チームで支える緩和ケア 薬物療法支援で幅広く期待される 薬剤師の専門性

緩 和 医 療 に お け る 薬 剤 師の役 割
Vol.9
近年、緩和医療におけ
る薬剤師の評価が高まっ
ています。
日本医科大学付属病院(東京都文京区)
では、現在薬剤部長を務める片山志郎先生が、
1990年から緩和医療への取り組みを開始。今では
複数名の薬剤師が緩和ケアチームの一員として
2014.3
活動している同薬剤部で、緩和医療における薬剤
師の役割や活動内容についてお話を伺いました。
ファーマシスト
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チームで支える緩和ケア
薬物療法支援で幅広く期待される
薬剤師の専門性
緩和医療における薬剤師の第一の役割は、医療用麻薬の投与が
行われているがん患者さんの薬学的管理、指導等を行って痛みをコン
トロールし、疼痛解除へとつなげることです。長く緩和医療に携わり、指
導を行ってきた片山先生は、
「 がん罹患者の増加、治療法や治療環
境、薬剤の多様化等の変化を受け、薬剤師にはさらに深く広い専門性
が必要となっている」
と現状について説明します。
がんの痛みは、
身体的、心理的、社会的、
そしてスピリチュアル等の側
面を持つ、“全人的痛み
(トータル・ペイン)”を理解することが必要です
が、
片山先生は
「薬剤師はまず身体的なアプローチ、
つまり薬物療法上
の解決策や副作用の見落しがないかなど、薬学的な追求を怠ってはな
日本医科大学付属病院 薬剤部長
らない」
と警告を発しています。
たとえば、不眠を訴える患者さんに眠剤
片山 志郎 先生
を投与しても改善されない場合、
「心理的な負担によるものだと速断す
片山先生は鑑別の遅れによる症状の悪化が生じない
と片山先生は問いかけ
る前に、薬剤師はアカシジア※を鑑別したのか」
よう注意を促しています。
ます。緩和ケアで使用する医療用麻薬の副作用に悪心・嘔吐等があり
また、近年、重要視されている役割が、医療用麻薬
ますが、
その制吐剤として服用する抗精神病薬や抗ドパミン薬の副作用
の服薬指導です。不正麻薬や覚せい剤との違いが理
として、薬原性錐体外路症状のアカシジアが発現することがあります。
解されていないために、医療用麻薬に対する患者さん
日本医科大学付属病院
所在地/東京都文京区千駄木1-1-5
病床数/899床
常勤薬剤師/69名
パーキンソン様症状を発症す
の抵抗感は強く、医療者から説明を受けても躊躇し、
るアキネジア等の他の薬原性
早期から使用できないことが多いのです。
片山先生は、
錐体外路症状が数週間から
「開始後に中断してしまう方もいる。安心して服用でき
数ヶ月後に起こると言われて
る環境を継続的に整えておかなければ、早期からの
いる一方、急性アカシジアは
服薬開始によるQOLの向上に結びつかない」
と薬剤
投与直後や増量時に起きる
師の積極的な介入が必要だと考えています。
また、
ことはあまり知られていませ
日本緩和医療薬学会では、就学年齢から医療用麻薬
ん。
「 緩和ケアチームに精神
と不正麻薬との違いを教える試みが進められようと
科医がいれば迅速に対応さ
しています。
「まだパイロット的な動きだが、
こういった
れるが、
そうでない場合は薬
取り組みの積み重ねが改善に貢献するのでは」
と期待
剤師が理解しておくべき」
と、
しているとのことです。
※ アカシジア … 薬原性錐体外路症状(動作の緩慢、筋緊張等い
くつかの症状がある)
のひとつ。
そわそわする、歩き
回る等とともに不眠症を伴うことがある。
がん治療を含めた薬物療法全体を把握して
疼痛コントロールを支援
片山先生による緩和医療への取り組みをきっか
出現がないかを充分に確認しながら、
薬
けに、同院の看護師や薬剤師が自然発生的に
剤の選択へのアドバイスや投与量の提
チームとなって稼動し始めたのが約15年前。
その
案を行っていますが、
「 患者さんが受け
後、麻酔科医を中心とした現在の専従チームの活
ている薬物治療全体をみることが重要。
動へと移行しました。
チームには、麻酔科、精神神
緩和ケア以外の治療に関する情報を見
経科、呼吸器内科、消化器外科等の医師と、精神
落としてはいけない」
と言います。
看護認定看護師、緩和ケア認定看護師、
そして緩
たとえば、医療用麻薬を同量で継続
和薬物療法認定薬剤師等の8名の薬剤師が所属
投与しているにも関わらず効果が急変し
しています。
チームは週に1度の全体カンファレン
たり悪心や嘔吐を訴え始める場合は、
化
スの後、
グループに分かれて介入している全患者
学療法との相互作用を考え合わせます。
さんのラウンドを行います。
そのほかの日は、主治
また、投与量を増やしたにも関わらず効
医から介入依頼があった新患と、
治療方針に変更
果の増強が見られない場合には、併用
が生じたり新しい薬剤が加わった患者さんを中心
すべきNSAIDs がきちんと継続投与さ
に、医師、看護師、薬剤師のチームがラウンドし、
れているかを確認する必要があります。
継続的な介入を行っています。
片山先生は、
「 以前は緩和ケアはターミナルで行われていたため他の治療を考慮
チームでの活動において、薬剤師は、医療用麻
する場面が少なかったが、今は早期から治療と並行して行われるので、抗がん剤の
薬を中心とする薬剤の情報提供や適正使用、服
効き方や術後の容態を確認しながら薬剤の量を調節する必要がある」
と話します。
薬指導等の役割を担っています。緩和ケアチーム
加藤先生も
「手術や放射線治療と比較すると、抗がん剤治療は見落とされがちに
の加藤あゆみ先生は、
ラウンドの際には副作用の
なる」
と感じており、薬剤師が薬物療法全体を把握することが必須ということです。
※
薬剤部 がん薬物療法認定薬剤師
緩和薬物療法認定薬剤師 緩和ケアチーム
加藤 あゆみ 先生
※ NSAIDs … 非ステロイド性消炎鎮痛薬
図1 ■ 緩和ケアチームのカンファレンスとラウンドの活動状況(2013年)
(人)
250
緩和ケアの質向上には
薬剤師の新しい力と
知識が不可欠
カンファレンス実施患者延べ人数
ラウンド患者延べ人数
200
150
早期からの緩和ケアの定着と患者数の増加により、初期の疼痛
100
管理を主科で行うことが増えていますが、
より適切な時期に緩和ケ
アチームへの介入依頼が行われるよう、
サポート役として片山先生
50
が期待をかけているのが、病棟薬剤師の力です。2012年度診療報
0
■
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
薬剤師の対応項目の内訳(2013年8月)
(例)・終末期のため補液量の減量提案
・Ca測定、
リエゾン介入依頼
・状態悪化にともない
内服薬の調整提案
2件
・レスキュードーズの
5%
服用方法説明
1件
9月
10月 11月 12月
酬改定の病棟薬剤業務実施加算新設により、同院でも昨年8月に
全病棟への薬剤師の配置が完了しました。
そこで、初期の疼痛管理
については病棟薬剤師が主治医のもとで薬学的管理を担い、緩和
(例)
医療用麻薬導入を嫌がっていたが、 ■ 医療用麻薬導入/中止
痛みによるADL低下により
■ ローテーション/投与経路変更
2件
5件
本人から使用を希望
5%
12%
■ 医療用麻薬の用法用量設定
7件
→ レスキュードーズ使用から開始
17%
■ 医療用麻薬その他薬剤の副作用対策
2%
■ 鎮痛補助薬導入と調整
2件 5%
■ NSAIDs導入と調整、確認、副作用
対応件数合計
42件
(例)鎮痛薬の増量
3件 7%
■ 鎮痛薬導入と調整
■ 症状改善
14件
6件
(例)NSAIDsが内服困難となり
■ 神経ブロック、鍼
(例)
33%
14%
点滴薬への変更提案
ベース、
レスキュードーズの
■ PCA
用量調整
■ 在宅へ向けての支援
(例)抗ドパミン薬、下剤の用量調節
■ その他
チームへの主な介入依頼は、神経障害性疼痛を強く併発しているような難しい症例が中心。
主科での初期の緩和ケアは必須で、薬剤師はチーム内での情報提供だけではなく、各科への医療用麻薬に関する情報提供も大切な職務。
Vol.9
ファーマシスト
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2014.3
緩和医療における薬剤師の役割
ケアチームへ適切につなぐ流れを構築した
いと考えています。
そのためには、
「患者さん
の話を傾 聴するコミュニケーション力と
基本的な緩和薬物療法の知識が必要」
図2 ■ 冊子
「痛み止め」を使うみなさんへ
(片山先生)
ですが、病棟薬剤師自身も今ま
で以上の知識の習得が必要だと痛感して
適切な疼痛コントロールは、がん治療
を支えるためにも早期から行うことが
不可欠。医療用麻薬の正しい理解を
促すための説明資料等を活用しなが
ら、患者さんの不安を取り除く。
いるそうです。医薬品に関する問い合わせ
総数は増加している一方で、DI室への照
会数は減少し、緩和ケアに限らず、臨床的
な問い合わせが病棟薬剤師に直接行われるようになっているからです。
このため、
しかし、緩和ケア外来を受診せず、主科から
病棟薬剤師からの勉強会の要望が多く、就業後に各専門分野の講習会を設定
直接、院外処方で保険薬局へいく場合は、患者さ
し、緩和ケアについての講義も行われているということです。
んが緩和ケアチームと接触することはありません。
一方、緩和ケアに携わる薬剤師に、特に習得してほしい知識として片山先生が
そのため加藤先生は、地域の保険薬局との連携
挙げているのが、読影技術です。
カンファレンスでは画像を見ながら診療方針を
強化を今後の課題として挙げています。緩和ケア
検討するため、薬剤師が進行のボトルネックとならないよう最低限の読影力が必要
で多い適応外使用への理解を促したり、副作用
です。
さらに、
たとえば画像上で第三腰椎への腫瘍の転移を認めた場合に大腿部に
での注意点等、
「きちんと伝えたうえでお互いが
痛みが出ることを推測したり、腸管の蠕動運動の低下を画像から確認して薬剤を
協力し合える環境を整備し、疼痛が悪化した状態
選択するなど、
「画像は薬物療法に関わる多くの情報を発信している」
のです。
片山
で入院される患者さんが少なくなれば」
と考えて
先生は現在、
同院の放射線科医とともに、
主に薬剤師を対象にした読影の解説本の
います。
そのためにも、退院時カンファレンスにも
刊行を準備中で、
「画像と薬物療法をリンクさせた、実用面での一助となる一冊に
積極的に参加して入院中の疼痛コントロールの
したい」
と考えています。
過程や副作用状況を伝えるとともに、在宅に携わ
るスタッフとの顔つなぎも行い、地域で支える体制
づくりを進めていきたいと話します。
高齢化にともなうがん罹患者の増加で、今後、
緩和ケアでは薬剤師の専門性がさらに求められ
病棟での活動から外来、
在宅へ
シームレスな緩和ケアをサポート
ます。最後に、緩和ケアに携わる薬剤師に求めるこ
とを片山先生にお尋ねすると、
「ジェネラリストとし
がん治療の外来化が進むとともに、緩和医療も外来や在宅での対応が求めら
ての基本を土台としてスペシャリストとしての知識
れています。
を広く持つこと。
しかし、折れやすいと前に進めな
入院から在宅に移行する際には、
ラウンドで退院時期を確認し、点滴から内服薬
い。医療現場で遭遇するさまざまな課題に柔軟に
や貼り薬へなど、在宅で可能な緩和ケアを考慮して投与経路の変更等の準備を
対応できる深い人間力を兼ね備えてほしい」
と、
開始します。
若い薬剤師にエールを送ってくれました。
また、
同チームは緩和ケア外来でも活動を行い、退院後に通院治療を
続けている患者さんを中心に、継続的な緩和ケアを行っています。加藤先
生は、
「むしろ外来の方がチームの薬剤師としてすべきことが多くある」
と
話します。外来では、患者さんも日常の細かな変化を伝えるのが難しく、
手荒れひとつにしてもそれが緩和ケアと同時に行われている抗がん剤の
副作用の発現だと気付きにくい例等もあることから、
「 本来は薬剤師が
常駐して緩和ケアに時間をかけることが必要」
だと痛感しているそうです。
こういった点を少しでも改善するために、緩和ケア外来の患者さんが
図3 ■ 緩和ケア外来での活動状況(2013年)
(人)40
25
20
15
10
5
経済面から就学や就労まで、相談したいことを自由に記載できる欄を
0
を回避するよう工夫しています。
薬剤師が外来に同席した人数
30
記入する問診表には、痛みに関する10項目に渡る細かな質問とともに、
設け、患者自身も気付かない、
または直接話しにくいこと等の取りこぼし
外来患者延べ人数
35
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月 11月 12月
マンパワーの充実は常に課題ではあるが、薬剤師が緩和ケア外来に
同席できない場合は電話による支援が適切に行われ、
ミーティング
や電子カルテを通じて情報共有が徹底されている。
BA-XKS-362A2014年3月作成