平福 穂庵

教育・スポーツ・芸術文化
■
/ 美術
せん く しゃ
近代日本画の先駆者
平福
ひらふく
出身地
穂庵
すいあん
仙北市(旧角館町)
1844年(弘化元年)~1890年(明治23年)
中国・日本の伝統的な画法を加味した作品と、現実
ひっせい
写生に基づく自由で独特の筆勢を見せる作品があ
た い しょう
せま
る。特に対 象 に迫る写実表現は、新しい日本画の
すがた
こ じ き
ず
にゅう こ
姿 を示した。代表作に「乞食図」「 乳 虎」などが
ひ ら ふ く ひゃく す い
ある。平福 百 穂の父。
かくのだて
1844年
仙北市(旧角館町)に生まれる。
つ う しょう
じゅん ぞ う
うん
通 称 ・ 順 蔵、本名・芸。
たけむらぶんかい
1851年
武村文海に絵を習う。
1861年
京都に遊学。この頃より「穂庵」の号をなのる。
ころ
すいあん
えが
1872年
北海道でアイヌの生活を描く。
1880年
第3回秋田勧 業 博覧会に「乞食図」を出品、
か ん ぎょう は く ら ん か い
こ じ き
ず
1等賞を受賞。
かいさい
1884年
りゅう ち か い し ゅ さ い
じゅう ら ん か い
パリで開催された 龍 池会主催第2回日本美術 縦 覧会に
わし
「鷲」を出品。
か ん ぎょう は く ら ん か い
1890年
にゅう こ
みょう ぎ
第3回内国勧 業 博覧会で「 乳 虎」が 妙 技2等賞を受賞。
ぼつ
さい
秋田市で没。46歳。