2015/12/13 第10章 コンプライアンスと規制法令 工学倫理 第10回 教科書:技術者の倫理入門 第四版 杉本泰治 高城重厚 著 杉本泰治,高城重厚 10章 コンプライアンスと規制法令 工学倫理 第10回 1 • 正直性、真実性、信頼性 正直に、真実を告げることが、信頼される。業務の相 手方から信頼されなくて、技術業は成り立たない。 ・正直性(honesty)正直なこと ・真実性(truthfulness)真実を告げること ・信頼性(reliability)頼りになること 正直性、真実性、信頼性がなければ、 コンプライアンスはありえない。 三菱自動車のリコール・欠陥隠し問題 嘘をついたり、真実を隠したり、信頼を損なうこと。 ⇒企業自身に不利益をもたらし、 3 工学倫理 第10回 企業をとりまくだれも幸せにしない。 10.2 三菱自動車リコール・欠陥隠し-2 2 規制法令への違反 2000年7月 リコール隠し 2004年3月 欠陥隠し 序幕-企業コミュニティの風土・体質 この事件に関わる三菱自動車の人々をとりまく 企業コミュニティの風土・体質があった。 三菱自動車 1970年 三菱重工業から分離して発足 重工の主力事業=電力会社や防衛庁などから、 発電設備や軍需品などを受注生産 商品に一般消費者の声を生かそうという空気が薄い 三菱自動車も、国内の収益源は、 不特定多数の消費者の好みを取り込む自動車よりも 4 工学倫理 第10回 受注生産的な要素が大きい法人向けのトラック 10.2 三菱自動車リコール・欠陥隠し-3 三菱自動車セクハラ問題 1996年 米国三菱自動車製造 職場のセクシュアル・ハラスメントを放置した。 公民権法違反で米雇用機会均等委員会から訴えられた。 ↓ 当時米国の多くの企業がセクハラ問題を抱えていた。 ↓ 会社を擁護する従業員のデモにバスや弁当を手配。 米国では決して考えられないような失策。 ↓ 事態を悪化させ、多額の和解金を払う解決となった。 工学倫理 第10回 工学倫理 第10回 10.2 三菱自動車リコール・欠陥隠し-1 10.1 正直性・真実性・信頼性 工学倫理 第10回 人が守るべき主な規範に法と倫理があり、そ れを順守するのがコンプライアンス、と仮に紹 介した(前出84頁参照)。規制法令というタイ プの法令が、企業活動に密接に関わるところか ら、近年、“法令順守”といわれる。 10.1 正直性・真実性・信頼性 10.2 三菱自動車リコール・欠陥隠し 10.3 規制法令 10.4 コンプライアンス 10.5 まとめ 5 総会屋事件 企業の経営者 株主総会を穏便に終わらせたい願望 企業から利益供与 ⇒ 総会屋は株主総会に協力 1981年 総会屋への利益供与を禁止 現行の会社法120条 1997年 総会屋グループへの利益供与で 三菱自動車、三菱電機、三菱地所が関係 ⇒巨大企業グループ「三菱」 総会屋対策で歩調をそろえていた疑い 三菱自動車の担当取締役、総務部長、グループ長 3名が起訴⇒1998年4月に有罪判決 (執行猶予つき懲役刑) 工学倫理 第10回 6 1 2015/12/13 10.2 三菱自動車リコール・欠陥隠し-4 10.2 三菱自動車リコール・欠陥隠し-5 ・2000年リコール隠し 7月上旬 リコール隠しが発覚 三菱自動車は品質問題調査委員会を設置 企業倫理担当役員=総会屋事件の際の総務部長 河添勝彦社長 「人事や組織のことは元総務部長が一番分かっている から、私の判断でそうした。」と説明した。 企業組織 社長などを頂点とする階層組織からなる。 典型的なモデル=独裁型と権限委譲型がある。 ・独裁型 社長が総務部門を直轄(当時の三菱自動車) 総務部門が業務の各部門を管理する。 ・権限委譲型 業務の部門が互いに対等 社長の権限⇒かなりの部分を委譲 工学倫理 第10回 7 10.2 三菱自動車リコール・欠陥隠し-6 9 10.2 三菱自動車リコール・欠陥隠し-8 • 第1幕-2000年リコール隠し事件 2000年7月上旬 匿名情報⇒運輸省(当時) 特別監査でリコール隠し判明 7月26日 三菱自動車⇒運輸省にリコールを届け出 8月27日 警視庁交通捜査課が⇒本社などを家宅捜索 道路運送車両法違反(虚偽報告)の疑い 1969年のリコール制度発足後、初の強制捜査 1999年11月 クレーム情報=149件を隠し,虚偽の報告 2000年7月 クレーム情報=計215件を不提出 1977年以降 クレーム情報を選別して秘匿=Hマーク 品質保証部のグループ長:クレーム情報処理 工学倫理 第10回 品質保証部長に報告 11 工学倫理 第10回 独裁型の組織のなかで製造部門の技術者が、 リコール隠しを知ったとき、どう考えるだろう か。経営トップの独裁は、程度の差こそあれど の企業にもありえることだから、他人事ではな い。 工学倫理 第10回 8 10.2 三菱自動車リコール・欠陥隠し-7 • 三菱グループ リコール隠し=三菱「国家財閥」の驕りとする見方 政商=岩崎弥太郎が大久保利通や大隈重信など 政府中枢の実力者と密着して基礎を固めた。 旧財閥系の企業とその社員には 日本経済は旧財閥 旧財閥系の企業とその社員には、日本経済は旧財閥 グループが支えているというおごりの意識がある。 リコール隠し問題で河添社長が辞めた事情 2000年8月27日 刑事事件への発展を機に、 河添辞任へ 三菱ブランドをこれ以上傷つける訳にはいかない。 工学倫理 第10回 • 三菱グループの厳しい倫理基準 ⇒5年で3人が途中交代 1996年 セクハラ問題で塚原社長が辞任。(1年) 1997年 総会屋事件で木村社長が辞任。(1年余り) 2000年 リコール隠しで河添社長が辞任。(約3年) 工学倫理 第10回 10 10.2 三菱自動車リコール・欠陥隠し-9 • 第2幕-2004年欠陥隠し事件 三菱自動車 リコール隠しの影響⇒業績低迷 2000年 ダイムラークライスラーが出資37%⇒筆頭株主 02年1月 大型トレーラーの車輪(140kg)が脱落 ⇒ベビーカー直撃,母親死亡、子供2人けが 04年1月 三菱ふそうトラック・バス⇒ダイムラー子会社 三菱ふそうトラ ク バス ダイムラ 子会社 警察庁科学警察研究所の鑑定結果 =ハブの金属疲労 三菱自動車⇒原因は整備不良や過積載 構造欠陥なら⇒三菱自動車に責任 04年1月末 三菱本社、担当社員の自宅⇒家宅捜索 12 工学倫理 第10回 04年3月10日 三菱自動車が「ついに非を認めた」 2 2015/12/13 10.2 三菱自動車リコール・欠陥隠し-10 三菱側を追い込んだのは、 ハブの構造欠陥を指摘する「九つの内部文書」 ハブ破損と整備不良の関係は少ないとの結論 捜査当局⇒国交省にリコールさせるよう強く求める。 三菱ふそうポート社長=内部文章の存在を知らず。 ダイ ラ ダイムラー:2005年に三菱自動車株を全て売却。 年 菱自動車株を 売却。 三菱自動車:トラック・バス部門を失い、提携失敗。 自動車業界:三菱問題を機にリコール件数が急増 2003年度まで 100~200件程度 2004年=438件 2005年、2006年≒300件 ばれた時のダメージの大きさを三菱問題で知った。 企業の危機管理戦略=『隠すより表に』が一般化。 13 工学倫理 第10回 ∴規制行政=国民の安全確保のために重要かつ有効。 有罪の人たちは、それぞれどのような行為が 法的責任を問われたのだろうか。関連事実(前 出103頁参照)が不足なら、新聞などの情報を調 べよう。 工学倫理 第10回 山口県の運転手死亡事故(2002年10月19日発生) ④クラッチ系統破損によるブレーキ配管損傷 -業務上過失致死傷罪 ⑤遺族による損害賠償請求の民事訴訟 工学倫理 第10回 14 討論1(考え方) 討論1 • 10.2 三菱自動車リコール・欠陥隠し-11 • 第3幕-法的責任の追求 三菱自動車の欠陥隠し事件では、二つの事故で 刑事、民事の法的責任が問われた(2008年7月現在) 横浜の母子死傷事故(2002年1月10日発生) ①ハブ損傷によるタイヤ脱落-業務上過失致死傷罪 ②欠陥を隠 国交省 虚偽報告 道路運送車両法違反 ②欠陥を隠し国交省に虚偽報告-道路運送車両法違反 ③遺族による損害賠償請求の民事訴訟 15 (刑罰) 横浜の母子死傷事故(2002年1月10日発生) ①ハブ破損によるタイヤー脱落 山口の運転手死亡事故(2002年10月19日発生) ④クラッチ系統破損によるブレーキ配管損傷 (もう一つの刑罰) ②製造欠陥を隠し国交省に虚偽報告 (2004年3月発覚) (会社に対する取締役の義務違反) (被害者に対する損害賠償) ③⑤遺族に対する損害賠償請求の民事訴訟 16 工学倫理 第10回 自動車のリコール・不具合情報 討論1(刑罰) 業務上過失致死傷罪(刑法211条)は、「業務 上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者 は、5年以下の懲役もしくは禁固または50万円以 下の罰金に処する」(125頁)「必要な注意を怠 る る」ことは「過失」だから、この条文は、「業 とは「過失 だから の条文は 「業 務上の過失によって人を死傷させた者は…」と いう意味である。 カネミ事件では、工場長が禁固1年6カ月の実 刑だった。三菱自動車事件では、二つの事故で この罪が問われた。 工学倫理 第10回 工学倫理 第10回 17 工学倫理 第10回 18 3 2015/12/13 10.3 規制法令-1 • 規制法令の特徴 規制法令は、行政庁が行う規制行政の根拠となる。 規制法令には3点の特長がある。 ①行政による規制の目的 ②担当する行政庁 ③行政庁 行う許可 認可 検査 命令そ 他処分 権限 ③行政庁が行う許可・認可・検査・命令その他処分の権限 三権分立 法律をつくるのは議会の役目 その法律に基づく行政は行政庁の役目 議会が作る法律=骨格=空白や不十分なところがある。 行政庁が制定する法律=命令、政令、府令、省令 さらに、訓令、告示、通達⇒これらに基づく行政指導 工学倫理 第10回 19 10.3 規制法令-3 規制行政の手続き 横浜の母子死傷事件の②虚偽報告 2006年12月 一審の横浜簡易裁判所で全員に無罪 最高刑が罰金の場合、書類審理のみが普通だが、 事故責任を転化したのは悪質、異例の公判請求。 無罪判決=国交相が自ら意思決定をして 報告を求めた証拠がない。 報告を求めた証拠がない 2008年7月 東京高裁の控訴審で逆転有罪となる。 大臣の代わりに一定の事務を職員が行うのは当然 ※しかし、一審判決の無罪判決 =消費者保護や安全を指導する立場でも、 不明確な権限や不透明な裁量行政は通用しない。 22 工学倫理 第10回 規制行政の問題点を浮かび上がらせた意義は小さくない 10.4 コンプライアンス-2 10.4 コンプライアンス-1 • コンプライアンス(法令順守) 1987年5月 東芝機械がココム規制に違反して 大型工作機械をソ連向けに輸出していたことが発覚 ソ連がこの機械で潜水艦のスクリューを製作 音が小さくなり追跡困難 ⇒安全保障上の大問題(米国) ↓ 1987年9月 東芝機械は再発防止策として、 コンプライアンス・プログラム =法令順守基本規定を発表した。 規制法令違反を避ける問題意識から法令順守とした。 これが、コンプライアンス=法令順守の始まり。 工学倫理 第10回 • 抵抗できない規制行政 規制法令を所管する行政庁が、 その裁量によって企業の不順守を判断。 ⇒違法行為として摘発 ⇒マスメディアで報道 ⇒企業の社会的信用が低下 ※その間、企業は抵抗のしようがない。 処分が不服⇒行政庁を被告として訴える手がある。 ⇒まず勝ち目はない。 規制法令=行政庁が裁量によって処分することを 認めるものだから。 工学倫理 第10回 しかし、それにしても限度がある。 20 10.3 規制法令-4 • 法律による行政 行政の活動=法律に従って行われなければならず、 法律による授権を必要とする。 ⇒民主国の行政の基本原理 行政が国民に対して権力を行使するには、 立法機関によってつくられた法に従うことが必要 法は、支配される側のみならず、 支配する側をも拘束する⇒法律の両面拘束性 法令順守の義務=規制される側の事業者だけでなく、 規制する側の行政庁にもある。 =双方向の義務 1994年 行政手続法が施行 工学倫理 第10回 21 法律による行政がようやく実体をそなえる。 工学倫理 第10回 10.3 規制法令-2 23 • 定義 コンプライアンス =ある条件下で守るべき規範があるとき、 それを順守して行動することをいう。 =したがって、あらゆる規範が対象 訳語として「規範順守」が適切 規範(norm)には、性質による種類がある。 規準=その範囲内に収まるように求められる。 基準=めやすとなる。 規則、ルール=順守する義務があり、 違反すると何らかの制裁がありえる。 原則=上記の意味でのルール≠原理とは異なる 法、法則=法律だけでなく、自然科学でも使われる。 工学倫理 第10回 24 4 2015/12/13 10.4 コンプライアンス-3 • マニュアルの順守 JCO臨界事故(前出67頁参照) 事故を起した作業とマニュアルの関係 ①正規マニュアル 原子炉等規正法に基づき許可された作業手順 これに反する作業は違法 ②裏マニュアル 溶解塔の代わりにステンレス製バケツを使用。 裏メモが社内の正式な手順書として扱われる。 ③現場の逸脱 1度に1バッチずつのウラン溶液を沈殿槽に集める。 正規マニュアルに反する作業=裏マニュアルは違法 工学倫理 第10回 25 裏マニュアル=法軽視を正当化する風土⇒事故の温床 討論2 • 正規マニュアルそれ自体は法令ではないのに 、それに反する作業が、なぜ法令に違反する行 為とされるのか。 工学倫理 第10回 26 10.5 まとめ • 説明責任、安全文化、コンプライアンスなどと、 つぎつぎ流行語を追うような理解の仕方では、コン プライアンスの真の意味は分からない。 • 不正直は、企業を取りまくだれも幸せにしない。 直 企業を りまくだれも幸 な • 三菱自動車のリコール隠し・欠陥隠し問題は、科 学技術という危険なものを扱うのに適した風土・体 質があることを考えさせられる。 工学倫理 第10回 工学倫理 第10回 27 5
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