生 として産業医科大学を卒業し、2 年間の臨床研修後に 8 期生とともに第 2 内科学 講座に入局致しました。その後は、大学病院や派遣などで臨床研修を積むととも に、腎グループの先生方の御指導の下、第 2 内科大学院(生化学講座預かり)で 糸球体腎炎に関与する新たな分子(profilin)のクローニングを行いました。これが御縁で米国の国立 衛生研究所(NIH)の Kenneth M Yamada 先生の研究室に 2 年間留学をする機会がありました。大学 院から留学までの間、長い間臨床から離れ、教室の方々には何かと御迷惑をおかけしたことと思います。 平成 12 年からは大学に戻り、腎臓内科で臨床・研究・教育を行っております。腎センターは産業医科 大学の歴史上、複数の診療科が担当していたこともあり、これまで専任の部長がおらず准教授職までし かありませんでしたが、諸先生方の御支援により腎センターが第 2 内科に一本化され、ついには専任部 長と診療教授が初めてできたことはとても喜ばしいことと思います。当初、診療教授のお話を頂いた際 には大変名誉であるとともに、本当に私で良いのであろうかと当惑しましたが、このような産業医科大 学の歴史を考えると諸先輩方のためにもこの職責を全うするのが私の役割であると、心を新たに精進し たいと思っています。今後も御指導御鞭撻のほどよろしくお願い致します。 臨床検査・輸血部 部長・診療教授 竹 内 正 明 2015 年 4 月 1 日より産業医科大学病院臨床検査・輸血部の部長、5 月 1 日より 同部の臨床教授となりました。第 2 内科在職中の約 7 年半の間、尾辻教授を始め、 第 2 内科医局員の皆様には大変お世話になりました。至らぬ点も多々あったとは 思いますが、お許しいただければ幸いです。今後は病院臨床検査・輸血部門の改善、利益の向上を第一 に考え、副部長の平田信太郎先生、正職技師 34 人、アルバイト技師 4 人とともに頑張っていく所存です。 4 月の間各部門の見学をさせていただき、やっと皆さんの顔と名前が一致したところです。今後は別の 形で医局員の皆様と接すると思いますが、今まで同様ご指導、ご鞭撻の程よろしくお願いいたします。 − 10 − 第 2 内科学 准 教 授 芹 野 良 太 2015 年 5 月より産業医科大学第 2 内科学教室准教授を拝命しました。8 期生の 芹野良太です。今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。1991 年に産業医科大学を卒業しまして、5 年間臨床の場で過ごした後、黒岩教授のご 厚意により第 1 生理学で研究の機会を得て、中島教授のお力添えもあり Washington, D.C. の方へ留学 しました。留学中 1 年目は荒木先生と同じ団地に住んでいましたし、2 年目は西海岸に留学して来た園 田先生のおかげでサンフランシスコ観光が出来、2 年間楽しい時間を過ごすことが出来ました。帰国後 は 1 年間第 1 生理で働き、以後第 2 内科勤務で現在に至っております。この 5 月からは狭義の第 2 内科 勤務では 2 番目の高齢となり、このようなことになってしまいました。これ以上能力の無さを晒すのは どうかと思いますが、一升枡は一升枡(どんなにレースで工夫しても、勝てない馬は勝てないという意 味で父が競馬のときによく言っていました)と覚悟を決め頑張ろうと考えております。よろしくご指導 ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。 不整脈先端治療学 講 師 河 野 律 子 2014 年 10 月 1 日より、産業医科大学医学部不整脈先端治療学講師となりまし た。昨年は、デバイス患者や失神患者に大きく関わる道路交通法の改正がありま した。日本不整脈学会を代表して安部治彦教授が中心になって進められため、貴 重な現場をほんの少し垣間見ることができました。また昨年度より、実務研修センター長の森晃爾教授 を中心に行われている労災疾病臨床研究事業に加えて頂き、産業医と臨床医の連携や患者の両立支援に ついて考える機会を頂きました。私たちは治療を受けて社会生活に戻っていく患者を日々送り出してい ますが、病気を抱えた患者が安心してその後の社会生活を維持することの重要性を感じています。きっ と、産業医科大学の一員だからこそできること、しなければならないことが沢山あるのだと思います。 不整脈グループでは、安部治彦教授、荻ノ沢泰司先生、大江学治先生に助けて頂きながら、また大学 院生の林克英先生、高橋正雄先生には刺激を受けながら、自分なりに楽しく業務に携わっております。 一方、仕事ですので自己嫌悪と苦しいことの連続で当たり前ですが、多くの学びを与え、成長させてく れるこの場所に、私を置いて頂けていることに日々感謝しております。お役に立てますように、今後も 頑張っていきたいと思っております。 − 11 − 腎センター 講 師 古 野 由 美 2015 年 5 月より産業医科大学腎センター講師を拝命致しました。私は 2002 年 に産業医科大学を卒業し、第 2 内科に入局、その後は産業医科大学病院を初め、 北九州市立八幡病院、社会保険筑豊病院、鞍手町立病院で修練しました。2007 年から産業医科大学大学院に進学し、当時の薬理学教室准教授でいらした筒井正人先生(現在、琉球大 学薬理学教授)に師事し、NO 合成酵素と動脈硬化の研究で学位を取らせて頂きました。その後は産業 医大若松病院に開院当初から勤務しておりました。今回、腎センター芹野先生が第 2 内科学准教授に栄 転されることになり、思いがけずこのようなお話を頂くこととなりました。3 月に田村先生から急遽人 事異動が決まったため、急いで書類を作成するように指示を頂き、慌てて書類は作成したものの、果た して私のような若輩者が拝命していいものかと悩みました。しかし、今年の腎グループは例年になく専 門修練医や修練指導医の先生方が多く、しかも女性がほとんどという状況となっており、こういう中で 私がこのお話を頂いたのも何かの御縁と思い直しました。一緒に働く先生方が仕事面で充実し、私生活 とのバランスも取ることが出来る様に皆で協力したり協議したりしながらそれぞれが働きやすい環境に 出来るように努めて参りたいと考えております。尾辻豊教授、田村雅仁診療教授を初めとしてこれまで 御支援賜りました皆様の力添えに改めて感謝するとともに、今後とも御指導・御鞭撻下さいます様、何 卒よろしくお願い申し上げます。 救 急 科(救急医学) 助 教 穴 井 玲 央 2015 年 4 月 1 日より産業医科大学救急科助教を拝命致しました穴井玲央と申 します。私は 2006 年に産業医科大学医学部を卒業後、小倉記念病院で 2 年間の 初期臨床研修を行い、2008 年からは産業医科大学病院で研修を行いました。 2009 年からは 2 年間、九州労災病院で黒田先生のご指導のもと勤務し、2011 年からは産業医科大学病 院および若松病院で勤務させていただいておりました。2012 年より 3 年間、名古屋の JR 東海で産業医 として勤務し、その間に、園田先生より多大なご指導を頂き、造影剤腎症での学会発表もさせていただ きました。本年 4 月より救急科に配属となり、3 年間の臨床のブランクと救急という不慣れな場所で多 少心配もありましたが、救急科の真弓教授の指導の下、なんとかやっていっているところです。救急科 では循環器医としては日頃見かけない外傷の患者さんにドキドキしながら、チーム医療及び他科との良 好な関係の維持を常に心がけております。また、第 2 内科の先生方のために無用なコンサルトを減らし ながらも、症例をあつめるべく、微力ながら貢献していきたいと思っております。ご迷惑をおかけする ことも多々あるかと存じますが、ご指導ご鞭撻のほどお願い申し上げます。 − 12 − 循環器内科、腎臓内科 助 教 石 松 菜 那 2014 年 6 月 1 日より産業医科大学循環器内科・腎臓内科の助教を拝命いた しました。私は、2003 年に佐賀大学を卒業し、小児科医(専門は小児腎臓)と して働いてまいりました。2011 年結婚を機に北九州に転居することとなり、そ の際に腎疾患や腎病理、透析についてもっと学びたいという希望を、尾辻豊先生、田村雅仁先生をはじ めとする先生方が受け入れてくださり、大学院生として産業医科大学の第 2 内科にお世話になることに なりました。2012 年には長男を出産し、復帰してからも、本当にマイペースでしか歩めていませんが、 あたたかく見守ってくださっている先生方には、本当に感謝しております。そんな私ですので、助教の お話をいただいた時は、自分はとてもお役に立つことはできないのではないかと、とても悩みましたが、 今は自分のできる範囲で少しずつでもできることがあれば、頑張っていきたいと思っております。社会 人大学院生で、研究も行いながらといった状況ですので、とても微力とは思いますが、日々精進してい きたいと思っておりますので、今後ともご指導、ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いいたします。 循環器内科、腎臓内科 助 教 渡 部 太一 2014 年 10 月より、産業医科大学循環器内科、腎臓内科の助教を拝命致しました。 2006 年に入局し、北九州市立八幡病院にて 2 年間の初期臨床研修を、専門修練 医として 1 年間大学病院で勤務し、循環器及び腎臓を幅広く勉強させていただき ました。その後再び 2 年間古巣の市立八幡病院循環器内科で部長の原田敬先生をはじめ、第 2 内科の先 輩方のご指導をいただき、非常にアクティブで充実した臨床経験を積ませていただきました。 2011 年 4 月より第 2 内科大学院へ進学し、安部治彦先生のご指導のもと、不整脈に関する臨床研究 を開始しました。 研究開始当初は、不整脈に関する知識もほとんどなく、統計に関してもほぼ素人?同然であり、まさ に真っ暗闇の中を手探り状態で研究をすすめておりました。幸い、不整脈グループの貴重なデータと安 部先生の熱いご指導により、2015 年 3 月に学位をいただくことが出来ました。大学院での 4 年間は、 学位取得以外に、多くの国内外の学会で発表の機会を与えて下さり、貴重な経験をさせていただきまし た。また、日頃の診療やカンファレンスでも、最先端の治療や知見を学ぶことができ、一生の財産とな る 4 年間を過ごさせていただきました。ご指導いただきました、安部先生をはじめ諸先生方には心から 感謝申しあげます。 この度、助教のお話を頂いたときは、大学院生として、指導を仰いでいた立場の若輩者の私がお引き 受けしてよいのだろうかと悩みましたが、ここまで私を育てていただいた「第 2 内科」に少しでも恩返 しとして出来ることがあるかも知れないと前向きに考え、お引き受けさせていただいた次第です。 今後は 2 年間産業医を経験させていただき、広い視野をもった臨床医を目指し、鍛錬して参る所存で す。今後また第 2 内科に微力ながら貢献出来る機会があれば精一杯尽力して参りますので、どうぞご指 導ご鞭撻の程よろしくお願い申しあげます。 − 13 − 循環器内科、腎臓内科 助 教 林 克 英 2015 年 5 月 1 日より、産業医科大学循環器内科、腎臓内科助教を拝命致しま した。今回このようなもったいないお話しを頂き、尾辻豊教授、園田信成医局長 を始め、医局院の先生方に心より感謝申し上げます。私は 2007 年に産業医科大 学医学部を卒業後、北九州総合病院での初期臨床研修を終え、2009 年より大学病院、2010 年より 2 年 間北九州市立八幡病院で勤務させて頂きました。2012 年 4 月より大学病院に帰任し、第 2 内科大学院 に進学、安部治彦教授、荻ノ沢泰司先生、河野律子先生の御指導の下、不整脈診療を中心とした臨床、 そして臨床研究において日々研鑽をつませて頂いております。臨床、研究いずれの分野においても、そ れぞれの症例、研究で悩み、考えることも多い現状ですが、医師としてこのような成長が得られる期間 も多くなく、現在の大学では、大学院に進学、もしくは臨床の現場で同年代の先生方も多く、きついな がらも楽しく、お互い切磋琢磨して高めあえる良い環境にあると思っております。 若輩者であり、至らない点が多々あるとは存じますが、臨床、研究、教育において、医局員、教員と して日々精進して参りたいと思いますので、御指導、御鞭撻の程何卒宜しくお願い申し上げます。 − 14 −
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