中小規模鉄骨造での配慮

特集:ポスト3.11 鉄骨造建築の安全・安心
中小規模鉄骨造での配慮
—制振部材の付加による耐震性能の向上
金箱
温春
金箱構造設計事務所
代表取締役
■はじめに
時の変形を最小限とすることを目的とし
めにいくつかの条件が整わなければなら
て、ダンパーを用いて応答加速度や層間変
ない。先ず意匠設計者の理解である。ダン
築の倒壊,津波被害,原発事故などが生じ, 形を減少させる設計が考えられる。設計方
パーの位置は比較的少なくても効果はあ
建築や生活のあり方に大きな影響を与え
法としては、ダンパー無しで純ラーメンと
るが、それでも平面計画との調整は必要と
ることとなった。鉄骨構造としては、主体
しての耐震設計を行い、ダンパーの作用に
なる。次はクライアントの意識である。耐
構造の耐震性確保といった従来の課題の
よる付加的な軸力を考慮して主体構造や
震性能は向上するが費用の増加を伴うた
他,RC造との取り合い部分のディテール
杭の設計を行う方法としている。この方法
め、クライアントが費用対効果について理
の留意、非構造部材の被害の低減、事業継
によると、通常の確認申請に手続きで対応
解することが必要となる。このためにも前
続性への配慮といったことが課題となっ
可能となる。この種の建築は規模も小さ
述した構造設計者の説明が重要となる。
た。この他、超高層ビルでは地震時の長時
く、大臣認定を行っている時間的余裕がな
2011年に発生した東日本大震災では,建
間にわたる揺れの問題も明らかとなった。 いことがほとんどであるため、この方法は
以下に上記の考えに基づいて2009年以
降に設計した事例を紹介する。
ここでは、中低層の事務所、店舗ビルに焦
有効である。実際には既往波などを用いて
点をあて、制振ダンパーの付与によって耐
時刻歴解析を行ってダンパーの効果を確
写真1,2は10m×23mの平面的な大きさの
震性能を向上する手法について述べる。
■オイルダンパーを用いた9階建て事務所
認し、クライアントにもその効果や追加と
9階建てのオフィスビルに,ブレース形状
5~10階建て程度の高さで事務所、店舗
なる費用の説明を行い、了解を得て設計を
のオイルダンパーを組み込んだ事例であ
などの用途の建築は鉄骨造が多く利用さ
行っている。但し、この設計を実現するた
る。当初は純ラーメンとして考えていた
れる。敷地の形状に合わせて計画されるた
め平面が不整形なこともあり、また用途的
にブレースを適切な配置で設けにくいこ
ともありラーメン構造が用いられること
が多い。この種の建築で通常の耐震設計を
行った場合には,地震時の層間変形角が1
/100を越えることも想定され,非構造部材
の安全性あるいは地震後の継続使用とし
ての観点では万全とは言えない。
柱・梁の損傷を最小限とすること、地震
写真 1 建物外観
写真 2 オイルダンパーの設置状況
図1
ダンパーなし
基準階伏図 (1/300)
図2
鋼材ダンパー
図3
短手軸組図
オイルダンパー
応答層間変形角の比較
鉄構技術
2014 年 10 月号
が、EV位置、トイレ位置の調整の結果、
方では柱間距離が3.1mであり塔状比は
善にも効果がある。
長手方向、短手方向に1ヶ所ずつブレー
11、広い方の塔状比は6、重心位置では塔
■粘性壁を用いた10階建て共同住宅
ス状のダンパーを配置できるフレーム
状比7というものである。
を作り、8階まで各方向に1箇所ずつ配
6本柱のラーメン構造として設計すると、
面形状で高さ31mの細長いプロポーショ
置した(図1,2)
。設計時には、ダンパ
柱は□-400及びφ400で、梁はH-500で
ンを有する10階建ての共同住宅において
ーとして鋼材座屈拘束ブレースとオイ
設計ができ、1次設計の層間変形角は
ダンパーを組み込んだ事例である。住宅
ルダンパーとの比較を行い、金額的に
1/250以下となる。保有水平耐力は必要保
系の建築はRC造で作られることが多い
は高くなるが効果の大きいオイルダン
有水平耐力に対して1.5倍程度以上の大
が、敷地が狭く柱の寸法を小さくしたい
パーを使用した(図3)
。オイルダンパ
きなものとなる。但し、転倒モーメント
こと、賃貸住宅であること、最上階にオ
ーは減衰力が1000~2000kNのものを
は相当に大きくなり、建物の長手方向の
ーナー住戸があり開放的にしたいことな
用い、純ラーメン構造で計画した場合
直径1.1mの場所打ち杭を上部構造の柱位
ど~鉄骨造の採用となった。
と比べると,地震時の応答加速度,層
置に関係なく2.2mピッチに並べることに
住戸プランとの関係でダンパーを組み
間変形が70%程度に減らすことができ
より、引張り抵抗を最大限に利用して転
込めるスペースが限定され,幅約1.65m
その効果は大きい。コスト的にはオイ
倒モーメントに抵抗している。
ルダンパーのコスト増があるが,主体
地震時の加速度、変形を低減するため、
図7,8は,間口6.3m,奥行き13mの平
の粘性壁を1階から6階まで配置した(写
真4)
。図9はダンパーの有無による応答加
構造の鋼材量5%程度減少するため、全
1~4Fの各方向に2箇所ずる合計16基の
速度、層間変形角の違いを示しており、
体工事費に対して2%程度の増となっ
オイルダンパーを設置した(図4,5)
。地
ダンパーのある場合には層間変変形角は
た。
震応答解析を行うと、最大加速度や最大
ほぼ1/100以下となっている。
■オイルダンパーを用いたペンシルビ
層間変形角は20%程度低減される。図6
■おわりに
ル
は10階床の応答加速度の時刻歴応答示し
全てのプロジェクトがこのような構造
たものであるが、ダンパーがある場合は、
にできるわけではなく、純ラーメン構造
38.2mの事務所ビルであり、延床面積
急速に加速度が低減していることが分か
を採用する場合もある。その場合には、1
は約600㎡と小規模なものである。
平面
る。ダンパーは最大応答値を減らすこと
次設計の層間変形角を1/400の目標とす
形状は台形状となっており、幅の狭い
だけではなく、地震時の揺れの状況の改
ることや、梁端溶接部の拡幅を行うこと
写真3は、地上10階地下1階、高さ
を心がけている。
写真 3 建物外観
図4
基準階伏図
図5
短手軸組図
図7
基準階伏図
図8
短手軸組図
最上層10階の大地震時の時刻歴応答変位
(地震波:ElcentNS,Vmax=50kine)
30
ダンパー無し
ダンパー有り
20
変位 (cm)
10
0
-10
-20
-30
0
5
10
15
20
25
30
時刻 (sec)
図6
10 階床の応答加速度
写真4
粘性壁の設置状況
図9
応答層間変形角の比較
鉄構技術
2014 年 10 月号