土佐の海の環境学 I:柏島の海から考える レポート 講師:山岡耕作

土佐の海の環境学 I:柏島の海から考える レポート
講師:山岡耕作先生
課題:日本における柏島の魚類層の特徴(位置づけ)と、そこに出現する関心のある魚類
一種の生態についてまとめなさい。
柏島は高知県西南端にある宿毛湾の端部に位置する、周囲 3.9 km・面積 0.57 km2 の小
さな島であり、
行政区域は高知県幡多郡大月町に属し、2007 年 12 月現在で世帯数は 212、
人口は 506 人である(神田優(2007)「大月町柏島における地域に根ざした環境教育」
『黒
潮圏科学』1:112pp)
。柏島付近では、世界二大暖流の一つである黒潮と瀬戸内海からの海
流が混ざり合い、多様な海洋生物が生息している。特に島の沿岸にはサンゴ群集(地理的
条件の制約によりサンゴ礁とは呼ばない)が発達しているため、熱帯地方の海底のように
多くの種のカラフルな魚たちが生息している。平田ら(1996)は、柏島には 143 科 884
種もの魚類が生息することを報告している(平田智法ら(1996)「高知県柏島の魚類相-行動
と生態に関する記述を中心として-」『高知大学海洋生物教育研究センター研究報告』
16:1-177)。現在までに未記載種、日本初記録種を含め 1000 種以上が確認されている(神
田優(2007)「大月町柏島における地域に根ざした環境教育」
『黒潮圏科学』1:112pp)
。日本
には現在約 3800 種の魚が確認されているが(中坊徹次(2000)『日本産魚類検索 全種の同
定 第 2 版』1748pp)
、柏島にはその 1/4 以上が生息していることになる。狭い海域にもか
かわらずこれだけ魚種が豊富なのは、柏島に極めて恵まれた条件が揃っているからである。
柏島付近の海を豊かにしているのは、先述の通り黒潮と瀬戸内海からの海流が混ざり合
う場所であるからである。黒潮とは、地球の自転の影響で北緯 12°付近で発生する北赤道
海流をその起源としている。北赤道海流は東から西方向へ流れ、フィリピン諸島に衝突す
る。その時南方に迂回したものをミンダナオ海流、北方に旋回したもの黒潮と呼ぶ。黒潮
は東シナ海を北上し、与那国島と台湾の間を北へ抜け、日食で有名になったトカラ海峡を
南下し、日本列島南岸に沿って北東へ流れる。その深さは平均数百 m、幅 200 km、流速
は 150 – 250 cm/s という巨大な海流である。黒潮は総体的には赤道の熱を北極地方へ輸送
する働きを持っているが、同時に魚卵や仔魚を運ぶ働きも併せ持っている。チョウチョウ
ウオのように定住性の魚であっても、卵や幼生期には海面を浮遊していることがあるため、
海流に乗って生活範囲を広げていく。黒潮の 150 – 250 cm/s という流速は、1000 km 離
れた場所まで、わずか 6 日で物質を輸送できる。黒潮は栄養塩に乏しいため、遠洋では多
量の魚類生産量を支えられないが、柏島付近では瀬戸内海からの富栄養な海流と混じり合
うことにより豊かな海洋生物生産量を支えることが可能となっている。
柏島近海ではニシキベラ・ギチベラなどベラ類や、スズメダイ、クマノミ、クロホシイ
シモチなど極めて豊富な魚類相が見られ、西村ら(1992)の生物地理区分によると「亜熱帯
区」に分類される。同じく本州南岸である和歌山県串本近海と沿岸魚類相が極めて類似し
ている。その他、同じく黒潮に洗われる屋久島や八丈島とも類似性が高いが、黒潮の通り
道であるはずの琉球諸島とは類似性が低い(瀬能宏, 松浦啓一(2007)「相模湾の魚たちと
黒潮 –ベルトコンベヤーか障壁か-」
『相模湾動物誌』121-133pp)。また、台湾固有種と考
えられていた魚が、突然途中を飛ばして伊豆大島に現れたり、小笠原諸島固有種が八丈島
に現れたりもしている(瀬能, 松浦(2007))。回遊魚ではない、遊泳力の弱い小型の沿岸性
魚類であっても、定住する前の卵や仔魚期に海流によって運ばれれば生活圏を拡大できる
ことは先述したところである。しかし、そもそも陸沿岸を通らなければ卵や仔魚を海流に
取り込めない。実は、黒潮が台湾沿岸を抜けた後はじめて日本国土近海を通るのは、琉球
諸島でもトカラ列島でもなく柏島沿岸なのである(山岡先生の講義による)
。そのことを考
慮すると、先程の魚類相の類似や台湾固有種が伊豆でみられた件に関してうまく説明でき
そうである。余談ながらトカラ列島付近での黒潮の速い流れは、沿岸性魚類にとって拡散
の障壁となっているため、琉球列島の魚類相は他の日本沿岸のそれとは大きく異なり独特
なのであると考えられている(瀬能, 松浦(2007))
。
最後に自分が興味を持ったホンソメワケベラの習性をまとめる。以下は授業内容を中心
とし、不明な点を Wikipedia と広島大学大学院 生物圏科学研究科 助手 坂井陽一氏のホ
ームページを参考にして記述した。
ホンソメワケベラはスズキ目・ベラ亜目・ベラ科・カンムリベラ亜科に属し、体長 12 cm
ほどの魚で、雄は雌より大きい。背と腹は白いが、体側面に尾びれに向かって太くなる黒
い縞模様を持つ。太平洋とインド洋の熱帯あるいは亜熱帯の海に生息しており、日本では
房総半島以南の温暖な海域のサンゴ礁や岩礁に住んでいる。ホンソメワケベラを有名にし
ているのはそのクリーニング行動である。ホンソメワケベラは下顎に鋭い牙を持ち、これ
で他の魚の体表にいる寄生虫をピックアップして食べてしまう。また、えらや口の中にも
入り込んで食べかすを食べて回る。この習性のため、他の魚食性の魚はホンソメワケベラ
を捕食することはほとんどない。ホンソメワケベラは一夫多妻制のハーレムを築く。体の
大きな魚がオスとして振る舞うが、他の劣勢の魚はメス化することで競合を避け生殖に参
加できる。大きなオスがいなくなると次点の魚がオス化してハーレムを維持する。逆によ
り大きな魚がやってくると今までのオスはメス化する。この方式を社会制の性転換と呼ぶ。
ホンソメワケベラの性転換は可逆的である。産卵は夏に海表面付近で行われる。
参考文献
神田優(2007)「大月町柏島における地域に根ざした環境教育」『黒潮圏科学』1:112-119pp.
平田智法, 山川武, 真鍋三郎, 平松亘, 大西信弘(1996)「高知県柏島の魚類相-行動と生態に
関 す る 記 述 を 中 心 と し て - 」『 高 知 大 学 海 洋 生 物 教 育 研 究 セ ン タ ー 研 究 報 告 』
16:1-177pp.
中坊徹次(2000)『日本産魚類検索 全種の同定 第 2 版』東海大学出版会, 東京, 1748pp.
西村三郎(1992)「日本近海における動物分布」
『原色検索日本海岸動物図鑑 [I]』保育社, 大
阪, xi-xix pp.
瀬能宏, 松浦啓一(2007)「相模湾の魚たちと黒潮 –ベルトコンベヤーか障壁か-」『相模湾
動物誌』東海大学出版会, 東京, 121-133pp.