自閉症児の課題学習における教示要求行動の形成手続き 機能的

自閉症児の課題学習における教示要求行動の形成手続き
─機能的コミュニケーション訓練を通して─
中村
Ⅰ
問題
まり子
じて、対象児の教示要求行動が早期に形成される
自閉症児では、適切なコミュニケーション行動
か否か、それに伴い課題中の逸脱行動が低減する
を持たないために、自傷や他傷、物壊しなどの周
か否かを検討する。この結果から本研究の機能推
囲の人が困る行動、いわゆる行動問題を示す人々
定の妥当性を検討するとともに、教示要求行動の
が多い(村本・園山,2009)
。行動問題と機能的
形成に適した課題特性についての示唆を得る。
に等価で適切なコミュニケーション行動を形成し、 Ⅲ
行動問題の低減を図るアプローチとして機能的コ
1
方法
指導期間・場面
4 月から 11 月までの約 8 ヶ月間、週 1 回、約
ミュニケーション訓練(Carr & Durand,1985;
functional communication training,以下、FCT)
30 分間の個別指導を行った。Fig.1 のように、セ
がある。FCT に関わる研究課題の一つは、低減の
ンターの個別指導室で指導者(筆者)との対座型
対 象 と す る 行 動 問 題 の 機 能 分 析 ( functional
の机上課題であった。教材の受け渡しを行なう補
analysis)に多大な時間や労力を要することであ
助指導者が同室した。
る(小笠原・櫻井,2003)
。課題場面で認められ
2
対象児
特別支援学校小学部 2 年に在籍する知的障害を
る逸脱行動は多様で、それらの逸脱行動全てに機
能分析を行なう手続きは時間や労力を必要とする。 伴う自閉症男児 S1 と S2 の 2 名を対象とした。指
近年、課題中の逸脱行動に直接アプローチするの
導開始時、S1 は課題中に席を立ち、床に寝転ぶ逸
ではなく、
適切な課題遂行行動を形成することで、
脱行動が認められた。
「○○ください」というよう
逸脱行動の生起が未然に防がれることが報告され
に物の要求を言葉で伝えることはできたが、ひら
ている(村中・小沼・藤原,2009)
。また、機能
がなを読むことや書くことはできなかった。課題
分析の手法として小笠原・櫻井(2003)は、先行
内容は、命名課題を主として行った。S2 は、課題
条件を操作することで逸脱行動の機能推定が容易
中に教材をかじったり、両手で頭を叩く自傷行動
になることを示唆している。課題手続きを形成す
が認められた。無発語で、要求は両手を合わせる
ることで、それが分からないことに起因して生じ
サインやクレーンによって伝えていた。形による
る逸脱行動は低減すると予測される。その後、難
弁別は可能であったが、絵柄の弁別はできなかっ
度の高い課題を導入することで、課題からの逃避
た。課題内容は、型はめやパズルなどの形の弁別
機能を有し、教示要求行動に置換される逸脱行動
を主として行った。
の生起が認められると考えられる。難度操作によ
3
手続き
る逸脱行動に対して、教示要求行動を指導し、そ
1)事前アセスメント
れが形成されることで、逸脱行動は低減すると推
S1、
S2 の母親に対して以下の調査を実施した。
測した。
Ⅱ
目的
本研究では、まず課題場面において物理的環境
設定を整え、課題手続きを形成することで、逸脱
行動の低減を図る。その後、正答率の低い難しい
課題(以下、困難課題)を導入し、生起する逸脱
行動に対して FCT を適用する。以上の実践を通
Fig. 1
個別指導室の環境設定
Table 1
(1)機能的アセスメントインタビュー:
O’Neill et al.(1997)の機能的アセスメントフォー
S2
とそれに関わる要因を調査した。
象児が家庭で、どんな場面で、誰に対して、どん
教示要求行動
離席
注視の逸脱行動
机に伏せる
頭を叩く
S1
ムに従って、対象児の日常生活の様子や行動問題
(2)現在の要求機会と要求行動の調査:対
FCT における標的行動
逸脱行動
「おしえて」の発語
両手を合わせるサイン
う発語を、S2 は、両手を合わせるサインを標的行
動とした。
な表現で、何を要求しているのかを調査した。
6)FCT
2)課題手続きの形成
(1)逸脱行動に代替される教示要求行動の
個別指導室の物理的環境設定を整え、指導室へ
形成: S1 では、注視の逸脱行動が認められた場
の入室から退室までいつも変わらぬ手続きを繰り
合と離席行動が生起しそうになった場合、指導者
返すことで、課題手続きを形成した。補助指導者
は「おしえて」カードを提示し、
「おしえて」の音
に課題カード渡し、教材を受け取る御用学習を用
声模倣を促した。S1 が「おしえて」と音声模倣し
いることで、指導者とのやりとり機会を設けた。
たら指導者は即座に正答を教え、S1 が正答を模倣
3)困難課題の導入
できた場合に「そうだね」と言語賞賛を行った。
課題の中に S1、S2 にとって正答率の低い困難
S2 では、机に伏せる行動が生起しそうになった場
課題を導入するとともに、指導者は正答のプロン
合、指導者は体を起こして両手を合わせるサイン
プトを控えた。
の模倣、あるいは身体ガイドによるプロンプトを
4)逸脱行動の分析
行った。S2 が両手を合わせるサインができたら指
課題場面において、指導者が捉える対象児の課
導者は即座に正答を教え、S2 が正答できた場合に
題に参加していない行動について、先行事象‐結
「そうだね」と言語賞賛を行った。両児ともに逸
果‐後続事象を記述する ABC 分析を行った。課
脱行動が生起した場合には、課題を遂行するよう
題に参加していない行動について同様の反応型を
に指示した。正答に対しては、
「そうだね」と言語
まとめ、課題場面における逸脱行動としてそれぞ
賞賛を行った。
れラベリングした。逸脱行動について各セッショ
(2)困難課題の導入:FCT の過程において
ンにおける逸脱行動の種類と生起数をまとめ、そ
漸次、困難課題を導入し、そこで生起する逸脱行
の生起頻度を検討した。また、逸脱行動の生起頻
動に対して代替する教示要求行動を指導し、教示
度と課題難度との関係を検討するために、各課題
要求行動が生起した場合には正答を教えた。
における逸脱行動の生起数と各課題の正答率を算
Ⅳ
出した。
結果
Fig.3 より、S1 では FCT 開始以降、離席行動
5)標的行動の選定
と注視の逸脱行動が低減した。しかし、注視の逸
Table1 に FCT において教示要求行動への置換
脱行動は、FCT の過程において困難課題を導入す
を図る逸脱行動と教示要求行動の反応型を示した。
Fig.2 より、S1 では困難課題導入後に生起数の増
加した離席行動と正答率の低い課題で認められた
注視の逸脱行動を標的行動とした。S2 では、課題
手続きの形成と困難課題導入後に明確な変化は認
められなかったため、ABC 分析の結果を参考に、
正答率の低い課題で認められた机に伏せる行動と
頭を叩く行動を標的行動とした。逸脱行動に置換
する教示要求行動として S1 は、
「おしえて」とい
30
困難課題
25
生
起 20
数
( 15
回
) 10
教材を投げる
背中を叩く
指示をしても反
応がない
教材を車に見
立てて動かす
離席
5
0
1
3
5
7
9
セッション
11
13
15
Fig. 2 S1セッションごとの逸脱行動の生起数
* 困難課題:ひらがな課題を導入するとともに、誤反応に対し
て 正答のプロンプトを与えない.
ることでわずかに増加した。Fig.4 より、教示要
を合わせるサインは、FCT の過程で困難課題を導
求行動である「おしえて」は、FCT の過程で困難
入することで生起率が増加し、安定して生起する
課題を導入することで生起率と正反応率が高まっ
ようになった。S1、S2 ともに FCT の過程で導入
た。Fig.5 より、S2 では、FCT 開始以降、机に伏
した困難課題には、教示要求行動が生起しやすい
せる行動の低減が認められた。Fig.6 より、両手
ものと、生起しにくく逸脱行動が認められるもの
100
課題手続きの形成
困難課
困難
題②
課題②
+FCT +プロン
プト
遅延
困難課題
+
FCT
困難課題
生 80
起
率 60
があった。
Ⅴ
考察
S1 では、FCT 実施前に課題手続きを形成し、
( 40
%
逸脱行動を低減させた後に困難課題を導入したこ
) 20
とで離席行動が増加した。その後、FCT の適用に
0
1
3
5
7
9
11
13 15 17
セッション
19
21
23
25
27
離席
Fig. 3 S1の逸脱行動の生起率
注視の逸脱
困難課題:対象児にとって困難と思われる課題を導入した.
FCT:逸脱行動に対するFCTを行った.
困難課題②:対象児にとって困難と思われる課題を漸次導入した.
プロンプト遅延:注視の逸脱行動に対するプロンプトを遅延した.
35
生 30
起 25
率 20
% 15
10
5
0
困難課題
プロンプト・
フェイディング
困難課題
+
プロンプト遅延
よって離席行動の低減が認められたことから、
「お
しえて」の発語と離席行動は機能的に等価であっ
たと考えられる。課題手続きの形成後に困難課題
を導入するという手続きによって課題からの逃避
機能をもつ逸脱行動の選定が容易になることが示
唆された。また、S1、S2 ともに、FCT の過程に
(
おいて困難課題を導入することで教示要求行動の
)
指導、あるいは自発の機会が増え、教示要求行動
の形成が促されることが示唆された。教示要求行
16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27
セッション
誤反応
正反応
Fig. 4 FCTにおけるS1の教示要求行動の生起率
プ
に
困
プ
正
誤
100
ロ ン プ ト ・ フ ェ イ デ ィ ン グ : 注 視 の 逸
下 げ る 手 続 き を 行 っ た .
難 課 題 : 対 象 児 に と っ て 困 難 と 思 わ
ロ ン プ ト の 遅 延 : 注 視 の 逸 脱 行 動 に
反 応 : 自 発 あ る い は 指 導 者 の プ ロ ン
反 応 : 自 発 あ る い は 指 導 者 の プ ロ ン
課題手続きの形成
困難課題
生 80
起
率 60
動の形成プロセスの分析から、課題が分からない
事態が弁別されやすい課題と弁別されにくい課題
脱 行 動 に 対 す る プ ロ ン プ ト を 段 階 的
れ
対
プ
プ
る 課
す る
ト に
ト に
題 を 漸 次 導 入 し て い っ た .
プ ロ ン プ ト を 遅 延 し た .
よ っ て 「 お し え て 」 と 言 う .
よ っ て 「 し え て 」 「 え て 」 「 て 」 と 言 う .
があることが分かった。教示要求行動を早期に確
立するためには、課題が分からない事態が弁別さ
困難課題 困難課題② 困難課題②
+
+
+
プロンプト
FCT
FCT
なし
れやすい課題や消去法では正答を得られない課題
を設定することが重要であった。
文献
( 40
%
Carr, E.G., & Durand,V.M. ( 1985 )
) 20
Reducing behavior
problems through functional communication training.
0
1
3
5
7
9
11
13
15
セッション数
17
19
21
23
25
村本浄司・園山繁樹(2009)発達障害者の行動問題に対する代替
Fig. 5 S2机に伏せる行動の生起率
困難課題:対象児にとって困難と思われる課題を導入した.
FCT:机に伏せる行動に対するFCTを行った.
プロンプトなし:机に伏せる行動に対してプロンプトを与えなかった.
生
起
率
(
%
)
16
14
12
10
8
6
4
2
0
困難課
題①
②
③
Journal of Applied Behavior Analysis,18,111-126.
④
行動の形成に関する文献的検討.行動分析学研究,
23(2),126-142.
村中智彦・小沼順子・藤原義博(2009)小集団指導における知的
障害児童の課題遂行を高める先行条件の検討─物理的環境と係
活動の設定を中心に─.特殊教育学研究,46(5), 299-310.
小笠原恵・櫻井千夏(2003)知的障害児の示す問題行動の機能的
アセスメントに関する研究─先行事象の操作場面におけるアセ
スメントの事例的検討─.特殊教育学研究 ,41(4), 377-386.
O’Neill,R.E., Horner,R.H., Albin,R.W., Sprague,J.R., Storey,K.,
15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26
セッション
Fig. 6 FCTにおけるS2の教示要求行動の生起率
& Newton,J.S. (1997) Functional Assessment and Program
誤反応
Development for Problem Behavior : A Practical Handbook .
正反応
(2nd ed.) 茨木俊夫(監修)三田地昭典・三田地真実(監訳)
困難課題①・②・③:対象児にとって困難と思われる課題を漸次導入した.
正反応:自発あるいは指導者のプロンプトによって両手を合わせること
による教示要求行動.
誤反応:自発あるいは指導者のプロンプトによってクレーンやピースを指
導者に渡すことによる教示要求行動.
(2005)子どもの視点で考える問題行動解決支援ハンドブック
第 3 版.学苑社.