はじめに - マセマ出版社

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はじめに
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み な さ ん , こ ん に ち は。 マ セ マ の 馬 場 敬 之 ( ば ば け い し ) で す 。 大 学 数
学「 キ ャ ン パ ス・ゼミ」シリーズに続き,大学物 理 学「 キ ャ ン パ ス・ゼ ミ 」
シ リ ー ズ も 多 く の 方 々 に ご 愛 読 頂 き, 大 学 物 理 学 の 学 習 の 新 た な ス タ ン
ダー ド と し て 定 着してきているようです。
そ し て 今 回 , 『量子力学 キャンパス・ゼミ』 を 上 梓 す る こ と が 出 来 て ,
心 よ り 嬉 し く 思 っ て い ま す。 こ れ は, 量 子 力 学 に つ い て も , 本 格 的 な 内 容
を分かりやすく解説した参考書を是非マセマから出版して欲しいという
たく 山 の 読 者 の 皆様のご要望にお応えしたもの な の で す 。
20 世紀に入り,ミクロな ( 量子的 ) 物質の粒子と波動の 2 重性が明らか
になり,従来の古典力学では対応できなくなりました。この物質の波動性
を表現するために,シュレーディンガーは苦心の末,波動関数についての
波 動 方 程 式 を 提 案 し ま し た。 こ れ は 力 学 的 エ ネ ル ギ ー の 保 存 則 と 複 素 関 数
による平面波とを組み合わせることにより導き出される微分方程式であ
り , そ の 理 論 的 根 拠 は 定 か で は な い の で す が, ミ ク ロ な 粒 子 の 力 学 的 な 状
態を 記 述 す る 基 礎方程式であることが確認され ま し た 。
こ の ミ ク ロ な 物 質 の 粒 子 と 波 動 の 2 重 性 を 表 現 す る た め の 理 論 も, 複 素
関 数 と 実 数 関 数 の 2 重 構 造 に な ら ざ る を 得 な か っ た こ と は, 非 常 に 興 味 深
いと 思 い ま す 。
し か し , 量 子 力 学 は, か の ア イ ン シ ュ タ イ ン が 「 神 は サ イ コ ロ を 振 り た
ま わ ず ! 」 と ボ ー ア に 嘆 息 し た 程, 曖 昧 で 分 か り づ ら い 力 学 で あ る こ と も
事 実 で す。 波 動 関 数 が, 粒 子 を 測 定 し た と き に そ の 場 所 で 見 い 出 さ れ る
確率と密接に関係していると言われても,ピンとこないのは当然だと思い
ます。そう…,ハイゼンベルグが提案したように,量子力学には必ず不確
定 性 が つ き ま と う の で す。 こ の よ う な 不 可 思 議 な 理 論 の ゆ え に , 量 子 力 学
を学 ぼ う と す る 方 が壁にぶつかるのも仕方がな い こ と だ と 思 い ま す 。
さらに,量子力学の基礎方程式であるシュレーディンガーの波動方程式
そ の も の は 一 見 シ ン プ ル に 見 え る の で す が, こ れ か ら , 正 規 直 交 系 で か つ
完 全 系 の 波 動 関 数 列 や ,エ ル ミ ー ト の 微 分 方 程 式 と エ ル ミ ー ト 多 項 式 ,
ディラックの 演 算 子法などなど…,泉のように,様 々 な 応 用 数 学 の 分 野 が ,
文字通り噴き出して来るのです。この多彩な数学の難解さが,初学者を
量子 力 学 か ら 遠 ざ ける大きな原因の 1 つだと思 い ま す 。
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しかし,この面白くて現代物理学の基盤となる量子力学の基礎をどなた
で も 数 ヶ 月 で マ ス タ ー で き る よ う に, 本 書 で は 1 次 元 の シ ュ レ ー デ ィ ン
ガ ー 方 程 式 の 解 法 に 限 定 し て は い ま す が,高杉豊先 生 と 毎 日 検 討 を 重 ね な
がら,分かりやすい量子力学の入門書として書き上げました。本書で量子
力学の 基 本 的 な 考 え 方を十分に習得して頂けると 思 い ま す 。
この『 量 子 力 学 キ ャンパス・ゼミ』は,全体が 4 章 か ら 構 成 さ れ て お り ,
各 章 を さ ら に そ れ ぞ れ 10 〜 30 ペ ー ジ 程 度 の テ ー マ に 分 け て い る の で,
非 常 に 読 み や す い は ず で す。 量 子 力 学 は 難 し い も の だ と 思 っ て い ら っ し ゃ
る 方 も, ま ず 1 回 こ の 本 を 流 し 読 み さ れ る こ と を 勧 め ま す。 初 め は 難 し
い 公 式 の 証 明 な ど 飛 ば し て も 構 い ま せ ん。 ド・ブ ロ イ 波 長 , 光 子 の エ ネ ル
ギ ー , シ ュ レ ー デ ィ ン ガ ー の 波 動 方 程 式, 運 動 量 の 演 算 子, ハ ミ ル ト ニ ア
ン 演 算 子 , 時 刻 を 含 む( 含 ま な い )波 動 関 数 , 無 限( 有 限 )の 井 戸 型 ポ テ ン
シャル ,ス テ ッ プ ポ テ ンシャル,矩形ポテンシャル ,パ ル ス ポ テ ン シ ャ ル ,
調 和 振 動 子, 境 界 に お け る 波 動 関 数 の 滑 ら か な 接 続, 正 規 直 交 系 か つ 完 全
系 の 固 有 関 数( 波 動 関 数 )列 , 演 算 子 と 固 有 値 と 固 有 関 数 , エ ル ミ ー ト の
微 分 方 程 式, エ ル ミ ー ト 多 項 式 と そ の 母 関 数, エ ル ミ ー ト 演 算 子, 調 和 振
動 子 の 生 成( 消 滅 )演 算 子 , 演 算 子 の 行 列 表 示 , エ ル ミ ー ト 行 列 , ユ ニ タ
リ 行 列, ブ ラ・ベ クト ル, ケ ット・ベ クト ル な ど な ど … , 次 々 と 専 門 的 な 内
容 が 目 に 飛 び 込 ん で き ま す が, 不 思 議 と 違 和 感 な く 読 み こ な し て い け る は
ず で す。 こ の 通 し 読 み だ け な ら, お そ ら く 2 週 間 も あ れ ば 十 分 の は ず で
す。こ れ で 量 子 力 学 の全体像をつかむ事が大切で す 。
1 回 通 し 読 み が 終 わ っ た ら, 後 は 各 テ ー マ の 詳 し い 解 説 文 を 精 読 し て ,
例題を 実 際 に 自 分 で 解きながら,勉強を進めてい っ て 下 さ い 。
こ の 精 読 が 終 わ っ た な ら ば, 後 は 自 分 で 納 得 が い く ま で 何 度 で も 繰 り 返
し練習 す る こ と で す 。この反復練習により本物の 実 践 力 が 身 に 付 き,
「量子
力学の 基 本 も 十 分 に マスターできる」ようになるの で す 。頑 張 り ま し ょ う !
この 『 量 子 力 学 キャンパス・ゼミ』により,皆 さ ん が 奥 深 く て 面 白 い 本
格的な 大 学 の 物 理 学 の世界に開眼されることを心 よ り 願 っ て や み ま せ ん 。
け い
し
マセマ代表 馬場 敬 之
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◆ 目 次 ◆
講義1
量子力学のプロローグ
§ 1. 量子力学のプロローグ………………………………………… 8
§ 2. 波動と確率の関係………………………………………………20
§ 3. 解析力学の基本と積分公式……………………………………32
● 量子力学のプロローグ 公式エッセンス…………………………………46
講義2
シュレーディンガーの波動方程式 ( 基礎編 )
§ 1. シュレーディンガーの波動方程式……………………………48
§ 2. 関数の内積と不確定性原理……………………………………60
§ 3. シュレーディンガーの波動方程式の基本問題………………72
● シュレーディンガーの波動方程式 (基礎編 ) 公式エッセンス …………
4
102
講義3
シュレーディンガーの波動方程式 ( 実践編 )
§ 1. 1 次元散乱問題とトンネル効果… ………………………… 104
§ 2. 1 次元ポテンシャルによる束縛問題… …………………… 134
§ 3. 調和振動子…………………………………………………… 146
● シュレーディンガーの波動方程式 (実践編 ) 公式エッセンス …………
講 義4
176
量子力学と演算子法
§ 1. 量子力学と演算子…………………………………………… 178
§ 2. 演算子による調和振動子の解法…………………………… 196
§ 3. 演算子の行列形式… ………………………………………… 206
● 量子力学と演算子法 公式エッセンス…………………………………
221
◆ Term・Index(索引)……………………………………………………… 222
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§1.量子力学のプロローグ
さ ァ , こ れ か ら , 本 格 的 な“ 量 子 力 学 ” ( q u a n t u m m e c h a n i c s ) の 講 義
を 始 め よ う 。 量 子 力 学 と は 何 か と 問 わ れ れ ば, 「 電 子 や 原 子 な ど の ミ ク ロ
な 粒 子 ( 量 子 的 粒 子 ) の 運 動 の 法 則 を 調 べ る た め の, ニ ュ ー ト ン 力 学 ( 古 典
力学 ) と は 異 な る 新たな力学体系」と答えるこ と が で き る と 思 う 。
ニ ュ ー ト ン 力 学 が 対 象 と す る も の は, 日 頃 ボ ク 達 が 目 に す る マ ク ロ な 粒
子 の 運 動 で あ り, こ の 位 置 と 運 動 量 は 当 然 同 時 に 決 定 す る こ と が で き る
と 考 え ら れ て い る。 ( P 6 9 ( e x 2 ) を 参 照 ) こ れ に 対 し て, 量 子 力 学 が 対 象 と
す る も の は, 日 常 生 活 で は ほ と ん ど 目 に す る こ と が で き な い ミ ク ロ な 粒
子 の 運 動 で あ り , こ れ を 調 べ よ う と し て も, 位 置 と 運 動 量 を 同 時 に 決 定
す る こ と が で き な か っ た り, ま た こ の 力 学 的 な 状 態 が“ 波 動 関 数 ”( wa v e
f un c t i o n ) Ψ と い う 複 素 関 数 で 間 接 的 に し か 表 現 で き な か っ た り と, 様 々
プサイ
な不 可 思 議 な 現 象が生じてくるんだね。
では,何故このようなことが起こるのか
? それは,ミクロな粒子になれ
ば, “ 粒 子 と 波 動 の 2 重 性 ” ( p a r t i c l e - wa v e d u a l i t y ) が 顕 著 に な っ て く
るため,これまでの古典力学の決定論的な考え方では対処できなくなるか
らな ん だ ね 。
し た が っ て , こ こ で は ま ず, 光 ( 電 磁 波 ) を 中 心 に, 粒 子 性 と 波 動 性 の
論 争 の 科 学 史 に つ い て, ニ ュ ー ト ン 以 降 の 考 え 方 の 流 れ を 簡 潔 に 振 り 返 っ
てみ よ う 。こ れ に よ り,光が波動としての性質 だ け で な く ,同 時 に“ 光 子 ”
( pho t o n ) と い う 粒 子 と し て の 性 質 も も つ こ と が, ご 理 解 頂 け る は ず だ。
さらに,電子など,これまで粒子として考えられていたものも,実は波動
と し て の 性 質 も も つ こ と, さ ら に こ の 世 に 存 在 す る 物 質 は す べ て , 粒 子 と
波 動 の 2 重 性 を も つ こ と が, 量 子 力 学 の 出 発 点 で あ る こ と も 示 そ う。 そ し
て, こ の よ う な 不 思 議 な 2 重 性 の 現 象 を 対 象 と す る た め, 量 子 力 学 の 理 論
も, 複 素 関 数 ( 虚 数 の 世 界 ) と 実 数 関 数 ( 実 数 の 世 界 ) の 2 重 構 造 に な っ て
いる こ と も 興 味 深いんだね。この量子力学のこ れ ま た 不 可 思 議 な 理 論 に つ
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● 量子力学のプロローグ
いては,この後の章からステップ ・ バイ ・ ステップに分かりやすく解説し
ていく つ も り だ 。 楽 しみにして頂きたい。
ま ず , こ の プ ロ ロ ー グ の 節 で は, 量 子 力 学 の 基 盤 と な る 光 子 の エ ネ ル ギ
ーと運 動 量 が 次 の 公 式で表されることを示そう。
光子の エ ネ ル ギ ー E = hν ,運動量 p =
h
λ
( h :プ ラ ン ク 定 数 ,ν :振動数,λ :波長 )
こ れ か ら , 古 典 物 理 学 で は, 光 の 強 さ は ( 電 磁 波 の 振 幅 ) に 比 例 す る と
2
考 え る の に 対 し て , 量 子 力 学 で は , 光 の 強 さ は , hν × ( 光 子 の 個 数
) で表
される こ と も 解 説 し よう。
次に, 物 質 波 の 波 長 λ が次式で表されることも教 え る つ も り だ 。
h
物質波 の 波 長 λ = p ( ド ・ ブロイ波長という。)
さら に ,歴 史 的 に は,相前後するんだけれど,量 子 力 学 で 扱 わ れ る 量 は ,
連 続 的 な も の で は な く て, し ば し ば 離 散 的 な 飛 び 飛 び の 値 し か 取 り 得 な い
んだね 。こ の 典 型 例 として,ボーアが導いた水素原 子 の“ エ ネ ル ギ ー 準 位 ”
( ener g y l e v e l ) に つ いても解説しよう。これで, 量 子 力 学 の 考 え 方 に 徐 々
に慣れ て い っ て 頂 け ると思う。
そ し て , こ の 次 の 節 で は, ヤ ン グ の 干 渉 実 験 を 基 に し て , 波 動 と 確 率 の
関 係, つ ま り , 波 動 関 数 の 絶 対 値 の 2 乗 Ψ
2
が粒子の存在する確率密度
となる こ と の 意 味 を 紹介するつもりだ。
さ ら に , こ の 後 の 節 で は, 本 格 的 な 量 子 力 学 を 学 ぶ 上 で 欠 か せ な い 手 法
と し て , 解 析 力 学 に つ い て, そ の 必 要 な 部 分 に し ぼ っ て , こ こ で 解 説 し て
おこう 。
プロローグだけで,かなりのボリュームになるけれど,これで準備が整
うわけ だ か ら , こ こ でしっかり基礎的な考え方を 身 に つ け よ う 。
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● 光は粒子と波動の 2 重性をもつ !
物 理 学 の 歴 史 に お い て, 粒 子 性 と 波 動 性 が 問 題 と な っ た 典 型 的 な 例 と し
て,光 ( 電磁波 ) を挙げることができる。
古典力学の創始者であるニュートン ( I.Newton ) は光が直進する性質をも
つ こ と か ら, 光 は 波 で は な く 粒 子 と 考 え て い た よ う だ。 し か し, そ の 後,
ヤ ン グ ( T.Young ) が 光 の 干 渉 実 験 を 行 い, フ レ ネ ル ( A.J.Fresnel ) が 光 の
波 動 説 を ヤ ン グ と は 独 立 に 確 立 し, さ ら に 電 磁 気 学 の 創 始 者 で あ る マ ク ス
ウ ェ ル ( J.C.Maxwell ) が 理 論 的 に 電 磁 波
( 光 ) の 存 在 を 導 き 出 し て 以 降,
実験的にも理論的にも光の波動性が世界的に認められるようになったんだね。
し か し, 20 世 紀 に 入 る と, 状 況 が ま た 一 変 す る。 ま ず, プ ラ ン ク
( M.Planck ) が,振動数 ν の電磁放射では,エネルギーは hν の整数倍のや
り取りしか許されないとして,放射法則を導いた。次に,アインシュタイン
( A . E i n s t e i n ) が“ 光 子 ( p h o t o n ) 説 ”を 唱 え ,こ れ を 使 っ て“ 光 電 効 果 ”
アインシュタインは,これを“ 光量子 ( l i g h t q u a n t u m ) 仮説” と呼んだが,現在では
光子と呼び,また,これは,確立された理論なので,“仮説”ではなく“説” とした。
( photoelectric effect ) を説明したんだね。
こ の 光 子 説 で は, 振 動 数 ν の 光 子 が も つ エ ネ ル ギ ー E と 運 動 量 p は,
次の よ う に 表 さ れる。
光子のエネルギー E と運動量 p
振 動 数 ν の 光 子 は,次のエネルギー E と運動 量 p を も つ 。
・ エ ネ ル ギ ー E = hν …… (*a )
(
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・ 運動量 p =
h
λ
…… (*b )
)
E: 振 動 数 ν の光子がもつエネルギー ( J ) ,ν : 振 動 数 ( s − 1 ) ,
h : プ ラ ン ク 定 数 ( h = 6 . 6 2 6 × 1 0 − 34 ( J・s )) ,
p : 振 動 数 ν の 光子がもつ運動量 ( k g m / s ) ,λ : 波 長 ( m )