付加価値の高い県産ビールの開発

栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015)
重点共同研究(フードバレーとちぎ)
付加価値の高い県産ビールの開発
松本 健一*
山下 創**
福嶋 瞬*
横須賀 貞夫**
小坂 忠之*
菊地 明**
齋藤 高弘***
Development of Microbrewed Beer in Tochigi of High Product Value
Kenichi MATSUMOTO, Shun FUKUSHIMA, Tadayuki KOSAKA
Hajime YAMASHITA, Sadao YOKOSUKA, Akira KIKUCHI and Takahiro SAITO
自然界からの新規酵母の取得,NaClO 発光法によるビール品質の評価,蛍光分光法によるビール醸造用
酵母の評価,GABA 富化技術のビール醸造への利用,ビール醸造工程におけるポリアミン含量について
評価を実施し,以下の結論を得た。
(1)栃木県産のいちご,梨より菌を分離し,共にマルトース発酵性を有する。
(2)ビールは保存期間の増加(劣化)に伴い,NaClO 発光強度が低下する傾向が見られる。
(3)蛍光分光法でビール醸造用酵母を評価すると,屈曲度と酵母の生細胞率とで相関が見られる。
(4)実地レベルで GABA 麦芽の作製,GABA ビールの醸造が可能である。
(5)ビールには,putrescine,spermidine が含有する。
Key Words:ビール,酵母,化学発光法,γアミノ酪酸(GABA),ポリアミン
1
はじめに
YPM6 培地若しくは麦汁培地を用いた。 YPM6 培 地は ,
栃木県は全国有数のビール用大麦(二条大麦)生産県
BactoTM Yeast Extract(Becton,Dickinson and Company)
であり,現在県内のクラフトブルワリーから,地域の特
1%,BactoTM Pepton(Becton,Dickinson and Company)
産品を生かした個性的なビールが販売されている。平成
2%,D(+)-マルトース一水和物試薬特級(和光純薬工
24 年には県内ブルワリー4 社にて,栃木クラフトビール
業㈱)6%を蒸留水に添加,121℃,10min 加熱殺菌して調
推進協議会(以下,協議会)が設立され,新商品開発の
製し,平板培養では,YPM6 培地に寒天試薬特級(和光純
取り組みが活発化している。
薬工業㈱)2%を添加して使用した。麦汁培地は,既報 6)
本研究では,オールとちぎビール醸造のために必須な
の方法と同様に調製した。また,両培地とも液体培地と
栃木オリジナルビール酵母の取得,清酒の熟度,劣化度
して用いる場合,クロラムフェニコール生化学用(和光
1)
NaClO 発光法のビール品質評価
純薬工業㈱)100ppm,エタノール試薬特級(和光純薬工
への適用,醸造安定性のため酵母の状態を捕捉する新規
業㈱)を EtOH 濃度 1%若しくは 5%になるよう添加した。
手法としての蛍光分光法の検討,抗ストレス作用,血圧
県内の果実,花等を菌分離源とし,20℃,3-7 日間液体
降下作用が報告されるγアミノ酪酸(GABA) 2)3) を含
培地にて培養を実施し,Brix 値の減少が確認された培養
有させた GABA ビールの開発,マウスでの老化抑制効果
液を採取し,同様の条件で最大 5 回繰り返し培養行った
評価法として検討した
等が報告されるポリアミン
4)5)
のビール醸造工程にお
後,平板培養により菌を分離した。
ける含量を確認した。
2.2
NaClO 発光法によるビール品質の評価
ビール保存試験を行い,NaClO 発光法により評価した。
2
2.1
研究の方法
保存条件は 5℃,8 週間及び 30℃,7 週間で実施した。
栃木オリジナルビール酵母の取得
一定期間保存したビールを開封して試料とした。試料
自然界からの新規酵母の取得を目的とし,マルトース
資化性を有する菌の分離を試みた。液体培地として,
*
栃木県産業技術センター
食品技術部
** 栃木クラフトビール推進協議会
*** 宇都宮大学
250µl に 0.44M 次亜塩素酸ナトリウム水溶液 10µl を添
加,測定時間 10 秒で実施した。
2.3
蛍光分光法によるビール醸造用酵母の評価
醸造での安定した発酵を目的として,酵母の状態を捕
捉する新規手法として蛍光分光法の利用を検討した。酵
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栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015)
母は,県内ブルワリーで使用経験がある 3 種(S-04,WY-1,
W-34)を用いた。また,メチレンブルー染色法により,
酵母の生細胞率を評価し,本方法と相関があるかを確認
した。
2.4
ビール製造工程における GABA 濃度
GABA 富化技術のビール醸造への利用を目的として,実
地レベルでの GABA 麦芽の試作,試験醸造を行い,各工
程での GABA を測定した。GABA 麦芽は,既報 7) の製造方
法を参考にして大麦仕込み量 3,125,200kg で実施し,
得られた GABA 麦芽を用いて協議会会員ブルワリーにて
図1
菌分離源
醸造した。
2.5
ビール醸造工程におけるポリアミン濃度
協議会会員ブルワリーにて醸造を実施し,原材料,麦
汁製造工程,発酵工程でのポリアミン(putrescine,
spermidine, spermine)濃度を測定した。
2.6
評価方法
得られた試料について,Brix 値をデジタル屈折糖度
図2
平板培養の様子
計(㈱アタゴ;DBX-55),顕微鏡観察を生物顕微鏡(オ
リンパス;BX-53),NaClO 発光法を微弱発光計数装置(浜
松ホトニクス㈱;C9692-12),蛍光分光法を蛍光マイク
ロプレートリーダー(TECAN;Infinity M200 Pro),GABA
をアミノ酸分析計(日本電子㈱;JLC-500V),ポリアミ
ンを高速液体クロマトグラフ(日本分光㈱;LC2000),
官能評価を行った。
3
3.1
図3
結果及び考察
3.2
自然界からの新規酵母の取得
分離菌の顕微鏡観察
NaClO 発光法によるビール品質の評価
食品からは自発的に発生する微弱発光が放出されて
県内より採取した分離源を図 1 に示す。本研究で用
おり,微弱発光を捕捉することで食品の品質変化を簡
いた液体培地では,培養期間 3-7 日間であれば,カビ
単に推定できる 8) と報告されており,光検出法により
の発生は,ほぼ確認されず培養が可能であった。Brix
ビール品質を捕捉できるか検討した。保存試験に用い
値が減少し,糖資化が進行したと考えられた試料につ
たビールを表 1,保存試験の結果を図 4 に示す。5℃保
いて平板培養を実施した(図 2)。試料の多くは,好ま
存試験では,8 週間経ても最大発光強度にも大きな差は
しくない香気を発するもの,(a)のように外観が溶菌
確認されず,官能的に大きな欠点も見られなかった。
したようであったが,(b)のように酵母様のコロニー
30℃保存試験では,保存期間の増加に伴い,最大発光
を形成するものも確認された。外観観察で,酵母の特
強度が減少する傾向が確認された。また,30℃,2 週間
徴を有したコロニーを釣菌し,液体培養,平板培養を
の保存で明らかに香味が変化しており,NaClO 発光法が
繰り返し実施することで菌を単離した。最終的に,い
ビールの品質変化を捕捉している可能性が高いと考え
ちご,梨から菌を分離した(図3)。なお,分離菌を培
られた。
表1
養し,遠心集菌したものを YPM6 培地,麦汁培地に添加
したところ,両菌とも YPM6 培地,麦汁培地において,
アルコールを産出することを確認した。
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保存試験ビール
sample
備考
ビール 1
淡色ビール
ビール 2
淡色ビール
ビール 3
黒色ビール
栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015)
ビール1
ビール2
ビール3
(a)
30000
20000
10000
0
0
500
8
図5
(b)
ビール1
ビール2
ビール3
30000
600
700
800
検出波長[nm]
励起波長 425nm における各酵母の蛍光強度
1.3
20000
屈曲度[‐]
最大発光強度[cps]
40000
2
4
6
保存期間[week]
WY‐1
S‐04
W‐34
蛍光強度[a.u.]
最大発光強度[cps]
40000
10000
1.2
1.1
0
0
図4
3.3
2
4
6
保存期間[week]
8
1.0
0
ビール保存試験(保存温度(a)5℃,(b)30℃)
蛍光分光法によるビール醸造用酵母の評価
図6
20
40
生細胞率[%]
60
生細胞率と屈曲度の関係(WY-1)
菌種が異なる 3 種の酵母(WY-1,S-04,W-34)の培
養液を蛍光分光法で評価した結果を図 5 に示す。検出
3.4
ビール製造工程における GABA 濃度
波長 635,690nm で酵母由来と思われるピークが確認さ
GABA 麦芽製造試験結果を表 2 に示す。大麦仕込み量の
れ,ピーク強度が高い 635nm が適すると考えられた。
増加に伴い,GABA 濃度が減少する傾向が確認できる。本
測定試料の組成によりバックグラウンドが高低するた
研究では,歩留まりが最も良く,GABA 濃度が十分である
め,ビール酵母の評価には,次式(1)の屈曲度を用い
と判断した 125kg 仕込みを最適とし,本スケールで得ら
た。
れた麦芽を用いてビール醸造を行った。各工程における
屈曲度=検出波長 635nm の蛍光強度/検出波長 615nm 付
GABA 濃度を測定した結果を図 7 に示す。なお,熟成は,
近の最低蛍光強度・・・(1)
発酵が完了してから約 1 ヵ月行った。麦汁は,温水によ
次に,WY-1 に紫外線照射することで,酵母を部分的
り麦芽中の水可溶性物質を浸出し,酵素作用により不溶
に死滅させ,本方法が酵母の状態を捉えるかを検討し
性物質を可溶化,浸出して調製される。試作 GABA 麦芽
た結果を図 6 に示す。試料としては,麦汁添加前のも
には,GABA が 0.42mg/g 含有するが,麦汁調製時に発生
ろみの状態の酵母を用いた。生細胞率の増加に伴い,
する麦芽粕の GABA 濃度は 0.02mg/dry-g であり,麦芽に
屈曲度も増加することが確認でき,蛍光分光法がビー
含有される GABA のほとんどが麦汁に移行することが分
ル酵母の状態を捕捉する可能性があると考えられた。
かる。さらに,発酵,熟成を経ても GABA 濃度に大きな
推移は見られず,GABA が熟成完了(ビール)まで移行する
ことが確認された。官能評価の結果,味良い,味わいメ
リハリに乏しい,旨味あるが雑味ととられそう,白濁が
目立つ,といったコメントが挙げられた。
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栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015)
表2
4
麦芽の試作
おわりに
自然界からの新規酵母の取得,NaClO 発光法によるビ
大麦[kg]
麦芽[kg]
歩留まり[%]
GABA[mg/g]
3
2.4
80.0
0.53
ール品質の評価,蛍光分光法によるビール醸造用酵母の
125
107.0
85.6
0.42
評価,GABA 富化技術のビール醸造への利用,ビール醸造
250
212.6
85.0
0.28
工程におけるポリアミン含量について評価について研
究を実施し,以下の結論を得た。
麦芽
(1)県内より採取したいちご,梨よりマルトース資化
水
ホップ
性の菌を分離した。
(2)ビールは保存期間の増加(劣化)に伴い,NaClO
麦汁1)
発光強度が低下する傾向が確認できた。
ビール酵母
発酵開始2)
発酵中期3)
発酵終了4)
熟成終了5)
図7
(3)蛍光分光法でビール醸造用酵母を評価したところ,
No.
sample
GABA
1
麦汁
0.11 mg/ml
2
発酵開始
0.11 mg/ml
3
発酵中期
0.12 mg/ml
4
発酵終了
0.11 mg/ml
5
熟成終了
0.11 mg/ml
屈曲度と酵母の生細胞率とで相関が見られた。
(4)実地レベルで GABA 麦芽の作製,GABA ビール醸造が
可能であることが確認された。
(5)ビール醸造工程におけるポリアミンを評価し,ビ
ールには,putrescine,spermidine が含有するこ
とが確認された。
参考文献
GABA ビール醸造工程における GABA 濃度
1) 岡本竹己, 佐々木隆浩:栃木県産業技術センター研
3.5
究報告, 7, 67-69,(2010)
ビール醸造工程におけるポリアミン濃度
ビール醸造工程におけるポリアミン濃度を測定した
2) 吉田慎一, 原本正文, 福田朋彦, 水野英則, 田中
結果を表 3 に示す。醸造の流れは図 7 と同様である。な
藍子, 西村三恵, 西平順:日本食品科学工学会誌,
お,原材料の麦芽,ホップには putrescine,spermidine,
62(2), 95-103,(2015)
spermine が含有されていた。麦汁では,putrescine,
3) 原田陽, 永井武, 山本美保:日本食品科学工学会誌,
58(9), 446-450,(2011)
spermidine のみ検出され,spermine が移行しないこと
が分かる。発酵前後では,spermidine は減少,putrescine
4) 早田邦康:New Food Industry, 62(2), 95-103,
(2015)
の変化は小さく,ビールには,putrescine,spermidine
が含有される。既存の報告
9)
でも,ビールには
5) 栗原新:生物工学会誌, 89(9), 555,(2011)
putrescine , spermidine , spermine3 成 分 で は ,
6) 松本健一, 筒井達也, 岡本竹己, 山下創, 横須賀
putrescine,spermidine のみ含有しており,今回の結果
貞夫, 菊地明, 齋藤高弘:栃木県産業技術センター
と一致している。本研究により,ビール醸造工程におけ
研究報告, 10, 11-14,(2011)
るポリアミンの移行について明らかにできた。
7) 筒井達也, 前野優哉, 岡本竹己, 渡邊恒夫, 白相
淑久, 上武裕:栃木県産業技術センター研究報告,
表3
10, 11-14,(2013)
ビール醸造工程におけるポリアミン含量
sample
putrescine
spermidine
spermine
8) 蘒原昌司:日本食品科学工学会誌, 59(12), 595-603,
(2012)
麦汁
18µmol/l
3.0µmol/l
N.D.
発酵開始
18µmol/l
4.0µmol/l
N.D.
発酵終了
18µmol/l
0.9µmol/l
N.D.
9) Nishimura, K., Shiina, R., Kashiwagi, K., and
Igarashi, K.:J. Biochem. 139, 81-90,(2006)
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