放射光 XRF および XAFS を用いた 超硬合金肺病理標本中の元素分析

放射光 XRF および XAFS を用いた超硬合金肺病理標本中の元素分析
放射光 XRF および XAFS を用いた
超硬合金肺病理標本中の元素分析
*
宇尾基弘,和田敬広,杉山知子 ,
**
**
***
中野郁夫 ,木村清延 ,谷口菜津子
,
***
***
***
猪又崇志
,今野 哲
,西村正治
Elemental Analysis of Histopathological Specimens of Tungsten Carbide
Lung Disease Using Synchrotron Radiation XRF and XAFS
*
**
Motohiro UO, Takahiro WADA, Tomoko SUGIYAMA , Ikuo NAKANO ,
**
***
***
Kiyonobu KIMURA , Natsuko TANIGUCHI
, Takashi INOMATA
,
***
***
Satoshi KONNO
and Masaharu NISHIMURA
(Received 22 April 2014, Revised 13 May 2014, Accepted 20 May 2014)
Advanced Biomaterials Section, Graduate School of Medical and Dental Sciences,
Tokyo Medical and Dental University
1-5-45, Yushima, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8549, Japan
*
Department of Dentistry, Oral and Maxillofacial Surgery, Jichi Medical University
3311-1, Yakushiji, Shimotsuke-shi, Tochigi 329-0498, Japan
**
Hokkaido Chuo Rosai Hospital
East 16-5, 4-jo, Iwamizawa-shi, Hokkaido 068-0004, Japan
***
First Department of Medicine, Graduate School of Medicine, Hokkaido University
North 15, West 7, Kita-ku, Sapporo 060-8638, Japan
There is an occupational lung disease caused by the inhalation of the fine particles of the
cemented carbide called as“hard metal lung disease (HMLD)”. For the definite diagnosis of
this disease, the detection of the major component of the cemented carbide from the lung biopsy
specimens. However, excess biopsy for elemental analysis should be avoided because the biopsy
is invasive and involves pain and risk to the patient. In this study, we applied the synchrotron
radiation X-ray fluorescence (SR-XRF) for the diagnosis of HMLD and the cemented carbide
components were clearly detected from the ordinary thin sectioned paraffin embedded specimens.
In addition, the chemical state informations of the detected elements with XAFS analysis provided
more acculate diagnosis of the causal materials of the disease.
[Key words] Tungsten carbide lung disease, Histopathological specimen, Trace element analysis,
Synchrotron radiation X-ray fluorescence, XAFS
東京医科歯科大学医歯学総合研究科先端材料評価学分野 東京都文京区湯島 1-5-45 〒113-8549
*自治医科大学大学院医学研究科歯科口腔外科学講座 栃木県下野市薬師寺 3311-1 〒329-0498
**北海道中央労災病院 北海道岩見沢市 4 条東 16-5 〒068-0004
***北海道大学大学院医学研究科呼吸器内科学分野 北海道札幌市北区北 15 条西 7 丁目 〒060-8638 X線分析の進歩 46
Adv. X-Ray. Chem. Anal., Japan 46, pp.177-186 (2015)
177
放射光 XRF および XAFS を用いた超硬合金肺病理標本中の元素分析
超硬合金の製造作業等において作業従事者がその粉塵を吸入することによる「超硬合金肺」と呼ばれる職
業性肺疾患がある.その確定診断には肺生検試料からの超硬合金成分の検出が必要であるが,患者への侵襲
を少なくするためには分析用の余剰の試料採取は避ける必要がある.本研究では汎用の病理組織診断用のパ
ラフィン薄切標本から放射光蛍光 X 線分析(SR-XRF)を用いて超硬合金成分の検出に成功した.また XAFS
による原因物質の状態情報を併用することで,より正確な原因物質の特定が可能となった.
[キーワード]超硬合金肺,病理組織標本,微量分析,放射光 XRF(SR-XRF),XAFS
1. はじめに
鏡下切除術(VATS:video-assisted thoracoscopic
surgery)により外科的に採取される場合が多
超硬合金は炭化タングステン(タングステン
い.VATS は 1∼2 cm 程度のポートを複数開け
カーバイド:WC)を主とする金属炭化物を少
て胸腔鏡と器具を挿入する方法で,開胸手術に
量の Co, Ni などの鉄系金属を結合材として焼
比べて患者への侵襲が少ない方法である.し
結したもので,極めて硬度が高いため切削工具
かし VATS は呼吸器外科との連携が必要とさ
や金型などに広く利用されている.現在,市販
れ,また患者の病状により適応困難となるこ
されている超硬合金では,WC に TiC, TaC など
ともある.気管支内視鏡を用いた経気管支肺生
の炭化物を添加して硬度や耐熱性を向上させた
検(TBLB:transbronchial lung biopsy) は 患 者
り,Cr を添加して耐食性を向上させたものが多
への侵襲が少ないが,採取できる組織は約 1 ∼
い.
2 mm と小さい.また気管支肺胞洗浄(BAL:
超硬合金は焼結後に切削工具などの所定形状
bronchoalveolar lavage)は気管支内視鏡から生
に研削・研磨により加工されるが,粉末取り扱
理食塩水を注入し,吸引回収して浮遊細胞など
い時や研削・研磨工程で生じる粉塵を作業者が
を検査する手法であり,TBLB より更に低侵襲
吸引することにより,超硬合金肺と呼ばれる職
な検査法である.
業性肺疾患を生じる.珪肺のような鉱物を原因
超硬合金肺の組織からの超硬合金成分の検出
とする塵肺症は吸入量依存的に発症するため,
については,VATS や TBLB による生検試料に
長期間の作業従事後に発症するのに対し,超硬
ついて EPMA(SEM/WDS)
合金肺は数年以内(短い場合には 1 年以内)の
を用いた元素分析が多く用いられており,これ
短期間で発症し,個人の感受性に依存するとこ
以外にも中性子放射化分析
ろが多いのが特徴である.超硬合金肺の診断は
た例もある.
①職業歴(超硬合金吸入歴)
,②臨床症状(咳,
本来,生検試料は病理組織検査を目的として
息切れ,
呼吸困難など)
,
③胸部 X 線画像(網状,
採取されたものであり,元素分析を目的として
すりガラス状の陰影)
,④病理所見(多核巨細
余剰の試料を採取することは患者の負担を増や
胞浸潤)
,⑤超硬合金成分の検出,の要件が挙
すことになるため,可能な限り少量の試料で元
げられている
1~3)
.
病理検査や成分分析などの生検組織は胸腔
178
4, 5)
や SEM/EDS
8)
6, 7)
などが適用され
素分析を行う必要がある.病理組織試料を流用
したり,より低侵襲の BAL 液による元素分析
X線分析の進歩 46
放射光 XRF および XAFS を用いた超硬合金肺病理標本中の元素分析
が可能になれば,患者への侵襲を少なくした超
用いて BAL 液を採取した.BAL 液を遠心分離
硬合金肺の診断が可能になる.
し,細胞成分を含む沈殿部を固化し,パラフィ
著者らはこれまで病理組織検査用のパラフィ
ン包埋した標本(セルブロック標本)を作製し,
ン 包 埋 試 料 や BAL 液 沈 殿 物 を 蛍 光 X 線 分 析
病理組織検査を行ったところ,超硬合金肺に特
(XRF)や X 線吸収微細構造解析(XAFS)を用
徴的な巨細胞が確認されたため,当該セルブ
9)
いた,超硬合金成分検出を試みてきた .
ロックを試料 A と同様に薄切して XRF 分析に
本研究では生検組織内での超硬合金成分の詳
供した.
細な分布や組成を調査し,超硬合金肺の確定診
試料 A, B とも連続する薄切切片を通法に従っ
断に寄与するため,またより低侵襲な検査であ
て Hematoxylin-Eosin(HE) 染 色 を 施 し, 病 理
る BAL 液を用いたセルブロック標本による希
組織像を得て,XRF による元素分布像と対比し,
薄試料による元素分析を行うため,放射光 XRF
元素集積部位の特定を行った.
(SR-XRF)を用いた元素分析を行った.さらに
[XAFS 分析]
一部試料については XAFS 測定により組織中異
試料 C:患者は 40 歳代女性.超硬工具の研
物の化学状態から超硬合金成分か否かの判定を
磨作業に従事しており,作業従事 5 年程度で咳
試みた.
嗽,喀痰,労作時息切れが出現.胸部 X 線写真
2. 実験方法
2.1 試 料
[SR-XRF 分析]
にて両側下肺野優位にスリガラス影を認めた.
VATS 肺生検を試行し,そのパラフィン包埋病
理標本を約 20 µm に薄切したものを蛍光 XAFS
測定に供した.
試料 A:患者は 40 歳代男性.超硬合金原料
試料 D:詳細な患者情報は不明であるが,溶
粉末を計量・混合する作業に従事.胸部レント
接作業に従事した可能性が有り,超硬合金肺様
ゲン,CT にて両上中肺を中心とした微細粒状
の症状を示した患者の肺生検組織標本を試料 C
影,すりガラス状陰影を認め,呼吸機能障害を
と同様に処理し,蛍光 XAFS 測定に供した.
有していることと作業環境から超硬合金肺が疑
試料 C, D については薄切後のパラフィン残部
われた.VATS により左肺上葉および左肺下葉
ブ ロ ッ ク を 蛍 光 X 線 分 析 装 置(XGT-2000V,
の 2 カ所から生検試料を採取した.以下,上葉,
堀場製作所,Rh ターゲット,管電圧・電流 =
下葉からの試料をそれぞれ試料 A-1, A-2 と記
50 kV, 1 mA)にて元素分析を行い,試料 C で
す.試料は通法に従って固定・脱水しパラフィ
は W と Ti,試料 D で Ti を検出した.
ン包埋標本とした.これをミクロトームで約 8
µm に薄切し,カプトンフィルム(12.5 µmt)上
2.2 SR-XRF 分析
に採取し,60℃で融着したものを XRF 分析に
SR-XRF 分析は高エネルギー加速器研究機構
供した.
放 射 光 科 学 研 究 施 設(KEK-PF) の BL-4A で
試料 B:患者は 25 歳と若年であるが,呼吸
行った.入射 X 線はポリキャピラリーにより
機能の低下が著しく,原因不明の発熱があり
約 20 µmφ に集光し,試料を 100 µm(部分分析
VATS 適応困難であったため,気管支内視鏡を
では 20 µm)ステップで X-Y 駆動(測定時間:
X線分析の進歩 46
179
放射光 XRF および XAFS を用いた超硬合金肺病理標本中の元素分析
4 秒 / 点)しつつ,蛍光 X 線を SDD 型検出器
行った.Ti K 端,W L1 および L3 端ともに 19
(Vortex-EX,セイコー EG&G)で計測すること
素子 SSD を用いた蛍光法により XANES(X-ray
により,各点での XRF スペクトルを得た.ス
absorption near edge structure)スペクトルを測定
ペクトル解析および元素分布像構築は European
した.Ti K 端については高次回析光の影響を避
Synchrotron Radiation Facility(ESRF) の ソ フ ト
けるため,高次光除去ミラーを用いた.
ウェアグループが開発した XRF 解析ソフトウェ
10, 11)
アである PyMCA(Version4. 7. 3.)
を使用
3. 結 果
3.1 生検薄切試料の SR-XRF 分析
した.
試料 A-1 の同一視野の HE 染色像,分析用切
2.3 蛍光 XAFS 測定
片の実体顕微鏡像,XRF による W, Ti, Ni, Co,
蛍光 XAFS 測定は高エネルギー加速器研究機
Cr 分 布 像 を Fig.1 に 示 す. 分 析 用 切 片 に は 1
構放射光科学研究施設(KEK-PF)の BL-9A で
mm 程度の黒色の異物が複数観察され(HE 染
Fig.1 Optical microscope images and elemental distribution images of specimen A-1.
180
X線分析の進歩 46
放射光 XRF および XAFS を用いた超硬合金肺病理標本中の元素分析
色標本では薄切時にこの異物は脱落している)
,
す.HE 染色像と対比すると,連続切片とはい
Cr の分布と一致している.W と Ti は組織全体
え同一ではないので僅かなずれはあるものの,
に点在しており,概ね同様の分布を示している.
肺胞の空洞部周囲に W, Ti, Cr などが点在して
また濃度は低いものの Ni も点在しており,W,
おり,肺胞表面に吸着していることが分かる.
Ti や Cr とは異なる分布を示している.
Figs.1, 2 で見られる各元素集積部位での XRF
試料 A-2 の HE 染色像および元素分布像を
スペクトルを Fig.4 に示す.超硬合金は WC を
Fig.2 に示す.A-2 では試料 A-1(Fig.1)のよう
主成分とし,TiC や TaC を添加していることが
な Cr の高濃度集積部位は見当たらず,W, Ti に
多い.Ti の局在は確認できているが,Ta は W
ついては同様に試料全体に分布していた.
と蛍光 X 線のエネルギーが隣接しているため,
組織中のより詳細な超硬合金成分の分布を見
検出が困難である.またバインダーには一般に
るため,Fig.2 中央部(図中の□部)を 20 µm
Co が用いられているが,生体中に多く含まれ
ステップで XRF 分析を行った結果を Fig.3 に示
る Fe の Kβ が Co の Kα と近接しているため,
Fig.2 Optical microscope images and elemental distribution images of specimen A-2.
X線分析の進歩 46
181
放射光 XRF および XAFS を用いた超硬合金肺病理標本中の元素分析
Fig.3 Detailed images of optical microscope images and elemental distribution images of
specimen A-2 ( □ marked area in Fig.2).
Fig.4 XRF spectra at the localized points of W, Cr, Ni and Co of (a) specimens A-1 and (b) A-2.
182
X線分析の進歩 46
放射光 XRF および XAFS を用いた超硬合金肺病理標本中の元素分析
Fig.5 XRF spectrum deconvolution analysis. (a) W localized point fit with W and Ta, (b) Co localized point fit
with Fe and Co.
Co の存在を確定するにはスペクトルの精査が
3.2 BAL 液セルブロック標本の SR-XRF 分析
必 要 で あ る.Fig.5 は W 濃 縮 部 位(Fig.4(a)
)
試料 B は BAL 液の細胞成分を含む固形成分
および Co 濃縮と推定される部位(Fig.4(b)
)
を用いたセルブロック標本であり,内視鏡で
の XRF スペクトルのフィッティング結果であ
採取することが可能で,組織切除を伴わないた
る.Fig.5(a)では Ta の存在を仮定すること
め患者への侵襲が少ない方法である.しかしな
で,W Lα 線の低エネルギー側が良く再現され,
がら得られる試料は極めて希薄であり,通常の
Fig.5(b)では Fe Kα, Kβ と Co Kα の複合によ
元素分析法では超硬合金成分の検出が困難であ
りスペクトルが再現された.以上より,当該組
る.Fig.6 は当該標本の XRF による元素分布像
織中には Ta および Co の存在も確認され,超硬
であり,W, Ti および Ni の点在が認められる.
合金の成分とされている W, Ti, Ta, Co, Ni, Cr が
当 該 元 素 の 高 濃 度 部 位 の XRF ス ペ ク ト ル は
全て検出された.
Fig.7 の通りであり,明瞭な W のピークと明ら
かな Ti と Ni のピークが見られたことから,当
Fig.6 Elemental distribution images of specimen B.
X線分析の進歩 46
183
放射光 XRF および XAFS を用いた超硬合金肺病理標本中の元素分析
該標本中に超硬合金成分が含まれていると判断
された.
3.3 肺生検標本中の Ti, W の XAFS 測定
事前の卓上型 XRF による分析で W と Ti が
検出され,超硬合金肺の疑いとされた試料 C の
Ti K 端および W L3 端の XANES スペクトルを
Fig.8 に示す.Ti(Fig.8(a)
)および W(Fig.8(b)
)
は TiC および WC のそれと一致し,組織中の異
物が超硬合金成分であることが確定した.W に
Fig.7 XRF spectra at the localized points of W, Ti and
Ni of specimen B.
ついては L3 端ではスペクトル形状に大きな変
化が無く,吸収端エネルギーでの判定となるが,
L1 端では化合物によるスペクトル形状の差が
Fig.8 Ti K-edge and W L3-edge XANES spectra of specimen C and standards.
Fig.9 Ti K-edge XANES spectra of specimen D and
standards.
184
X線分析の進歩 46
放射光 XRF および XAFS を用いた超硬合金肺病理標本中の元素分析
大きく,より明確な判定が可能となることが分
9)
る.当該試料については分解能の高い良質の元
かっている .比較のため,XRF により Ti の
素分布像を得るために,比較的細かいステップ
集積を認め,W の集積が見られなかった試料 D
で長時間の測定を行っているが,超硬合金成分
について Ti K 端の XANES スペクトルを蛍光法
の有無を評価するだけであれば,より短時間の
により測定した結果を,標準試料のそれと合わ
測定でも十分対応できると推定される.
せて Fig.9 に示す.当該試料中の Ti の XANES
試料 A では W と Ti がほぼ同一の分布を示し,
スペクトルは rutile 型 TiO2 のそれに類似し,超
Cr,Ni はそれらと異なる分布を示していた.焼
硬合金成分である TiC とは異なっている.XRF
結後の研磨作業での粉塵吸入であれば,各成分
スペクトルで W が検出されていないこともあ
は同一の分布を示すはずであり,当該患者は原
り,当該組織中に含まれるのは超硬合金ではな
料粉末取り扱い過程で粉塵を吸入したものと推
いと判断される.rutile 型 TiO2 は白色顔料とし
定され,患者申告の作業環境と一致した.組織
て多く用いられているが,この患者は溶接作業
中の元素の総量分析では無く,元素ごとの元素
に従事していることから,検出された Ti は主
分布を調査することで,暴露環境をある程度,
として溶接作業によって発生したフュームに由
推定することが可能であると示された.また
来すると推測され,超硬合金肺ではないと判断
XRF による元素分布分析を通常の病理組織検査
された.
で用いる HE 染色標本の隣接切片で行うことに
4. 考 察
より,検出元素の集積箇所を明らかにすること
が可能で有り,生体組織内での異物などの動態
超硬合金肺の診断には肺生検標本などからの
解析に寄与し得ることが示された.
超硬合金成分の検出が必要とされる.これまで
加えて SR-XRF は XAFS と親和性の高い手法
の例は EPMA による分析例が多く報告されて
で有り,試料 C のように元素分析から疑義のあ
いるが,EPMA ではエネルギー分解能は高いも
る場合には XAFS 測定による対象元素の化学状
のの,パラフィン薄切標本での試料作成にはス
態の情報を追加することで,より確実な判定に
キルが必要であり,広範囲での多元素同時分析
つなげられる.
には長時間の分析が必要な上に,電子線照射に
超硬合金肺組織からは W が単独で検出され
よる試料損傷が避けられない.
Co が検出されないことがあるとの報告が有
本方法では試料観察領域各点での XRF スペ
り
クトルを収集し,測定後に任意のエネルギーに
して XRF スペクトルを分析すると明瞭な Co
ROI(region of interest)を設定して元素分布像
Kα 線が検出されたものの,試料全域平均のス
を構築できるため,元素の有無や局在部位での
ペクトルでは W などの主要元素に比べて Co の
XRF スペクトルを容易に精査できる.そのため,
シグナルは極めて微弱で有り,組織密度の希薄
分析後に新たな成分について元素分布像を再構
な試料 B(セルブロック標本)では Co は検出
築したり,Fig.5 のように主成分と分離困難な
されなかった.Co は WC や Cr などの主要成分
元素について,元素濃縮部位の XRF スペクト
に比べてイオン化して溶出しやすいことが他の
ルフィッティングから推定することも可能であ
材料で明らかになっており
X線分析の進歩 46
7)
,本研究でも試料 A では Co 濃縮部に注目
12)
,固定・脱水・
185
放射光 XRF および XAFS を用いた超硬合金肺病理標本中の元素分析
包埋の標本作成過程で組織中に溶出していた
参考文献
Co イオンが流出したことが,Co が検出されな
1)
森山寛史,鈴木栄一:日本胸部臨床,68,
S95
い一因と考えられる.
このような希薄元素の検出を行う上でも,
(2009)
.
2)
森山寛史,鈴木栄一:日本胸部臨床,70,
1206
(2011)
.
SR-XRF による試料全域での元素分布分析が有
3)
岡本賢三:日本胸部臨床,70,
1238(2011)
.
用と考えられた.
4)
H. Moriyama, M. Kobayashi, T. Takada, T. Shimizu,
5. まとめ
本研究では超硬合金肺の確定診断を目的とし
て,生検組織や BAL 液を用いたセルブロック
標本に含まれる超硬合金成分の検出を SR-XRF
を用いた元素分析によって行い,生検標本のパ
ラフィン薄切試料を用いて,組織中の超硬合
金の主要成分の全てを検出可能で有り,その分
布を病理組織像と対比可能であること,また低
侵襲の BAL 液セルブロック標本でも主成分で
ある W は検出可能であることを明らかにした.
さらに一部試料については XAFS 測定により組
織中異物の化学状態から超硬合金成分か否かの
追加判定が可能であることも示され,SR-XRF
M. Terada, J. Narita, M. Maruyama, K. Watanabe, E.
Suzuki, F. Gejyo: Am. J. Respir. Crit. Care. Med., 176,
70 (2007).
5)
Y. Nakamura, Y. Nishizaka, R. Ariyasu, N. Okamoto
M. Yoshida, M. Taki, H. Nagano, K. Hanaoka, K.
Nakagawa, C. Yoshimura, T. Wakayama, R. Amitani:
Intern. Med., 53, 139 (2014).
6)
古賀俊彦,野瀬育宏,冨松久信,平野恭子,入
江康司,広瀬宜之,内山伸二,佐藤 隆,堀田圭一,
山根完二,町田憲晶,栗田幸男:気管支学,10,
102(1988)
.
7) J.L. Abraham, B.R. Burnett, A. Hunt: Scanning
Microscopy, 5, 95 (1991).
8) G. Rizzato, P. Fraioli, E. Sabbioni, R. Pietra, M.
Barberis: Sarcoidosis, 9, 104 (1992).
9) M. Uo, K. Asakura, K. Watanabe, F. Watari: Chem.
Lett., 39, 852 (2010).
および XAFS 測定が超硬合金肺の確定診断に極
10)
http://pymca.sourceforge.net/index.html
めて有用であることが明らかになった.
11) V.A. Solé, E. Papillon, M. Cotte, Ph. Walter, J.
Susini: Spectrochim. Acta Part B, 62, 63 (2007).
謝 辞
SR-XRF 分析および XAFS 測定は KEK-PF 共
同利用(課題番号 2012G011, 2013P002 および
12) M. Uo, F. Watari, K. Asakura, N. Katayama, S.
Onodera, H. Tohyama, K. Hamada, S. Ohnuki: Nano
Biomedicine, 1, 133 (2009).
2014G017)にて行った.本研究は JSPS 科研費
23390438 の助成により遂行した.
186
X線分析の進歩 46