第 17 章 まとめ −アジアでの協働に向けて−

アジアのクマたち−その現状と未来−
第 17 章 まとめ −アジアでの協働に向けて−
大井 徹 1、佐藤喜和 2、間野 勉 3、山晃司 4
この報告書は、アジアのクマ類の生息と保全の状況につ
れている。しかし日本においてはその逆であり、人口減少
いて最新の知見を共有し、この地域での調査研究と保護活
により人間活動が中山間地域から撤退しつつある一方で、
動の促進を図ることを目的に制作された。この報告書が対
クマの分布域が拡大していることが問題の背景にあると指
象としたのは の国と地域であり、アジアでクマが生息し
摘されている。
ている の国と地域の約半数にとどまった。しかし、それ
生息地破壊もアジアのクマ類にとっては、依然として深
ら限られた地域からの報告によっても、アジアのクマ類が
刻な脅威であり、
の国と地域で指摘されていた。その具
実に多様な自然環境の中で生活していること、いずれの地
体的な内容としては、商業伐採(ヶ国)、材木以外の林産
域においてもクマ類の生活が人間活動の大きな影響下にあ
物の過剰な採取(ヶ国)、農地開拓にともなう森林開発
り、私たちアジアに生活する人間にはこの地域のクマ類の
(ヶ国)、ダムや道路など国の生産基盤の整備にともなう
将来に大きな責任があることが理解できた。
森林開発(つの国あるいは地域)
、森林火災(ヶ国)が
の国と地域のうちで、
もっとも危機的状況にあるのは、
あげられていた。
韓国とモンゴルのクマ類である。韓国では残存する野生の
これらの問題の対策については、
の国と地域のうち、
ツキノワグマは2
0頭程度であり、北朝鮮やロシアからの個
で立法や新たな保護区の設定よりも、取り締まり機関の
体の導入による個体群の回復計画が開始されている。ま
能力を高めるとともに、住民や行政の意識を高め、現在あ
た、モンゴルのゴビ砂漠ではわずか数十頭のヒグマが孤立
る法律の実行力を強めることが重要であると主張されてい
して生息しており、政府による飼育下での繁殖計画が検討
た。新たな保護区の設定など制度の充実が必要だとしてい
されている。
るのは ヶ国のみであった。
この二つの地域でクマ類がこのような危機的な状態に至
法律を行使して管理する側の意識、装備の向上を図るこ
るにはさまざまな原因があったわけであるが、それぞれの
とも必要であろうが、いたずらに管理を強化すれば住民の
国や地域でのクマ類の生存への脅威をまとめてみる。まず
反発を買って事態が悪化することもあると考えられる。ま
あげられるのは、合法、非合法を問わず、過剰な捕獲が
た、貧困や文盲がクマをめぐる問題の背景にある地域は多
もっとも深刻であるとされていた国と地域が におよん
い。もっとも重要なことは、地域で起きていることを正確
だことである。このような捕獲の主な動機としては、クマ
に把握し、法律を地域の社会、経済状況、文化、住民の生
の胆などクマの体の部位が高値で取引されることが指摘さ
活習慣に合わせてきめ細かく弾力的に運用していく体制を
れていた。特に、中国の隣接国では中国向けの密輸が捕獲
つくることにあると思われる。アジアのクマ類の保全につ
を促進し、それらの国々のクマ類の生存にとって大きな脅
いて国際的な協力を進めていく上においても、クマと共に
威となっていることが指摘されていた。また、ダンシン
実際に生活する地域社会への配慮が重要だと考えられる。
グ・ベアやベア・ベイティングといった見せ物への需要
各国、各地域の諸条件の違いにより、クマ類をめぐる問
(ヶ国)、クマによる人身・農林業被害(ヶ国)が捕獲
題には多様な相がみられるが、被害、過剰利用、生息地破
を促進する要因として指摘されていた。
壊と取り組むべき課題の多くは共通している。そのような
将来的な懸念がある地域も含めると、被害をめぐる人間
問題は地域社会や経済のあり方と大きく関わっているこ
との軋轢はアジアにおける重要なクマ問題のひとつであ
と、生息地の現状や生態についての調査研究が不足してい
る。アジアのほとんどの国において、クマの生息地への人
ることも共通している。また、クマ類をめぐる問題は、ア
間活動の拡大が人間との軋轢増加の大きな原因だと考えら
ジアの哺乳類の中でゾウやトラなどのようにより希少で、
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第1
7章:まとめ
象徴的な扱いをされる動物とは異なり、行政、による
る。今後、さらに情報交換、議論の場を設け協働していく
活動双方から軽視されがちなことも共通である。アジアの
ことがアジアのクマ類の将来にとって必要である。
クマ類の生息国同士お互いに学べることは多いと考えられ
図1
7.
1:アジアにおけるクマ類の分布と存続への脅威
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