アンコール遺跡における基壇盛土の眞正性,たたき技法による修復と技術

アンコール遺跡における基壇盛土の眞正性,たたき技法による修復と技術移転
地域地盤環境研究所
国際会員○岩崎好規
大成ジオテック
国際会員
福田光治
東京設計事務所
国際会員
中澤重一
筑波大学大学院
文化財保存計画協会
東京文化財研究所
早稲田大学
アンコール遺産
1
盛土基壇
下田一太
赤澤
泰
友田 正彦
中川 武
遺産の眞正性
まえがき
日本国政府アンコール遺跡救済チーム(JSA: Japanese Government Team for Safeguarding Angkor)は,1994 年に結成(団長
中川
武)され,爾来 20 年,
遺跡保存活動は,遺跡調査や保存技術の研究から,現地への技術移転の段階に至ってい
る。ここでは,遺産地盤学の分野における版築技法の修復法として,日本のたたき技法を導入し,その普及を図ってい
ることについて報告する。
2
アンコール遺跡の経蔵における基礎の特徴
アンコール遺跡の積石構造は,掘込み地業による地表処理とよく締め固められた砂地盤と積石擁壁から構成されている。
図-1
部分解体によるトレンチ断面
写真-1
バイヨン寺院北経蔵側面写真
JSA が最初に修復の対象としたのは,アンコールトム遺構内バイヨン寺院の北経蔵と呼ばれる積石構造物である。高さ
約 5m の基壇を基礎として,内部空間を有する組石壁構造が構築されている。写真-1 にもみられるが,基壇端部に,見
られる亀裂は,一見せん断すべりが発生しているように見えるが,部分解体によるトレンチ断面においては,そのよう
なせん断変形は見られなかった。アンコールにおいては,基礎地盤に変状が見られる構造物とみられないものとがある。
経蔵と呼ばれる構造物の基礎は,不等沈下は殆ど見られていないが,基壇端部に開口目地が見られる。
この縦目地は,現場計測結果によると,雨季に開口し,乾季には閉じる特性が見られたことから,上下圧縮の載荷状態
にある砂質地盤が雨季になると,粒子間に作用しているサクション力が小さくなり,鉛直圧縮に伴い水平膨脹が発生す
ることによると推定される。長期にわたる繰り返し変形によって,このような縦目地がとなり,雨水の浸入や,雨水に
よる砂粒子の流亡が発生して,わずかな基檀部の変状が上部構造の崩壊の重要な原因を作っているものと考えられる。
3
基壇基礎の修復と眞正性の保持
フランスは,1930 年代から豊富な遺跡修復の経験を有しており,基壇の修復については,バプーオン寺院修復時に,盛
土をするたびに崩壊が起こったことから 5mを越える盛土擁壁には,コンクリート擁壁を設置して土圧を受けることと
Technical Transfer of Rammed Ground for
Restoration Work of Angkor Heritage
Yoshinori Iwasaki Geo Research Institute Mitsuharu Fukuda Taisei
Geotech, Jyuichi Nakagawa, Tokyo Engineering Consultants, Ichita
Shimoda, University of Tsukuba, Yasushi, Akazawa , Japan Cultural
Heritage Consultancy, Masahiko Tomoda, , National Research Institute
for Cultural Properties, Tokyo, Takeshi Nakagawa, Waseda University
している。JSA の基壇部の修復については,基壇の眞正性としての特徴を①砂質と細粒粘土質との2つの盛土材料,②
版築および石積からなる基壇構造と考え,盛土材の改良による基壇の力学的弱点を抑制することを考えた。
土質の引張り強度を増加させる添加剤とすれば,セメント混合,石灰混合,などがあるが,明治期に左官職人であった
服部長七によって開発された”長七たたき”を石工棟梁で JSA 顧問であった山本勇氏の紹介で岡崎市に現存するたたき
による灌漑水路の見学に行った。すでに優に 100 年は経過している構造物であるが,一軸圧縮強度で 7-8MPa の強度を
有しており,耐久性も優れている。たまたま INAX 研究所でも研究しているということで,同研究所の石田秀輝博士の
協力を得て,“長七たたき”によるアンコールの版築工の改良に踏み切った。消石灰混合は,生石灰やセメント系の混
合処理に比較すると,強度発現には時間がかかるが,化学的に安定している特徴がある。
4
締固め試験に基づくたたき工法
たたきという左官技法に地盤工学的扱いを導入するために,各種の基本的な混合土の試験を実施した。アンコール遺跡
盛土の材料土の粒度をみると,砂質土系と最粒土系に目視で分けられるが,粒度を調べると,図-1 のように分かれる。
図-1
アンコール盛土材の粒度分布特性
図-2
消石灰混合による締固め試験
3
21.0
写真-2
Sand Fill
象の足によ
20.0
Dry Density
る締固め試
験
(kN/m )
Clayey Fill
γmax=19.56 at wc=11.7%
γmax=18.98 at wc=7.7%
19.0
18.0
17.0
16.0
0
図-3
5
10
Water Content
15
(%)
20
砂質材料と粘土質材料と混合土の締固め曲線
砂だけだと図-2 に示したように明確な締固め特性がえられないが,消石灰を混合すると,明確な最適含水比が見えるよ
うになる。混合土の含水比による締固め特性と強度や圧縮特性を求めて,要求される基礎特性を満足させるような締め
固め基準を決めることとなる。アンコール遺跡保存修復においては,地盤工学は,基幹知識体系の一つであるが,アン
コール保存事務所や,ユネスコにおいてはそこまでの意識は希薄であるために,いずれそうなろうが,現地チームには
地盤工学を専門とする専門家が現在はいない。
5
結論
文化遺産の保存にあたっては,その遺産の有する特質を明らかにし,未来に保存し後世に伝えるべき特徴としての”遺
産の眞正性要素(Characteristic element of Authenticity)”の保全(integrity)を考慮する必要がある。アンコールにおける基壇
の修復保全に日本伝統のたたきを導入し,地盤工学的検討,締固め試験施工による,現地に技術移転を進めている。い
かに平易な技術マニュアルを作成するか?が成功の鍵であろうが,まだ,道は遠い。