喉頭蓋

49 むせの多い人へのアプローチ
介護の知識 50
介護の知識
むせの多い方へのアプローチ
これまでにも「むせ」については嚥下の仕組み、正しい食事姿
勢、食形態、一口量の調整などについてそれぞれの項目にて詳し
く説明されてきました。
ここでは、これまでに示された対応でもなかなかむせが治まら
ない方への対応を中心にまとめています。
1.
むせとはなにか
加齢や病気などの原因により、嚥下の反射運動が低下してしま
うと、喉頭蓋(気管へ送り込まないためのフタ)が閉じるタイミ
ングが遅れてしまい、食べ物や水の一部が気管に流れ込んでしま
います。これを誤嚥といいます。
むせ(むせこみ)とは、このとき気管に入った食べ物や水を、
咳をすることにより、気管の外に出そうとする反応のことです。
喉頭蓋
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※通常は喉頭蓋がしっかりと閉じることで、
不顕性誤嚥
気管への誤嚥を防ぎます。
図引用「口から食べる嚥下障害 Q&A」藤島一郎
睡眠時の唾液の誤嚥
中央法規
や、飲み込む機能の低下
による「むせない誤嚥」。
むせには以下の3つのタイミングがあります。
むせないだけに、体調
を崩してから初めて気
飲み込む前:飲み込む前に、食道や気管に食べ物が流れてしまう。
が付く場合があります。
飲み込む瞬間:飲み込む際に、気管を閉じるタイミングが遅れて、
普段から呼吸状態、熱の
食べ物や水が瞬間的に気管に入ってしまう。
飲み込んだ後:食事後、咽頭などに残った食べ物が、遅れて流れ
込み気管に入ってしまう。
変化、痰の状況等からそ
の可能性について意識
しておく必要がありま
す。
全国高齢者ケア研究会
49 むせの多い人へのアプローチ
2.
むせないために (介護の知識 50ver2 第 10~20 回・25 回参照)
(ア) しっかりと目覚めた状況で食べていただく。
(イ) 両足を床につけ、やや前かがみの姿勢をとる。
(ウ) 首から頭にかけて全体的に支え、あごと胸の間は握りこぶし
1コ分開ける。
(エ) 咀嚼する力に合わせた食形態を用意する。
(オ) 嚥下反射の状況に合わせたトロミをつける。
(カ) 一口量を調整する。
(キ) 口腔ケアを丁寧に行う。
(ク) マッサージを行う。
(ケ) 食後、咽頭の残留物を流すようにゼリーなどを食べていただ
く。
3.
それでもむせる方への対応
(ア) 前かがみの姿勢をやめる
前かがみの姿勢で食事を取ると、食べ物を飲み込んだ真下
に気管があるため、喉頭蓋の動きが不十分な場合は、食形態
やトロミを調整しても誤嚥してしまいます。このような場合
は、飲み込んだ真下に食道がくるように姿勢を調整します。
むせこみが激しい場合は、背もたれを 30 度の角度からは
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じめ、スプーン 1 杯程度の水分等で嚥下の状態を確認し、む
せが見られない場合は、45 度、60 度、80 度といった角度に
上げていきます。この場合も頚部から頭部の保持を行い、あ
ごと胸の間は握りこぶし 1 コ分開けるようにします。
図引用「口から食べる嚥下障害 Q&A」藤島一郎
中央法規
このような角度を保つことで、喉頭蓋の動きが不十分で
も、誤嚥するリスクを減らすことができます。
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(イ) 腕の重みをとる
腕の重みにより、肩甲骨や鎖骨が引き下げられると、それ
らの骨につながっている喉の周辺にある嚥下に必要な筋群
も引き下げられ、嚥下を困難にします。
写真の方は左肩が下がり、喉周辺の筋肉が引っ張られて緊
張しています。この姿勢で飲み込もうとするとむせやすくな
ります。
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こちらの写真では、肩から両腕を支え、嚥下に関係する筋
肉が緊張しないようにしています。
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(ウ) 薬の副作用をみる
薬の副作用により、口腔内の乾燥や咽頭筋の収縮力低下を
引き起こし、むせることもあります。良く使用される薬でも
副作用を引き起こすことがあるため、十分な観察を行い医師
と相談する必要があります。
①覚醒レベルの低下を招くもの
抗精神薬、精神安定剤、抗けいれん剤など
②口腔内の乾燥をきたすもの
利尿剤、抗うつ剤、喘息薬、抗ヒスタミン剤、抗精神薬など
③咽頭筋の収縮力を低下させるもの
抗コリン剤、抗うつ剤、カルシウム拮抗薬(降圧剤)など
④不随運動を生じる恐れのあるもの
抗パーキンソン薬など
(エ) 咳の力を高める
どんなにむせないように工夫を凝らしても、誤嚥してしま
うことはあります。体力のある私達も誤嚥してむせることは
あります。しかし多くの場合私達は誤嚥性肺炎になることは
ありません。ここで大切なことは、むせをゼロにすることで
吹き戻し
はなく、むせたとしても誤嚥性肺炎を起こさないことだとい
うことです。
むせたとしても誤嚥性肺炎を起こさないためには、強く咳
をする力を失わないことです。そのための方法をいくつか紹
介します。
①話すこと、歌うこと
パタカラ体操
②吹き戻し
「パ」「タ」「カ」「ラ」
③パタカラ体操
と発音することで、食べ
るために必要な筋肉を
唾液の分泌を促したり、かむ力、飲み込む力の維持向上につ
トレーニングします。
ながります。
「パ」は唇を閉じて食べ
こぼさない。
(オ) 大好きなものを食べる
大好きな食べ物が目の前に並んだとき、思わず目が輝いた
「タ」は食べ物を押しつ
ぶす・飲み込む。
ことはないでしょうか。覚醒レベルが上がり、唾液の分泌が
「カ」は食べ物を食道へ
活発になり、食べる準備が整います。飲み込みもいつもより
運ぶ。
力強くなります。その結果、水でむせる方がビールをゴクゴ
「ラ」は食べ物を口腔内
クと飲めることもあります。当然むやみに取り組むことは危
に運び飲み込みやすく
険なため、覚醒状態を確かめ、危険のない量で試すことが重
する。
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要です。
(カ) 「食べ物」という認識を高める
食べる行為は口に取り込むところからではなく、目の前に
ある食べ物を見たり、匂いをかぐことでそれを「食べ物」と
して認識するところから始まります。これを先行期(認知期)
と呼びます。認知症の方は認識する力が低下しているため、
ペースト食のような食べなれない形状のものやにおいがは
っきりとしないものは「食べ物」としての認識が困難となり、
「食べない」、もしくは「口の中に溜め込む」ことになり、
やがて誤嚥してむせてしまうことにもつながります。最近で
は普通食と見分けがつかないような、ソフト食・プリン食が
登場しています。これらは食べやすいだけではなく、食べ物
としての認識を高めることで自力摂取の可能性を高めると
ともに、誤嚥を防ぐ力を持っています。
左写真
プリン食の例
さつま芋・はんぺん・人
参・いんげんを別々にプ
リン状に作り、普通食と
同じような形状にカッ
ト。
煮汁にとろみをつけて
上からかけてあります。
普通食
プリン食
むせる方には、むせづらい食べ物の提供が優先されます
が、食べたい思いを強くする「美味しい」食事の提供を忘れ
ないようにしましょう。
嚥下障害のためペースト食やプリン食を食べている方の
中には、食べ物を口に溜め込んだまま飲み込まない方もいら
っしゃいます。そのうちに食べ物が喉の奥に流れていき、む
せてしまいます。このような場合は「味覚の減退」が予想さ
れます。味覚の減退については「介護の知識 50ver2 第 51
回」で詳しく説明します。
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