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第2章
ぐい呑みのルーツⅡ
―――作陶側、語感からのアプローチ
1.酒杯の作陶
辻 清明氏によれば、
「ぐいのみと称して陶芸家が特別に製作するのは、恐らく我が国だ
けである。個人陶工では木米や庄米以後、私の知るかぎりでは魯山人、石黒宗磨、荒川豊
蔵、金重陶陽氏の、ごく少数の作家が作るのを見たに過ぎなかった」
(辻 清明著「ぐいの
み」保育社)とある。
木米は明和 4 年~天保 4 年(1767~1833)江戸時代後期の京都の名工である。
確かに、大振りのお酒を飲むための酒杯を目的的に作っている。口径6cmあるいは口径
8.8cmの刷毛目盃をはじめ、白磁菊文盃、赤絵花鳥文馬上盞、色絵仙人唐子馬上杯、
青磁爵形盃などがある。いずれも箱書には「盃」
「酒盞」と書かれている。調べた範囲内で
は大き目の酒杯は作っているが、
「ぐい呑み」という表現は見当たらなかった。
さらに「日本のやきもの市場、ぐいのみとして作陶された時代は桃山か江戸初期からと
いわれている。近代ぐいのみとされている志野や古瀬戸には懐石用の小向付の場合が多い
が、桃山期のものとしては唐津の斑唐津、絵唐津、黒唐津などの名盃が残されている。」
(前
出「ぐいのみ」
)とある。
桃山時代には、懐石用の小向付として作られたものが、その形、容量、などからお酒を
呑む用具に転用され、珍重され、現在「ぐい呑み」と称されているものがあるというのが
実態ではないかと思う。
桃山期はお酒を飲む因習やそのお酒の資質からみて現在「ぐい呑み」と称されるような
形状のようなものがお酒を飲むために目的的につくられたとは考えにくい。
寛文6年(1666年)にでた訓蒙図彙には盃(さかずき)
、盞(さん)の絵があるとい
う記述がある。しかし「ぐい呑み」という言葉は見つからなかった。
(高橋幹夫著「江戸の
暮らし図鑑-道具で見る江戸時代」芙蓉書房出版)
社会的な風習や流行にあわせて商業的に成り立つからものの製造が行われる以上、個性
が芽生え、かつゆとり的にお酒を独りで楽しむという時代の要請に応え、
「ぐい呑み」を作
れば商売になると考えて「ぐい呑み」を作陶する側の意図が生まれ、
「ぐい呑み」として目
的的に作られるようになった時代は相当新しいものと考えるのが妥当ではなかろうか。
「蕎麦猪口、酢猪口、煎茶わん、その前身はかまわない。」ぐい呑みとは、「見立ての側
の感覚が、ぐいのみの格を左右しているのである。ぐいのみとは特別な器体だけに課せら
れた名ではなくて、自在に酒杯と見立てられるものの総称としてもおかしくはないのであ
る。
」
(前出「ぐいのみ」
)このように、現在ではぐい呑みは「ぐい呑み」として目的的に作
陶されているが、それまでのものは、使う側の見立てによって、
「大振りで深めの酒杯」と
して用いることのできるものを後世の人が「ぐい呑み」と称して用いる場合が多いのであ
る。現在はぐい呑みとして目的的の作られるものと、見立てにより「ぐい呑み」と称され
酒器の仲間に加えられるものの流れがあるということである。
ぐい呑みのルーツを探るにあたり、形態的に「大振りで底の深い器」が作られた時代を
探り、アプローチすることは後世の見立てという価値判断がはいるためかなり限界がある
といわねばなるまい。
2.「ぐい呑み」の語感
「GU・I・NO・MI」、「ぐ・い・の・み」の「ぐい」と「のみ」は副詞と動詞から
転じた名詞から成り立っている。やきものの名前の中でこのような語群によるものがある
か見てみよう。
やきものの名前を思いつくまま列挙してみる。
茶碗、蓋付碗、飯碗、大皿、中皿、小皿、取り皿、銘々皿、豆皿、手塩皿、小付、大鉢、
中鉢、小鉢、向付、片口、徳利、猪口、蕎麦猪口、土瓶、急須、汲出、醤油注ぎ、醤油注
し、箸置き、楊枝立て、れんげ、土鍋、抱瓶(だちびん)、花瓶、茶壷、からから、等
名詞、あるいは形容詞(大きさを表すのが多い)+名詞、汲出・注ぎのように動詞から
転じた名詞によって構成されているものが圧倒的である。このように。大きさ(小さな皿
即ち小皿など)、目的(お茶を入れる壷、茶壷など)、素材(土で作った鍋、土鍋など)を
冠した言い回しが多いのである。
「ぐい呑み」というネーミング自体が他のやきもののネーミングと異なるジャンルに入
るのは明らかである。また言い回しからも感覚的には新しいものである。
金田一京介「国語辞典」によると、「ぐい」は俗語であり、「力をいれて急にする様子」
とある。同様に「ぐいぐい」も「ぐいと」も俗語である。
「ぐびぐび」は「喉を鳴らして酒を呑む様子」とある。「ぐいぐい」も「酒をぐいぐいと
あおる」と例文があるように勢いよく飲み干している様をあらわしている。このように俗
語を使ってネーミングされているのは庶民的発想であるが、返って文化人あたりが、感覚
的にフィーリングがマッチしたネーミングに「これはしたり。」と名付けた可能性も高いの
ではないか。
「ぐい」という語感は、独りで「ぐいっ」とお酒を嗜んでいる様子がうかがわれる。や
け酒、孤独感を紛らわせるために呑んでいる響きもなくはないが、独りで「ぐいっ」と呑
み、お酒の味を喉越しで味わい、美味いと感動しながら器に目をやり器を楽しみながらま
た一口といった優雅な雰囲気がぴったりである。
「ぐい」と「のむ」の二つの言葉には「独りで嗜む」と「庶民的感覚」が潜んでいる。
独り酒の風習が一般的にはやりだし、やがて、単にお酒を独りでのむというだけでなく
お酒も器も独りで優雅に嗜むというのがそれなりの層に広まっていったのであろう。
「ぐい呑み」は庶民的感覚がする語感を持っているが、逆にそれなりの層の人々が、「ぐ
いっ」と「のむ」から「ぐいのみ」とネーミングをし、口から口へと伝わっていき、名称
が感覚的に受け入れられ、粋な名前ともてはやされていったのではないか。名前の定着に
したがい、また「ぐい呑み」が庶民化するにつれ、大振りの器を「ぐい呑み」として目的
的に作陶する人が増え、
「ぐい呑み」が市民権を得ていったと考える。
明治から昭和にかけて、独り酒の風習が始まり、お酒の好きな人が猪口では物足りない、
茶碗じゃ味気ないと、ちょっと大振りの深めの器をお酒を呑む為に転用し、他の人から「い
いねえ。それはなんと言う器だい。
」と尋ねられ、
「ぐい」と「呑む」から「ぐい呑みさ。
」
と洒落っ気たっぷりに答え、「ほー。」と受け、それが少しずつ世に広まり定着していった
か、それを伝え聞いたそれなりの層の人が「ぐい呑み」と口にしたので急速に広がったの
ではないかと想像される。また、それなりの層の人が「ぐい」と「呑む」から「ぐい呑み」
と称したことから広がりだしたかのどちらかであろう。いずれにしても時代的には昭和の
中期ぐらいではないか。魯山人あたりの時代がシチュエーションとしては揃っているよう
に思えるのである。
3.「ぐい呑み」の表記
ぐいのみ、ぐい飲み、ぐい呑み、ぐい呑、と書き方はいろいろある。
「ぐ・い・の・み」に注いだお酒をぐいっと飲む行為には、力強さが感じられる。
「ぐいのみ」を「ぐいのみ」と全てひらがなにすると、ひらがなの持つ優しさが全面的
に押し出され似つかわしくない。
「ぐい飲み」の「飲む」の「飲」という字は「口を開いた人が、酒樽の向かっている形
と音符、今(いん)とからなる。インの音は飲み下す意の語源、咽からきている。
「のむ」の同訓は「飲」
「呑」
「咽」「嚥」である。
「飲」は、湯・水などを飲むこと。
「呑」は、物を噛まずに丸飲みすること。
「咽、嚥」は、喉の意。転じて一口ずつ喉へ飲み込むこと。
お猪口でお酒をちびちびと飲む場合は、お酒という液体をのむという感じがぴったりで
あるのに対し「ぐいのみ」で「ぐいぐい」とのむ場合の力強さは、口の中のお酒は液体で
はあるが、一口単位で「固体」と化しており、そのまま喉へ「ぐいっと」丸のみされてい
く感覚が当てはまるので「呑」という漢字がふさわしいと思う。
「ぐい呑」という表し方も送り仮名の「み」がなく「ドン」と呑みきる感じがでている
が「呑」のドンというのがあまりに強調されすぎており嗜む気持が消えているようで、呑
むことが主目的のような気がして優雅さがないと思う。
従って小生は「ぐいのみ」を表記する時は、力強さと喉越しのうまさを味あう、それで
いて優雅さが漂うイメージに近いので、
「ぐい呑み」とすることにしている。
4.酒杯について漢字から学ぶ
「さかずき」
「はい」を漢字で書くとしたら「盃」
「杯」が一般的である。
しかし、お酒を飲む容器は土器、金属、漆器、陶磁器があり、ほかに素材から木、玉、貝、
獣角など様々であり、形も多種多様であるから、漢字で表すと結構多いものである。
「さかずき」に関する漢字をいくつか列挙し漢和辞典などで意味を解明してみよう。
(1)
「盃」
杯とともに一般的に使われている。
「盃」という字は俗字であり、日本製の漢字である。
古くから酒杯は「かわらけ」と呼び、素焼きの平たい皿のようなものであった。
かわらけが普及し、素焼きの平たい皿を他の食べ物の器として使うことが一般的にな
ると、かわらけは素焼きだけに他の食べ物の味やにおいが染み込んだりして、それでお
酒を飲むとお酒の味がまずくなったと考えられる。古代も酒のみはお酒の味に結構うる
さかったと見え、この皿は「お酒専用」であり、他の食器の皿と違う意味の強い否定の
意味を持つ「不」と「皿」を組み合わせて「(食器用の)皿にあらず」「不皿」で「盃」
という漢字を作ったのであろう。お酒をおいしく呑むためには容器もお酒専用にすべき
であるといった強い主張を持ち、お酒をより最高に位置付けていこうする執着心は今も
変わらないのである。
(2)
「杯」ハイ、さかずき
不の転音が音を表し、増し加える意の語源(倍)からきている。台の上部に酒などを
注ぎいれるものが増しついて(附、フ)いる木の製品、さかずきの意。
字義としては、①さかずき②さかずきの数。器に盛った液体を数える語。
(3)
「桮」ハイ、さかずき
「杯」に同じ。
(4)
「盞」サン、セン、さかずき
戔(さん)が音を表し、また小さいの意をもつ。小さなさかずきの意。
(5)
「醆」サン、セン、さかずき
戔(せん)が音を表わす。字義は①さかずき②すこし澄んでいる濁酒。
(6)
「觴」ショウ、さかずき
字義は①さかずき、酒杯の総名。②人にさかずきをさす。人に酒を飲ませる。③濫觴
(らんしょう)は、さかずきを浮かべる。大川もその水源は杯を浮かべるほど微量であ
るたとえ、転じて、事の初めの意。
(7)
「觚」コ、さかずき
瓜(か)の転音が音を表す。
字義は①さかずき。2升を入れるもので、昔は角があったという。②しかく、方形。
③かど④つか⑤ふだ。昔文字を記すのに用いた方形のふだ。⑥のり。きまり⑦ただし
い。
(8)
「觶」シ
字義はさかずき。中国で3升入りの酒器。
(9)
「卮」シ、さかずき
字義は①さかずき。4升入りの大杯。②ばらばら。支に通じる。③べに。
(10)
「巵」シ、さかずき
「卮」に同じ。
(11)
「巹」キン、さかずき
字義は①瓢②さかずき。瓢(ひさご)を半分に割って杯にしたもの。夫婦かための
さかずき。
(12)
「爵」シャク、サク、さかずき
古代のさかずきの象形。字義は①さかずき。すずめの形をした杯。②爵位③官位
④階級⑤すずめ。
古代には身分により、君主からさかずきを受ける順序と回数の区分があったので位
を意味するようになった。
この他にも「さかずき」と読む漢字には「白」がある。また「角」「鐘」にもさかずきの意
味がある。
酒器も容量によって漢字を分けているところが中国のすごいところである。
5.茶碗、徳利、猪口
ぐいと呑むから「ぐい呑み」
。読んで字の如し。単純明快。ところがやきものに関する言
葉でなにげなく普段使っているが、ふっと何故と思うと意味不明の言葉が例えば、代表的
なものは「茶碗」
「徳利」
「猪口」である。
(1) 茶碗
「おちゃわん」と聞くとたいていは御飯を食べるお茶碗を思い浮かべるのではないか。
御飯を食べるのに用いる碗に何故「茶」がついているのか。湯飲みとか湯飲み茶碗とい
う。茶碗蒸もどう解釈すればいいか。このように茶用の碗にさらに使う目的の物を冠し
た言い方はよくよく考えてみるとおかしなものである。
「茶碗」を国語辞典(三省堂)で調べてみる。
ちゃわん「茶碗」(名)
①お茶を飲む陶器・磁器のうつわ。『②と区別して言うと
きは、茶のみ茶(ヂャ)わん』②ごはんを盛って食べる陶器・磁器のうつわ。『①と区
別して言うときは、ごはん茶(ヂャ)わん』③コーヒー・紅茶を飲む、取っ手のつい
た陶器・磁器のうつわ。カップ。『コーヒー茶(ヂャ)わん』
お茶を飲む、御飯を盛って食べるおわん状の陶器・磁器がわざわざ『茶碗』と総称され
ていることに不自然さを覚える。目的を冠して総称されるのであれば、お茶よりも御飯の
ほうが日常生活からみると自然ではないだろうか。しかし、何故御飯でなく茶碗なのだろ
う。
「やきものの技術者が朝鮮人なので、できあがったものの呼称が朝鮮語であったことが
考えられる。少なくとも初期のころの名称は彼らが日常に呼びならわしていた用語そのも
の以外は考えられない。それを知るのにひとつのてがかりになる書がある。淺川巧『朝鮮
陶磁名考』である。その一文を紹介する。『日本に渡っている所謂茶碗の多くは、本来が茶
用の器でない。朝鮮ではそれを何んと呼んだかと云うに、磁碗(チャワン)または沙茶碗
(サチャワン)と書いて、
(中略)現代の飲喰い茶碗か、それより少々大きい位のものであ
る。ところがこの磁の字がchaとよまれるので。我が茶の字と同音である関係上、茶に
置き換えられたものと思われる。その理由として日本には飯喰茶碗、茶呑茶碗など不合理
な名称がある。この場合茶碗の茶の字を磁(チャ)に改めたら意味があきらかになる』(鄭
大聲著「食文化の中の日本と朝鮮」講談社現代新書)
「茶」という響きは独特のものがある。実にうまく字を当てはめたものである。
「茶碗といえば現在では碗形のもので、用途とすれば、抹茶碗、煎茶碗、湯飲み茶碗と
いった飲用とご飯茶碗のようなものを指すが、かつてはそうではなかった。
『君臺観左右帳
記』の中では、『茶垸之事』として青磁を青い『ちゃわん』、白磁を白い『ちゃわん』と著
し、一方で『土之物』として現在でいう天目茶碗が、曜変、油滴、建盞といった順になら
べられる。これでみると『茶碗=ちゃわん』が室町時代まで磁器のことであったことが分
かる。茶碗を磁器のこととする考え方は室町時代後期になると曖昧になってくるようであ
る。
」
(矢部良明編「やきものの鑑賞基礎知識」至文堂)
一般にやきもののことを「せともの」というがこれは「瀬戸で作られた(やき)もの」
という意味であり、唐津の交易圏ではやきもののことを「からつもの」とよんでいる。
「ちゃわん」とは「磁器製のわん」というところである。
ところで「碗」という字をこれも何気なく使っているがこれは俗字である。正字は「椀」
である。
「椀」は宛「ワン」が音を表し、えぐり取る意味の語源「剜」(ワン、えぐる、け
ずる)からきている。中をえぐり取って、物を入れるようにした木の容器、わんの意味で
ある。木をえぐり器を作り、やがて土器、陶磁器で椀状のものを作るようになり石のよう
に硬いところから「木」に替え「石」へんの「碗」をつくったのであろう。
(2)徳利
日常的に「とっくり」といっているので余り疑問を感じないが、じっくり考えてみると
「徳」と「利」の漢字の構成からみても意味が判別できない。漢字は表音と表意文字であ
る。漢字をにらんでいても、あの口の細くなったやや下膨れの「徳利」という器物は想像
できない。
「とっくり」という音を聞いて頭の中に「とっくり」=「あの口の細くなったや
や下膨れのお酒をいれお猪口に注ぐ器」が認識されるのである。
お酒を注ぐ時の「トクトク」という音から生じたとも言われているが、なにかこじつけ
のような感じが強い。
甕器のことを朝鮮語では「トックルッ」という。語源的にはこの方が納得しやすい。
少し脱線するが、徳利の形についてであるが、我が国の場合は、首のくびれから下の胴
部はずんどうになった形が多い。お隣の韓国の李朝時代の形は首のくびれの下から下膨れ
になっているものが多い。お酒と色気はつきもの。この両者の形は、女性の衣装即ち、我
が国の場合は着物姿、お隣はチョゴリ姿の女性のフォルムが原点になっているのではなか
ろうか。
(3)猪口
「ちょく」
「ちょこ」もしかり。
「鍾」ショウは「チョング」と発音される、またさかず
き、つりがねという意味もある。釣鐘を逆さにした形の器、口が広く尻がすぼんだ形が原
型となっていると見るのが妥当である。
しかし、
「猪の口」とは実にうまい表現である。うまく字を当てたものである。
陶磁器の名称がこのように朝鮮語がそのまま使われていることが多いのは朝鮮とのかか
わり、陶磁器の技術が主に朝鮮から渡ってきたからと見るのが自然の流れであろう。
しかし、
「磁」に「茶」
、
「トックル」に「徳利」、
「チョング」に「猪口」と言う漢字を当
てたのは先人の文化的な知恵と言えるだろう。