科教研報 Vol.27 No.5 高等学校理科における ICT 環境とデジタルコンテンツ活用に関する調査研究 Research on ICT’s Environment and Using Digital contents in Senior High School Science ○森大輝 A,吉田淳 B,小林夕也 C MORI,Daiki YOSHIDA,Atsushi KOBAYASHI,Sekiya 愛知教育大学大学院 A,愛知教育大学 B,東海学園高等学校 C Graduate School of Aichi University of EducationA,Aichi University of EducationB, Tokaigakuen Senior High SchoolC [要約] 高等学校理科では平成 24 年に現行課程に移行した。観察実験を行うことは生徒の知識理解の補 助になると考えられるが,旧課程下の平成 20 年に行われた調査では高等学校の観察実験実施状況は, 小・中学校に比べてはるかに低い結果になった(JST,2010a) 。高校理科で観察実験を数多く実施する には困難性があり,観察実験を動画化したデジタルコンテンツを活用した授業は生徒の知識理解の補助 に有効であると考えられる。本研究では現行過程の高等学校における ICT 環境の現状と演示実験や生徒 実験,ICT を活用した授業の実施状況を調査した。 [キーワード] デジタルコンテンツ活用,デジタル教材,授業改善 1. はじめに 程では「基礎を付した科目」(2単位)に,理科 高等学校の学習指導要領は理科,数学の2教科 基礎や理科総合A,Bが理科科目から外され,新 で昨年から現行課程に先行移行した。 しく「科学と人間生活」が創設された。旧課程の 平成 20 年に行われた JST による調査では高校 必履修科目は理科基礎・理科総合A,または理科 理科において演示実験や生徒実験の回数は,小学 総合Bを少なくとも1科目含む2科目であった。 校や中学校が軒並み高い回数を示しているのに 現行課程の必履修科目は「科学と人間生活」を含 対して高等学校では,はるかに低い回数にあった。 む2科目または,「基礎を付した科目」を3科目 特に生徒実験においては,「月に1~3回程度実 に改訂された(文部科学省,2009e) 。 施かそれ以上」と回答したのが,小・中学校で 95% T 社の教科書を比較すると「基礎を付した科目」 以上であるのに対して,高校では総合的な理科 は「Ⅰを付した科目」に比べて平均 60 ページ減 (普通科)で 18%という結果になった。高校理科 少した。これは教科書内容が現行課程移行に伴い において多くの観察実験ができない理由として 大幅に改訂されたからである。一方で必履修科目 観察実験を行うための授業時間数の不足や観察 数は2教科から3教科に変更されており,必履修 実験に伴う準備,片付け時間の不足,設備備品不 科目の指導ページ数は増加している。また,現行 足が挙げられていた。また、入試に関わる準備の 課程の「化学」「物理」「生物」(各4単位)は旧 時間などによって,授業時間が不足することも理 課程の「Ⅰを付した科目」 (3単位) 「Ⅱを付した 由に挙げられていた(JST,2010a) 。 科目」(3単位)の内容を多く含んでいる。その 旧課程下で行われたものではあるが,高校理科 ため教科書ページ数は「Ⅱを付した科目」と比較 では観察実験を数多く実施することに困難性が すると各教科で 100 ページ以上増加している。そ あることが明らかにされた。 れに加え,「Ⅱを付した科目」では教師は2つの 章(例:物理Ⅱの「物質と原子」 「原子と原子核」 ) 2. 現行課程移行による必履修科目の改訂 からどちらかを選択して授業を行えた。しかし, 旧課程の「Ⅰを付した科目」(3単位)は現行課 現行課程では教科書の内容を全て指導すること 17 になっており,より指導ページ数は増加すると考 JST の調査では ICT を活用した指導が得意であ えられる。 ると考えている教師は,担当する科目を好きだと 単位数あたりのページ数を比較しても,現行課 感じている生徒の割合が高いという結果を得た 程の指導ページ数は旧課程よりも増加している (JST,2010a:108) 。この結果から ICT 活用が得 ことが分かる。特に「Ⅱを付した科目」は選択章 意な教師は ICT を積極的に活用すると考えられ, も含めた単位あたりのページ数になっており,実 ICT 活用が生徒の理科好きに繋がる可能性がある 質の単位数あたりの指導ページ数は 20 ページ前 と考察される。 後減少する。そのため「Ⅱを付した科目」に比べ, 本研究で扱うデジタルコンテンツとは,デジタ 「生物」 「化学」 「物理」は大幅な指導ページ数の ルデータで表現された文章,画像,音,映像,デ 増加になっていることが分かる。 ータベース,またはそれらを組み合わせた情報の 表1 集合を指す(越桐,2006c:12) 。 T 社の新旧教科書ページ数比較(資料を除く) JST の「理科ねっとわーく」や教科書出版社の 生物 化学 物理 Ⅰ科目 287 298 256 コンテンツ教材に代表される多様なデジタルコ (3 単位) (95) (99) (85) ンテンツは観察実験数多く実施できない現状を Ⅱ科目 317 303 310 改善する可能性を持っていると考えられる。 (3 単位) (105) (101) (103) 現 基礎科目 197 212 234 行 (2 単位) (95) (106) (117) 課 「 生 物 」「 化 463 471 388 程 学」 「物理」 (113) (117) (97) 旧 課 程 本研究の目的は,高校において現行課程移行に 伴う観察実験の実施状況の変化や ICT を活用する 環境の整備状況,ICT を活用した授業実施状況を 明らかにするためにアンケート調査を 2012 年, 2013 年の2度実施した。 (4 単位) 4. 第1回アンケート調査(2012 年) *()内はページ数を単位数で除した値 1)調査方法 JST の調査から旧課程において時間不足などを (1) 調査時期 2012 年 4~5 月 理由に観察実験が十分に行えていなかったこと (2) 調査対象 静岡県・愛知県・大阪府にて を先ほど述べた。しかし,現行課程では科目負担 地域を限定し、域内の全高校に対して調査用紙を の増大,指導ページ数の増加により,さらに時間 配布の上協力を依頼 的余裕が無くなり観察実験が実施しにくい状況 (3) 調査協力校 41 校 になる可能性があると考えられる。 2)結果と考察 (1) 3. デジタルコンテンツの可能性 ICT 環境について 教室と理科室におけるプロジェクターなど ICT 清水らは授業での ICT 活用による学力向上を実 活用に必要な投影器具の設置状況を調査した。そ 証するために,全国の教員に依頼して,ICT を活 の結果教室に比べ,理科室にプロジェクターなど 用した授業と活用しない授業を実施し,その結果 の投影器具が多く設置されていることが明らか を総合的に分析した。その結果,意識調査の結果 となった。また,全教室にプロジェクターなどが からも客観テストの結果からも ICT 活用の授業の 設置されていない場合の移動可能なプロジェク 方が活用しない授業より学力向上の効果が高い ターの保有台数を調査したところ,64%の学校が ことが示された。この研究により ICT を活用した 「3~5台」と回答していた。投影器具に関する 授業は学力向上に効果があるとされている(清水 ICT 環境を完全に整備している学校は少なく,学 ら,2008d) 。 校間で差が出ていることが分かった。 18 科教研報 Vol.27 No.5 (3) 領域別デジタルコンテンツ活用状況 領域別のパソコンを用いたデジタルコンテン 教室 ツの活用状況を調査した結果は図4の通りであ る。3領域を通して活用状況は,ほぼ同じ割合に なった。パソコンを用いたデジタルコンテンツを 実験室 「あまり活用していない」 「全く活用していない」 0% 20% 全てに設置 図1 40% 一部に設置 60% 80% を合わせた割合が3領域とも 50%前後になって 100% 設置されていていない おり,半数の高等学校でパソコンを用いたデジタ ルコンテンツが活用されていない。また,活用し 教室と実験室のプロジェクター等の設置状況 ていたとしても教科全体で活用するのではなく, (2) 領域別観察実験の実施状況 担当する教師次第であることが分かった。一方で 領域別(地学を除く)の年間の観察実験状況を NHK の教育番組を録画したようなビデオ教材型 調査した。生徒実験では「9回以上」を除いた平 のデジタルコンテンツの活用状況は図5の通り 均値は,物理基礎で 2.6,化学基礎で 3.5,生物基 である。図4と比較して,生物基礎では「教科全 礎で 4.0 となった。 「9回以上」を選択した教師は 体で活用」 「担当者による」の合わせた割合が 20% 生物基礎と化学基礎で同じであることから,生物 以上高い。このことから生物基礎ではパソコンを 基礎が物理基礎に比べて生徒実験が若干多く行 用いたデジタルコンテンツをあまり活用せず,む われていることが明らかとなった。 しろ,ビデオ教材型のデジタルコンテンツは活用 演示実験においては「9回以上」を除いた値の していることが考察される。 平均値は生物基礎で 2.0 回,物理基礎で 3.5 回, 化学基礎で 4.7 回となった。 「9回以上」を選択し 生物基礎 た教師の数は,物理基礎で全体の 33%を占めてお り,このことを考慮すれば物理基礎において演示 化学基礎 実験の回数が多くなっていると考えられる。また 生物基礎の演示実験回数は少ないことが分かっ 物理基礎 た。 0% 表2 年間観察実験実施回数8回までの平均回 教科全体で活用 数と9回以上を選択した教師の数 生徒 実験 演示 実験 10% 図4 化学基礎 物理基礎 4.03 3.47 2.65 (n=32) (n=31) (n=34) 9回 2 2 1 以上 (n=32) (n=31) (n=34) 1.97 4.67 3.50 (n=32) (n=31) (n=33) 0% 9回 3 4 10 教科全体で活用 以上 (n=32) (n=31) (n=33) 平均 30% 担当者による 40% 50% 60% 70% あまり活用していない 80% 90% 100% 活用していない パソコンを用いたデジタルコンテンツの活用状況 生物基礎 平均 20% 生物基礎 化学基礎 物理基礎 図5 19 10% 20% 30% 担当者による 40% 50% 60% 70% あまり活用していない 80% 90% 100% 活用していない ビデオ教材型デジタルコンテンツの活用状況 (4) まとめと課題 (3) 調査協力校 91 校 アンケート調査の結果から,ICT 環境は未整備 2)結果と考察 な学校が多いことが分かった。その一方で理科室 (1) ICT 環境について のプロジェクター等の設置状況とデジタルコン 理科室と教室のプロジェクター等の投写器具 テンツの活用状況をクロス集計から分析すると の設置状況は1回目の調査結果とほぼ変わらな 理科室や教室にプロジェクターが常設されてい い結果を得た。教室に比べ理科室は投写器具の設 なくても多くの教師がデジタルコンテンツを活 置が進んでいることが分かる。しかし,未だに半 用していたことから,デジタルコンテンツの活用 数以上の学校で理科室に設置されていない。前回 は ICT 環境に強く依存しているとは考えにくい。 のアンケート調査から追加で,スクリーンや暗幕 また,現行課程移行後も生徒実験や演示実験は などの ICT 環境を考慮した上でプロジェクター 数多く実施することはできていなかった。そのた 等を活用した授業を実施可能か調査した。その結 め JST の調査から考察された観察実験を数多く実 果半数近い学校がプロジェクター等を活用した 施することの課題は改善されていないと考えら 授業を「常に可能」とする一方で,4割を超える れる。 学校が「機材の利用調製が必要」とした。このよ 観察実験もデジタルコンテンツ活用も行われ うな機材の調製などにかかる時間や準備がデジ ていない場合,生徒は理論や法則を教科書の写真 タルコンテンツ活用の一つの障害になっている や図のみで理解することを強いられていると考 ことが十分に考えられる。 えられる。 1回目のアンケートの課題として,以下のこと が挙げられる。 ・ICT 環境を知る手段としてプロジェクターなど の投射器具だけに注目しており,暗幕やスクリ ーンなど授業を行う上での環境が整っている かには着目していない 常に可能 ・現行課程移行直後に行ったこともあり,1年経 った現在では観察実験の実施状況に変化が見 図6 機材の利用調整が必要 難しい 不可能 プロジェクター等を活用した授業の実施について られる可能性がある ・観察実験を実施するにあたっての障害を明らか (2) 領域別観察実験の実施状況 にする必要がある 前回のアンケート調査に「生物」 「化学」 「物理」 ・観察実験の実施状況を考察するためには,基礎 の3科目を加えて調査を行った。「基礎を付した 科目のみならず,「物理」「化学」「生物」の観 科目」に関しては,生物基礎で生徒実験が他の領 察実験状況を考察する必要がある 域に比べ多く,物理基礎で少ないという前回と同 これらの課題を踏まえて,2回目のアンケート 様の結果を得た。また,「基礎を付した科目」以 調査を行った。 外では「化学」が生徒・演示実験平均回数のどち らも高く,「生物」で生徒実験がほぼ実施できて 5. 第2回アンケート調査(2013 年) いない状況であることが分かった。「物理」では 1)調査方法 「物理基礎」よりも多くの生徒実験を取り入れて (1) 調査時期 2013 年 4~5 月 いることが分かった。 (2) 調査対象 全国の高校に対して調査用紙を 配布の上協力を依頼 20 科教研報 Vol.27 No.5 表3 年間観察実験回数8回までの平均回数と 多く必要なことが考えられる。 9回以上を選択した教師の数 生徒 実験 間の不足」が高い割合を示しており,高校理科で 生物 化学 物理 3.6 3.73 2.54 (n=32) (n=32) (n=24) 9回 2 2 0 以上 (n=32) (n=32) (n=24) 1.19 3.94 4.2 (n=31) (n=32) (n=24) 9回 4 8 9 をクロス集計を用いて分析した。その結果を領域 以上 (n=31) (n=32) (n=24) 別に分析した。 ICT を活用した授業が 「常に可能」 平均 平均 演示 実験 3領域を通じて「授業時間の不足」と「準備時 は,観察実験を実施したくても時間を理由に観察 実験を行えない現状であることが考えられる。 (4) ICT 環境とデジタルコンテンツの活用 今回追加で加えた ICT 環境を考慮した上で授業 が可能であるかという質問と,パソコンを用いた デジタルコンテンツの活用状況に対する質問と な場合でも「教科全体」でデジタルコンテンツを (3) 観察実験を実施するにあたっての障害 活用しているのは生物(6%),化学(6%),物理(0%) 前回の調査から追加で観察実験を実施するに という結果になった。「常に可能」でも ICT 環境 あたっての障害を調査した。まず,普段の授業の を積極的に教科全体で活用していく体制はまだ なかで観察実験を行うことへの困難性に対する 整っていないことが考えられる。また,「担当者 質問を行った。各領域で観察実験を行うことに困 による」 「常に可能」と「担当者による」 「機材の 難性を「感じる」と回答したのは,生物(87%), 調整が必要」を選択している割合は3領域でそれ 化学(95%),物理(88%)と化学でわずかに高い値と ぞれ 30%前後になっていた。今回のアンケート結 なったが,ほぼ9割の教師が観察実験を実施する 果から,常にプロジェクターを用いた授業が可能 ことへの困難性を感じていることが分かった。 でもデジタルコンテンツの活用の促進には繋が 次に困難性を感じる要因を調査した。その結果 っていない。活用しても担当する教員次第になり を表4に示す。 教科全体で活用することは稀であると考察され 表4 領域別観察実験実施の困難性要因 る。前回のアンケートの考察からも,デジタルコ 生物 化学 物理 ンテンツの活用とプロジェクターの設置状況は 設備備品の不足 16% 13% 23% あまり関係が見られなかったことから,高校では 準備時間の不足 21% 28% 39% ICT 環境の整備が ICT 活用に繋がるわけではな 授業時間の不足 43% 35% 34% いことが考察される。 実験室の不足 4% 5% 0% 事故が想定される 4% 6% 0% 実験補助者がいない 10% 13% 4% 難しい 複数回答を許して回答してもらったところ,4 機材の調整が必要 割近い教師が「授業時間の不足」を挙げていた。 常に可能 また, 「生物」と「化学」は困難性を感じる各要 因の割合はほぼ同様であった。しかし「物理」で 0% は, 「準備時間の不足」が他の2領域に比べて 10% 教科全体で活用 以上高い値になっている。 「物理」では他の2領 20% 担当者による 40% 60% あまり活用していない 80% 活用していない 図7 生物のクロス集計結果 域に比べ観察実験を実施するための準備時間が 21 100% 説明していき授業に取り入れるようにしていけ 難しい るようにするべきであると考えられる。 機材の調整が必要 7. まとめ 高校理科における観察実験の実施回数は教科 常に可能 間でばらつきがみられ,多くの教師が観察実験を 0% 教科全体で活用 20% 担当者による 40% 60% あまり活用していない 80% 100% 実施するにあたっての困難性の要因として時間 活用していない 的な面を挙げていた。ICT 環境が完全に整備され 図8 化学のクロス集計結果 ている高校はまだまだ少数であるが ICT 環境が整 備されていてもその環境を活用していくかは教 難しい 師次第であると考えられる。ICT 環境をより多く の教師が活用できるようにしていくためには,教 機材の調整が必要 師に対して ICT を活用した授業のメリットや,ICT を活用した授業のモデルを提案することにより, 常に可能 教師が ICT を取り入れた授業を積極的に導入でき 0% 教科全体で活用 20% 担当者による 40% 60% あまり活用していない 80% 100% るように支援していく必要があると考えられる。 活用していない 高校理科で観察実験が数多く実施できていな 図9 物理のクロス集計結果 い現状をデジタルコンテンツの活用で補完して このように ICT 環境の整備状況とデジタルコンテ いくために,今後もデジタルコンテンツ活用に関 ンツ活用が伴っていないのは,教員が ICT を活用 する研究を行っていく。 した授業を行うことに苦手意識を持っているか らではないかと考えられる。JST の調査では ICT を活用した指導が得意であるかに対して「そう思 う」の割合は普通科で 10%前後になっており, 「や 引用及び参考文献 やそう思う」を含めた割合でも各領域で概ね 30 (a)科学技術振興機構, 「平成 22 年度高等学校理 ~40%前後で収まる。このことを考慮すれば,デ 科教員実態調査報告書」,科学技術振興機構報, ジタルコンテンツの活用が半数の学校にとどま 725 号,2010 っていることや,ICT 環境が整備されている学校 (b)国立教育政策研究所教育研究情報センター, でもデジタルコンテンツなどを活用した授業が 「小中学校デジタル教材の整備と利用状況に関 行われていないことと合致する。 する調査 集計結果」,http://www.nier.go.jp/s 国立教育政策研究所の調査によれば小中学校 eika/04_kenkyu_annai/ditm-houkoku.html,2012 の教員では経験年数の若い教師は経験年数が豊 (c) 越桐國雄, 「理科教育におけるデジタル教材 富な教師に比べて,デジタル教材を取り入れるこ 活用の課題-小中学校教員へのアンケートから とに積極的であるとしている(国立教育政策研究 -」,大阪教育大学紀要,第 2 号,2006, 所教育研究情報センター,2012b)。高校理科にお (d)清水康敬,山本朋弘,堀田龍也,小泉力一, いても,経験が浅い教師にデジタルコンテンツを 横山隆光, 「ICT 活用授業による学力向上に関する 用いた授業提案などを行い,ICT を活用した授業 総合的分析評価」,日本教育工学学会論文誌,32 作りを積極的に導入できるようにしていくこと 号,293-303,2008 が必要になると考えられる。また,経験が豊富な (e)文部科学省, 『高等学校学習指導要領解説―理 教師に対しても ICT を活用した授業の長所などを 科編』 ,実教出版,2009 22 科教研報 Vol.27 No.5 岐阜市の ICT を活用した教育実践 Education practices using ICT in Gifu City 淀川雅夫 YODOGAWA,Masao 岐阜市教育委員会学校指導課(教育研究所) Gifu City Board of Education School Guidance Division (Institute of Education) [要約] 岐阜市では「教育立市」を目指し,ICTを活用した「わかる・できる授業」の実践に取り組んでいる。 教育の情報化を推し進めるにあたり,学校教育ネットワーク,ノートパソコン,50 型デジタルテレビ, 実物投影機等の情報機器の整備を行い,授業における効果的な活用方法,岐阜市独自の教材開発などに 取り組んできた。今後は,既設の 50 型デジタルテレビ全台の電子黒板化と現行の教科書に対応したデ ジタル教科書の導入により,より一層ICTを活用した「わかる・できる授業」を推進していく。 [キーワード] 「わかる・できる授業」,50 型デジタルテレビ,実物投影機,教材開発,電子黒板化,デジタル教科書 1.はじめに ・50 型電子黒板機能付きデジタルテレビ(各校1 岐阜市では「教育立市」を目指し,ICT を活用 台) した「わかる・できる授業」の実践に取り組んで いる。 教育の情報化を推し進めるためには,情報機器 を気軽に活用してICT教育に取り組むことができ る環境整備が必要である。岐阜市では,これまで に,学校教育ネットワークの整備や情報機器の整 備を行ってきた。これらの環境を生かし,日常の 授業づくりの道具として,ノートパソコン,50 型 デジタルテレビ,教材提示装置,電子黒板等の情 報機器を活用して,子どもたちにとって「わか る・できる授業」をつくりあげることを目指して いる。これらの情報機器を,どのような場面で, どのように活用していくと,効果的な学習が進め られるのかについて報告する。 図1 2.岐阜市の ICT 環境整備 普通教室に整備された ICT 機器 これらの機器を活用して,めざしてきた「わか 1)導入している ICT 機器 る・できる授業」は次の通りである。 岐阜市では全普通教室に次の ICT 機器を導入し 「仲間の考えがわかる授業」 ている。 画像資料,ノート,図表等を映し出したり,図 ・50 型デジタルテレビ などに書き込みをしたりしながら説明,発表を行 ・ノートパソコン うことで,仲間の考えがわかる。例えば,社会科 ・実物投影機 資料集の写真を,大きく映し出し,指し示しなが 23 ら自分の考えを発表したり,自分の算数のノート 教員 1 人1台の校務用パソコンを配当しており, を映し,計算式を指し示しながら自分の考えを説 教材研究等も行える環境が整備されている。 明したりすることである。 「視覚・聴覚を通してわかる授業」 3.岐阜市の ICT 活用 図表や画像等を効果的に活用することで,視 1)活用のための研修 覚・聴覚を通してわかる。例えば,理科の授業で, 教員を対象として,機器の使い方,授業場面に 教師が図を指し示しながら,学習のまとめを行う おける活用方法,児童・生徒への情報モラル教育 ことや,教科書を画面に映し出し,示しながら授 の在り方等について,岐阜市教育研究所での研修 業を行うことで,児童・生徒の注目を集めること や,研究所担当職員が要請のあった学校を訪問し もできる。 て研修を行っている。 「実感できる授業」 映像や音声の含まれたデジタル教材を活用す ることで,実感できる。例えば,理科で,微生物 の拡大画像を提示し,その後観察のまとめを行っ たり,英語ノート・デジタル版を活用し,ネイテ ィブな音声を授業に活用したりすることである。 「共有できる授業」 様々な観察結果や実物を拡大することで,みん なで情報共有できる。例えば,植物の種子や分度 図2 教育研究所での研修の様子 器の使い方を拡大して提示し,事象を共有するこ とである。 2)授業における活用 2)ICT 整備状況 岐阜市のめざす「わかる・できる授業」を意識 普通教室及び特別教室は,前述したとおりであ し,「仲間の考えがわかる授業」,「視覚・聴覚 るが,パソコン教室については,小・中学校は 41 を通してわかる授業」,「実感できる授業」,「共 台,岐阜特別支援学校は9台が整備され,計画に 有できる授業」の実現に向けて,機器を活用して 従って更新を進めている。 いる。現状として,最も多いのが 50 型デジタル また,校内 LAN の整備率は 100%であり,普通 テレビと実物投影機の併用である。児童・生徒の 教室,特別教室からのインターネットへの接続が ノートを実物投影機により拡大して映し出すこ 可能となっている。 とにより考えを広めていくことや,伝えていきた い作業手順を,手元を映し出すことで情報共有す 表1 岐阜市の ICT 整備状況 (1) る活用方法が最も浸透している。 H24 H23 H22 これらにノートパソコンを加えて活用するこ 7.3 7.4 7.4 とで,児童・生徒にとって示していきたい作業を 1 教育用コンピュータ 1 台あたりの児童生徒数(人/台) 2 教員の校務用コンピュータ整備率(%) 112.7 108.7 109.8 録画し,解説するという実践を試みた例や,録画 3 普通教室の校内 LAN 整備率(%) 100.0 100.0 100.0 機器の特殊な機能を応用することで「わかる・で 4 電子黒板のある学校の割合(%) 100.0 100.0 100.0 きる授業」を促進させた事例を2つ紹介する。 5 校務支援システムの整備状況(%) 100.0 100.0 100.0 <実物投影機で示範作業を録画> 6 デジタル教科書の整備状況(%) 22.9 30.9 100.0 7 学校 CIO の設置状況(%) 0.0 0.0 0.0 中学校技術・家庭科の調理実習において,確実 に魚をさばく手順を身に付けさせたいと願い,次 のような展開で授業を行った。 24 科教研報 Vol.27 No.5 ① 教師は示範作業で魚のさばき方を黙って生徒 分の姿を振り返ることを試みた。この機能はタイ に見せる。その際,作業の様子は 50 型デジタ ムシフト機能と呼ばれ,録画した映像を数十秒間 ルテレビに映し出し,同時に録画を行う。生 遅延させて自動再生させるというものである。な 徒は実物を見ても,モニターのどちらを見て お,秒数は任意に設定が可能である。この機能に もよい。 より,生徒はストレスなく自分の動作を振り返る ② 示範作業終了後,録画しておいた映像を再生 ことが可能となり,めざす動作を身に付けるため しながら解説を行う。生徒は,同じ作業を 2 の学習支援をすることができた。 度見ることで,自分が学び取ったことを確認 できる。 ③ 実際に調理実習を行う際に,録画しておいた 動画により,いつでも確認できる状況となる。 この授業後の研究会で明らかになったことは 次の通りである。 ・手元を拡大することの有効性を再実感できた。 そこに解説が加わり,よりわかりやすい。 ・実物と画像の使い分けは重要である。何を見せ るのか,による。 ・アナログのよさも加えて授業を仕組むことは大 図4 ICT により自分の動作を振り返る様子 事である(におい,音などの感覚)。 ・一度に「動作」と「説明」という情報は消化し このように,導入当初は基本的な使用方法によ づらい。2度に分けた試みはよい。 り授業実践を行っていたが,それぞれの学校にて ICT 機器を工夫して活用するように変化してきた。 3)学習支援ソフト「リピランぎふ」の開発 岐阜市の ICT 教育推進プロジェクト委員会で, フラッシュ型教材「リピランぎふ」を開発した。 このソフトは,言葉や画像をリズムよく 50 型デ ジタルテレビに示し,基礎的・基本的な知識の定 着を図るものである。授業導入時における前時の 復習や,授業のまとめに用いられている。 図3 ICT を活用した示範作業の様子 <タイムシフト機能による動作の振り返り> 保健体育の学習において,「なかなか自分の動 作をとらえることは難しい」という声がある。一 人ずつの動作をビデオカメラなどにより記録し て再生する実践もあるが,なかなかスムーズに授 業が進まないことが多い。 そこで,剣道の学習で,面打ちの動作を身に付 けることを,録画機器の特殊な機能を活用して自 図5 25 ICT を活用した始業前の学習の様子 4)児童・生徒の日常生活における ICT 活用 5.おわりに ICT 活用は授業中に教師のみであるとは限らず, 平成25年度は,岐阜市立小・中学校69校の 日常生活において,児童・生徒が活用している場 全学年に,現行の教科書に対応したデジタル教科 面もある。主な活用例は以下の通りである。 書(小学校=国語,算数,理科,社会)(中学校 ・学級の1日のめあて,予定の記入をパソコンに =国語,数学,理科,社会,英語)を導入し,岐 入力して 50 型デジタルテレビで表示。 阜市立小・中学校69校,岐阜特別支援学校,岐 ・短学活の合唱活動において,50 型デジタルテレ 阜商業高等学校の既存の 50 型デジタルテレビ ビを歌詞や楽譜の表示モニターや,音源として 1,935 台を電子黒板化する。これらを併用するこ 利用。 とで,次のような効果を期待している。 ・給食配膳の時間を 50 型デジタルテレビに映し ・電子黒板化により,パソコンの操作が画面上で 出されたタイマーで計測。 行えるようになる。操作の時間が短縮され,教 ・お昼の放送にて,生徒会からの生活向上を啓発 員が指示したところに児童・生徒が注目できる。 するプレゼン。 その時間を,教師は児童・生徒に繰り返し解説 ・教科係による始業前の学習活動において,リピ することや,個々への指導にあたることができ ランぎふを活用して既習事項の復習。 る。 授業場面だけではなく,日常生活においても ・デジタル教科書の導入により,手元の教科書と ICT を利用した生活が当たり前になっており,な 同じものを見ていくことが可能となり,児童・ くてはならないものとなっている。 生徒の注目をより一層集めることが可能であ る。また,豊富に盛り込まれたデジタル教材に 4.結果と考察 より,教科書を拡大した提示物を準備しなくて 「学校における教育の情報化の実態等に関す もよい等,教員の校務の負担軽減にもつながる。 る調査」の経年比較を表 2 に示す。岐阜市に本格 しかし,電子黒板もデジタル教科書も,「わか 的に ICT が導入されてから,教材研究における活 る・できる授業」にするために,授業の工夫改善 用,授業中での活用ともに徐々に高まってきて平 をすることが重要である。また,リアルとバーチ 成 24 年度はいずれも95%を超える結果となっ ャルについても配慮していきたい。ICT を導入す た。また,ICT の活用は,教員のみにとどまらず, るからこそ,体験が必要なこと,グローバルで生 児童・生徒の活用の高まりにもつながっているこ きる児童・生徒を育てていくことも忘れてはなら とがわかる。 ない。 今後は,ICT の活用と学力との関係についても 明らかにしていく必要があると考える。 引用及び参考文献 (1)岐阜市教育研究所:平成 25 年度 要覧,p24, 表2 岐阜市の ICT 活用の実態 (1) 岐阜市教育研究所,2013 H24 H23 H22 1 教材研究等に ICT を活用(%) 96.6 88.5 86.5 2 授業中に ICT を活用(%) 95.7 85.5 82.2 3 児童生徒の ICT 活用を指導(%) 90.7 72.6 70.0 4 情報モラルを指導(%) 95.2 82.8 81.0 5 校務に ICT を活用(%) 96.5 84.6 82.0 26 科教研報 Vol.27 No.5 ICT を活用した情報発信ツールを東西で融合することによる科学教育の展開 ― 効果的な情報伝達,遠隔地との共同研究,ネットワークシステムの構築 ― Science Education by Integrating the Two Individual Information Transmission Tools Employing ICT at East/West Regions in Japan ― Efficient Dissemination of Knowledge, Collaboration between Distant Regions, and Construction of Exclusive Network System ― ○丸山晴男* 中條祐一** MARUYAMA,Haruo* NAKAJO,Yuichi** 足利工業大学 総合研究センター* Ashikaga Institute of Technology, Collaborative Research Center* 足利工業大学 自然エネルギー・環境学系** Ashikaga Institute of Technology, Division of Renewable Energy and Environment** [要約]情報発信のツールとして ICT を活用することが一般的になりつつあるが,インターネット上 で公開した情報は,それが希少価値のある教材であるとしても,偶発的に検索されて広域に拡散する 速度は非常に遅い。誰もが検索可能なネット上の情報であっても,教材として利用する限り,それを 取り扱う教育者の存在が大きく関与する。実際,情報公開により全国のインターネットユーザからの 問い合わせはあるが,内容について正しく有効利用ができているのは出前授業を行った学校や,講義 の参加者であることが多い。現在,研究分野,指導領域に共通性のある 2 教員が,密に連絡を取れる 状況でお互いの情報発信ツールを共有し,積極的に教育に利用することの有効性を確認するため,岐 阜県恵那市にある恵那エネルギー環境研究所(以下,恵那エネ環境研)と栃木県足利市にある足利工 業大学総合研究センター(以下,足利工大総研センター)との間で共同研究を行っている。両者の約 20 年に亘る自然エネルギー・環境に関する研究は,各々の地域で一定の評価を得ているが,その活動 拠点はそれぞれ中部エリアと関東エリアが中心となる。相互に関連し合い,有効活用できるデータを 共有することにより,提供する情報に厚みをもたせ,説得力を向上させる試みをほぼ 1 年続けてみた 手応えを,事例紹介を含めて報告する。またこのような遠隔地との共同研究や科学教育実践を想定し た専用の ICT 構築についても言及し,今後の方向性についても検討する。 [キーワード]自然エネルギー,環境,ソーラークッカー,ネットワーク,遠隔地,共同研究,Web,ICT 1.はじめに な情報の借用に終わっている場合が多い。教育現場で 本研究は,遠隔地で,両者がすでに構築済みの公開 は過去より授業参観という形で効果的な教授方法を共 システムを共有し,各々の教育活動に利用することの 有し合い,双方の教育スキルを同時に向上させるとい 有効性を確認すること,およびそのような目的に特化 う手法が採られてきた。ICT を利用することにより, した機能としてどのようなものが望ましいか検討する 教員と生徒(あるいは受講生)の間では物理的な距離 ことを目的としている。情報公開方法としては当然, が関与しなくなったともいえる。一方教員同士の間で インターネットを中心とした ICT を有効に使うこと はお互いの活動がネット上で極めて表面的にしか見え となる。 ICT の活用例として, ネット上の会議や医療, なくなった。この, 「物理的距離が取れる」ということ さらにはアートや娯楽の分野にまで広く活用されてお をより利点として生かし,生データのような表面的教 り,公私に亘り普及したといえる。そのような中,教 材をより生きた教材に変えるための情報交換(教授方 育における利用が最も消極的であるとも見受けらえる。 法の共有)を密に行うことでどのような変化が教授す 特に,個々の教員間では情報共有というよりは一方的 る側,される側に現れるかを確認してみたい。 27 そこで,本研究においては,地域の大きく離れた東 さらに各種研究や情報提供の Web ページを充実さ 西(東:栃木県足利市,西:岐阜県恵那市)で, 「自然 せており,開発教材とセットで Web 情報を活用する エネルギー教育」をキーワードに 2 教員の間で ICT を ことにより,簡易的な e-learning が可能な工夫もされ 軸に連携を取るという共同研究を行っている。両者は ている。 (現時点では教員不在で活用できるような使 活動分野,対象者,講義頻度が似通っている反面,講 用法は想定していない。 )現在,大学で設計開発し,教 義テーマや得意分野が異なる部分も多い。まず両者に 材・レジャー用として市販されているソーラークッカ ついて簡単な紹介を行う。 ーは 3 点ある。6) 西の拠点となる恵那エネ環境研は,小規模な私設研 究所であるが,エネルギーや環境に関する研究所とし 2.拠点紹介と共有可能なコンテンツ て,ここ 10 年以上に亘り研究してきた。更に恵那ラ 2.1 恵那エネルギー環境研究所 イブ気象台を追設し,自然エネルギーと気象の関連に (1)恵那エネルギー環境研究所の経緯 やデータを Web で 1,4) ついて研究し,各種研究状況 恵那エネルギー環境研究所1,2)は,研究施設として, 公開してきた。個人宅レベルでの自然エネルギー利用 太陽光発電,プロペラ型風力・太陽光発電,ジャイロ の基本データをまさにその場所での気象データととも ミル型風力・太陽光発電,太陽熱利用,ライブ気象台, に長年に亘り公開してきたため,全国でもこれに注目 自然放射線計測の6つの施設と専用の計測システムを する専門家は多い。 (表 1 参照。 )更に,研究所内の構 設置している私設研究所である。3) 成機器(表 2 参照)の購入元とは情報共有の連携体制 恵那エネルギー環境研究所の設立までの経緯と主な が整っており,データを共有し支援体制を構築すると 研究内容を以下の表1にまとめた。 いう意味では,図 1 のようなネットワークとなる。 共同研究・データ共有 ネットワーク エフテック㈱(新潟市) プロペラ風力 コントローラ&ソフト 年 月 4 2000 11 2001 1 2002 8 2003 8 2004 8 2005 9 2006 2 2007 5 2008 2 2009 10 2010 1 3 2011 6 8 2012 10 6 2013 9 自然エネルギー・環境学系 足利工業大学 総合研究センター 東 ニッコー㈱ (石川県白山市) プロペラ風力 東海ライブ気象台 (愛知県東海市) 気象台システム開発 ネットワークシステム 表1 恵那エネルギー環境研究所の概要 足利工業大学(栃木県足利市) 工学部・創生工学科 グリーンヒルエンジニアリング (長野県上伊那郡飯島町) ロガー:データ処理システム開発 二吉建設㈱ (長野県飯田市) ジャイロミル風力 太陽光・風力発電,太陽熱給湯 西 ライブ気象台システム,放射線 研究開発・計測・調査・実践 ㈱トータルシステム ㈲大沢電気 3 設置協力(岐阜県) 図1 共同研究・データ共有のネットワーク 一方,東の拠点となる足利工大総研センターは,北 関東の中央に位置しており,古くから風力エネルギー 利用をはじめ自然エネルギーに関する研究の盛んな大 学の附属機関である。同センターは共同研究,技術相 主 な 経 緯 と 研 究 内 容 恵那エネルギー環境研究所設置 太陽光発電システム設置(3.6kW),測定開始 太陽光発電システム測定データ処理開始 太陽光発電測定データ集計,Web ページ作成 風力発電システム 1(プロペラ型)設置,計測開始 風力発電システム2(ジャイロミル型)設置,計測開始 恵那ライブ気象台,ネットワークシステム設計 恵那ライブ気象台,ネットワークカメラシステム設置 ネットワークシステム構築,ファイルサーバ設置 ネットワーク LAN,ISDN/ADSL/光ファイバー再構築 太陽光発電自動計測ロガーシステム設計 太陽光発電計測ロガーシステム(ソーラーロガー)設置 太陽熱利用給湯システム,温度・流量センサー設置 放射線量計測システム設置,各ロガーシステム構築 スマートハウス化構想検討,ソーラークッカー実験 ネットワークシステム再構築強化,通信高速化 太陽熱計測システム構築,ハードソフト開発中 自然エネルギー計測ネットワークシステム構築予定 (2)自然エネルギーの各種測定機器の整備・拡充 談,市民サービスなどの窓口業務を専門に扱う機関で 太陽光発電,風力発電,太陽熱,ライブ気象台,放 あるが,1998 年の設立以来,特に地域市民に対する環 射線計測システムを整備した。 その概要を表2に示す。 境教育(主に小学生から一般社会人)に力を入れてき 各データを解析し,発電と気象の相関関係等について た。その中でも,今回の共同研究を行う教員は特に小 興味ある知見が得られたので報告4)してきた。さらに, 規模太陽熱利用を専門としており,ソーラークッカー ネットワークカメラ3台により,風車や天気の様子な を中心とした教材開発, 教育活動を盛んに行っている。 どをリアルタイム画像で Web 発信し保存している。 28 科教研報 Vol.27 No.5 表2 研究所内の構成機器 ークッカーの開発,国内外での普及活動,設計提供に よる海外での普及支援などが中心となる。学内での授 システム 太陽光発電 システム プロペラ型風力 発電システム ジャイロミル型 風力発電システム 太陽熱利用 システム 主 な 仕 様 3.6Kw(180w×20 枚)SANYO-HIT 太陽電池 1 ソーラーロガー(グリーンヒルエンジニアリング) 定格出力 62W(最大 200W)NIKKO,エコレーダー 2 太陽電池 85W(単結晶)SHARP〔ハイブリッド〕 定格出力 760W:シンフォニアテクノロジー,そよ風ロガー 3 太陽電池 120W(多結晶)SHARP〔ハイブリッド〕 集熱ユニット総面積 4.12 ㎡,貯油 200L,長府 4 太陽熱給湯センサー,温度計・流量計設置 DAVIS Cabled Vantage Pro2 Plus DAVIS 5 ライブ気象台 気象データ自動計測 Sys. ネットワークカメラ 放射線計測 GM-10(ガイガーミュラー計数管),α,β,γ 6 システム CPM→μSV/hr変換(Co60,Cs137),5分間隔 業や出前授業を円滑に行うため,2008 年から Web ペー ジ上に各種ソーラークッカーの製作方法を含む授業資 料や製品のマニュアル,使用方法,レシピ,活動内容, 学生や生徒の作品紹介と解析を公開してきた。また, 昨年度には学生と開発した教材用の安価なパネル型ソ ーラークッカーの使用方法を季節(太陽高度)ごとに 細かく紹介し,ネットワークと連動できる教材として の可能性を探っている。 2.2 足利工業大学 (1)足利工業大学 工学部 創生工学科 3.Web 上コンテンツの紹介 自然エネルギー・環境学系 各 Web 画面を個別に紹介する。図2は恵那エネ環境 対応する教員が自然エネルギー・環境学系の所属で 研,図3は,恵那ライブ気象台の Web ページである。 あるため,簡単に学系の紹介を行う。 図2のように,恵那エネ環境研の概要説明,自然エネ 本学系は 2011 年に設立され, 現在 3 年生までが在籍 ルギーの研究内容,各環境に関する研究・調査情報, している。総研センターが設立依頼継続して行ってき 環境実践活動等の情報提供をしている。計測情報の太 た自然エネルギーに関する知見や資産(教育,研究, 陽光発電,風力発電,太陽熱データを 10 分おきに,自 開発など)を学部学生の教育に活用するため,全学科 然放射線は GM 管にて計測し, CPM→μSV/ hr 変換 の再編を行う際に独立した学系として組み込まれた。 (Co60,Cs137)し,結果を5分おきに,Web-UP している。 もともと自然エネルギーや環境についての研究は学内 恵那ライブ気象台では,24 項目の気象情報について、 では盛んであったため,旧機械工学科,旧都市環境工 自動計測データを 10 分おきに Web-UP し,計器パネル 学科,大学院煙火学専修,共通課程化学教室など学内 やグラフ化し表示している。またネットワークカメラ での教員移動のみで再編されている。 が気象や風力発電等の状況を実時間表示している。 (2)総合研究センター 前述の通り 1998 年に学内外の共同研究,地域連携, 市民サービス等の窓口業務を行う附属機関として設立 された。総研センターの管理する施設としては世界に 先駆けて 2004 年に実証実験を開始した,風力・太陽 光・バイオマスからなるトリプルハイブリッド発電シ ステム, 年間で 5000 人以上の登録見学者の訪れる市民 開放型の自然エネルギー・テーマパーク「風と光の広 場」がある。 (3)中條研究室 1992 年よりソーラークッカーを取り入れた環境教 育を行っている。ソーラークッカーに関する研究内容 としては,実験的および解析的性能評価7),教材用各 種ソーラークッカーの開発と製品化,途上国用ソーラ 図2 恵那エネ環境研 Web ページ TOP 画面 29 4.ソーラークッカーを導入した環境教育・科学教育 4.1 各種教材用ソーラークッカー 工学的解説も含み Web ページ上でも紹介しているが, 簡単に種類と特徴を説明する。 ソーラークッカーは大きく分けて集光型,箱型,パ ネル型の 3 つに大別される。教材として大学で用意し ているのは直径 40cm の樹脂製集光型ソーラークッカ ーLotus Mini と段ボール製のパネル型ソーラークッカ ーEducooker003,および銀ボール(厚紙)製のより安 価なパネル型ソーラークッカーSasabune である。これ らは教材として製品化しているので全国からの購入が 可能となっている。購入しなくても展開図は Web 上で 図3 恵那ライブ気象台 Web ページ 公開しているので, 段ボール等の材料を自分で用意し, アルミホイルなどを用いて自作する際の資料も掲載し ている。図6に工作教室および実演の様子を示す。 図4 足利工大総研センターの Web 画面 図6 一般市民対象の工作教室および実演 (Sasabune 左上と Lotus Mini 右下) 4.2 恵那エネ環境研での手法 パネル型ソーラークッカーを体験型の教材のひとつ としてライブ気象台のデータを活用して従来から行っ ている環境教育活動5)に組み込み,展示・実演・説明 を行った。授業,市民講座,講座,講演,イベント等 に広く取り入れてきた。実物の説明から炊飯実演をし 図5 中條研究室の Web 画面 て,その場で食べてもらうなどすることでより実感あ る活用ができた。 「ダンボール素材のソーラークッカ 足利工業大学の Web ページより足利工大総研センタ ーでご飯が炊けるなんて驚きだ。 」 「利用してみたい」 ー(図4)および中條研究室(図5)の Web 画面に移 などの声を聞いた。自然エネルギー利用に関する教育 動することができる。 は,身近な教材で十分可能であることが実証できた。 30 科教研報 Vol.27 No.5 また,恵那エネ環境研のデータは年間,月間などの 実践プログラムを表3,活用の様子を図7に示す。 表3 ソーラークッカーを取り入れた実践プログラム 日射量を含む気象データに加え,実測された太陽熱温 No 項目 水器の温度に始まり,太陽光,風力エネルギーの実効 内 容 環境教育:取り組もう省エネ・エコライフ〔利用しよう 1 テーマ 自然エネルギー,活用しようソーラークッカー!〕 ①地球温暖化防止を推進と節電するためには, テー 省エネ・エコライフ実践が重要である。 マ設 2 ②自然エネルギーの利用で,節電・省エネにな 定の り,身近な生活の中から実践できる。 趣旨 ③ソーラークッカーの普及と実演をする。 ①生活の中で自然エネルギーは有効で,ソーラ 3 ねらい ークッカーの活用でその効果を知る。 ②太陽熱エネルギーの有効性について体感する。 4 展開 展開内容・方法 等 手法,教材等 地球温暖化の原因と現状,・ ○プレゼンテーショ ン1(地球温暖化に 気候変動による変化 ① STEP1 ・エネルギー問題,・生活を見 ついて)(日本と世 界の現状) つめなおして 省エネルギーの進め方,・省 ○プレゼンテーショ ン2(省エネルギー エネの推進の必要性 ② STEP2 ・自然エネルギー利用(太陽 解説),(自然エネ ルギー解説) 光・風力発電,太陽熱) 自然エネルギー体感実験1 ○実験1 ③ STEP3 ・太陽光発電電力利用,熱エ ・太陽光・風力発電 ネルギー利用温度上昇 ・ソーラークッカー 自然エネルギー体験実験2 ○実験2 ④ STEP4 ・太陽エネルギー(太陽熱)の 様々なソーラークッ 有効性:調理実験:炊飯等 カーを生かして。 取り組もう省エネ,楽しもう,省 ○プレゼンテーショ ⑤ STEP5 エネ,エコライフ・身近な生活 ン3まとめ(省エネ, 関連・やれることをまとめる 自然エネの今後) ソーラークッカー,太陽光発電実験セット,風力発 実演・実験 電実験セット,温度計,エコワット,電力量計 器材 ◇PC,プロジェクター,インターネット接続環境) 出力がリアルタイムで観察でき,ソーラークッカーと いう切り口から,更に別の自然エネルギー利用へとス ムーズに話題を発展させてゆくことができる。 5.考察 恵那エネ環境研では年に 20 回ほどの依頼講演や環 境教育,市民啓発に関する出前講座,市民大学講座の 提供やイベント・ブース出展をしている。そのような 中で,自然エネルギーの有効性を手軽に,そして印象 深く教えられるツールが望まれていた。個人宅を兼ね る研究所は自然エネルギー利用機器でフル装備され, Web を介した測定値がリアルタイムで遠隔地から参照 でき,蓄積されたデータは今後自然エネルギー利用機 器の導入を考えている者には貴重な資料であり,読み 解く度合いに応じていろいろな年齢層(児童,生徒, 学生,一般市民)にとっての教材として役立てること ができる。 しかし整理された数値やグラフを量として実感する にはかなりの想像力を必要とする。エネルギーをより 分かりやすく実感するには,ソーラークッカーが有効 であることがアンケート調査などからも判明した。そ れは必ずしも実演を行なわなくとも, 「快晴時には2合 のご飯が90分で炊ける」あるいは「このソーラーク ッカーはこれだけの大きさで約 100W の出力がある。 」 というような表現で十分であり,身近な基準が得られ たことで実感としての外挿が見積もりやすくなる。ま たパラボラ形状のものは何のための道具であるかを予 想されやすいが,今回使用しているようなパネル型は 展示していても調理器であることが分かり辛く,展示 図7 恵那エネ環境研提供の環境教育授業での活用 ブースでは人目を引くため対話のきっかけになること も多い。また特に若年層に対しては意外性のある形状 4.3 足利工大総研センターでの手法 により,自然エネルギーの効果を強く印象付けること 個人,家族単位で使用されることの多いソーラーク ができ,教材としての利用価値は高い。 ッカー教材の使用に,個人宅レベルで計測された自然 一方足利工大総研センターではソーラークッカーに エネルギー資源,および活用の生データ(恵那エネ環 関するものだけでも年間 3,40 回の出前授業,講義, 境研)の紹介を組み合わせることにより,予想年間稼 実演を行っているが,自然エネルギーを利用した調理 働率, 節約エネルギーなどの見積もりに説得力が出る。 器が持つ出力を, 実際に使われている変換方式や規模, 31 用途の異なる家庭用の自然エネルギー利用機器の実効 7.謝辞 出力と比べることにより,家庭の中で調理器としての この研究の一部は,(独)日本学術振興会:科研費 ソーラークッカーの位置づけ,調理にかかるエネルギ (16919159,17918047,22922004,24922002)の補助金の ー比重などが見積もれる。また,ライブ気象台から得 交付を受け実施した。なお,図1の各関係機関に感 られるオンサイトでの測定データにより,その場所で 謝申し上げます。関係情報は,下記の Web 上で公開 年間で,どの程度ソーラークッカーの使用が可能であ している。 るか(稼働率)など,いままであまり踏み込まれなか (1)恵那エネルギー環境研究所:http://ena-eco.jp った見積もりが可能となる。単にこれを計算して結果 (2)恵那ライブ気象台:http://ena-eco.jp/VWS/wx.htm として示すだけでなく,そのような概算方法を授業や (3)足利工業大学:http://www.ashitech.ac.jp/ 講義の中に取り込むことによりリアルタイムに気象デ (4)足利工業大学総合研究センター: ータや機器データを発信し,それが遠隔地でも利用で http://www2.ashitech.ac.jp/crc/index.html きることの利点が活かせると考える。 (5)中條研 http://www2.ashitech.ac.jp/mech/nakajo/ (6)CST(コア・サイエンス・ティチャー:岐阜県): 6.まとめと今後の方向 http://zukan.chigaku.ed.gifu-u.ac.jp/cst/ 今回,2教員の発信する公開データを双方が密に連 絡を取り合いながら同レベルの教授技術で共有した場 8.参考文献 合,どのような変化が教授する側,される側に現れる 1)丸山晴男: 「家庭用気象データ連携収集型太陽光・風 かを探る共同研究を行っている。これまでは双方とも 力発電システムの開発」 ,太陽エネルギー,日本太陽 依頼されて一方的に伝達するだけの授業が多かった。 エネルギー学会,Vol.35,No.3,PP47-52,(2009). 実際に行ってみて,依頼される授業内容に非常に類似 2)丸山晴男: 「家庭での自然エネルギー利用の実践と学 性があるにもかかわらず,双方が蓄積した資産として 校や地域への環境教育への応用展開」 , エネルギー環 持っているものは,共通したものよりも共通してない 境教育研究,日本エネルギー環境教育学会 Vol.4, ものの方が圧倒的に多いということを実感した。そし No.2,PP33-40,(2010). 3)丸山晴男: 「土岐市プラズマ研究委員会の活動:4.3. てそれは補完し合えるものであるし,現時点ではまだ 双方ともすべてを有効に利用するまでに至っていない。 自然エネルギーの利用/実践教育への取り組み」 NIFS NEWS,核融合科学研究所,No196,PP8-9,(2010). そして発信している情報も,単なる教材の域を出てい 4)丸山晴男: 「インターネットを利用した自然エネルギ ないことを痛感した。つまり,教える専門家が道具と ー利用研究の推進と環境教育のへの応用」 , 教育実践 して使って初めて効果が出るということである。情報 科学研究センター紀要,岐阜聖徳学園大学,No.10, を利用しようとするカウンターパートがいて,その相 PP183-192, (2011). 手と密に連絡が取れたことで使い勝手の悪さが判明し 5)丸山晴男: 「自然エネルギー利用とその包括的・継続 た部分もある。ICT という優れた伝達方法により物理 的情報発信によるエネルギー環境教育への応用」 ,エ 的距離という壁を越えて個々のコンテンツを少しでも ネルギー環境教育研究,日本エネルギー環境教育学 多くの者が共有できるようにするには,コンテンツ自 会,Vol.7,No.1,PP3-7,(2012) . 体の質よりも使い勝手を向上させ,真の e-learning 6)中條祐一:「教材用簡易パラボラ型ソーラークッカ システムを構築する必要がある。さらに,丸山は,CST ー」,技術史から経営戦略まで:講演論文集,日本 (コア・サイエンス・ティーチャー)の上級(岐阜県) 機械学会,PP47-48,(2008). を取得し科学教育を推進している。中條は,北関東地 7)中條祐一,牛山泉,西沢良史: 「教材用テルケス型 区を中心にソーラークッカーを核とした自然エネ利用 ソーラークッカーの基本設計と高校生サイエンスキ の啓発を図っている。両者が共同で教材・プログラム ャンプでの応用」,日本機械学会関東支部総会講演 開発を行い, 科学教育を活性化させたいと考えている。 会論文集, 日本機械学会, Vol.15, PP345-346, (2009) . 32
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