【相談6】病院用の PHS を破損した場合、賠償させられますか? 【回答

【相談6】病院用の PHS を破損した場合、賠償させられますか?
キーワード: 労務、不法行為、損害賠償
病院の総務担当者です。
職員には病院用にPHSを支給しておりますが、しばしば洗面所などで水没させます。そのような場合には
毎回始末書を書かせて、新たなPHSを支給していますが、ある看護師Aは、もう4回目の水没です。賠償させ
ることは可能でしょうか。
【回答】
この場合、A さんに、民法第 415 条に基づいて(公立病院の場合は地方自治法第 243 条の 2 に基づいて)
PHS の価格に当たる金額を賠償させることは可能であると考えられます。しかし、適切な注意を払ってい
たのに水没したことを職員が明らかにした場合(たとえば、支給した PHS に付属していたひもが自然に切
れたというような場合)には、職員の不注意に基づく事故ではありませんので、賠償請求はできません。
【説明】
私立病院とその職員の間には、労働力の提供と引き替えに給料を支払うという内容の契約があります。
この契約を、労働契約といいます。職員は、この契約に基づく義務を果たすために、病院から PHS を託さ
れている訳です。PHS は病院のものですから、職員がこれを使用するにあっては、壊さないよう注意する
義務を負っています。もし職員が不注意で PHS を水没させたのであれば、この行為は契約違反に当たりま
すので、PHS の価値に相当する損害が病院に生じます。従って、病院は、何台目の PHS かに関わらず、民
法第 415 条に基づいて価値相当分の賠償を請求できるのが原則です。
しかし、先述しましたように、適切な注意を払っているのに水没したという場合には、職員には過失は
ありませんので、賠償請求はできません。なお、公立病院の場合には、民法第 415 条ではなく、地方自治
法第 243 条の 2 が適用されます。この条文によりますと、地方公務員は、重過失があった場合にだけ、賠
償責任を負います。重過失とは、不注意の程度が著しく、わざとやったのと同視できるような場合を指し
ます。
【対応】
このように、法的には賠償請求は可能ではありますが、賠償請求が可能な場合であっても、雇用関係を
できるだけ良好に保つこともまた大事であるということを考えますと、ただちに賠償請求することがよい
結果をもたらすとは限りません。このような観点からは、ただちに賠償請求せず、始末書を書かせる際に、
「次回、不注意で PHS を水没させた場合には、価格相当の金額を賠償します。
」という 始末書を書いても
らい、本人を納得させたうえで、それでも同様の結果が生じたときに初めて賠償請求する、という手順を
とられるのが現実的かと思われます。
なお,病院が誓約書を書かせる意図は,職員に注意を喚起するとともに,今回の事故の責任は不問にす
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るという点にあることが多いと思われます。従って,上記のような誓約書を書かせた後に,それ以前の水
没に基づく責任を問うのは避けるべきです。他方,上記のような誓約書を書かせた後に同種の事故が生じ
た場合には,職員から「ちゃんと注意していた」と反論しにくくなりますので,この点で誓約書を取って
おくことは法的にも望ましいと言えます。
(回答者:高嶌英弘
京都産業大学大学院法務研究科教授)
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