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プレスリリース
2016 年 3 月 10 日
報道関係者各位
慶應義塾大学
道具を使うカラスの嘴が
特殊な形に進化していることを発見
ニューカレドニアに生息するカレドニアガラスは、鉤爪状に整えた小枝や葉を嘴で咥え、木などに
潜む虫をとる、動物の中でも稀な「道具を作って使う」カラスです。カレドニアガラスが道具使用に
不向きな嘴の形をどのように克服し、道具を作成・使用することができているのかは、これまで不明
でした。慶應義塾大学大学院社会学研究科修士 2 年の松井大(学生)
、伊澤栄一慶應義塾大学文学部准
教授、荻原直道慶應義塾大学理工学部准教授、山階鳥類研究所の山崎剛史研究員らと、オークランド
大学、コーネル大学、マックスプランク研究所との国際共同研究チームは、様々なカラス類の嘴の 3
次元形態を比較解析し、カレドニアガラスの嘴が道具の使用に適した特殊な形態に進化していること
を発見しました。また、一般的にヒトの道具作成・使用の進化にはそれに適した手の形態が背景にあ
ると考えられていましたが、本発見はヒト以外の動物で初めての類似報告であり、同仮説が裏付けら
れたと言えます。
本研究成果は 2016 年 3 月 9 日に「Scientific Reports」オンライン版に掲載されました。
1.研究の背景
私たちヒトは様々な場面で道具を使っています。道具を上手く操作するには、手で強く握ることで、
道具が身体に固定されることが重要です。例えば、スプーンをしっかりと握ることができず、手元で
スプーンがフラフラした不安定な状態では、皿の上にある食物をとることすら困難です。このような
問題が生じないのは、私たちの手が物を強く握るのに適した形をしているからです。ヒトは手を握る
と親指と他の指が向かい合う(母指対向性)形をしているため、スプーンを強く握ることできます。
スプーンが手に固定されることで、スプーンが 手 であるかのように操作することができます。
ヒト以外の動物の道具使用は、チンパンジーなどの霊長類で研究が進んできました。しかし近年、
霊長類とは系統的に離れた鳥類の一部においても道具使用が進化していることが発見されました。中
でも、ニューカレドニアに生息するカラス「カレドニアガラス」は、小枝や葉を鉤爪状に整形し、そ
れを嘴で咥えて木などに潜む虫をとって食べる、動物の中ではごく稀な「道具を作って使う」ことが
明らかになっています。しかし、そもそも鳥の嘴は固く、ヒトの手のような柔軟性はありません。さ
らに、一般にカラスの嘴は下向きに曲がっており、小枝を顔の正面で安定して咥えるには不向きな形
です。このような道具使用に不利な嘴の形でありながら、カレドニアガラスがなぜ道具使用できてい
るのかは、これまで明らかにされていませんでした。
2.発見内容
カレドニアガラスをはじめとするカラス類 10 種とキツツキ 1 種(計 11 種)の標本を使用し、CT
撮像によってデジタル 3 次元化した頭部形態を比較する解析を行いました。その結果、カレドニアガ
ラスの嘴が、一般的なカラスにはみられない、道具使用に適した特殊な形態であることを突き止めま
した。
今回発見したカレドニアガラスの嘴の特徴は、下嘴が しゃくれ 上がっている点です。これによ
って、カレドニアガラスの嘴は顔の正面に向かって真っ直ぐに伸び、かつ、上下の嘴の噛み合わせが
平面をした形になっていました。一方、他のカラスの嘴は下向きに曲がり、嘴の噛み合わせ面も曲が
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っていました。カレドニアガラスの嘴は、ペンチのように平面と平面で小枝をプレスすることで、道
具を強く握るのに非常に適した形になっていました。この嘴のおかげで、カレドニアガラスは、道具
を顔の正面で強く握ることができ、嘴と道具を一体化させることで、道具操作を可能にしていると考
えられます。
カレドニアガラスに比べると、他の 9 種のカラスの嘴は、程度の差こそあれ、下向きに曲がってい
ました。このような曲がった嘴では、小枝を安定して挟むことはそもそも難しく、しっかり挟むと道
具が顔の横側(かつ下側)に向いてしまい、道具自体が見えにくくなります。これら一般的なカラス
の嘴の形と比べると、カレドニアガラスの嘴は珍しく、道具使用に適した形になっていました。
3.本研究の意義
本研究の発見は、カレドニアガラスの巧みな道具作成・使用が、鳥にとっての 手 ともいえる嘴
の特殊な形態に支えられている可能性を強く示すものです。このことは、霊長類とは進化的に離れた
鳥類にも、ヒトの道具作成・使用とそれに適した手の形態と同じような関係が、進化の共通原理とし
てはたらいたことを裏付けるものです。しかし、カレドニアガラスの嘴の形態が、偶然生じたのか、
あるいは、本来は道具使用とは異なる役割として備わっていたのかは、今回の研究からは明らかでは
なく、今後さらなる解明が必要です。カレドニアガラスの道具使用の研究は、鳥の行動の理解だけで
なく、道具を作り使うという複雑な行動がどのように生み出されたのかという私たちヒトの進化につ
いても、重要な手がかりを与えることが期待されます。
4.掲載情報
(1)掲載紙:Scientific Reports 電子版
(2)論文名: Adaptive bill morphology for enhanced tool manipulation in New Caledonian crows
(3)著 者:松井 大(慶應義塾大学大学院社会学研究科修士 2 年)
Gavin R. Hunt(オークランド大学心理学部)
Katja Oberhofer(オークランド大学心理学部)
荻原 直道(慶應義塾大学理工学部准教授)
Kevin J. McGowan(コーネル大学鳥類研究所)
Kumar Mithraratne(オークランド大学理工学部)
山崎 剛史(山階鳥類研究所)
Russell D. Gray(オークランド大学心理学部,マックスプランク人類史研究所)
伊澤 栄一(慶應義塾大学文学部准教授)
(4)掲載日:2016 年 3 月 9 日(英国時間 午前 10 時)
(5)URL:http://www.nature.com/srep/
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カレドニアガラスの道具使用の様子.木の中に潜む
カミキリムシの幼虫を,道具を使い捕まえる(写真
はオークランド大学 Gavin R. Hunt 博士による)
.
カレドニアガラスが使った道具.Y 字型をした木
の枝から,先端が鉤爪状になった道具を作る(写
真はオークランド大学 Gavin R. Hunt 博士によ
る).
カレドニアガラス
下嘴が しゃくれ て、上下の嘴が平面をつくっている
ため、道具をプレスして強く握ることができる
一般のカラス
嘴は下向きに曲がっており、道具を挟む面が湾曲
しているため道具を挟んで固定することができ
ず、かつ、道具が顔の下になるため見えにくい
※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。
※本リリースは文部科学省記者会、科学記者会、各社社会部・科学部等に送信しております。
【本発表資料のお問い合わせ先】
慶應義塾大学文学部 心理学専攻 伊澤栄一(動物心理学)
E-mail: [email protected]
TEL:03-5443-3896 FAX:03-5443-3897
【発信元】
慶應義塾広報室 兒玉
TEL:03-5427-1541 FAX:03-5441-7640
Email:[email protected] http://www.keio.ac.jp/
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