在宅療養支援シリーズ

在宅療養支援シリーズ
地域の安心と生活を支えるために
医療法人日新会 北堀江病院(大阪府大阪市)
医療介護相談室 MSW 小西宏明、理事長・院長 新宮良介
はじめに
への展開を進めてきた。平成 17 年には、居宅介護支
援、訪問介護、デイサービス、ショートステイ、グルー
地域包括ケアシステム構築に向けて、小さな慢性
プホームを一体的、有機的に組み合わせた、多機能
期病院である当院が担う役割を考え直す時期がきて
型介護施設「ケアヴィレッジ九条」を病院所在地と同
いる。これまでの「病院・施設完結」から「地域完結」
じ大阪市西区内に開設した。この結果、法人内での
を見据えた本格的な対応を進め、「本当に在宅で生
医療・介護連携体制が実現した。
活ができるのか?」というケースでも、医療・介護等
の連携で在宅復帰に向けて取り組んでいくことが求め
られている。
当法人について
入院の現状
当院周囲約 3 キロ圏内にある 17 の 100 床以上規
模の急性期病院からの転入院患者紹介が殆どである
が、最近、近隣地域のケアマネジャーからの入院受け
明治 31 年(1899 年)に東京帝国大学医学部を卒
入れ相談も増えてきている。入院入所者構成としては、
業し、蘭学の先覚者、緒方洪庵先生の御子息である
医療病棟では、気管切開・酸素吸入・喀痰吸引・血
緒方正晴先生に師事した東條良太郎氏がドイツ留学
液透析・重症合併症を併発した糖尿病・神経難病な
後の明治 44 年(1911 年)
、産婦人科専門病院の草分
どの医療区分 2・3 の患者が 9 割以上、介護病棟で
けとして診療活動を開始して以来、現在の大阪市西区
は介護度 4・5 の利用者がほとんどとなっている。
堀江の地で、診療活動を行ってきた。昭和 55 年
(1980
慢性期医療の内容や、療養型病院の機能や役割に
年)、現在の医療法人日新会北堀江病院へ改称すると
ついて、患者さん、ご家族の理解が不十分なことが多
同時に内科を併設し、急速な高齢化社会の進行に伴
いため、入院前に必ず家族面談を行っている。急性
う疾病構造の変化を見据えて、より地域社会に密着し
期側のベッドコントロール都合なのか、転院紹介先は
た医療を目指すことにした。大きな社会問題となりつ
一般病院、療養型病院が混在している。ご家族は既
つあった生活習慣病への対応として、平成 4 年(1992
にいくつかの病院を見学された上で、
「長い入院期間
年)に糖尿病専門外来を開設する一方、歴史ある産
が可能か?」というニーズを最優先されることが多い。
婦人科部門を平成 8 年 4 月(1996 年)に廃止し、新
その点では、療養型病院の特性は有利となり、転院
しいスタートを切ることになった。同年 6 月には、療
相談も進めやすい。しかしながら、診療内容や方針
養型病床群を一部導入したケアミックス病棟体制への
についての理解が不十分だと、入院した後になり、実
移行を、7 月には糖尿病診療の一環として透析部門を
は積極的治療を望んでいたことなどが判明して転院を
開設し、高齢化、重症化のため長期入院が必要な透
含めた再調整に苦慮することになる。
析患者の受け入れを進めた。平成 10 年の診療報酬
キーパーソンとなるご家族の不安、心配、考えや
改定への対応として、同年 10 月より全館 86 床を長期
思いをしっかり受け止めた上で、押し付けや誘導とな
療養型病床群へ移行することを決断した。
らないよう注意しながら、わかりやすく丁寧な説明で
医療法人日新会は、医療療養 46 床、介護療養 40
理解、納得していただくことを心がけている。以前は
床、計 86 床の療養型病院である北堀江病院を核とし
MSW だけで面談を行っていたが、医学的情報に基づ
て、平成 12 年の介護保険制度導入と同時に介護事業
いた相談への対応が十分ではなかった反省から、総
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写真1 病院玄関
レトロ感溢れる病院玄関。大阪の中心地ミナミ(心斎橋、難波エリア)から徒歩圏内
師長が同席して共に対応するようにした。その結果、
護支援・訪問介護・デイサービス・ショートステイ・
ご家族の安心、理解、納得度が大きく向上し、転入
グループホーム・訪問看護ステーション)である。
院の過程、さらには入院後の療養生活支援も円滑に
進められるようになった。
通所・訪問・宿泊サービスを組み合わせることが
でき、馴染みのあるスタッフが対応するので、単独の
例えば、急変時対応について、総師長が慢性期で
事業所を複数利用する場合に比べて、利用者、家族
できる対応を資料や写真等で具体的に紹介し説明して
の安心感が高まり精神的負担が軽減された、との評
いくことで、慢性期病院ならではの治療、ケアを理解
価を得ている。単独型事業所の集合体なので、小規
してもらい、患者、家族が何を、どんなことを優先し
模多機能型居宅介護のような「サービスの一部に不
たいか考えることができる。当院の慢性期医療の現状
満があっても、その部分だけ事業所を変更できない」
や方向性を理解、納得していただければ、急性期治
というデメリットはなく、利用する側の選択肢の幅を
療が必ずしも希望通り叶えられない事実を、冷静に受
広げる事ができる。
け止めていただくことができる。
重度要介護者、認知症高齢者や医療必要度の高い
また、リハビリテーションについても同様のことが
方を医療と介護の円滑な連携で地域を支えていくに
言える。家族面談時に、
「療養型病院のイメージ」を
は、訪問看護の役割が重要であり、期待されている。
聞くと「寝かせきりで何もしてくれない」という声が多
平成 21 年に追加開設して以来、人材確保が難しい
い。当院が慢性期リハビリテーションの充実に努力し
中、業務内容、範囲の拡大、充実を図っている。
ていること、理学療法士、作業療法士と医師、看護師、
在宅介護では、家族の負担が非常に大きく、精神
他の多職種が患者さんの QOL(生活の質)を少しで
的、肉体的疲労の蓄積は無視できない。その負担軽
も良くするよう、チーム一丸となって取り組んでいる事
減のために、ショートステイ利用のニーズは高い。近
実を具体的に説明することで、寝かせきりではない入
隣地域にはショートステイ事業所が少ないので、当施
院生活の様子を理解してもらえている。
設が満室状態になることが多く、「利用したい時に利
用できない」
、「部屋が空いていない」とのイメージ
多機能型介護施設ケアヴィレッジ九条
を持たれてしまう心配がある。地域の事業所やケアマ
住み慣れた地域で安心した生活ができるように、と
ネジャーに随時、空室情報を発信し、
「緊急でのショー
のコンセプトで開設した多機能型介護施設(居宅介
ト利用」も可能である意識づけをはかっている。
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写真2 ケアヴィレッジ九条
地域密着型の介護事業を展開して、今年で 10 年
地域包括ケアシステム構築に向けて
昨年、娘さんより「母を自宅で看ていきたい」とい
う強い希望と相談があった。経管栄養で全介助という
平成 27 年 3 月、地元医師会が先導する形で本格
高いハードルではあるが、かねてからの家族の思い
的な取り組みが始まり、在宅診療に従事する医師と区
に応えることにした。院内各部署で退院前に必要なこ
内全病院の地域連携担当者が顔を合わせて意見交換
と(注入食・トランスファー・MGチューブの管理・
をした。在宅医療の現状は、単独医師、診療所での
おむつ交換等)を整理、検討した後、家族 2 名、在
対応は厳しい様子が明らかとなった。長年にわたり、
宅ケアマネジャー、訪問看護師と当院多職種メンバー
地域で活躍されている医師が大きな負担なく在宅医
(医師・看護師・介護士・薬剤師・栄養士・理学療
療に取り組める体制を関係者が協力して作っていく必
法士・作業療法士・ケアマネジャー・MSW)が集まり、
要性を強く感じている。
退院前カンファレンスを実施した。自宅療養を実現す
長期入院から自宅療養生活を可能とした医療依存
るための具体的方法の説明や意見交換により、家族、
度の高い事例を紹介する。
スタッフ共に、為すべきことへの理解が深まった。そ
80 歳代女性(要介護度5、ADL は全介助)で、
して何より、自宅に戻ってからも訪問看護師やケアマ
平成 13 年よりくも膜下出血、脳梗塞などで入退院を
ネジャーが中心となって支えてもらえると、家族が安
繰り返し、平成 17 年、胃瘻造設により自宅療養が困
心感を持てたことにカンファレンス開催の意義があっ
難となり当院に入院された。入院当初は経口摂取と
た。自宅ケアに関わる家族に対して、退院までに経鼻
経管栄養を併用していたが、嚥下機能回復訓練の効
胃管カテーテルチューブの取り扱い、移乗介助、お
果に伴い、胃瘻を抜去し経口摂取での栄養補給が可
むつ交換等に対する指導を行い、手技技術を確認し
能となった。その後、再び経口摂取が困難となった
た後、無事に退院の運びとなった。
ため、鼻腔栄養を開始し経過していた。主な介護者
今回の退院支援事例を通じて、多職種がチームと
でキーパーソンとなる 50 歳代の娘さんは、再び口か
なり、家族の協力と地域資源を活用して取り組めば、
ら食べて欲しい、自宅療養を再開したいという思いは
医療必要度、要介護度の高い方でも、入院から自宅
あるものの、誤嚥の危険性と経管栄養であることが在
療養生活への復帰は可能であることを、多くの職員が
宅へ戻る自信を失わせていた。
実感し、大きく意識が変わった。すでに地域に存在し
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写真3 新病院 完成予想図
住み慣れた町での生活を支え、安心して最期を迎えられる「場」の提案
ている支援体制、社会資源を有機的に、有効に活用
新会 Vision」を、さらに深く、強く、確実なものとし
することの重要性と必要性を今後の退院支援に活かし
たい。
ていきたい。
今後の取り組み
現在の診療、ケア機能のポテンシャルを最大限に
生かす場作りにとどまらず、「どこでも、誰もが、支え
合う場(身体的、心理的ケアの場)
」
、「どこでも、誰
住み慣れた町での生活を末永く支える安心と信頼
もが、心を交流する場(関わる人すべてがチームメ
を提供できる病院を目指して努力していきたい。単独、
ンバー)
」
、「どこでも、誰もが、思い、気持ちを交感
少数の施設連携では地域全体を支えていくには力不
する場(確かめ合い、励まし合う場)
」として、地域
足である。これまでの経緯、実績をふまえて、地域完
活動の核となる存在にしていきたい。
結型の医療・介護支援体制の在り方を見直していく
べき時期と考える。 当院は地域に根差した病院として、100 年以上の
歴史を刻んできた。病院施設は昭和 4 年に建築され
ており、これまで部分的な改修を繰り返してきたが、
この度、未来を見据えたより良い療養環境を提供す
るために、全面的な建て替えを決断した。現在の建
物は敷地いっぱいに建設されており、現在地での建
て替えは困難なため、新築移転方式を選択した。幸
いなことに移転先は現病院から約 800 mと近く、現
地からそう離れることなく引き続き活動できる事にな
る。竣工は平成 28 年夏頃を予定している。
新病院では、「お世話になってよかった」「なかな
かやるね」
「お世話になりたい」と多くの方に感じても
らえる、言ってもらえる関係つくりを目指してきた「日
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