「大黒さま」 茨城県 龍心寺住職 花和浩明 大本山總持寺の総受付のある香積台の奥に、大黒尊天様がいらっしゃいます。木彫 りでは日本最大という尊像で、たいへん人気が高く、日々多くの方がたが参拝に訪れ ます。私たちは、親しみをこめて大黒さまと呼びます。毎年正月三が日には、その大 黒さまの前で、ご祈祷が行われ、いつもたいへんな賑わいを見せます。 もう20年以上も前のことになりますが、私は總持寺に修行に入りました。ほとんど 何も知らないで修行を始めた私にとって、毎日がたいへんつらい日々の連続でした。 朝、4時、当役によってはその2時間前から一日の修行が始まります。坐禅、朝夕の勤 めと日中の行持、食事、作務(掃除)、さらに日中の様々な労務や寺務に到るまで、 そのすべてが、細かいところまで整然と定められた、規則と作法にしたがって行わな ければいけません。その規則と作法を学び身につけ実践するのは、並大抵のことでは ありません。いい加減なことが許されない修行僧たちは、いつも相当な緊張感を持っ て修行にのぞみます。特に、修行を始めたばかりのもの達にとっては、禁則が明ける 最初の100日間は、笑いすら消えてしまいます。 覚えの悪い私は、いつも周りに迷惑をかけてしまっていました。当然、先輩からも 叱責を受けます。誰にも弱音を吐くことが出来ずに、不安で苦しい日々が続きまし た。 そんなとき、いつも私に満面の笑顔でほほえみかけ、暗い心を明るく照らしてくれ たのが、この大黒さまでした。当時の私はそのほほえみにどれだけ勇気づけられたこ とでしょうか。私は今、約20年ぶりに本山に戻って、毎日大黒さまに会っています。 そのほほえみは、20年前のそれと全く変わっていません。そして今も時々勇気づけら れています。 ところで、大黒尊天は、インドの神マハーカーラが起源と考えられています。元来 は憤怒の形相を持った、戦いを好む荒神さまでしたが、お釈迦様に帰依し、仏教の守 護神になったと伝えられています。中国の禅宗では、財務、食事を司る守護神として 寺院の庫裡に祀られるようになり、我が国に伝わると、大国主命信仰と習合し福徳円 満をもたらす、福の神となったようです。憤怒の荒神さまが、満面の笑みをたたえた 福の神になったということは、仏教へ帰依することの意味を象徴的に表しているよう で、たいへん興味深い話です。 山内を歩いていると、多くの参詣者に出会います。こちらから、「こんにちは」と 挨拶すると、「こんにちは」と満面の笑みで返してくれる人がいます。そんな人に出 会うと、一日明るく、幸せな心持ちで過ごすことが出来ます。私も、つらく苦しいと きにいただいた、大黒さまのほほえみを、人様にお返ししたいと思っています。 ぶも ほほえみは 父母が授けし宝物 人を和ませ世を照らすなり
© Copyright 2024 ExpyDoc