第5編 賃金・退職金 賃金の定義 わが社では,給料日に基本給や諸手当等の明細書を入れた給与袋 を手渡しています。労働基準法などにおいては,報酬や給料・賞 与・退職金なども含めて「賃金」と表記していますが賃金とはどの ē ēēēē ēēēē ようなものでしょうか。 賃金の定義として労働基準法11条に, 「この法律で賃金とは,賃金, 給料,手当,賞与その他名称の如何を問わず,労働の対償として使用 者が労働者に支払うすべてのものをいう」とあります。以下に,この 条文を解説し,具体例をあげながら説明していきます。 1 賃金の定義 盧 名称は問わない 賃金については,上の条文中に「名称の如何を問わず」とあるように, たとえば「家族手当,住宅手当,物価手当,等」の名称で,一見労働の対 償とは直接関係がないようであっても,「労働の対償として使用者が労働 者に支払う」ものであれば,すべて労働基準法にいう賃金ということにな ります。 盪 使用者が労働者に支払うもの 賃金とは, 「使用者が労働者に支払うすべてのもの」と規定されていま すが,この使用者対労働者の関係が生ずるのは,両者の間に「使用従属関 係」が成立する場合です。この使用従属関係のもとで行われる労働の対償 として,使用者が労働者に支払うものが賃金であると,明文化されている のです。 蘯 賃金と支払い 労働基準法から,賃金については単に「金銭」のみならず「物」または 2004 〔会社人事57〕 2004 Ⅰ 賃金規程と賃金の決め方 「利益」をも賃金とし,「支払」の語も,金銭の現実の授受に限定せず, 広く「債務の弁済行為」ないしは「利益の供与」をも指すと,解すべきな のです。 2 賃金かどうか○と× 盧 チップは賃金か × たとえば,旅館の従業員等が客より受け取るチップは,賃金ではありま せん。なぜならば,旅館の客と従業員等とは, 「使用従属関係」ではない からです。 ○ しかし,旅館や料理店等において,「客から受けるチップのみで生活し ている」従業員等については,チップ収入を受けるために必要な営業設備 を使用し得る「利益(の供与) 」そのものが賃金と解されます。 ○ チップに類するもので,旅館や料理店等の使用者が,奉仕料として一定 率を定め客に請求し収納したものを,一期間ごとに締め切って,その奉仕 料の収納のあった当日に出勤した労働者に,全額を均等配分している場合 には,賃金ということになります。 盪 見舞金は賃金か × 労働者の個人的な吉凶禍福に際して,使用者が「任意に」慶弔見舞金を 与える場合,これは, 「労働の対償」としての賃金とはみられません。 ○ ただし同じ見舞金であっても,その支給条件が「労働協約,就業規則, 労働契約等によってあらかじめ明確になっている」場合には,その支給条 件に従って見舞金が支払われることは,使用者にとって任意でなく「義 務」となり,労働者にとっては「権利」となって,保障されることになり ます。つまり,その見舞金は「労働の対償」の賃金と認められ,保護され ることが相当となるのです。 蘯 退職金は賃金か ○ 退職金についても,労使間にあらかじめ支給条件が「退職金規程」等に 明確に定められ,その支給が法律上使用者の義務となっていれば,その退 職金は臨時の賃金となります。 盻 実物給与は賃金か × 使用者がその支給を義務づけられていない,臨時に支給される物その他 2005 〔会社人事57〕 2005 第5編 賃金・退職金 の利益は,原則として賃金とみられません。 × また,祝日や会社の創立記念日,または労働者の個人的吉凶禍福に対し て支給されるものは,賃金ではありません。 ○ ただし,臨時に支給される物とみられるものであっても,その支給が 「前例もしくは慣習として,労働者に期待されている貨幣賃金の代わり」 に,支給されるものである場合には,賃金として扱われます。 参考法令等 労基法11(賃金の定義) 労基法24(賃金の支払) 労基法89(作成及び届出の義務) 昭22・9・13 基発 17号 昭22・12・9 基発 452号 昭23・2・3 基発 164号 ワンポイント 賃金の範囲は変動する 賃金の実態は,千差万別です。また,賃金の要件である「労働の対償」の範囲 については,現在の社会経済のもとにおいて,社会通念上「賃金として保護すべ きか否か」という目的論的な判断も加味されるものであって,この限りにおいて は賃金の範囲についての解釈も,今後の社会経済状態に応じて若干の変動がある ことは当然となります。 2005の2 〔会社人事57〕 2005の2 Ⅲ 休日・休暇 定年退職者の一括年休の請求への対応 ē ēēēēēē ēēēēēē 当社では,定年退職日を誕生日の属する月の末日と定めています。 6月末に定年退職する者がいますが,年次有給休暇の残りが30日あ り,6月はそれを全部使って1日も出勤しない心積りでいます。 会社としてはある程度出勤して業務の引継ぎ等をきっちりやって 欲しいと思っているのですが,せめて誕生日の翌日から月末までは, 年次有給休暇を与えないで出勤を命ずることはできませんか。 年次有給休暇の権利は基準日には新年度分は確定的に発生するので, 労働日が存続する以上,法定の時季変更事由がない限り与えなくては なりません。制度上の定年はあくまでも誕生月の末日であり,実質的 な定年日とそれ以降の労働契約の存続期間をわけて考えることはでき ません。誕生月の末日までに請求された年次有給休暇は時季変更理由がない限 り与えなければなりません。 ただし,事務引継ぎ等の支障を防止する観点から,定年退職日からさかのぼ る2週間のうちの所定労働日の出勤を義務づける(出勤しなければ退職金を合 理的な範囲で減額する)程度の規制は可能だと考えられます。 1 定年退職と年休一括請求 定年退職者が退職日から逆算して連続年休(年次有給休暇)を取 得することが実務ではよくあり,担当者を困惑させます。 こうした退職間際の一括年休の取得は,事務の引継ぎや労務管理のうえか らも支障が懸念されることから,これを規制することの可否をめぐってよく 問題になります。 定年間際の一括年休の取得で事務に支障が生じがちなことを考慮すると, 繰り越し分の年休はともかくとして,本来の定年(誕生日の翌日)以降は年 2931 〔会社人事57〕 2931 第6編 労働時間・休日・休暇 休は与えなくてもよいのではないか,という考え方も一理あるように思われ ます。 しかし,年休権は基準日には確定的に発生するもので,労働日が存続する 以上時季変更事由がない限り与えなければなりません。 ご質問では実質的な定年日とそれ以降の労働契約の存続期間を分けてお考 えのようですが,それは使用者の観念上のものに過ぎず,制度上の定年は就 業規則の定めるとおり誕生月の末日と解さざるを得ません。誕生月の末日ま でに請求された年休は与えなければならないことになります。 2 年次有給休暇と時季変更権 年次有給休暇は社員が休暇を取得する日を指定して請求することで成立し ます。 使用者は事業の正常な運営に支障をきたす場合でなければ時季変更権を行 使できません。 この場合の「支障をきたす」こととは,単に業務多忙とか人手が足りない というだけのことではなく,代替となる他の社員を確保できない等かなり幅 せまく考えられています。 3 時季変更権は変わるべき別の日がなければ使えない 年休は請求されても,業務に支障がある場合は他の日に変更することはで きますが,与えないということはできません。変える場合はあくまでも変る べき日があることが前提です。 定年退職後には年休を付与することが不可能ですので,時季変更権は使え ません。新年休が発生して程なく一括取得をあてこんで退職届を提出してく る自己都合退職の場合についても同様であり,特別な取扱いは労働基準法の 枠組の内では対応が困難といえます。したがって,定年退職日までに年休を 請求してきた社員に対しては,この請求を認めなければならないということ になります。 4 年休の買上げ しかし,これはあくまでも法律上の問題です。事業主が社員と話し合い, 2932 〔会社人事57〕 2932 Ⅲ 休日・休暇 交渉によって「30日のうち10日だけは業務の引継ぎなど仕事をしてくれない か」と依頼することを禁じているわけではありません。本人がそれを承知し てくれれば問題ないわけです。 退職時の年休買上げという選択肢も考えられます。出勤した10日分の年休 を金銭による補償として買上げる方法もとれます。 労働基準法は年休の買上げを禁じています。年休を買上げることによって 年休を与えないようになり,その趣旨に反することになるからです。しかし, 労働契約が終了して本来消滅する年休を買上げることは構いません。社員と の話し合いによって双方にメリットのある穏便な解決に結びつけることが考 えられます。 5 合理的な制約なら可 就業規則に定める退職手続きを完全に履行したときと,そうでないときと で退職金の計算方法に差を設けるケースも考えられます。 すなわち,事務引継ぎの支障を防止する観点から,定年退職日からさかの ぼる2週間のうちの所定労働日の出勤を義務づける,出勤しなければ合理的 な範囲で退職金を減額する,などといった程度の規制もできます。退職金の 請求権は労働契約に基づいて生じるものですから,その減額事由を就業規則 で定めることも合理性があれば有効と考えられるからです。 6 ルールの整備が先決 退職時の年休一括請求などといった問題を起こしにくくするためには,社 内で「退職時は会社の指定する者に完全に業務の引継ぎを行うこと」といっ たルールを明確にし,日常そのような労務管理を行い,そうした職場風土を 譲成しておくことが大切です。 普段,年休をよく使ってほとんど残らない社員と,あまり使うことなく沢 山残っている社員とで考えてみると,沢山残っている社員が退職時にまとめ て年休を請求したとしても,それまでに使い果してしまっている社員とのバ ランスで考えてみれば,まとめて使うことが会社にとって好ましいとはいち がいにいい切れません。 後任の採用,配置と業務の引継ぎがきちんとできていればよいわけで,す 2933 〔会社人事57〕 2933 第6編 労働時間・休日・休暇 べてを年休で1日たりとも出勤しない,などというのは論外として,会社と 話し合いのうえで,業務に支障をきたさないよう引継ぎの日程等調整すれば 問題ないと考えられます。 参考法令等 労基法39④(年休の申請と時季変更) 労基法136(年休不利益扱いの禁止) ワンポイント 年次有給休暇は社員に対する「債務」 ある外資系の会社では,年次有給休暇は社員に対する「債務」であるから,使 いきらないで残すことは会社は債務を負っているということになる,したがって, 毎年計画的に使うようにし,もし退職時に残っていれば,すべて消化してから退 職する,という習慣があるようです。 2934(∼2970) 〔会社人事57〕 2934(∼2970)
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