症 例

本症例におけるサマリー記載例
日本腎臓病薬物療法学会における腎臓病薬物療法認定薬剤師の申請に必要な自験例の記載例を
示す。
症例の通し番号
1
症例タイトル
自ら関与した期間および回数
(開始年月日〜終了年月日・回数)
患者年齢
58 歳
患者性別
女性
飲みにくさに関連したクレメジン 細粒分包の服薬不履行
®
期間
回数
【要約】
1 年前よりクレメジン ® 細粒分包が開始となったが,飲み忘れることが多かったことを聴取。クレメ
ジン ® 細粒分包は,1 回服用量が多く,砂のような感じや口の中に細粒がこびりつくなど飲みにくい薬
剤であり,また,効果が実感しにくいため,飲み忘れる場合も少なくない。そのため,クレメジン ® 細
粒分包をコップの水と一緒に一気にストローで吸って飲む方法を図解で説明し,他の薬剤と 30 分〜 1
時間空けての服用を忘れてしまいがちなため,家の中でその時間帯に目につくところに置いておくよう
に提案。また,透析やクレメジン ® の効果について説明し,現在も指示通り継続して服用中。
HbA1c が徐々に上昇してきたため,トラゼンタ ® 錠が追加された。DPP-4 阻害薬の代謝・排泄経路
には主に腎臓から排泄されるものと,主に肝臓を含めた全身の臓器で代謝されるものとがあり,トラゼ
ンタ ® 錠は,主に糞中に未変化体として排泄され,腎機能低下患者にも減量せずに使用可能な薬剤とさ
れている。本症例は血清クレアチニン値が 3.37mg/dL と腎機能が低下しているため,トラゼンタ ® 錠
の選択が適正であると評価し,腎機能正常者と同じ投与量での経過観察とした。患者には低血糖とその
対処法,他院受診時や OTC 医薬品,健康食品購入時の注意点について説明。その後,低血糖の発現な
く,血糖値は改善傾向。
引用文献
1)
Miyazaki T, et al:An oral sorbent reduces overload of indoxyl sulphate and gene expression of
TGF-beta1 in uraemic rat kidneys. Nephrol Dial Transplant, 15(11)
:1773-1781, 2000
2)Iida S, et al:Carbonic-adsorbent AST-120 reduces overload of indoxyl sulfate and the plasma
level of TGF-beta1 in patients with chronic renal failure. Clin Exp Nephrol, 10(4)
:262-267, 2006
3)
Niwa T, et al:Effect of oral sorbent, AST-120, on serum concentration of indoxyl sulfate in uremic
rats. Nippon Jinzo Gakkai Shi, 32(6)
:695-701, 1990
4)
原田孝司,他:慢性腎不全に対するクレメジンの服用時期と有効性の検討.Prog Med,17(2)
:360366,1997
5)インクレチン(GLP-1 受容体作動薬と DPP- 4 阻害薬)の適正使用に関する委員会:インクレチンと SU
薬の適正使用について,2010(http://www. nittokyo.or. jp/doctor/information/detail.php?t=2&p=3)
6)
各薬剤インタビューフォーム
(木村 健)
56
第
8
プレガバリンによる
中枢神経症状
章
この章 の
ゴー ル
・帯状疱疹と帯状疱疹に関連した痛み,その治療ついて概説できる
・腎機能に応じたプレガバリンとアシクロビルの用法・用量を説明できる
・プレガバリンの薬物動態の特徴を説明し,薬物動態パラメータから血中濃度を推測できる
・プレガバリンとアシクロビルによる中枢神経系の副作用の特徴について説明できる
・プレガバリンとアシクロビルの過量投与に対する対処法を説明できる
帯状疱疹,プレガバリン,アシクロビル,腎機能予測,血中濃度予測,Japan Coma
Scale,中枢毒性
症 例
患者情報
●
患者:78 歳,女性。身長 157.0cm,
体重 52.0kg
●
嗜好:喫煙なし,飲酒なし
●
職業:無職
OTC・健康食品服用歴:なし
●
主訴:構音障害,傾眠
●
●
副作用・アレルギー歴:なし
●
入院時診断名:薬剤性中枢神経障害疑い
●
既往歴:20 年前より高血圧症
●
その他:右鼠径部帯状疱疹
●
家族歴:特記すべき事項なし
現病歴
8 月 5 日に疼痛を伴う右鼠径部の発疹を主訴に近医を受診したところ帯状疱疹と診断され,同日
よりバルトレックス ® 錠(バラシクロビル)1 回 1,000mg,1 日 3 回,7 日分が処方された。内服して
いたが痛みが治まらないため 8 月 12 日に再度受診したところ,リリカ ® カプセル(プレガバリン)
98
第 8 章 プレガバリンによる中枢神経症状
1 回 75mg,1 日 2 回,7 日分が処方された。帰宅後すぐに内服したが,痛みは変わらなかった。8
月 13 日 15 時頃より呂律が回らなくなり,その直後にいびきをかいて眠りだしたため,娘(54 歳)に
連れられ救急外来を受診した。今回,精査加療目的のため,神経内科に入院となった。
薬歴
(10 年前より)
®
● アダラート
CR 錠(20mg)
1 回 1 錠 1 日 1 回 朝食後
(入院 8 日前の昼から 7 日分内服)
● バルトレックス ® 錠(500mg)
1 回 2 錠 1 日 3 回 毎食後 7 日分
● ボルタレン ® 錠(25mg)
1 回 1 錠 1 日 3 回 毎食後 7 日分
®
● ビタノイリン
カプセル(50mg)
1 回 1cap 1 日 2 回 朝・夕食後 7 日分
(入院前日の昼(12 時)から入院日朝(8 時)まで内服)
● リリカ ® カプセル(75mg)
1 回 1cap 1 日 2 回 朝・夕食後 7 日分
臨床検査所見(入院時)
【血算】
WBC
Hb
6.8 × 103/μL
11.2g/dL
NEUT
Ht
4.1 × 103/μL
RBC
390 × 104/μL
38.2%
PLT
21.1 × 104/μL
3.5g/dL
AST
31IU/L
【生化学】
TP
6.1g/dL
ALB
ALT
28IU/L
TT-bil
0.1mg/dL
LDH
120IU/L
CK
36IU/L
BUN
27.0mg/dL
Scr
1.22mg/dL
CRP
5.15mg/dL
血糖
121mg/dL
血清 Na
濃度
136mEq/L
血清 K
濃度
4.3mEq/L
血清 Ca
濃度
8.4mg/dL
ビタミン
B1
65ng/mL
NH3
48μg/dL
FT4
0.86ng/dL
TSH
【内分泌学的検査】
FT3
2.6pg/mL
トロポ
ニン T
0.397μIU/mL
陰性
【髄液検査】
【動脈血ガス分析
(ルームエアー)
】
pH
HCO
7.423
-
3
PaO2
95mmHg
PaCO2
35.4mmHg
22.6mEq/L
99
トレーニングポイント
(個人学習やグループディスカッションを通して考えてみましょう)
1 抗 MRSA 薬として用いられるものにはどのようなものがあり,感染症に応じて
どのように選択すべきだろうか?
2 抗 MRSA 薬には薬物動態,組織移行性,副作用,相互作用にどのような特徴が
あるだろうか?
3 CKD 患者における抗 MRSA 薬の注意点にはどのようなものがあるだろうか?
専門薬剤師としての薬学的介入
本症例は医師からバンコマイシンの初回投与量,広く解釈すると TDM の依頼で
あったが,そもそもバンコマイシンの選択は最適なのだろうか。抗 MRSA 薬の特
徴,患者情報,薬歴などを総合的に勘案し,どのような処方提案をすべきか考え
てみよう。
114
第 9 章 CKD 患者への抗 MRSA 薬の選択
解 説
抗 MRSA 薬の適応と選択( トレーニングポイント1,2)
MRSA を保菌している患者は多く,培養検査により MRSA が検出されても必ずしも感染症とは
限らない。検体の種類や質(例えば自己にて排出された喀痰と,気管支鏡による気管内採痰からの
検出では意味が異なる)
,菌量(例えば細菌尿は 10 5 cfu/mL 以上が目安とされる)などを確認する
とともに,感染症を疑わせる局所症状(呼吸苦,尿混濁,発赤など)の有無についても観察し,
MRSA 感染症の可能性を探ることが大切である。本症例は,依頼時には培養結果が出ていないが,
グラム染色によりグラム陽性球菌が検出され,術後であることを考えると MRSA の可能性は否定
できない。さらに,発熱や創部の発赤および滲出液など局所症状があること,グラム染色において
白血球の貪食像が観察されたことから,感染症の可能性は高いと考えられる。以上より,エンピ
リックセラピーとして抗 MRSA 薬の使用は薬剤師の視点から考えても妥当であろう。もちろん後
に培養結果でメチシリン感受性黄色ブドウ球菌など他のグラム陽性球菌と判明すれば,その段階で
抗 MRSA 薬を変更すればよい。
今回,医師はバンコマイシン(VCM)を選択したが,この選択は本症例において最適だろうか。
わが国の MRSA 感染症の治療ガイドライン 1)において,骨・関節感染症の第一選択薬として VCM
のほかにダプトマイシン(DAP)が,代替薬としてリネゾリド(LZD),テイコプラニン(TEIC)が
推奨されている(表 1)
。加えて,わが国では適応を持たないが,ST 合剤(ST),ミノサイクリン
(MINO)
,リファンピシン(RFP)
,クリンダマイシンと抗 MRSA 薬の併用も提言されている。推
奨薬ではないが,アルベカシン(ABK)も MRSA 感染症に適応が認められている薬剤である。薬剤
師としては投与量のみならず,感染部位,感受性,患者情報などから最適と考えられる抗 MRSA
薬を選択し,医師に提案することも必要である。
抗 MRSA 薬の特徴と CKD 患者における注意点を表 2 に示す。
1.バンコマイシン(VCM)
グリコペプチド系の抗 MRSA 薬で, 使 用 実 績が豊 富なため, ゴー ルドスタンダー ドとされ
る薬 剤である。VCM は area under the time-concentration curve(AUC)/minimum inhibitory
concentration(MIC)が効果に相関するパラメータであり,目標値は 400 以上とされるが,実臨床
においてはトラフ値が AUC の代替指標とされる。抗菌薬の TDM ガイドラインにおいてトラフ値
は 10 〜 15μg/mL を目標とされるが,組織により移行性が異なるため,骨髄炎,重症皮膚軟部組
織感染などでは 15 〜 20μg/mL が推奨されている 2)。さらに,腎障害は 20μg/mL 以上で高率に発
現するとされている。20μg/mL 未満であってもアミノ配糖体など腎障害の原因となる薬剤との併
用では腎障害が惹起されやすい 3)。レッドマン症候群を回避するために,1g では点滴時間は 1 時間
を超える必要があり,それ以上の使用時には 500mg あたり 30 分以上を目安に投与時間を延長する。
VCM の尿中未変化体排泄率は 90% 以上であるため,腎機能に応じた減量が不可欠である。
115
第 14 章 薬剤師がサポートするループス腎炎の薬物療法
memo:
ミコフェノール酸モフェチル(MMF)の公知申請
ミコフェノール酸モフェチルは公知申請によりループス腎炎へ保険診療が認められた薬剤であ
る。通常成人には 1 回 250 〜 1,000mg を 1 日 2 回 12 時間毎に食後投与する。適宜増減するが
1 日 3,000mg が上限となる。原則として投与開始時はステロイドを併用する。催奇形性の報告が
あることから,妊婦と妊娠の可能性のある女性には特段の注意を要する。
日本リウマチ学会は「ループス腎炎に対するミコフェノール酸モフェチル使用に関するステート
メント第 1 版」をホームページ上で公表している 9)。治験がされておらず、また日本人での使用経
験は少ないため,これらを参考に慎重な投与が望まれる。
ループス腎炎の治療とタクロリムス
タクロリムスはループス腎炎に保険適用のある免疫抑制薬である。1日1回夕食後に3mg 投与して
12 時間後の血中濃度を測定して評価する。目標の血中濃度は定められていないが,治験で行われ
た 25 症例での 8 〜 16 時間後の平均血中濃度は,4.35ng/mL であったことが報告されている 10)。
また,高橋らは,報告した 13 症例中,再燃した 2 症例の血中濃度は 1.1ng/mL,1.8ng/mL で
あったことから,低い血中濃度は予後と関連があるかもしれないことを警告している 11)。
ン,シクロホスファミドのいずれかを連日経口投与,もしくはシクロホスファミドを 2 〜 4 週に 1
回点滴静注を行う。2012 年に米国リウマチ学会が発表したガイドラインは参考にするが,リツキ
シマブは我が国では適応外使用である 3)
(2015 年 8 月現在)。
また,エビデンスに基づく急速進行性腎炎症候群(RPGN)診療ガイドライン 2014 においては,
急速進行性糸球体腎炎を呈するループス腎炎(Ⅳ型とⅢ型の一部)に対する初期治療として,中等
量以上の経口または静注ステロイド単独療法は,腎予後および生命予後を改善する。ただし,免
疫抑制薬併用がより有効であり,ステロイド単独療法は,免疫抑制薬の併用が好ましくない場合
に限り推奨されている 4)。
ループス腎炎治療の合併症対策( トレーニングポイント3)
ステロイド治療前にリスクファクターを確認する必要がある。
1.感染症対策
ステロイド治療を行う症例での感染症対策は重要である。ステロイドの薬理作用のほかに尿中漏
出する蛋白の中には免疫グロブリンも含まれているため,ネフローゼ合併により易感染性が助長さ
れる。B 型肝炎ウイルスキャリア,既感染症例の HBV 再活性化による劇症肝炎は予後が悪く,特
に注意が必要である 5)。感染力の強い麻疹や水痘の感染歴,予防接種の有無を確認するが,母子
手帳や母親への聴取でわかることがある。
2.血栓症のリスク
ステロイド治療に伴う凝固能亢進のため,血栓合併症に注意が必要となる。さらに高度のネフ
ローゼとなっている場合では血清アルブミン低下に伴う血管内脱水,抗凝固因子の減少が生じる。
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