都心型漁業を核としたまちづくりに関する研究

都心型漁業を核としたまちづくりに関する研究
―首都圏 3000 万人漁師化計画の提案―
A Study on City Planning in Urban Waterfront
―The plan about formation of the fishing by the 30 million metropolitan areas―
指導:教授
横内憲久,准教授
岡田智秀
M0012 中島誠仁
1.研究背景および目的
わが国における第一次産業の全般的な衰退(所得低迷、
高齢化、後継者不足など)が叫ばれて久しく1)、近年では、
その打開策として「都市型漁業•農業」や「第六次産業化※1」
といった、新たな活路を切り開く取り組みが各地でみら
れるようになった2)3)。だが、このような試みは、中小
都市に主眼が置かれる現状となっており、それに対して
「都心型漁業※2」については、海を有する東京都内6区を
みると、都心部の急激な社会•産業構造の変化に伴い、
1978(昭和 53)年に 2500 人を上回る漁業従事者が、約 30
年間で著しく減少し、
今や風前の灯となっている(表-1)。
これについて、本研究対象地である東京臨海部に位置す
る大田区羽田地区(図-1)においても「海老取川/海老取
運河(以下:海老取川地域)」(写真-1)を拠点として、都
心型漁業が営まれているが、
漁場の著しい環境悪化(ヘド
ロの堆積)や漁業従事者減少といった、
都心部でみられる
典型的な漁業環境の衰退がみられ、その存続は脅かされ
ている状態にある。しかし、東京都心部のような急激な
都市化の過程のなかでも、都心型漁業は生存し、さらに
約 1165ha の周辺海域では、
豊富な海産物(写真-2~5)
も捕獲でき、
このような漁業風景の存在は「まちの表情の
多様性」や「地域のアイデンティティの醸成」に資するな
ど、
さまざまな効用を周辺地域にもたらす可能性があり、
今後はまちづくりの核として注目していくべきであろう。
そこで、本研究では、都心型漁業を核としたまちづく
りのあり方として、都心部で直面する漁業環境問題と都
市との係わりから、新たな漁業形態と普及の手立てを提
案し、その実現可能性を検討することを目的とする。
2.東京都大田区羽田地区概要(図-1)
東京都大田区南東部に位置する羽田地区は、1962(昭
和 37)年の漁業権放棄まで「羽田浦」と称される約 175ha
表-1 海を有する東京都内6区の漁業従事者数
江戸川区
江東区
中央区
港区
品川区
大田区
総計
(人)3000
2500
2000
1500
1000
500
0
S44
-
-
848
68
X(1)
-
917
S47
X(1)
X(1)
2261
118
-
X(1)
2382
S50
5
10
858
27
-
8
908
S53
309
6
2113
200
-
10
2638
S56
2
-
961
141
-
80
1184
S61
2
7
844
110
-
-
963
11)~22)
[表:著者作成]
H3
2
-
242
9
-
-
253
H8
-
-
55
37
-
-
92
H11
-
-
36
17
-
-
53
【単位:人】
H13
-
-
31
31
-
-
62
H16
-
-
1
11
-
-
12
H18
-
-
22
-
-
-
22
河川/運河 海老取川(一級)/海老取運河
流路延長 約 2km(海老取川:1.04km)
管理者
東京都河川局/港湾局
写真-1 海老取川地域および概要 24) [写真:著者撮影]
写真-2 アサリとハマグリ [写真:著者撮影] 写真-3 シジミ[写真:著者撮影]
写真-4 モズクガニ[写真:著者撮影]
写真-6 五十間鼻無縁仏像[写真:著者撮影] 写真-7 祭祀に掲げる大漁旗[写真:著者撮影]
東京都大田区概要
位置
東京都南東部
面積
58.81km2
人口
674920 人
大田区羽田地区概要
大田区南東部
東京湾 位置
面積
15.17 km2
人口
26751 人
東京国際空港
周辺
(羽田空港)
名所地
東京都
大田区
神奈川県
大田市場
大森ふるさとの浜辺公園
京
急 大森地区
本
線
京急蒲田駅
京
急
昭和島
※地元漁業従事者のヒアリング
調査もとに漁場および羽田浦
の範囲を作成。なお、各範囲
の面積は筆者が算定した。
京浜島
天空橋駅
空港線
【凡例】
:羽田地区漁場範囲
(漁場面積:約1165ha)
:羽田浦(浅瀬漁場)範囲
(羽田浦面積:約 175ha)
城南島
東京湾
海老取川地域
[写真-1]
東京国際空港
(羽田空港)
羽田地区
漁場範囲
(約 1165ha)
羽田地区
海を有する東京都内6区の漁業従事者(総計)の経年変化
H3
H8
H11 H13 H16 H18(年)
S44 S47 S50 S53 S56 S61
【凡例】S:昭和 H:平成 X:秘密保護上漁業従事者数の統計数値を公表しないもの(なお、本研究では
Xをダミー数:(1)として仮定し、漁業従事者数を統計した)。
【補注】
東京都発行の「事業所•企業統計調査報告(資料の入手可能なS44~H18 まで)」から抜粋加工した。
写真-5 クロダイ[写真:著者撮影]
「羽田浦」
(約 175ha)
多摩川
川崎市
羽田空港
D 滑走路
N
神奈川県
0
2km
図-1 東京都大田区羽田地区概要図 23)[図:著者作成]
【都心型漁業モデル】
の前面海域一帯で貝類の収穫を行う「打瀬漁」が盛んに
稚貝を撒く
(貝の放流)
行われ、漁師町として栄えていた。そのため、漁業は、
▽WL
≪取り組みの実施者≫
その隆盛な時代において、地域のコミュニティの核と
漁業従事者
+
して役割を果たし、地域形成に大きく貢献していた4)。
ヘドロの堆積
首都圏 3000 万人
しかし、漁業権放棄や空港拡張に伴う、埋め立ての進
行なども相まって、羽田地区の漁業は「羽田浦」の地名
とともにコミュニティも消滅に近いものとなったが、
生物の成長 ▽WL
羽田地区には「漁船・桟橋」・「祠(五十間鼻無縁仏像)」
(写真-6)という事物や大漁旗を掲げる「祭祀」(写真
海底浄化+海底養生
-7)など、漁師町であった面影や風習が現在もなお残
されている。一方、羽田地区の周辺水域は、高度経済
二枚貝の採取
羽田海産物の普及・啓発
☆
成長期の工場・生活排水などで水質系環境が悪化し、ヘ
ドロの堆積が進むことになる。幸い、近年多様な環境
☆貝を食べる
▽WL
改善の取り組みが相まって、漁場(多摩川河口部)の水
+☆☆海底浄化
質は向上しており、現在では豊富な水産資源が回復す
☆☆
◇漁業体験
◇潮干狩り
■朝市・夕市 ■バーベキュー
るようになったが、このような土壌問題は漁業従事者
海老取川地域・多摩川河口部
羽田空港・羽田市街地
にとって早急に解決すべき課題とされている。
3.「都心型漁業モデル」の提案(図-2)
≪水上交通のモデルルート『トライアングル構想』≫
本研究では、前述した課題と都市との係わりから、
図-2に示す「都心型漁業モデル」について提案する。
城南島
(1)新たな都心型漁業のメカニズムの提案
<航路②:航路時間
10
分>
本研究では、漁業環境の修復方策(「環境漁業」※3)と漁
拠点③:大田市場
『食育ゾーン』
業継続を主眼とした新たな都心型漁業を提示する。この
仕組みは、漁獲のみではなく、漁場となる環境基盤の再
昭和島
生や漁業の普及活動などを包括的に実践するものである。
大森地区
その特筆すべき点となるのが、二枚貝による浄化作用を
<航路①:航路時間 15 分>
活用した水質系環境の改善に主眼を置き、生物の循環作
用に大きく委ねることである。この取り組みを促進して
<航路③:航路時間 15 分>
いくためには、当該海域に稚貝を撒くことが必要とされ
Ⅰ
拠点②:大森ふるさとの浜辺公園
るが、現在のところ漁業従事者不足といった問題から、
『海洋レクリエーションゾーン』
拠点①:羽田桟橋
取り組みが困難な状況にある。そこで、都心型漁業は後
『都心型漁業ゾーン』
背地に首都圏 3000 万人という圧倒的な人口を有するこ
Ⅱ
とから、稚貝を放流する労力をこれら人々を活用するこ
羽田空港
とによって、取り組みを成立させる。つまり、首都圏
3000 万人が都心型漁業の新たな担い手(一時的従事者
Ⅵ
羽田地区
扱い)となることで漁場の再整備を目指す。そして、成
羽田空港
長した貝類の収穫を行わなければ、死骸の堆積が進み、
国際線ターミナル
多摩川
貧酸素状態の発生が危惧されため、「潮干狩り」や「漁業
Ⅳ
N
【凡例】
:交流拠点
体験」で海の豊かさを堪能するなど、こうした海の観光
:航路
→
500M
川崎市 Ⅲ 0
Ⅴ
:観光資源(番号は写真に対応)
的要素によって、貝類を収穫・消費し、これにより、漁
大田区臨海部に点在する観光資源
場環境の回復や継続的な漁業が展開されていく。本提案
Ⅰ:羽田可動橋
Ⅱ:桟橋および小型漁船群
Ⅲ:テクノスケープ
では、このような海洋環境修復から結果的に「観光化」
となることにより、漁業継続を目指す仕組みを新たな
都心型漁業として位置づける。以降では、都心型漁業
Ⅳ:羽田空港
Ⅴ: D滑走路の列柱
Ⅵ: 離着陸航空機
を核とする羽田地区の取り組みについて提案する。
(2)都心型漁業を核とした羽田地区の取り組み
羽田地区の周辺海域には、ヘドロが堆積している。都心
型漁業では、これに対応すべく、水質系環境の改善に効果
図-2 「都心型漁業モデル」[図:著者作成]
があると知られるアサリやシジミなどの二枚貝の稚貝を
当該海域に放流(3月~5月頃の1ヶ月間程度の時期)し、
海底養生とともに海底浄化を図る。その実施者は、漁業従
事者や首都圏 3000 万人とする。そして、約1年後に成長
した貝類を「潮干狩り」や「漁業体験」で楽しみながら収穫
し、さらに、水揚げされた貝類は「朝市・夕市」や「バーベキ
ュー」によって、背後地の人々へと供給する。この取り組
みを通じて、漁場環境の改善や漁業従事者の補完、そして
地域住民の理解や援助によって、
地域のコミュニティも形
成されていくことを期待するものである。なお、羽田海産
物を核とする観光産業を東京湾の漁業従事者と連携して
いくことにより、この仕組みのさらなる拡大が望めよう。
(3)都心型漁業を普及•啓発させる手立て
羽田地区は、漁場(多摩川河口部)や各拠点へ移動する
際に、漁船が必要とされるため、本提案では、都心型漁
業を背後地に普及•啓発させる手立てとして「水上交通」
を提案する。この水上交通は、各地域が結びつくことに
よって、住民共通のシンボルとなり、コミュニティ意識
を高めることが期待できる。さらに、道路のような莫大
なインフラ投資がほとんど必要ないことからも、水上交
通は重要な交通体系として考えられる。
(4)水上交通のモデルルート(「トライアングル構想5)」)
上述した水上交通のモデルルート(「トライアングル
構想」)を提示する。これは、漁船や船溜りがある羽田桟
橋を「都心型漁業ゾーン」と位置づけ、現在多くの利用者
で賑わう大森ふるさとの浜辺公園を「海洋レクリエーシ
ョンゾーン」、さらに大田市場の岸壁上では、青果や魚介
を安価で提供する「食育ゾーン」として位置づけ、各拠点
で羽田海産物を供給する。これら3拠点は、水上交通に
よって移動すると約 40 分で周遊できることからも地域
拠点間をコンパクトに繋げるモデルルートとなる。
(5)観光資源の活用
大田区臨海部には、豊富な観光資源が点在している。
海老取川地域周辺では、日本でも数少ない旋回式橋構造
の「Ⅰ:羽田可動橋」をはじめ、漁村の雰囲気を醸し出す
「Ⅱ:桟橋および小型漁船群」、また、多摩川河口部周辺で
は、川崎市の工場群から織りなす「Ⅲ:テクノスケープ」
や「Ⅳ:羽田空港」、「Ⅴ:D滑走路の列柱」、さらに頭上真
近を通る「Ⅵ:離着陸航空機」といった、
ダイナミックな資
源も望める。これらは、羽田地区の地域アイデンティテ
ィを高める観光戦略において重要な観光資源となりえる。
4.研究方法
本研究では、
前章に示した「都心型漁業モデル」の実現可
能性を検討するため、表-2に示す調査項目を設定した。
(1)社会実験からみる大田区「漁業」の位置づけ
本提案を推進するにあたり、都心型漁業である大田区
「漁業」に対する地域の人々の意識を把握することは重要
である。そこで、大田区主催のイベントにて社会実験(羽
田海産物の普及活動※4)を実施し(写真-8)、来訪者に
対して大田区「漁業」に関するアンケート調査を行い、大
田区「漁業」の位置づけを捉え、都心型漁業を核としたま
ちづくりの実現可能性を考究する(表-2.
(1))。
【6章】
(2)ワークショップから捉えた「観光化」の可能性
地域住民や観光客といった、多くの人々を「観光化」に
よって参画を促し、都心型漁業の一時的従事者扱いとす
ることは、直面する漁業環境問題を解決へ向かわせる一
方策として重要な視点と認識する。そこで、大学生を
対象に都心型漁業のワークショップ(図-3)を実施し、
表-2 調査概要[表:著者作成]
(1)社会実験からみる大田区「漁業」の位置づけ【6章】
アンケート調査(調査員による直接面接方式) 1 人あたり5~10 分
2011 年11 月12 日(土),13 日(日)10:00~15:00[天候:快晴]
地域住民の大田区「漁業」に対する意識の把握
イベント来訪者(国際都市事業「OTA ふれあいフェスタ 2011」)
大森ふるさとの浜辺公園[東京都大田区]
①大田区の海・河川で漁業が営まれていることを知っていますか
②大田区の海・河川で獲れる海産物を食べたことがありますか
③大田区の海・河川で獲れる海産物の印象(事前/事後)について教えてください
質問項目 ④大田区の海・河川で貝の放流体験を実施した場合、参加したいと思いますか
⑤大田区の海・河川で漁業体験・潮干狩りを実施した場合、参加したいと思いますか
⑥大田区の海・河川で獲れる海産物を使った朝市・夕市の実施について、どのように思いますか
⑦大田区の海・河川で獲れる海産物を使った料理の普及の実施について、どのように思いますか
調査方法
調査日時
調査内容
調査対象
調査場所
(2)ワークショップから捉えた「観光化」の可能性【7章】
調査方法
調査日時
調査内容
調査対象
調査場所
ワークショップおよびブレーン•ストーミング
2011 年9 月12 日~9 月13 日
○都心型漁業の体験に対する評価 ○都心型漁業の「観光化」の可能性
日本大学理工学部学生12 名(男性11 名,女性1名)
図-3に詳細を示す
体験
所要時間
『(1)潮干狩り』
約2時間
『(2)漁業体験』
約1時間
『(3)船上体験』
約1時間
(1ルート)
『(4)地産地消体験』
約5時間
概要
羽田桟橋から漁船で漁場(多摩川河口部)へ向かい、アサリやシ
ジミ、ハマグリなどの貝類の収穫を実施した(写真-❶)
『(1)潮干狩り』より、さらに沖へ向かい「刺し網漁」の体験を
行い、スズキやクロダイなどを捕獲した(写真-❷)。
羽田桟橋から漁船に乗船して、大田区臨海部を周遊した。なお、
今回のワークショップでは、羽田地区の観光戦略となりえる2つの
周遊ルートを設定し、それぞれのコースを周遊した(写真-❸)。
『(2)漁業体験』で捕獲した羽田海産物(スズキ•クロダイなど)
を水上交通(漁船)によって、大田区臨海部に位置する大森ふるさ
との浜辺公園へ運び、その後バーベキューを実施した(写真-❹)。
体験場所および航行ルート詳細 大田市場
城南島
大森ふるさとの浜辺公園
昭和島
【体験実施日】
2011 年9月5日
~9月9日
※一部別日に実施
京浜島
『(4)地産地消体験』
東京湾
『(3)船上体験(②)』
『(1)潮干狩り』
写真-❹
東京国際空港
(羽田空港)
活動拠点:羽田桟橋
『(2)漁業体験』
羽田地区
写真-❶
多摩川
『(3)船上体験(①)』
N
写真-❸
0
写真-❷
川崎市
1km
D滑走路
写真-8 社会実験の様子[写真:著者撮影]
図-3 ワークショップの概要[図:著者作成]
年齢
被験者の属性
性別
表-3 被験者の属性[表:著者作成]
地域/合計
大田区内
有効回答数
N=128(100.0)
74( 57.8)
男性
女性
54( 42.2)
15( 11.7)
10 歳代
16( 12.5)
20 歳代
41( 32.0)
30 歳代
40 歳代
25( 19.5)
50 歳代
12( 9.4)
60 歳以上
19( 14.9)
大田区外
N=49(100.0)
18( 36.7)
31( 63.3)
8( 16.3)
17( 34.7)
11( 22.5)
6( 12.2)
1( 2.1)
6( 12.2)
【単位:人(%)】
総計
N=177(100.0)
92( 52.0)
85( 48.0)
23( 13.0)
33( 18.6)
52( 29.4)
31( 17.5)
13( 7.3)
25( 14.2)
各体験に関するブレーン・ストーミングを行い、
都心型漁
業の「観光化」の可能性を論究する(表-2.(2))。
【7章】
5.既往研究の整理と本研究の位置づけ
漁村や都市型漁業の問題(後継者不足•高齢化•低収
入•コミュニティ形成など)に関わる研究は数多く、三
輪ら6)や小野7)などの研究がある。また、東京都大田区
の研究として、海苔養殖で栄えた大森地区の地先海面利
用に着目し、
地域的な共同利用の成立要件を「空間・人(組
織)・法」の観点から言及した村山らの研究8)がある。
これらに対して本研究は、背後人口が多く、水質な
どが悪化し、大都市都心部にある大田区羽田地区の都
心型漁業に着目し、これを核としたまちづくりのあり
方を提案したうえで、その実現可能性を検討するもの
であり、このような視点はこれまでに行われていない。
6.社会実験からみる大田区「漁業」の位置づけ
本章では、地域住民※5の大田区「漁業」の位置づけを
捉え、「都心型漁業モデル」の実現可能性について検討
する。アンケート調査から 177 人の有効回答を得た。
回答者の属性を表-3に示す。また、地域住民の大田
区「漁業」に対する意識調査の結果を図-4に示す。
(1)地域住民から捉えた大田区「漁業」の位置づけ―大田
区「漁業」の位置づけを捉えるため「①大田区の海・河川で
漁業が営まれていることを知っていますか」という質問に
「知っている」と答えた人は、総計 106 人(59.9%)、さらに
「②大田区の海・河川で獲れる海産物を食べたことがあり
ますか」の質問に対して「食べたことがある」とした人は、
総計 75 人(42.4%)である。また、年代別にみると、ともに
年代が上がるにつれて「知っている」/「食べたことがある」
の割合が高い傾向となっている。以上より、産業として埒
外な状況とされる大田区「漁業」9)でありながらも、その存
在は、地域住民に比較的認識されている。しかし、次世代
のまちづくりを担う 10 歳代・20 歳代の大田区「漁業」の認
識・体験は乏しく、このままでは、大田区臨海部の個性の
喪失が危惧される。そのため、今後は幅広い世代の地域住
民へ大田区「漁業」を意識づけていく必要性がある。
(2)大田区の海・河川で獲れる海産物の印象―社会実験
で来訪者に対して、海産物を提供する事前/事後に「③大
田区の海・河川で獲れる海産物の印象について教えて
ください」という質問を行った結果、事前の印象として
「印象がない:32 件」、「悪い(良くない):19 件」など、否定
的意見が多い。これは、大田区「漁業」との関わりの希薄
さや高度経済成長期の工場・生活排水などによる劣悪な
①大田区の海・河川で漁業が営まれていることを知っていますか
回答方法:選択方式(2者択一)[
:知っている /
地域別
【単位:人(%)】
総計
大田
区内
大田
区外 16(32.7)
20%
40%
60%
13(56.5)
21(63.6)
12(36.4)
30歳代
33(62.3)
40歳代
20(66.7)
50歳代
33(70.3)
20(37.7)
10(33.3)
12(92.3)
1(7.7)
19(76.0)
60歳以上
0%
80% 100%
【単位:人(%)】
10(43.5)
20歳代
38(29.7)
90(70.3)
0%
10歳代
71(40.1)
106(59.9)
:知らない]
年代別
20%
40%
6(24.0)
60%
80% 100%
②大田区の海・河川で獲れる海産物を食べたことがありますか
回答方法:選択方式(2者択一)[
:食べたことがある /
地域別
【単位:人(%)】
総計
102(57.6)
75(42.4)
大田
区内
63(49.2)
0%
40%
60%
18(78.3)
26(78.8)
19(35.8)
40歳代
12(40.0)
3(23.1)
10(83.3)
16(64.0)
60歳以上
0%
80% 100%
34(64.2)
18(60.0)
50歳代
37(75.5)
20%
10歳代 5(21.7)
20歳代 7(21.2)
30歳代
65(50.8)
大田
区外 12(24.5)
:食べたことがない]
年代別
【単位:人(%)】
20%
9(36.0)
40%
60%
80% 100%
③大田区の海・河川で獲れる海産物の印象(事前/事後)について教えてください
回答方法:自由回答(海産物を食べる前(事前)/食べた後(事後)それぞれ上位5つを掲載)
海産物を食べる前(事前)の印象(N=177) 【単位:件】 海産物を食べた後(事後)の印象(N=177) 【単位:件】
32
印象がない
19
17
おいしそう
5
13 獲れることを知らな かった
9
0
40
60
80
特にない
食べれることを知った
3 また食べてみたい
3 生臭かった
獲れることは知っていた
20
おいしい
135
12
悪い(良くない)
100
120
140 0
20
40
60
80
100
120
140
④大田区の海・河川で貝の放流体験を実施した場合、参加したいと思いますか
回答方法:選択方式(2者択一)[
:参加したい /
地域別
【単位:人(%)】
145(81.9) 32(18.1)
総計
大田
区内
109(85.2) 19(14.8)
大田
区外
36(73.5)
0%
20%
40%
13(26.5)
60%
:参加したくない]
年代別
10歳代
3(13.0)
20(87.0)
20歳代
8(24.2)
25(75.8)
30歳代
40歳代
50歳代
46(86.8)
7(13.2)
27(81.8)
3(18.2)
10(76.9)
3(23.1)
17(73.9)
60歳以上
0%
80% 100%
【単位:人(%)】
20%
40%
8(26.1)
60%
80% 100%
⑤大田区の海・河川で漁業体験・潮干狩りを実施した場合、参加したいと思いますか
回答方法:選択方式(2者択一)[
地域別
:参加したい /
【単位:人(%)】
総計
159(89.8) 18(10.2)
大田
区内
120(93.8) 19(6.2)
大田
区外
39(79.6) 10(36.7)
0%
20%
40%
60%
80% 100%
:参加したくない]
年代別
10歳代
20歳代
27(81.8)
30歳代
2(3.8)
30(100.0)
50歳代
0%
3(12.0)
6(18.2)
51(96.2)
40歳代
60歳以上
【単位:人(%)】
22(88.0)
13(100.0)
16(64.0)
20%
40%
9(36.0)
60%
80% 100%
⑥大田区の海・河川で獲れる海産物を使った朝市・夕市の実施について、どのように思いますか
回答方法:選択方式(3者択一)[
:賛成 /
:反対 /
:どちらでもない]
地域別
年代別
【単位:人(%)】
【単位:人(%)】
総計
2(1.1)
163(92.1) 12(6.8)
大田
区内
1(0.8)
115(89.8) 12(9.4)
大田
区外
1(2.0)
48(98.0)
0%
20%
40%
60%
80% 100%
10歳代
30歳代
2(8.7)
21(91.3)
20歳代
1(3.0)
32(97.0)
48(90.6)
5(9.4)
40歳代
26(86.7)
1(3.3)
3(10.0)
50歳代
11(84.6)
1(7.8)
1(7.8)
25(100.0)
60歳以上
0%
20%
40%
60%
80% 100%
⑦大田区の海・河川で獲れる海産物を使った料理の普及の実施について、どのように思いますか
回答方法:選択方式(3者択一)[
:賛成 /
:反対 /
:どちらでもない]
【単位:人(%)】
【単位:人(%)】
地域別
年代別
1(2.0)
10(5.6)
166(93.8)
総計
大田
区内
118(92.2) 10(7.8)
大田
区外
48(98.0)
0%
20%
40%
60%
1(0.6)
80% 100%
10歳代
2(8.7)
21(91.3)
20歳代
32(97.0)
1(3.0)
30歳代
51(90.6)
2(9.4)
40歳代
50歳代
26(86.7)
11(84.6)
3(3.3)
25(100.0)
60歳以上
0%
1(3.3)
2(15.6)
20%
図-4 地域住民の大田区「漁業」に対する意識[図:著者作成]
40%
60%
80% 100%
水質系環境の影響によるものと推察でき、これらの意見
は、都心型漁業を推進させる大きな障害となりえよう。
しかしながら、事後の印象に着目すると「おいしい:135
件」といった評価が圧倒的に多く挙げられている。
以上よ
り、今回の社会実験を通じて、大田区の海・河川で獲れる
海産物を地域住民へ提供できたことは、
現在の大田区「漁
業」を認識し、理解へ繋がる第一歩として評価できる。
(3)イベント・普及活動に対する参加意識―「大田区の
海・河川で④貝の放流体験※6/⑤漁業体験・潮干狩りを実
施した場合、参加したいと思いますか」に対して「参加し
たい」と答えた人は、総計④145 人(81.9%),⑤159 人
(89.8%)である。
さらに「大田区の海・河川で獲れる海産物
を使った⑥朝市・夕市/⑦料理の普及の実施について、ど
のように思いますか」という賛否を問うた結果をみると
「賛成」とした人は、総計⑥163 人(92.1%),⑦166 人
(93.8%)と極めて高い評価を下している。これより、地域
住民から大田区「漁業」を対象としたイベント・普及活動
の参加意識の高さが伺えた。また、漁業体験・潮干狩りに
参加したい理由(表-4)から「子供(孫)に経験させたい」
といった意見が 20 歳代以上の地域住民から顕著にみら
れ、こうした体験によって、大田区「漁業」に対する幅
広い世代の認識を高めることが期待できる。
7.ワークショップから捉えた「観光化」の可能性
本章では、都心型漁業のワークショップを実施し、
「観光化」の可能性を検討する。表-5は、体験者より
捉えた都心型漁業の体験に関するブレーン•ストーミ
ングの調査結果を表したものである。
(1)体験者が抱いた都心型漁業の魅力―表-5をみると、
体験者が挙げた評価総計 136 件のうち「非日常感(記号:
◎)」に関する評価が 77 件と圧倒的に多い。そして、内容
に着目すると『都心で実際に多種多様な貝を獲ることが
新鮮で楽しかった:3件(潮干狩り:No.1)』
『生の漁業風
景が見られるのは魅力的:2件(漁業体験:No.1)』
『観光
船ではなく漁船に乗ることができる面白さがあった:5
件(船上体験:No.1)』という、地域の生業・風土を背景に
その魅力が挙げられている(写真-9,10)。さらに、漁船
から望むことができる、羽田地区周辺に点在する「航空
機」や「工場群」など、
港ならではのスケールの大きな観光
資源もその魅力として位置づけられている(写真-11)。
これより、大都市都心部ゆえに産業として認識されてい
ない都心型漁業の体験は、都心部といった雑踏や喧騒か
ら切り離される「非日常感」が得られ、これを都心型漁業
の醍醐味として位置づけることができよう。
また、
『都心部から 30 分程度で羽田へ行ける:2件(潮
干狩り:No.8)』
『電車に乗ればすぐに行ける近さがいい:
1件(漁業体験:No.10)』
『天空橋駅から徒歩1分で漁船に
乗ることができるのは魅力的:1件(船上体験:No.6)』
な
ど、
「アクセシビリティの良さ(記号:△)」(9件)が評価さ
表-4 漁業体験・潮干狩りに参加したい理由[表:著者作成]
年代
件数
10 歳代 14
20 歳代 19
30 歳代 42
40 歳代 18
50 歳代 10
60 歳
以上
16
参加したい理由
【数字】
:記入件数を示す
面白そう・楽しそう【9】/ 海・魚が好きで興味がある【2】/
水質をきれいにしたい【2】/ 魚・貝類を獲る達成感を味わいたい【1】
自分で獲って食べたい【6】/子供に経験させたい【5】/面白そう・楽しそう【3】/
地元の海が好き【2】/近いから【1】/興味がある【1】/達成感がありそう【1】
子供に経験させたい【22】/興味がある【9】/面白そう・楽しそう【2】/
地元を活性化させたい【2】/アウトドアが好きだから【2】/都内で出来るから【1】/
地元だから【1】/獲れると実感したい【1】/家族で楽しめる【1】/暇だから【1】
子供に経験させたい【6】/地元だから【3】/海で遊ぶのが好きだから【4】
面白そう・楽しそう【2】/食べた貝類がおいしかったから【1】/
家から近いから【1】/海の環境をもっときれいにしたいから【1】
興味があるから【3】/色々な人と触れ合えるから【2】/面白そう・楽しそう【1】
家から近い【1】/子供に経験させたい【1】/良い運動【1】/風景が良い【1】
孫に経験させたい【5】/地元だから【3】/興味がある【3】/
面白そう・楽しそう【1】/自分で獲って食べたい【1】/海をきれいにしたい【1】/
今獲れる海産物を見みてみたい【1】/暇だから【1】
表-5 ワークショップから捉えた都心型漁業の評価[表:著者作成]
『体験名』
各分類の件数
『潮干狩り』
体験者:9名
◎:14 件
△:3件
□:11 件
◇:0件
計 28 件
『漁業体験』
体験者:10 名
◎:11 件
△:4件
□:13 件
◇:1件
計 29 件
『船上体験』
体験者:12 名
No.
内容
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
1
2
3
4
5
6
都心で実際に多種多様な貝を獲ることが新鮮で楽しかった
足の感覚だけでどこに貝があるかわかる程の豊富な貝類が魅力的
航空機を間近でみながら潮干狩りができるのは他地域にはない魅力
漁具を使用する貴重な体験ができた
両岸を眺め川の中州で潮の満ち引きを体感する潮干狩りは貴重な経験
自分が思い描いていた潮干狩りとスケールが違って良かった
子供や女性など誰もが気軽に体験することができてよい
都心部から30 分程度で羽田へ行けるため、立地はいい
羽田で潮干狩りが体験できる(気軽に体験することができる)
有料であっても、誰もが払える額ならまた体験したいと思った
シジミ獲りはまだ行っていないので、次の機会があれば体験したい
潮干狩りをした後に体を洗うことができなかった
衛生面・器具の使いこなし・服装面を総合すると気軽さが重要
天候・収穫具合で時間配分を考える必要性がある
他地域(例:木更津など)との比較や差別化でアピールする必要がある
生の漁業風景が見られるのは魅力的
釣りと違って刺し網漁は貴重な経験
都内で魚介類がこうして獲れるとは思わなかったので楽しかった
漁師さんが刺し網を引き揚げる迫力はもの凄かった
網を入れることができて楽しかった
漁業をするために大田区の沖合に出る感覚がいい
魚が獲れる期待感や獲れた時の喜びがいい
日常では経験することができない漁業ができて良かった
他に同様のことをやっている人がいないという優越感が良かった
電車に乗ればすぐに行けるという近さがいい
羽田空港のすぐ近くであり、またその迫力がいい
漁師さんが網を投げ込んでいる様子をみて実際に体験したいと思った
食体験とのパッケージやお土産があると有料でも体験したい
また参加してみたいと思った
トイレやシャワーなどの水回りが課題
他の体験との連携することが必要
網入れの際、漁船が停まるため酔いやすかった
観光船ではなく漁船に乗ることができる面白さがあった
日常生活では漁船に乗ることがないので貴重な体験ができた
磯の香りや海風を体感ができた
海の開放感がよかった
いつでも船から海に飛び込める環境がワクワク感を生みだしていい
様相の変化(風景・水の流れなど)が魅力的
漁船からみる観光資源が魅力的(航空機:10,羽田空港:7,テクノスケープ:3,
モノレール:2,海老取川:1,天空橋:1,大田市場:1,多摩川両岸:1)
天空橋駅から徒歩1分で漁船に乗ることができるのは魅力的
もう1度体験したいと思った
他の体験活動との連携をすればもっと体験したい
桟橋などの乗降する場所をもっと工夫する必要がある
船のルート選定を複数設けることで飽きが無くなると思う
河口域であるため、波が少なくて心地よい
渋滞がないからストレスを感じない
浅瀬なため安心感がある
豊富な海産物を水揚げしてその場で食べられるのは楽しい
都心でもさまざまな魚が獲れるということを知った
飛行機や海など地域の資源をみながら食べられたことが良かった
地元漁業従事者から新たな食べ方や調理の仕方を学んだ
獲れた地域の高級魚(クロダイ・カニなど)を食べられてよかった
獲れた魚介類を食すことは良いし、都心住居者や観光客には魅力的
東京23 区(都心)で海産物の地産地消できるのは貴重な場所
有料でも体験したい
次も潮干狩りや刺し網漁といった体験とセットで行いたい
調理する場合は電気や冷蔵庫が欲しい
羽田の魅力を感じて食べる場所が少ない
天候によって漁獲物の増減があったので検討する必要がある
7
8
9
◎:39 件
10
△:1件
11
□:11 件 12
13
◇:5件
14
計 56 件 15
1
2
『地産地消体験』3
体験者:9名 4
5
6
◎:13 件 7
8
△:1件
9
□:8件 10
◇:1件 11
計 23 件 12
総計
評価
分類
件数
3
3
3
2
1
1
1
2
1
4
1
2
2
1
1
2
2
1
1
1
1
1
1
1
1
3
3
3
3
3
1
1
5
2
2
2
1
1
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
△
△
□
□
□
□
□
□
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
△
△
□
□
□
□
□
◇
◎
◎
◎
◎
◎
◎
26
◎
1
4
2
1
4
2
2
1
4
2
2
2
2
1
1
1
1
4
2
1
△
□
□
□
□
◇
◇
◇
◎
◎
◎
◎
◎
◎
△
□
□
□
□
◇
◎:77 件,△:9件,□:43 件,◇:7件 総計 136 件
【凡例】◎:「非日常感」に関する評価,△:「アクセシビリティ」に関する評価,
□:「体験要望」に関する評価,◇:「その他」の評価(◎・△・□に該当しない評価)
写真-9 羽田空港を背後にした潮干狩り
(写真:著者撮影)
写真-10 海老取川地域に係留する漁船群
(写真:著者撮影)
写真-11 羽田地区に点在する観光資源
(写真:著者撮影)
写真-12 多摩川沿いを走行するモノレール
(写真:著者作成)
れている。このように、大都市都心部では、多様な手段
でのアクセスが可能であり(写真-12)、多くの人々が容
易に体験の場へ訪れることができるため、思い立ったら
すぐに行ける、
インフラ整備に伴う「アクセシビリティの
良さ」は重要な魅力要素と考えられる。
(2)都心型漁業に対する体験要望―都心型漁業の体験
を通じて、体験者から 43 件の「体験要望(記号:□)」が
挙げられている。そのうち『もう一度体験したい』
『有
料でも参加したい』といった評価が多くみられ、この
ように体験者が再び訪れたいと想起する環境や魅力づ
くりが観光振興の要諦であり、本質 10)であることをふ
まえると、本調査によって捉えた評価は、都心型漁業
が「観光化」としての可能性を見出していると推察でき
る。しかし、比較的評価の高い都心型漁業の体験であ
る一方、各体験に関わる付帯設備の要望も挙げられて
おり、このような意見は「観光産業化」を推進していく
にあたって、留意すべき事項となるため、「観光化」を
目指す最低限の対策を講じることが望ましいと考える。
8.まとめ
以上より、社会実験では、地域住民が大田区「漁業」の
存在を認識していることを把握した。しかし、その印象
は否定的なものが多く、こうした潜在意識は、都心型漁
業を推進していく阻害要因と考えられる。
これについて、
今回の社会実験を通じて、地域住民が現在の大田区「漁
業」の認識や理解へ導く第一歩を踏み出し、
さらに大田区
「漁業」を対象としたイベント・普及活動の高さも伺え、
こ
れらのことを踏まえると、都心型漁業は、新たなまちづ
くりの核となる可能性は高いといえよう。
また、ワークショップにおいては、都心型漁業の魅力
的要素として①雑踏・喧騒から切り離される「非日常感」
や、
②多様な手段でのアクセス可能な「アクセシビリティ
の良さ」が捉えられ、これらが大きな要因となって、都心
型漁業の「観光化」としての可能性を把握した。
9.おわりに
本研究では、都心型漁業を核に据え「環境の向上」と
「観光の促進」により、新たなコミュニティの創生を目指
し、さらに水上交通によって地域が結びつくまちづくり
の提案をしてきた。ヘドロの修復方策においては、例え
ば「覆砂」や「浚渫」といった、人為的な方策もその手立て
のひとつとして考えられる。だが、これらの方策は、い
ずれも本質的な水質系環境の改善策であるとは言い難い。
一方、本提案で論考した生物の浄化作用を活用した取り
組みは、劣悪な水質系環境を改善に向かわせる抜本的な
対策であるため、その有効性は極めて高いといえよう。
そして、本提案の核心である消滅に近い都心型漁業を回
復させるために、
漁場の再整備(環境・観光促進)のための
労力を首都圏 3000 万人を活用することによって果たそ
うという考えは、多くの背後人口を有する都心型漁業な
らではの発想であり、また、この取り組みが推進してい
くことによって、
ユニークなまちづくりが期待できよう。
ただし、これまで論述してきたように、都心型漁業は今
や風前の灯となっているため、
こうした産業を存続してい
くためには、
漁業が営まれている状況を地域の風景に根差
し、
多くの人々に対して日常的にその姿を享受していくこ
とが肝要となろう。そうすることで、多くの人々から理解
や援助が促され、
漁場環境は回復へ向かうとともに都心型
漁業も存続し、
この産業がさらなるに拡大を遂げることに
よって、新たなまちづくりの核となる可能性が高まろう。
【謝辞】
本研究の成果の一部は、財団法人 大林都市研究振興財団によるものである。また、本研究
の遂行にあたり、多大なご協力をして頂いた、NPO 法人東京湾藍い海の会理事の亀石幸弘氏、
大森ふるさとの浜辺売店運営協議会の北山輝夫氏、そして、日本大学理工学部建築学科横内
研究室・社会交通工学科岡田研究室の学生の皆様には、ここに記して感謝の意を表します。
【補注】
※1 第六次産業化とは、農林水産業と第二次産業•第三次産業を融合•連携することで、農林水産物を
はじめとする「資源」を利活用し、新たな付加価値を生む地域ビジネスや新産業を創出する取り組
みである。そして、2011(平成23)年に農林水産省より「第六次産業化法(通称)」が制定され、国と
しても第一次産業を核とした新たな取り組みに対する期待は高まっている。[文献 25]
※2 都心型漁業とは、都心化(都市化の高度化)に伴い、風前の灯とされながらも、第三次産業が卓越
する大都市都心部の海・河川・運河で営まれ、
その背後地の首都圏3000万人を活用する漁業である。
※3 羽田地区の漁業従事者である亀石幸弘氏は、漁業環境の修復方策について「環境漁業」と命名し、
その普及・啓発活動(「ワカメの種付け体験」「流木アート体験」など)に取り組んでいる。
※4 今回の社会実験では、漁業従事者・公園売店運営者などの方々に協力して頂き、羽田地区の沖合で
獲れた海産物(シロハマグリ・シジミ・スズキ・カサゴなど)を使った料理の普及活動を実施した。
※5 「OTA ふれあいフェスタ 2011」は、4ヶ所のエリアで実施され、本調査場所である「ふるさとの浜辺
エリア」の来訪者の大半は、大森・蒲田・糀谷・羽田地区の住民である旨を主催者の大田区へのヒア
リング調査より回答を得た。そのため、本章では、これら地域の人々を地域住民と定義する。
※6 来訪者に対して、調査員が二枚貝の浄化作用について簡単な事実のみを説明してから質問を行っ
た(ただし、説明バイアスの発生を極力避けるため、過剰な説明をしないように配慮した)。
【引用・参考文献】
1) 水産庁:「平成21 年度 水産白書」,p14,2009
2) ㈶農村開発木企画委員会:「農山漁村活性化優良事例集 2010 年度版」,2010.3
3) 農林水産省総合食料局:「6次産業化の取り組み事例集」,2011.4
4) 新宅将志・横内憲久・岡田智秀・中島誠仁・伊藤貴弘:「都心型漁業を核としたまちづくりのあり方に関
する研究(その1)」,日本建築学会学術講演梗概集(関東),pp485~486,2011
5) 岡田智秀:「大森法人会講演資料」,2009.12
6) 三輪千年•馬場治:「都市における沿岸域の利用と漁業の社会的機能」,水産経済研 No.48,1991
7) 小野従一郎:「海洋レクリエーションと漁業」,西日本漁業経済学会「漁業経済論文」 第 37 巻
第3号,pp35~51,1994
8) 村山健二・石川幹子:「東京湾における地先海面の共同利用の歴史的変遷に関する研究―大森の海苔
養殖を事例として―」,㈳日本都市計画学会 都市計画論文集 No.45-3,pp403~408,2010.10
9) 大田区:「大田区の事業所(平成18 年 事業所•企業統計調査報告)」,p14,2009.3
10) 佐々木一成:「観光振興と魅力あるまちづくり」,学芸出版社,p21,2008
11) 東京都:「事業所統計調査報告(昭和44 年)」,(株)三元社,pp106~107,pp128~129,1968.3
12) 東京都:「事業所統計調査報告(昭和47 年)」,(株)まこと印刷,pp170~171,pp192~193,1973.9
13) 東京都:「事業所統計調査報告(昭和50 年)」,(株)まこと印刷,pp92~93,pp110~111,1976.12
14) 東京都:「事業所統計調査報告(昭和53 年)」,(株)まこと印刷,pp110~111,pp128~129,1980.2
15) 東京都:「事業所統計調査報告(昭和56 年)」,(株)まこと印刷,pp110~111,pp128~129,1982.10
16) 東京都:「事業所統計調査報告(昭和61 年)」,(株)まこと印刷,pp242~243,pp262~263,1987.10
17) 東京都:「事業所統計調査報告(平成3年)」,(株)保文社,pp106~107,pp128~129,1992.10
18) 東京都:「事業所・企業統計調査報告(平成8年)」,(有)山広印刷所,pp236~237,pp256~257,pp276~277,1997 .12
19) 東京都:「事業所・企業統計調査報告(平成11年)」,(有)山広印刷所,pp158~159,pp178~179,pp198~199,2000.11
20) 総務庁:「平成13年事業所・企業統計調査報告(第3巻 事業所及び企業に関する統計 13 東京都 その
1)」,pp292~299,pp306~307,2003.3
21) 東京都:「事業所統計調査報告(平成16 年)」,(有)山広印刷所,pp292~299,pp304~305,2006.2
22) 総務庁:「平成18年事業所・企業統計調査報告(第3巻 事業所及び企業に関する統計 13 東京都 その
1)」,pp316~323,pp330~331,2008.3
23) 大田区経営管理部広報課:「平成23 年度版 大田区政ファイル 大田区のあゆみとデータ」,pp20~21,2011
24) 東京都大田区:「海老取川河川整備計画」,p1,p6,p17,p19,p24,2009.3
25) 農林水産省:「第六次産業化法の概要」,農林水産省,2010