平成17年度 厚生労働科学研究 免疫アレルギー疾患など予防・治療研究事業 アレルギー疾患に係わる胎内・胎外因子の同定に関する研究 主任研究者 森川昭廣 群馬大学大学院小児生体防御学教授 研究要旨: アレルギー疾患は、遺伝的要因と環境的要因(胎内・胎外因子)が複雑に絡み合って発症していくと 考えられている。近年、日本を含む世界各国においてアレルギー疾患患者の増加が報告され、胎内・ 胎外因子、および遺伝的要因との係わりが変化してきたことが考えられる。本研究は、アレルギー疾 患(特に、気管支喘息)に係わる胎内・胎外因子の同定、特に感染因子を中心とした研究を行い、喘 息の発症および増悪の阻止について寄与することを目的とする。本年度は以下の結果を得た。 1)胎内因子 妊娠中および出生後早期の感染は、その後のアレルギー疾患発症と関連することが報告されている。 今回、絨毛膜炎陽性の未熟児においては、臍帯血中の炎症性サイトカインが上昇し、乳児慢性肺疾患 となり乳児反復性喘息の発症との関連が示唆された。乳児AD発症群では、出生コホート研究より母 体感染との関連は認めなかった。胎内因子として、乳児アトピー性皮膚炎発症に関わる諸因子の解明 を検討する目的で出生コホート調査を行った。母体感染との関連は認めず、皮膚生理機能検査では、 生後1ヶ月では、乳児AD発症群では非発症群と比較して有意差を認めたことより、皮膚生理機能に おける胎内から胎外環境への適応障害などの関与が想定された。一方、IL-7 や MIP-1β は、T細胞分 化やTh1 タイプの免疫系の確立に関与することから、アトピー性皮膚炎発症において免疫応答の減弱 が疑われた。乳児湿疹とAD発症群では、臍帯血サイトカインプロフィールが異なり、発症機序の違 いが想定された。臍帯血サイトカインや皮膚生理機能はAD発症の予知因子となる可能性が示唆され た。母体 ureaplasma 感染は、新生児慢性肺疾患、さらに乳児期の反復性喘鳴と関連がみられた。遺伝 的要因として、RS ウイルス感染による喘鳴や感染後の喘鳴発症に CD14、IFN-γ、IL-13 の遺伝子多型 が関連している可能性が示唆された。 2)胎外因子 出生後の感染と喘鳴発症との関係では、ウイルス感染により自然免疫系、特に TLR3 が活性化により、 サイトカインが産生され炎症が進展することを明らかにした。喘鳴を呈する群では、獲得免疫系の Th1 系が抑制され、その結果 Th2 系が相対的に優位となり、喘鳴の発症誘導や増悪が進むものと考えられ た。また、個体側の因子(胎内因子)として、Th1 サイトカインである IFN-γ受容体1の遺伝子変異 の関与が想定された。Th1 優位な環境では、Gene chip を用いた網羅的検討により、RSV 感染により、 気管支喘息の病態と関連するようなサイトカインや接着分子の発現が減弱していた。さらに、RSV は抗 原提示細胞からの IL-10 産生を誘導して IL-12 産生を抑制し、γδT 細胞からの IFN-γ産生を抑制する ことから、細気管支炎の発症、また細気管支炎後の反復性喘鳴に関与する可能性が示唆された。 本研究では、アレルギー疾患である気管支喘息の発症増悪要因を、環境因子である感染に焦点をあて 胎内、胎外因子の視点から解析した。今後、明らかにされた因子を、更に詳しく検討して行くことに より、これらの因子に対して介入(除去・予防)した場合の効果を検討することも重要な課題である。 研究分担者 足立 満(昭和大学医学部第一内科教授) 荒川浩一(群馬大学大学院小児生体防御学講師) 大田 健(帝京大学医学部内科教授) 小田嶋博(国立療養所南福岡病院 診療部長) 河野陽一(千葉大学医学部小児科教授) 近藤直実(岐阜大学医学部小児病態学教授) 本間洋子(自治医大小児科助教授) 徳山研一(群馬大学大学院小児生体防御学助教 授) 吉原重美(獨協医科大学小児科助教授) (アイウエオ順) A. 研究目的 気管支喘息の発症は、生体側の感受性である胎内 因子と環境要因である胎外因子が複雑に絡み合 って起こると考えられている。感受性のある個体 が、環境因子の暴露をうけると、免疫学的機序を 介して、気道炎症がおこり、さらに異常な修復過 程により病理組織学的な変化であるリモデリン グが起こるために、気道閉塞が早期に起こり気道 過敏性が獲得されると想定されている。最近、小 児気管支喘息発症率の上昇、低年齢化、緩解の遷 延化が社会的問題となっている。気管支喘息は、 60%以上が3歳未満の小児期早期に発症し、その 時期に症状が継続し重症であると、思春期や成人 となってもout-growせずに持ち越してしまうと 考えられている。これらのことから、発症の危険 性が高いと考えられる小児に対する発症予防と、 既に発症してしまった患者に対する喘息治療の 早期介入の重要性が叫ばれている。 環境因子の中で、感染は、気管支喘息の発症や増 悪に非常に重要な役割を果たしていると考えら れている。特に、RS ウイルス(RSV)は、生後数 年の間に、ほとんどの乳幼児が罹患するが、一部 においては喘鳴を有する下気道感染を生じる。 Martinez らの出生コホート研究では、58.5%が 少なくとも一度は下気道感染となり、原因が明ら かとなったもののうち 44%が RSV 感染であった。 さらに、RSV による下気道感染となった児は、6 歳までは、4.3 倍喘鳴が起こりやすかったと報告 している。しかし、これらが、本当の喘息に移行 するかは明らかとなっていない。未熟児、特に慢 性肺疾患を持つ児においては、RSV 感染は重症化 することが多く、また反復性喘鳴を呈することも 多い。気管支喘息の増加を鑑み、それに係わる胎 内・胎外因子を同定していくことは、一次予防、 二次予防にむけての非常に重要な課題であり、本 研究を行う目的とした。 ついて検討を行った(国分) (3)アレルギー疾患増悪における胎外因子 1)気道上皮細胞培養系に対し、ウイルス感染モ デルである dsRNA 刺激を行い、新たな生理活性物 質の産生などにつき検討を行った。さらにその機 序を自然免疫との関係で検討した(国分)。 2)ウイルス成分のひとつである PolyI:C が、ア レルギー性気道炎症を増悪させうるかどうかを、 喘息モデルマウスを用いて検討した (太田)。 3)Th1 または Th2 サイトカインを添加し培養し たヒト気道上皮細胞において、RSV 感染が誘導す る遺伝子発現を網羅的に解析し比較検討した(吉 原)。 4)正常ヒト肺線維芽細胞におけるデキサメサゾ ンによる Eotaxin 発現への影響とその分子メカ ニズムについて検討した(荒川) 。 5)小児期発症と成人発症喘息モデルマウスの気 管支肺胞洗浄液中の各種サイトカインの経時的 変動を測定し、成熟度の違いとその役割を検討し た(徳山)。 B. 研究の方法 (1)アレルギー疾患発症における胎内因子 本研究において、胎内因子がその後のアレルギー 疾患に影響を及ぼすかを検討する目的で、3つの プロジェクトが行われた。 1)九州地区、関東地区、東北地区において共通 の問診表を用い、1歳と 2 歳児の患者を持つ母親 を中心に大規模な疫学調査を行い、アレルギー疾 患の発症要因を検討した(小田嶋)。 2)Ureaplasma などによる胎内感染の指標とし て臍帯血のサイトカンを測定し、生後の CLD 発症 との関連性を検討した(本間)。 3) 乳児期アトピー性皮膚炎(AD)発症に関 わる因子を解明する目的で、臍帯血サイトカイン、 皮膚生理機能の測定(森川)、臍帯血中の IgE、 フローサイトメーターによる表面マーカー、細胞 内サイトカイン、臍帯血リンパ球の PHA 刺激培養 上清のサイトカインの測定を行ない、出生コホー ト調査を行った(岐阜)。 (2)アレルギー疾患発症における胎内因子と胎 外因子の相互作用 1)RSV に対する自然免疫応答に重要な役割を果 たすと考えられる CD14 の遺伝子多型と、RSV 細 気管支炎の発症および罹患後の反復性喘鳴の関 係を検討した(下条)。 2)呼吸器感染時の RSV 抗原陽性、陰性の乳幼児 を対象に、喘鳴の発現の有無、アトピーの有無な どで群分けを行い、感染急性期・回復期の Toll like receptor (TLR)の発現、Th1・Th2 系サイト カインの産生、アラキドン酸カスケードの検索、 遺伝子検索を行った(近藤)。 3)IL-17F の遺伝子多型と気管支喘息の関連に C. 結果 1)アレルギー疾患発症における胎内因子 1)出生時の体重に関しては、1 歳時点でアレル ギーあり群は、なし群と比較して有意に重かった が、2 歳児では有意差は消失した。家族歴のある 者でのアレルギー疾患発症率は 1 歳で 31.6%、2 歳では 75.3%とその傾向が顕著となった。 2)感染型と非感染型 CLD の間で、IL-8(p=0.02)、 IL-6(p=0.03)で有意差がみられた。また、絨毛膜 羊膜炎(CAM)+群は、CAM(-)群と比較して IL-8 は 有意に高値であった。 3)妊娠中のウイルス・細菌感染症の有無と、1 歳までの乳児AD発症との関連は認めなかった。 AD発症群では、生後1ヶ月での顔面の皮膚生理 機能検査値は有意に高く、臍帯血中 IL-7、MIP-1b は有意に低値を示した。家族歴では、母親のAD 既往と有意な関連を認めた。出生時、生後6ヶ月 時の Th1, Th2, Tc1, Tc2 の陽性率はともに、ア レルギーの家族歴の有無や6ヶ月時のADの有 無で現在のところ差を認めていない。出生時の CD4+CD25+細胞の割合は6ヶ月にADを持つ群と 持たない群で有意な差を認めなかった。 2)アレルギー疾患発症における胎内因子と胎外 因子の相互作用 1)γδT 細胞リガンドである IPP 刺激による末 梢血γδT 細胞からの IFN-γ産生は、RSV の存在 下で抑制され、この抑制は抗 IL-10 抗体の添加お よび IL-12 の添加により解除された。 2)TLR3 と TLR9 は、感染の急性期に発現が認め られた。RSV 感染により喘鳴が誘発された患児で は、PHA、IL-12 あるいは IL-18 で刺激された PBMCs からの IFN-γの産生は、急性期には有意に低下 し、回復期に回復していた。また、IL-13、IFNγ受容体1の遺伝子変異が認められた。 3)アレルギー疾患増悪における胎外因子 1)培養気道上皮細胞に対し dsRNA 刺激を実施し たところ MIP-1α、RANTES、IP-10、MCP-1、SR-PSOX、 IL-1R antagonist などの発現がみられた。その 細胞内情報伝達は TLR3 を介し NF-kb、IRF の関与 が確認された。 2)アレルギー炎症に poly I:C の追加投与によ り気管支肺胞洗浄液において、OVA 単独チャレン ジと比較して、好酸球、リンパ球、マクロファー ジが有意に増加し、気道過敏性も有意に亢進した。 また、気道周囲の炎症細胞浸潤が増強し、TUNEL 陽性のアポトーシス細胞も増加した。 3)IFN-γ添加後の RSV 感染細胞と比較して、IL-4 添加後の RSV 感染では、RANTES、CCL20(LARC)、 CXCR4、 ICAM-1、VEGF、MMP 1、MMP 10、IL-1β などの発現が増強していた。 4)肺線維芽細胞において、DEX は、IL-4 刺激に よる Eotaxin 蛋白質および mRNA 産生を添加後 12, 24 時間では抑制したが、48, 72 時間後では反対 に増強した。CHX、ACD の添加により Eotaxin mRNA の産生は抑制され、プロモーターアッセイでは、 DEX の添加により活性が濃度依存性に抑制され 早期の抑制との関連が示唆された。 5)幼若および成熟マウスでは IL-4 は、1,2 週 で有意に高値を示した。4,8 週では有意な増加は 認められなくなった。一方、幼若マウスでは 1,2 週において IL-2も有意に増加していた。 D. 考察 妊娠中および出生後早期の感染は、その後のアレ ルギー疾患発症と関連することが報告されてい る。今回の検討では、絨毛膜炎陽性の未熟児にお いては、臍帯血中の炎症性サイトカインが上昇し、 乳児慢性肺疾患となり乳児反復性喘息の発症と の関連が示唆された。乳児AD発症群では、出生 コホート研究より母体感染との関連は認めなか ったことより、アレルギー疾患の種類により感染 との係わりが異なる可能性が示唆された。 出生後の感染との係わりでは、特に RSV 感染では、 自然免疫、特に TLR3が活性化され、ついで獲得 免疫系が作動していくが、獲得免疫系の Th1 系が 抑制され、その結果 Th2 系が相対的に優位となり、 ひいては炎症性細胞でのアラキドン酸カスケー ドが作動し、アレルギーや喘鳴の発症誘導や増悪 が進むものと考えられた。また、個体側の因子(胎 内因子)として、Th1 サイトカインである IFNγ受容体1の遺伝子変異の関与が想定された。こ れに関しては、in vitro における実験系におい ても示唆された。すなわち、Th2 優位では、RSV 感染により、Gene chip を用いた網羅的検討によ り、気管支喘息の病態と関連するようなサイトカ インや接着分子の発現が増強していた。さらに、 RSV は抗原提示細胞からの IL-10 産生を誘導して IL-12 産生を抑制し、γδT 細胞からの IFN-γ産 生を抑制することから、細気管支炎の発症、また 細気管支炎後の反復性喘鳴に関与する可能性が 示唆された。 細気管支炎発症に関しては、RSV の受容体である CD14C(-550)T 多型において、T アリルは RSV 細気 管支炎発症に対して予防的な遺伝素因である可 能性があると考えられた。 In vitro および in vivo のウイルス感染モデル においては、種々のサイトカイン、ケモカインの 産生が確認され、感冒罹患により好酸球炎症の増 悪ならびに好中球炎症が誘導され気道における アレルギー性炎症の増悪および気道過敏性亢進 へと結びつくことが想定された。また、アレルギ ー炎症の進展において、動物の成熟度により炎症 の進展やサイトカイン産生に差異がみられたこ とにより、喘息発症時期でのアレルギー炎症や感 染への曝露が喘息発症との係わりを示唆する可 能性もある。一方、感染時には、ステロイドの全 身投与により喘息増悪を治療することが推奨さ れているが、生体との係わりにおいて、ステロイ ドは 2 面性の効果を示すことが示唆されたため、 注意を要する必要があると思われた。 感染以外のアレルギー疾患に係わる胎内、胎外因 子では、乳児ADの発症において、皮膚生理機能 における胎内から胎外環境への適応障害が想定 され、また、T細胞分化やTh1 タイプの免疫系 の確立に関与する IL-7 や MIP-1β が低値を示し たことより、AD発症において免疫応答の減弱が 関与していることが疑われた。 E:結論 胎内・胎外因子として、感染と生体との係わりが 重要であることが示唆された。妊娠中での感染曝 露に関しては、その後の気管支喘息発症との関連 は確認できなかったが、出生後においては、個体 の感受性として、自然免疫の発現や獲得免疫とし て Th1/Th2 バランスの変異が、さらには、それを 規定する遺伝子レベルの多型性が、反復性喘鳴あ るいは気管支喘息の発症を規定していく可能性 が示唆された。また、乳児AD発症においては、 皮膚の胎外環境への適応や免疫応答の未熟成が 関与する可能性が示唆された。今後、これらの検 討に基づき、喘息発症や増悪の予防にむけた保健 指導を行っていける可能性が考えられた。 F. 知的財産権の出願・登録状況 1、特許取得 特になし 2、実用新案登録 特になし
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