日本道路公団民営化とガバナンス問題

【視点・論点Ⅱ】
日本道路公団民営化とガバナンス問題
1.はじめに
2003年12月に政府・与党が提示した日本道路公団(以下「道路公団」
)民営化の枠組みの概要は、
図表1の通りである。今回提示された枠組みは、従来の公団・特殊法人構造と高速道路行政を内包する玉
虫色の結論となった。新たな枠組みは運用次第で、従来の道路公団方式と何ら変わらない「器の置き換え」
に終わる危険性がある。こうした結論に至った理由は、議論の中で、国民負担の軽減、債務の早期償還と
いう当初の民営化の理念・目標が不明確となった点にある。
(図表1)日本道路公団民営化の新たな枠組み(政府・与党)
目標等
機構(資産・負債保有)
金融機関等
信用
資金
国
許可等
会社(建設・管理等)
利用者
利用料
2.道路公団民営化議論とゴミ箱理論
意思決定の一つの形態として「ゴミ箱理論」がある。今回の道路公団民営化議論の本質もゴミ箱理論で
整理することが可能である。ゴミ箱理論では、意思決定は合理的に整理されたプロセスによって展開され
るのではなく、問題点と解決策が無秩序に混在している「ゴミ箱」の中の選択に過ぎないとする。とくに、
この理論の中心となる「不明確な選好」の理論は、意思決定に参加する人々が予め選好の基準となる目標
(道路公団民営化の目標)を明確に定義づけ認識することは少なく、むしろ何を達成しようとしているか
選好の基準を曖昧にしておくことで自ら行動しやすい環境を整備する傾向にあることを指摘する。選好の
基準を明確化することは、むしろ他人との間の対立を露わにする要因となるほか、同一人の選好において
も過去と現在、将来の時間軸において矛盾を生じさせる可能性がある。そのため、目標や選好の基準を不
明確にすることで意思決定に対する合意を得やすくし、選択肢を広く持つ状況を確保するよう行動を選択
する。
「選好に基づいて行動するよりも、行動に基づいて選好を発見する」(M. D. Cohen)という言葉に
象徴される実態である。そこには、明確な理想や評価軸が提示できないだけでなく、他人との対立や事後
的に生じる矛盾とそれにより発生する責任を回避するため、意識的か無意識的かは別として理想や評価軸
の明確化を避ける行動が基本的に存在する。そうした場合、「選好に基づいて行動するよりも、行動に基
づいて選好を発見する」という言葉に従えば、政治や官僚の行動が理想や評価基準を形成して行くことに
なる。今回の道路公団議論も、民営化を掲げるものの民営化に向けた選好基準を明確化しないことで、夏
の参議院選挙に向けて選択肢を広く持ち、政治的対立要因を極力排除するものとなっている。改革と従来
構造との狭間での政治的合意を容易にし、今後の高速道路建設や運営に対して政治家と官僚が幅広い選択
肢を持ち影響力を確保することを可能にしているのである。「民営化の目標に基づいた議論」ではなく、
「議論に基づき妥当な民営化の目標」を見つけ出す議論である。
「PHP 政策研究レポート」(Vol.7 No.79)2004 年 1 月
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【視点・論点Ⅱ】
3.新たな枠組みの評価
こうしたゴミ箱型議論の結論は、新しく作り上げる枠組みのガバナンスをも不明確にし、場当たり的運
営に陥らせる。その結果、債務完済、無料化、国民負担の軽減という目標も、制度運営とゴミ箱型政策議
論の堆積の中で別の目標に置き換わる危険性を常に持つことになる。昨年12月に提示された民営化の枠
組みは、道路の建設・管理・料金徴収等を行う「特殊会社」
(以下「会社」
)と、資産・負債を保有し会社
からの貸付料収入で債務返済を行う「機構」(独立行政法人)の二つから構成されている。45年で債務
を完済し機構を解散すると同時に、高速道路を道路管理者に移管し無料開放する。新規建設については、
国からの一方的命令の枠組みを廃止し、会社側の申請に基づき国土交通大臣が許可する。会社は、自己調
達した借入金で新しい高速道路を建設する。建設完了時に資産と借入金を機構に移管し、貸付料の返済と
いう名目で機構を通じて借入金を返済する。この枠組みは、財政投融資への償還主義と道路保有に支えら
れた従来の道路公団の機能を実質的に「機構」に移行し、道路管理等を行ってきた従来のファミリー会社
として新しい「特殊会社」を位置づけるに過ぎず、現在の枠組みと実態上変わらない。道路公団の機能を
「機構」に引継ぎ、道路公団を民営化した会社は、受託建設や道路管理等に業務を限定した上で資産を保
有しないファミリー会社に降格する図式ともなりかねない。
4.新たな枠組みのガバナンス
こうした課題を克服し、新しいガバナンス構造を確立するには、以下の点を少なくとも明確にする必要
がある。
第1は、特殊会社たる新会社の自立性を強く担保することである。新しい枠組みでは、施行命令等国か
らの一方的命令は廃止された。しかし、一方的命令に従わない選択肢が存在しても、選択肢を実質的に選
択できない、あるいは選択しても実効性が伴わない状況では意味がない。また、国との関係だけでなく、
新会社の内部組織に対するガバナンスについても自立性と責任範囲を明確にすることが、新制度を機能さ
せるための最低条件である。ガバナンスは、単一性が強いほど明確であり評価も機能しやすい。その単一
性が国の「命令」によるか会社と国の「契約」によるかで自立性と責任範囲も大きく異なるものとなる。
また、分割しても各会社の自立性がなければ競争関係の形成による質的改善は難しい。
第2は、民営化45年後に債務を返済し無料開放することへの担保である。「10年後の必要な見直し
条項」において45年の期間をいかなる重みをもって位置づけるかの問題である。将来の債務完済、無料
化はこれまでも繰り返し先延ばしされ、足下の建設を続けてきた歴史がある。そうした歴史がもたらす国
民の政策への不信感を払拭するには、45年後の債務完済等は絶対的目標と位置づけて見直しをせず、達
成困難な場合は新規投資を含め絶対的目標以外の何をあきらめるか今から明確にしておく必要がある。そ
れにより、45年償還の適切性、償還主義の是非等を検証することが可能となる。
第3は、道路行政全体の見直しである。費用対便益分析等により優先度の明確化が図られたことは政策
の透明性を実現する上で重要である。しかし、政策全体として道路にどれだけの資源を投入すべきかの分
配論は見えてこない。組織単位の民営化議論を展開しても、自動的に財源等の分配の姿は示されない。民
営化することは組織論として徹底的に議論し、道路全体をいかに形成しそれに向けた投資を実現するかは
政策論として徹底して議論しなければならない。政策の変革が見えない民営化論は、組織の置き換えに過
ぎない。組織論と政策論の領域の分離と機能の融合が、行政と政治の責任の明確化を可能にする。
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