熱帯林を危険にさらす産品と責任ある投融資

熱帯林を危険にさらす産品と責任ある投融資
木材、パーム油、紙・パルプ事業での合法性と ESG のより良いリスク評価の必要性
セミナー開催報告
2015 年 10 月 14 日、レインフォレスト・アクション・ネットワーク(RAN)とグローバル・ウィ
ットネスの共催(協力:PRI 日本ネットワーク、Fair Finance Guide Japan)にて、森林セクター
への責任ある投融資に関するセミナーを東京で開催しました。セミナーには、金融機関、学界、NGO
およびメディア等から 40 名ほどが出席しました。今回のセミナーのねらいは、熱帯林セクターに
おける合法性および ESG リスクへの関心を高め、そして、これらのリスクに取り組み、それを軽減
するための情報と手段を提供することにありました。近年、日本版スチュワードシップコードおよ
びコーポレートガバナンスコードが策定され、本セミナーは時宜を得たものとなりました。当日の
報告および発言・コメントの要約を以下に記します。
1. 荒井 勝 氏/ NPO 法人 社会的責任投資フォーラム
荒井氏は「急拡大する ESG 投資と国連責任投資原則(PRI)」と題して責任ある投資の現状とその森
林セクターとの関連について講演を行いました。氏によると、持続可能な投資戦略であるネガティ
ブ・スクリーニング(8.3 兆米ドル)、ESG 統合(6.2 兆米ドル)、コーポレート・エンゲージメント
/シェアホールダー・アクション(4.7 兆米ドル)等は1、
すべて森林セクターと関わりがあるとのことです。さ
らに世界で 1,399 の署名機関および日本で 35 の署名
機関を持つ国連責任投資原則(PRI)は、「投資分析と意
志決定のプロセスに ESG の課題を組み込む」ことを署
名機関に要請しています2。署名機関の中には世界上
位 20 の年金基金のうち 11 基金(直近では、1.2 兆米ド
ル以上の運用資産を持つ日本の年金積立金管理運用
独立行政法人:GPIF が署名)が含まれます。企業の役割
の増大および金融危機の世界的インパクトが、この動きに拍車をかけているのです。熱帯林と金融
機関が直面する問題の背景には、外部不経済の考慮失敗と共に、「資源は無尽蔵に存在し、自然資
本は市場の外部にある」という想定があります。最後に、荒井氏は資源・コモディティに対する需
要激増とビジネスにおける環境コスト増加の観点から、より良い資源管理の必要性を強調して講演
を終えました。
2. ハナ・ハイネケン氏/ グローバル・ウィットネス
ハイネケン氏の講演「日本の熱帯木材取引と
ESG リスク」は、熱帯林減少に関わる ESG リスク
のなかでも熱帯木材セクターに焦点を置いたも
のでした。10 億人以上の人々が森林に生計を依
存しており、とくに熱帯林は生物多様性および
気候変動にとって重要な役割を果たしています。
近年の研究によれば、熱帯林の減少・劣化は、
地球全体の二酸化炭素排出と憂慮すべき生物多
様性喪失の 14~21%に貢献しています。氏によ
れば、日本の企業は、森林セクターでの ESG リ
1
スクが非常に高いとのことです。というのもマレーシアやインドネシアなど、違法伐採が横行し
ている国からの熱帯木材のような、森林を危険にさらす産品を大量に取り扱っているためです。
たとえば、マレーシア・サラワク州は、日本の合板輸入のほぼ半分を供給しており、かつての原
生林は今では5%も残されていません3。最後に、HSBC やノルウェー政府年金基金のような金融
機関は、サラワクの伐採企業とは一定の距離を置いていることに言及し、熱帯木材のバリューチ
ェーンのすべての関係者(莫大な量の熱帯材を購入・消費する日本の商社、建設会社、住宅メー
カーを含む)と取引する際に、日本の金融機関が ESG リスクを考慮するよう奨励しました。
3. ベン・リドリー氏/ クレディ・スイス
リドリー氏の講演「森林セクターへの責任ある投融資:環境・社会リスク管理」は、森林セク
ターに関連したものを含めた、クレディ・スイスの ESG リスク管理について有益な事例を紹介し
ました。氏は持続可能性問題チームの一員として、リスク管理、ステークホルダー・エンゲージ
メント、ビジネスサポートに携わってお
り、特に環境・社会問題対応等を担当し
ています。氏によれば、金融業界の真の
インパクトは、そのカーボンフット・プ
リントにあるのではなく、むしろ金融業
界の融資先・投資先にあるとのことです。
氏は、金銭的な損失や風評リスクを避け
るためのリスク管理を実施するだけで
なく、グリーン債券、顧客へのアドバイ
ザリーサービス、業界での基準設定支援
等といった環境保護のための金融にお
けるビジネスチャンスを認識する重要
性を強調しました。クレディ・スイスは、すべての部局に世界的に適用可能な風評リスク方針を
持っており、風評リスクのレビュープロセスを採用しています。並行して持続可能性リスク管理
も行っていますが、これには9つの重要要素(取引、セクター、国、国内政策との関連等のタイ
プ別による)に基づいてリスクを高いものから低いものまで分類したリスク評価プロセスを用い
ています。クレデ
ィ・スイスは、また、
森林・アグリビジネ
ス方針を適用してい
ますが、とりわけ保
護地域での金融活動
は例外なく禁止とし、
一定の条件が満たさ
れない限りは、保護
価値の高い地域での
金融活動を禁止して
います。氏は、また、
ESG ガイダンスに関
する WWF との協働作
業等、様々な NGO と
のエンゲージメント
についても触れました。
2
4. トム・ピケン氏/ レインフォレスト・アクション・ネットワーク(RAN)
ピケン氏は「銀行融資と森林を危険にさらす産品:日本の銀行セクターにおける ESG リスク」と
題して、日本の銀行の ESG リスクとリスク回避法について講演しました。熱帯林減少・劣化に関
与するセクター(パーム油、紙パルプ、木材)における主要 50 社への投融資に関して検討した
RAN が実施した調査によると、日
本の銀行は 2010 年から 2014 年の
間に約1兆円の銀行融資を提供し
ていたことが分かりました。ピケ
ン氏は、日本の銀行の顧客企業が、
違法な森林の皆伐や、森林に依存
するコミュニティの権利侵害に加
担しているという事例を紹介し、
日本の銀行は関連する ESG リスク
を特定し、管理するために策定さ
れた森林セクターのセーフガード
政策やデュー・ディリジェンスシ
ステムをいまだに採用していない
と述べました。UNEP のような組織は、次第に森林セクターに着目するようになっていることや4、
RAN が最近、出版した「金融セクターと日本のコーポレート・ガバナンス・コード」と題する報告
書についても紹介しました5。これは、熱帯林を危険にさらす産品に関わる顧客企業に対して金融
機関が金融サービスを提供する際に、ESG リスクをどのように特定し、どう取り組むべきかにつ
いて示した金融機関向けの手引きです。銀行に対する主要な提言として以下の3点に言及しまし
た。①明確なコミットメントの下、持続可能性の問題に取り組むためのハイレベルの声明を公表
し、ステークホルダーに関与・連携し、そして非財務情報を公開すること、②ハイリスク産品分
野向けのすべての金融サービスに適用可能な社会・環境セーフガード方針を策定すること、③改
善された水準を組織レベルで達成するために、社内のコンプライアンス体制、および、社外報告
制度を実施することです。
5. 河口真理子氏/ 大和総研
それまでの報告を受けて、河口氏は経済における森林の役割を再考する必要について興味深い
解説を行いました。日本は国土面積の 67%が森林で覆われているにもかかわらず、これまで森林
問題に鈍感だったと指摘しました。
自然資本の重要性は歴史上長きに
わたって認識されてきましたが、
近代の経済システムが金銭的価値
に重きを置くようになってから、
生態系サービスのような自然資本
は、その非競合的で、非排除的性
質のために、軽視されるようにな
りました。我々が生計の維持のた
めに環境、とくに森林に依存して
いることを改めて認識し直す必要
性があると述べました。
3
質疑応答とパネル・ディスカッション(モデレータ:後藤敏彦氏/ サステナビリティ日本フォーラム)
後藤氏は、木材サプライチェーンに関するデューディリジェンスの実施を日本企業に課す法制
度の整備が議論されている最中に、今回のセミナーが開
催されたことは時宜を得たものであったと述べました。
風評リスクについての質問に対し、クレディ・スイスは
サプライチェーンに問題がある限り、今後も風評リスク
に取り組む予定であること、適任者を採用する重要性及
び、地域の状況に柔軟に配慮したリスク管理プロセスを
設置する重要性について、リドリー氏は強調しました。
さらにまた、風評リスクについて、アジア太平洋地域の
金融機関は一般的に欧州ほど敏感ではないと指摘しま
した。この点について後藤氏は、ESG 投資を行える人材が日
本では未だ不足しているからだろうとコメントしました。イ
ンドネシアやマレーシアといった国での森林ガバナンスを改
善するために金融機関はどんな役割を担えるのかという質問
に対しては、リドリー氏は顧客企業とのエンゲージメントで
あるとし、河口氏は購入企業とのエンゲージメント、グリー
ン債券の発行、ESG 基準への森林問題の組込、問題のある企
業の排除などを通して、より持続可能なサプライチェーンの
促進は達成され得ると回答しました。さらに、金融機関は購
入企業のデュー・ディリジェンスの評価に何を求めているの
かという質問に対しては、企業が責任あるサプライチェーン
を実現しているかどうか、企業がリスクを管理する能力とプロセスを持っているかどうか、その
努力が伝達され、実際によりよいパフォーマンスに結果しているかどうか、という点を評価する
との回答がありました。
1
2012 Global Sustainable Investment Review,
gsiareview2012.gsi-alliance.org/pubData/source/Global%20Sustainable%20Investement%20Alliance.pdf
2
www.unpri.org/about-pri/the-six-principles/
3
www.globalwitness.org/campaigns/forests/industry-unchecked-jp/
4
UNEP, Bank and Investor Risks Policies on Soft Commodities, 2015,
www.naturalcapitaldeclaration.org/softcommoditytool/
5
www.ran.org/japan_corporate_governance
4