XAFS を用いた環境分析 -重金属集積植物の分析-

XAFS を用いた環境分析
-重金属集積植物の分析-
○保倉明子 1
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東京電機大学工学部環境化学科
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ある種の植物は,鉛やカドミウムなど有害な重金属濃度が高い環境でも育ち,体の
中に高濃度の重金属を蓄積することができる。これら重金属蓄積植物は,ファイトレ
メディエーション(植物による環境浄化技術)への応用が期待されている。植物を用
いる環境保全・浄化技術は,省エネルギーで高い経済性をもち,環境適合性にすぐれ
た特性を有するが,一方では,汚染浄化の速度・効率が低いという問題がある。植物
の持つ浄化機能を最大限発現させ,より効率の良い浄化を実現するためには,植物が
有害元素を吸収・移行・蓄積するメカニズムの理解が重要である。
これらの植物は、なぜ有害な重金属を高濃度に取り込んでも枯死しないのであろう
か?我々は,植物における重金属蓄積機構の解明を目指して研究を行っている。放射
光 X 線マイクロビームの有用性に着目し,世界に先駆けて 2003 年から放射光マイク
ロビーム蛍光 X 線イメージング(µ-XRF イメージング)を重金属蓄積植物へ適用し,
As や Cd が特定の組織や細胞において高濃度に蓄積されることを明らかにしてきた
[1,2]。また X 線吸収微細構造(XAFS)解析を植物へ適用し,植物に蓄積された有害元
素の化学状態を明らかにしてきた[3][4]。現在,高輝度の放射光X線マイクロビーム
の活用により,細胞レベルでの動態解析が実現しつつある。本講演では,シダにおけ
るクロム蓄積機構やタバコ BY-2 培養細胞におけるカドミウムの蓄積を例にあげて紹
介したい。
イノモトソウ属のモエジマシダ(Pteris vittata L.)はヒ素の高蓄積植物として知られ,
Cr(VI)も高濃度に蓄積することが報告されている。しかし,その蓄積機構の詳細は未
解明な部分が多い。そこで,モエジマシダの胞子体に Cr(VI)の添加を行い,放射光 X
線を光源とする微小部非破壊分析により,蓄積されたクロムの分布と化学形態の変化
を明らかにした。50 ppm Cr(VI)を添加して 2 週間栽培した試料における部位別のクロ
ムの蓄積量を比較したところ,根>>茎・葉となった。さらに,Cr(VI)を添加して 1 日
後,Cr はモエジマシダの葉へ取り込まれていたが,添加時間が長くなるにしたがって,
先端から辺縁部や葉脈へと蓄積箇所が広がっていった。また Cr(VI)のクロムを添加し
たが,葉,茎,根に蓄積されたクロムはいずれも Cr(III)の化学形態であることが示さ
れた。根から取り込まれる際には,すでに毒性の低い Cr(III)へ還元されていたことに
なる。一方で,植物体内には硫黄含有アミノ酸(システイン,メチオニン)やグルタ
チオン,硫酸イオンなど多くの硫黄化合物が存在し,これらが重金属の高蓄積に関与
していると推測されるため,硫黄の化学形態分析も行った。Cr 添加後は,グルタチオ
ンやシステインなど-2 価の硫黄化合物の割合が著しく増加していた。
タバコ BY-2 培養細胞の野生型および重金属イオントランスポーターNtNRAMP1 を
過剰発現させた形質転換体のそれぞれに Cd を添加し,その細胞内における Cd 蓄積
機構を比較した。NtNRAMP1 を過剰発現した形質転換体は,Cd 添加時でも高い生存
率を示し,細胞増殖率の低下が見られなかった。細胞内での元素分布を調べたところ,
野生型も形質転換体のいずれにおいても,Cd は細胞全体に広がっており,液胞に取
り込まれていると考えられる。また,Cd はチオール基と錯形成している可能性が示
された。
植物などの生体は,細胞から組織・器官レベルまで高次に発達した構造をもつ不均
一な試料である。放射光マイクロビームを光源とする,実用性の高い走査型顕微 XAFS
システムは,高い空間分解能で生体における化学反応を追跡し,今まではバルクでし
か評価できなかった,特異的・局所的な反応を詳細に解明する革新的な分析ツールと
なるであろう。また植物細胞は含水率が 90%程度であり,分布や化学状態の知見を得
るには,生きた状態を保持して計測することが重要である。できるだけ前処理なしで
モニターすることにより,“加工されたスルメ”ではなく“生”の状態を明らかにし,
環境浄化技術であるファイトレメディエーションに資する“サイエンス”を開拓して
いきたい。
[1] A. Hokura, et al., J. Anal. At. Spectrom., 21, 321–328 (2006).
[2] A. Hokura, et al., Chem. Lett., 35, 1246-1247 (2006).
[3] E. Harada, et al., Metallomics, 3, 1340-1346, (2011).
[4] H. Kowata, et al., J. Anal. At. Spectrom., 29, 868-874, (2014).