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平成 27 年度
第 40 回農業機械士全国大会長野大会
記念講演(事例報告)
「農作業事故への救急処置と対応」
JA長野厚生連佐久総合病院名誉院長 夏川周介氏
(夏川周介氏)
事故防止ができなくて、事故が起こってしまった、ではどうするかという観点から、医療現場にお
ける、農作業事故に対する救急医療等についてお話しさせていただきます。
佐久病院では早くから農村医学に従事してきました。その中で職業病である農業病、農業労働災害
も大きな我々の日常診療であり、と同時に、研究事業としても取り組んできました。
農作業事故が起こった時の緊急対応時のポイントということで、お話しします。何よりも一刻一秒
を争う場合が多いので、一刻も早く伝える、それにはどうすればよいかが大きな問題です。
事故時の対応として、これだけはしっかり守ってほしいということで、指の切断、鋭利な刃物が手
足に食い込んだ場合、蜂に襲われる、毒蛇に咬まれる、刺し傷・切り傷、熱中症と、代表的な疾患に
対して、これからお話をさせていただきます。
【指を切断した場合】
指を切断した場合です。切断した指を接着できればよいに決まっています。一般的には、切り落と
された指を氷につけて運ぶのですが、それではいけません。絶対直接氷にはつけない。冷やすのはよ
いけれども、氷につけない。石けんで洗ったりしない。きれいにして持っていこうなどとは一切思わ
ないでください。そのまま冷やして持っていくということです。
一刻も早く持っていく。数時間以内に持っていけば、早ければ早いほど、治療成績がよくなります。
治療は、マイクロサージェリーという顕微鏡的な治療が必要になってきます。
接合しても機能的には障害を残しますが、あるとないとでは、日常生活に大きな違いが出ます。あ
った方がよいというのは当然です。
指はラップ、あるいはビニールの袋に入れて、それを氷、あるいは氷水の中に入れて、直接は切断
された指が水に触れないようにすることが大きなポイントです。
【耕うん機の刃が足にくい込んだ場合】
耕うん機の刃など、鋭利なものが体の中に刺さった場合です。それを見た人は、これは一刻も早く
抜いてやらないと痛くて困るだろうという思いに駆られるのは当然ですが、実は刺さった痛みよりも、
抜かれる時の痛みの方が痛い。そういった鋭利なものは、抜かないということです。抜くと痛いだけ
でなく、大血管が破断して大出血を起こす。刺さった状態で、血管が切れても、それで圧迫止血して
いるわけですから、その状態をそっとしておく。それをいじると大出血して致命的になるということ
です。
そうしたときはレスキューを呼ぶなりして、その刺さった状態のまま、病院に救急搬送するという
ことが絶対条件です。
耕うん機の刃であったら、刃の部分を機械から外して刺さったままで、病院に行って取り除く。身
体に入った異物は安易に抜いてはいけないということです。
【蜂に襲われたとき】
蜂の問題があります。蜂に刺された時の症状は様々です。じんましん、水ぶくれ、呼吸困難とかい
ろいろな症状があります。
怖いのは、アナフラキシーショックということで、年間 20~30 人前後の方が蜂に刺されて亡くなっ
ています。
アナフラキシーショックは呼吸に作用して、呼吸困難、呼吸停止になります。それの即効的な治療
法として、緊急的に抗ショック剤を打つということです。林業では所持していますが、農業でも緊急
的な薬剤を携帯して、いざとなったら服の上から押さえてプッシュすれば、針が飛び出して薬剤が注
入できます。これは一時的な処置ですので、それから速やかに医療機関に行くことです。
【毒蛇に咬まれたとき】
毒蛇に咬まれた場合です。日本で毒蛇というと、代表的なのはマムシです。それとヤマカガシ、ハ
ブ、この3種類だといわれています。
マムシに咬まれた場合の応急処置としては、咬まれた部位の上部を圧迫するとか、刺されたところ
から血を出す、吸い出すというようなことがいわれていますが、何よりも早く、医療機関へ行って治
療を受けることです。
咬まれると、その部分が急速に膨らんできます。マムシ毒は血管の透過性を高めるということで、
末梢血管からどんどん血漿成分が組織内に漏れ出していきます。あまり腫れると、末梢の方へ血液が
流れないような状況になって、腐ってしまうことになります。
【刺し傷、切り傷】
農業の現場では様々な傷を負います。問題なのは、破傷風で、昔はぽつぽつとありました。最近は
減って、あまりみることはなくなりましたが、破傷風にかかると致命的になる確率が非常に高い疾患
です。傷が小さいからといって侮ってはいけない。
あと、昆虫や動物による外傷も様々あります。豚に咬まれる、牛に咬まれる、角で突き刺される、
いろいろあります。犬に咬まれることもあります。これらの牙だとかは、非常に汚い。それで咬まれ
ると、傷は小さくても治りが悪いというのが特徴です。これは、しっかり傷の手当てと、破傷風の予
防注射をする必要がある場合があります。
【熱中症】
熱中症が急激に増えているのはご存じだろうと思います。昔は、そんなに現場で熱中症で命まで落
とす人はいなかったのですが、最近は多いです。問題なのは、暑ければ暑いほど、熱中症になって倒
れて犠牲者が出るというわけではないということです。
要するに、春先から急激に気温が上がるときに一番注意が必要です。
これは慣れない時に急に変わって、不用意な対応、日常生活をしていると危険性が出てくるのだと
理解しておく必要があります。あまりに暑いと、熱中症になってはいけないと、心構えも違ってきま
すし、対応もします。
日本の気候自体が大きく変わってきています。猛暑日が増えてきています。そのことを認識してお
く必要もあります。
熱中症の処置は、意識障害が症状の主なものになってきますので、その前にめまい、ふらつきとか、
そういう症状があったら速やかに避難させるということです。涼しいところに寝かせて冷やすという
ような処置が必要です。
ですから、多少調子が悪くてもこれだけの仕事を終わらせなくてはと、無理をしていつのまにか意
識がなくなって倒れてしまっったという、そういう熱中症の症状というものを知っておくこと。そし
て、それに早めに対応して、速やかな応急処置を自ら行うことです。
まず、熱中症にならないように予防することが大切なのは当然ですが、直射日光を避ける、つばの
ある帽子をかぶり、日焼け止めのクリームをぬるというような対策をとることが大事ですし、こまめ
に休息と水分をとるということです。これが大事だと思います。
それから、風通しの良い服装。体調そのものを整えておくことも非常に大事ですので、十分な睡眠、
疲労をためておかないということ。栄養状態に気配りをする。こういうようなことを日常的に考えて
おけば、不幸な事態が予防できるのではないかと考えられます。
【血液サラサラ薬の服用】
それと特殊な例です。最近、非常に血液サラサラの薬を飲む方が多い。これは血管が詰まらないよ
うにするので、脳梗塞、心筋梗塞の予防には非常に大事な役目ではありますが、その代わり、出血傾
向は常に全身的に存在しているということです。ですから、そのことをまず自覚することです。たば
こを吸うとか、そういう危険なことを自ら常に注意しながらできるだけ避けるような行動が必要にな
ってきます。
ちょっとした打撲でも内出血を起こして、膨らんできます。内臓に出血が起きますと、これは重篤
な結果に引き起こしてしまいます
【頭部の外傷・打撲】
頭部の外傷・打撲、これは転落事故、特に脚立とかから転落して、下に固い石があって頭部を打っ
て不幸な出来事になる方が大勢いらっしゃいますし、障害を来すのも事実だと思います。
硬膜下血腫というのが大きな症状です。これには急性硬膜下血腫と慢性硬膜下血腫があります。急
性であれば、迅速な処置をしなくてはなりませんし、救急の現場でも処置が行われるのですが、慢性
硬膜下血腫でじわじわと、3週間からあるいは3ヵ月、半年の経過で出血が広がってきてそれで症状
を引き起こすということが知られています。
ですから、事故から何ヵ月も経ってから出血が出てくる、だんだん大きくなってくる、そういう場
合は、実は事故直後に頭部のレントゲン、あるいはCTをとっても出血は診断がつかない、そういう
性格があります。
要するに、頭部を打撲した場合には、相当長期間、経過をみていく必要があるのだということです。
【服薬中の薬は?】
それから、服薬中の薬ですが、様々な薬を飲んでいるのが実態です。どういう薬を飲んでいるかと
いう、その内容の確認をしておく必要があります。これは血液サラサラ薬もそうです。それから、精
神安定剤のようなものは、眠気を来すことが往々にしてありますから、運転する前、作業をする前に
は、そういう薬を飲むことは注意しなくてはならないし、飲んだら、飲んだという自覚を持ってそれ
なりの注意が必要になってきます。
【携帯電話の携帯を】
農作業は一人でやる作業が多いということもあります。救急カードは今、様々なものがあります。
ですから常に持っているということ。氏名、年齢、住所、血液型、かかりつけの医者、かかっている
病気、常用している薬、アレルギーがあるのかないのか等々、連絡先を含めて書いてあるカードを携
帯しておくことが、いざというときに、速やかな救急につながります。その啓発、実践が大切です。
それと、これだけでは不十分ですので、お薬手帳も常に、セットで携帯するという心がけ、その啓
発が重要だと思います。
それから、緊急連絡のために携帯電話を肌身離さない。要するに、体から飛び出すようでは駄目で、
そうならないように携帯する。
原則をしっかり守って、1分でも早く救急につなぐということが、大事だと思います。
【医療の過疎化など問題も】
農作業はどのような状況、どのような場面においても、常に危険との背中合わせであるとの認識を
持ち続けることが大事だと思います。
農業災害を取り巻く課題は、大きくいえば社会的、経済的、政治的な大きな変化の中にあるのが現
状だろうと思います。農業自体が大きく構造変化を来す可能性も秘めているわけで、それによって農
作業の実態も変わってきます。それから、現在進んでいる農業集約化、合理化に伴う大規模農業と小
規模農業の二極分化がこれから急速に進んでいくと思われます。すると、大規模農業における作業事
故、それから小規模農業従事者における事故、これは疾病構造が異なってくるのではないかと、そん
な思いがあります。高齢者が農業の担い手であるのは今後も変わらないし、さらにその傾向は強くな
るわけですが、身体能力の低下は否めない、避けることはできないわけですので、そういった状況に
どう対応するかということだろうと思います。
それともう1つ、医療からみると、残念ながら農業地帯は医療の過疎化が進んでいます。その状況
に対して、我々医療の側、地域行政の側からも、どのように対応していくか、こういった様々な問題
も、農業災害を巡る状況としてあります。これを皆さんとともに、これから努力していく必要がある
と考えます。