8. 薄板鋼板のスポット溶接継手における疲労強度推定に関する研究

8. 薄板鋼板のスポット溶接継手における疲労強度推定に関する研究
52113410 小宮 賢太
1.
研究目的
を事前の実験で確認している。
自動車用外板は,複雑な三次元形状に加工するために伸び
性能が非常に大きい材料が用いられ,軽量化のため薄肉化,
3.
高強度化が進んでいる。さらに,車体も強度部材として考慮
されるようになり,1 つの車体に様々な強度や特性を有する
3.1 繰返し引張力が作用する場合の疲労強度
溶接部に繰返し引張力が作用する場合の疲労試験結果を,
鋼種が適用されている。また,複数箇所にスポット溶接した
図 2 に示す。なお,この図には,それぞれの鋼種において,
場合の疲労強度については検討されていない。よって,これ
1 箇所でスポット溶接した場合と,2 箇所でスポット溶接し
ら外板の疲労強度を把握することは重要な課題である。
た場合を示している。また,このグラフの縦軸は載荷した荷
スポット溶接継手の疲労試験は,JIS で規定されており,
スポット溶接継手部の疲労強度と亀裂発生寿命
重範囲で示している。図 2 より,疲労強度についてみると,
破断判定も記述されているものの,溶接部に発生した疲労亀
溶接継手が 2 箇所の方が 1 箇所よりも約 1.5 倍大きいことが
裂の検知法が記述されておらず目視による検知を想定して
わかる。また,伸びの相違の影響は,ほとんど認められない。
いるものと考えられ,亀裂伝播経路や破壊形態による分類評
疲労寿命についてみると,溶接継手が 2 箇所の方が 1 箇所よ
価も規定されていない。
りも寿命が数倍から数十倍長寿命であることがわかる。また,
そこで,本研究では,伸び性能が異なる 2 種類の鋼板を用
いてスポット溶接し,溶接継手の疲労強度におよぼす鋼材の
伸びの相違の影響は,伸びが小さい SPCC 鋼の方が大きい
SPCE 鋼よりも数倍程度長寿命であることがわかる。
伸び性能の影響について明らかにすることを目的とした。ま
表1
た,複数スポット溶接された場合の溶接継手の疲労強度につ
プログラムを用いて,疲労寿命をシミュレートし,実験と解
SPCC
降伏応力
(MPa)
262.0
析結果を比較することで,スポット溶接継手の疲労寿命推定
SPCE
152.5
い て も 調 査 を 実 施 し た 。 さ ら に , FLARP(Fatigue Life
鋼種
供試鋼板の機械的性質
Assessment by RPG load)解析法 の考え方を導入した Calcrack
1)
引張強さ
(MPa)
354.9
ヤング率
(GPa)
203.7
伸び
(%)
37.0
308.1
206.7
52.7
の可能性について検討した。
ひずみゲージ
2.スポット溶接継手の疲労試験概要
ナゲット
供試鋼板は JIS で規定された一般用軟鋼(SPCC)と深絞り用
軟鋼(SPCE)の 2 種類の市販されている鋼板であり,共に板厚
1.2mm である。JIS-5 号試験片を用いた静的引張試験より得
たこれらの鋼板の機械的性質を,表 1 に示す。
スポット溶接継手は,JIS Z 3138 で規定されているスポッ
ト溶接部に引張力が作用する十字引張型の試験片(以下 CT
(単位:mm)
型試験片と呼ぶ)とスポット溶接部に引張せん断力が作用す
る引張せん断型の試験片(以下 TS 型試験片と呼ぶ)を作成し
(a)
1 箇所で溶接した
場合の CT 型試験片
(b)
1 箇所で溶接した
場合の TS 型試験片
た。また,CT 型試験片と TS 型試験片は,溶接箇所が 1 箇所
の場合の他に,2 箇所の場合の試験片を作成して,疲労試験
ひずみゲージ
を実施した。CT 型試験片,および TS 型試験片の形状とひず
みゲージ貼付位置を,図 1 に示す。なお,CT 型試験片は専
用の冶具を作成して,TS 型試験片は油圧チャックで疲労試
ナゲット
験機に取り付けた。
疲労試験は,パソコンでデジタル制御された 50kN 電気
サーボ式疲労試験機を用いて,引張 sin 波の一定振幅荷重を
載荷速度 10Hz,応力比(R)0.1 で行った。試験片に負荷する荷
重範囲は,溶接継手の静的引張試験を行い,疲労試験時の最
大荷重が破断荷重の 80~10%の範囲で設定した。
(単位:mm)
本試験での疲労寿命は,本研究室の疲労亀裂のモニタリン
グ研究 2)において開発されたひずみ範囲変化率を用いて,薄
板鋼板のスポット溶接継手用に改良した 5%Drop 法による
判定法を用いた。なお,疲労亀裂未発生の溶接継手のひずみ
範囲が 5%低下した時点で,継手に疲労亀裂が発生したこと
(c)
2 箇所で溶接した
場合の CT 型試験片
図1
(d)
試験片形状
2 箇所で溶接した
場合の TS 型試験片
溶接部の疲労破壊形態については,ほとんどがボタン型の
破壊であったが,亀裂がナゲットの一部を進展した場合とナ
果であった。しかし,高応力の場合は解析原理により亀裂先
端が全塑性と判定され,解析できなかった。
ゲット円周部を進展して破壊した場合があった。また,低応
力の場合,ナゲット端部に発生した疲労亀裂が試験片板圧貫
5.結論
通後板幅方向に進展した場合や,ナゲット部に生じたチリが
本研究で得られた結果は,次のとおりである。
原因で亀裂が分岐した場合が確認された。
スポット溶接部に繰返し引張力が作用する場合,溶接部 1
箇所あたりの強度は溶接数に比例して 2 倍とはならないも
3.2 繰返し引張せん断力が作用する場合の疲労強度
引張せん断型試験片の疲労試験結果を,図 3 に示す。なお,
のの,寿命は数倍から数十倍も増加することがわかった。ま
この図には,それぞれの鋼種に 1 箇所でスポット溶接した場
なかった。
た,伸びの相違の影響は,疲労強度,疲労寿命共に認められ
合と,荷重作用軸に対して直列に 2 箇所でスポット溶接した
溶接部に繰返し引張せん断力が作用する場合,直列に溶接
場合を示している。また,このグラフの縦軸は載荷した荷重
した場合の溶接部 1 箇所あたりの疲労強度は,溶接数が増え
範囲で示している。図 3 より,疲労強度についてみると,溶
ても同等であり,疲労寿命は数倍から数十倍以上も増えるこ
接継手が 2 箇所の方が 1 箇所よりも 2 倍ほど大きいことがわ
とがわかった。また,伸びの相違の影響は,伸びが小さい
かる。また,伸びの相違の影響は,伸びが小さい SPCC 鋼の
SPCC 鋼が大きい SPCE 鋼よりも強度が高く,寿命が長いこ
方が大きい SPCE 鋼よりも疲労強度がわずかに大きいことが
とが明らかとなった。
わかる。疲労寿命についてみると,溶接継手が 2 箇所の方が
FLARP の理論を用いた Calcrack プログラムによる解析
1 箇所よりも寿命が数倍から数十倍以上長寿命であるとわか
は,低応力の場合は,亀裂発生寿命とよく一致しており,わ
る。また,伸びの相違の影響は,伸びが小さい SPCC 鋼の方
ずかに安全側の結果であった。しかし,高応力の場合は,亀
が大きい SPCE 鋼よりも数倍長寿命であることがわかる。
裂先端が全塑性と判定されて解析できなかった。
には,ナゲットに発生した疲労亀裂が試験片板厚貫通後,板
幅方向に進展したものがあった。
2000
●:1spot SPCC
▲:1spot SPCE
○:2spots SPCC
△:2spots SPCE
1500
1000
500
0 3
10
3.3 スポット溶接部の亀裂発生寿命
スポット溶接部に繰返し引張力が作用する場合と繰返し
Cyclic Loading Range ⊿F (N)
んどはボタン型の破壊であった。ただし,低応力の試験結果
Cyclic Loading Range ⊿F (N)
溶接部の疲労破壊形態については,高応力の一部の試験結
果においてナゲットが完全に剥離破壊しているものの,ほと
10
4
10
5
10
6
10
6000
5000
4000
3000
2000 ●:1spot SPCC
▲:1spot SPCE
1000 ○:2spots SPCC
△:2spots SPCE
0 2
10
7
10
Number of cycles N (cycle)
図2
引張せん断力が作用する場合の,5%Drop 法により判定され
3
10
4
10
5
10
6
10
7
Number of cycles N (cycle)
CT 型試験片の
疲労試験結果
図3
TS 型試験片の
疲労試験結果
に関わらず,いずれの鋼材も荷重範囲が小さくなるほど寿命
が増加することがわかる。
図 5 より,溶接部に繰返し引張せん断力が作用する場合,
溶接部が 1 箇所であると,伸びが小さい SPCC 鋼は荷重範囲
1500
1000
500
0 3
10
亀裂の発生から成長までをシミュレートできる疲労寿命推
定法である。本解析では,この FLARP 解析法の考え方を用
いた Calcrack プログラムを用いて,スポット溶接部の疲労寿
命について解析を行った。
図 6(a)に溶接部に繰返し引張力が作用する場合の数値解
析結果を,図 6(b)に溶接部に繰返し引張せん断力が作用する
場合の数値解析結果を示す。なお,グラフの縦軸は載荷した
荷重範囲で示している。また,スポット溶接が 1 箇所の場合
の破断寿命と溶接部の亀裂発生寿命の疲労試験結果も示し
ている。図 6 より解析結果は,いずれの場合も低応力の場合
は,亀裂発生寿命とほぼ一致しており,わずかに安全側の結
Cyclic Loading Range ⊿F (N)
る。溶接部が 2 箇所であると,荷重範囲が変化しても伸びの
FLARP 解析法は,亀裂先端の弾塑性挙動を考慮して疲労
4
図4
SPCE 鋼は荷重範囲によらず寿命の変化が少ないことがわか
4.Calcrack シミュレーションによる疲労寿命推定
10
10
5
10
6
10
破断
5%
解析
800
600
4000
3000
2000
1000
10
5
SPCC SPCE
○
○
□
□
◆
◆
10
6
CT 型の解析結果
図6
10
4
10
5
10
6
10
7
10
7
TS 型試験片の
疲労亀裂発生寿命
6000
5000
4000
破断
5%
解析
SPCC SPCE
○
○
□
□
◆
◆
5
6
3000
2000
1000
0 2
10
10
3
10
4
10
10
10
7
10
Number of cycles N (cycle)
Number of cycles N (cycle)
(a)
3
図5
200
4
10
Number of cycles N (cycle)
400
10
●:1spot SPCC
▲:1spot SPCE
○:2spots SPCC
△:2spots SPCE
5000
CT 型試験片の
疲労亀裂発生寿命
1000
0 3
10
6000
0 2
10
7
Number of cycles N (cycle)
が小さくなると寿命が増加しているものの,伸びが大きい
差によらず寿命の変化が少ないことがわかる。
●:1spot SPCC
▲:1spot SPCE
○:2spots SPCC
△:2spots SPCE
Cyclic Loading Range ⊿F (N)
図 4 より,溶接部に繰返し引張力が作用する場合,溶接数
2000
Cyclic Loading Range ⊿F (N)
このグラフの縦軸は載荷した荷重範囲で示している。
Cyclic Loading Range ⊿F (N)
た亀裂発生寿命の結果を,それぞれ図 4,図 5 に示す。なお,
(b)
TS 型の解析結果
Calcrack による解析結果
参考文献
1) 豊貞雅宏,丹羽敏男:鋼構造物の疲労寿命予測,共立出版,2001
2) 高塚恭兵,勝田順一,河野和芳:鋼構造物溶接継手部からの疲
労損傷の検知とその評価,日本船舶海洋工学会講演会論文集,
第 13 号,2011,pp53-56
3) 和田眞禎,才木隼,甲木里沙,勝田順一:鋼材の伸び性能が疲
労き裂伝播に及ぼす影響,日本船舶海洋工学会講演会論文集,
第 13 号,2011,pp57-58
8