村上龍「都市は生きている」 「都市は生 」⑰ 空間、共有する感覚 最初にキューバを訪れたのは、1992年だった。 ﹁面白いところ だったよ﹂とNYの友人から聞いて、そうなのか、だったら行って 村上龍シリーズ広告は、 ホームページでもご覧いただけます。 みるかな、とあまり期待もしなかった。その音楽とダンスに魅せられ、 歌手やバンドやダンサーを毎年日本に招聘するようになり、映画 を作り、何十回と通うようになるとは思わなかった。ハバナは、 世界中で、わたしがもっとも多く訪れた都市である。 ハバナに、マレコンという有名な道路がある。ハバナ湾沿いに、 緩やかなカーブを描きながら遠くまで続き、堤防と舗道があり、 彼方に、スペイン統治時代に建設されたモロ要塞が見える。わたしが 通いはじめたころのキューバは、旧ソ連からの援助を失い、外貨 がなくて、燃料や食料、それに医薬品までが不足していた。だが、 人々は不幸には見えなかった。夕暮れのマレコンを通るたびに そう思った。人々は、暑さを逃れ、海風が吹くマレコンに集まって くる。夕陽は、海に溶け合うように落ちていき、空は、微妙に明度 と彩度が違う薄紫と赤が交差して、信じられないような美しい色 に染まる。 人々は防波堤の上に座って談 笑し、子どもたちは舗 道で遊び、 恋人たちは腕を組み、抱き合ってキスを交わしている。ギターを 弾いて歌う人がいて、その周囲で軽いステップがはじまる。平和で、 親密で、充ち足りた空間がある。集まった人々が何かを共有して いるのがわかる。海と夕陽で構成された空間で、ある感覚が共有 され、ことさら意識することなく 、ごく自然に、 ﹁自分は一人では ない﹂と感じることができる。 1988年、原宿・表参道に、商業施設﹁原宿クエスト﹂が生まれた。 当時の原宿は、 ﹁竹下通り﹂に象徴される子どもっぽい街だったが、 そのイメージを変えるというコンセプトで、NTT都市開発が商業 施設としてはじめて手がけた開 発 だった。その核となったのは、 ﹁原宿クエスト﹂3階の﹁クエストホール﹂である。エリア最大級の そのイベントホールは、これまで 年近く、音楽やファッション できる空間を必要としている 。 都市は、 ﹁自分は一人ではない﹂と、ごく自然に、そう感じることが 体験を通じて、他の人々とある感覚を共有したい、そう思っている。 はすでに、建物が単なるスペースではないことを知っている。心躍る などを通じて、人々に ﹁ある共有感覚﹂を提供してきた。わたしたち 30
© Copyright 2024 ExpyDoc