肢体不自由特別支援学校における進路指導・支援について

自閉症児の家庭場面における日課行動の形成
─支援ツールの活用によるシミュレーション指導を通じて─
小野
Ⅰ 問題と目的
絵里香
めるか否かを検討した。実践を通じて、家庭での
家庭生活は、食事や衣服の着脱など毎日同じよ
母親の支援行動が促され、対象児の日課行動の生
うに繰り返される日課で構成されている。知的障
起が高まる支援ツールの条件と手続きを検討し
害を伴う自閉症児は、日課行動の形成に困難を示
た。
し、支援を必要とすることが多い。彼らの自立的
Ⅱ 方法
な家庭生活を実現し、生活の質を高めていくため
1 対象
に、日課行動の形成は重要な課題の一つである。
対象児:A知的障害養護学校小学部2学年に在
子どもたちの日課行動の生起を高める手立てと
籍する知的障害を伴う自閉症の診断を受けた2名
して支援ツールの活用がある。支援ツールとは、
の男児、S1、S2であった。S1は、物の要求
子どもが自発的に活動できるように開発された道
時に「○○かして」と2語文程度の音声言語を使
具や手段である(武蔵・高畑, 2006)。今求められ
用した。食事や衣服の着脱、排泄などの日課活動
る研究課題の一つは、家庭で使用できる支援ツー
に対して自発的に遂行することもあったが、母親
ルの手続きや条件を明らかにすることである。子
の確認や支援を要した。S2は、発語はないが、
どもが家庭で支援ツールを活用するには、彼らの
要求時に両手を合わせる動作サインを自発でき
支援者である家族の支援ツールを用いた支援行動
た。歯磨きや入浴、排泄など日課活動の遂行の多
を高める視点が重要である。家庭における子ども
くに母親の支援を要した。
の日課行動の形成を促し、家族の支援行動を高め
母親:S1とS2の母親。
るアプローチとして、家庭の日課場面に近似した
2 実施場所・実施者:A大学において、2009 年
環境設定や手続きで指導を行うシミュレーション
4 月から 11 月までの約 7 か月間、週1回、家庭の
指導がある。シミュレーション指導において日課
日課場面に近似した手続きでシミュレーション指
行動を形成し、その後、家族にシミュレーション
導を実施した。併行して、家庭でも日課行動の支
指導の手続きを体験してもらうことが、家庭にお
援を行った。大学での支援者は研究者で、家庭で
ける家族の支援行動を促進し、子どもの標的行動
の支援者は母親であった。
の生起を高めることが実践的に示唆されている
3 手続き
(竹内・島宗・橋本, 2005)。しかし、シミュレー
1)事前アセスメント:母親に対して、希望調査、
ション指導の体験が家族の支援行動を促し、子ど
日課調査、間取り調査を行った。希望調査は、家
もの標的行動を高めるという実証的データはこれ
庭での対象児の日課活動について、改善して欲し
まで示されていない。
いこと、身に付けて欲しいことの内容と希望の程
本研究では、自閉症児2名を対象に、家庭にお
度を調査用紙に記入してもらった。日課調査は、
いて支援ツールを使用した日課行動を形成した。
対象児が家庭で起床してから寝るまでの活動内容
大学で家庭のシミュレーション指導を行った。母
や支援の程度を、平日と休日に分けて記録用紙に
親がシミュレーション指導で支援ツールを用いた
1週間記入してもらった。間取り調査は、デジタ
支援を体験し、支援が困難な手続きや使用が困難
ルカメラを母親に渡し、家庭の各部屋の様子を撮
な支援ツールを改善することで、家庭での母親の
影してもらい、それを基に研究者が家庭の間取り
支援行動が促され、対象児の日課行動の生起を高
図を作成した。
2)標的場面と標的行動の選定:希望調査で挙げ
対象児が自発的に生起した標的行動の割合を自発
られた場面・行動について、センターで指導可能
率で示した。母親が対象児に支援した割合を支援
か、指導が必要であるかを視点に研究者と母親が
遂行率で示した。母親が手続きを遂行した割合を
評価した。評価が高かった行動について母親と協
正答率で示した。拒否反応が生起した割合を拒否
議し、標的場面・行動を選定した。
反応の生起率で示した。
S1の食事場面の標的行動は、席を立つとき、
Ⅲ 結果
支援者に「○○もってきます」と言う行動、食事
1 シミュレーション指導体験後の家庭:図1に、
が終わったら自分の席で「ごちそうさま」を言う
S1の歯磨き場面における対象児の自発率と母親
行動であった。歯磨き場面は、前歯上下、奥歯上
の支援遂行率を示した。母親がシミュレーション
下左右の6カ所を磨く行動であった。うがい場面
指導を体験した後、S1の自発率が高まった。自
は、自分でうがいをする行動であった。洗顔場面
発率の上昇に伴い、母親の支援遂行率は低下した。
は、顔を洗う行動であった。洗濯物たたみ場面は、
家庭での母親による手続きの正答率は初期から高
洗濯物をたたむ行動であった。書字場面は、文字
かった。S1の書字場面とうがい場面、S2の歯
を書く行動であった。
磨き場面と洗顔場面でも同様の傾向が認められ
S2の食器運び場面の標的行動は、自分と家族
の食器を台所へ運ぶ行動であった。台拭き場面は、
た。
S1の食事場面における「ごちそうさま」を言
食卓を布巾で拭く行動であった。歯磨き場面は、
う行動は、母親のシミュレーション指導体験後、
自分で歯ブラシをもち、口に入れる行動であった。
対象児の自発的な行動が高まらなかった。
洗顔場面は、タオルで顔を拭く行動であった。
S1の食事場面における「○○もってきます」
3)シミュレーション指導の設定:家庭のビデオ
と言う行動は、母親がシミュレーション指導を体
記録から家庭での活動の流れ、対象児の技能の実
験する前から対象児の自発率が高かった。S1の
態、母親の支援方法、物理的・人的環境を整理し、
洗濯物たたみ場面と洗顔場面、S2の台拭き場面
各標的場面におけるシミュレーション指導の手続
でも同様の傾向が認められた。
きと環境を設定した。
2 手続きや支援ツールの修正後の家庭:図2に、
4)標的行動の生起条件の分析:研究者がシミュ
S1の書字場面のプリントを正しい位置に置く行
レーション指導を行う中で、対象児と支援者の位
動における対象児の自発率と母親の支援遂行率を
置取りや支援ツールの配置、支援方法など対象児
示した。使用した下敷きの改善後、対象児の自発
の標的行動が生起しやすい手続きを分析した。
率が高まり、母親の支援遂行率が低下した。S2
5)母親のシミュレーション指導体験:シミュレ
の食器運び場面でも、支援困難な手続きの修正後、
ーション指導での各標的場面における全行動項目
同様の傾向が認められた。
中、自発的に行動できた割合が 70%以上であった
3 支援ツールの使用:図3に、S1の洗濯物た
セッションが3回続いた後、母親がシミュレーシ
たみ場面における衣類を置く行動に対する対象児
ョン指導を体験した。
の自発率と母親の支援遂行率を示した。整頓カゴ
6)手続きと支援ツールの修正:支援困難な手続
の使用後、対象児の自発率が高まり、母親の支援
きや支援ツールを母親と協議し改善した。改善し
遂行率が低下した。S1の書字場面におけるプリ
た手続きや支援ツールの効果をシミュレーション
ントを取る行動、プリントを置く行動でも同様の
指導で確かめた後、家庭へ導入した。
傾向が認められた。
7)データの収集と処理:シミュレーション導と
図4に、S2の歯磨き場面における対象児の拒
家庭のビデオ記録を基にデータを収集し、対象児
否反応の生起率を示した。歯磨きの残りの回数を
の標的行動と母親の支援行動について分析した。
示す回数ライトの使用後、拒否反応の生起率が低
下した。
やすい手続きを家庭で実行することができたと考
Ⅳ 考察
えられる。家庭で標的行動が生起しやすい手続き
S1、S2ともに、母親がシミュレーション指
を実行したことで、対象児の自発的な標的行動の
導を体験することで、対象児の標的行動が生起し
生起が高まり、母親の支援機会が減尐したと考え
グラフ タイトル
られる。家庭で母親の支援行動を促進し、対象児
シ前
シ後
100
自
発
率
(
%
)
の標的行動の生起を高めるには、母親がシミュレ
100
80
80
60
60
40
40
20
遂
行
率
(
%
)
20
0
0
1
3
5
7
9
11
13
15
17
19
21
23
25
27
セ ッ シ ョン
不十分であったため、家庭で自発的な標的行動の
生起が認められなかったと考えられる。
注:家(家庭)、シ前(シミュレーション指導体験前)、シ後(シミュ レーション
指導体験後)
グラフ下敷き
タイトル
改良下敷き
100
80
80
60
60
40
40
20
20
0
S1の食事場面や洗濯物たたみ場面などは、母親
遂
行
率
(
%
)
0
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18
セッ シ ョン
注:家(家庭)、下敷きなし(下敷きを使用しない)、下敷き(下敷きを使用)、改良下敷き(改良した下
敷きを使用)
シ後
整頓カゴあり
手続きを行うことができたことが要因であったと
S2の食器運び場面では、家庭において支援困難
な手続きを修正した。支援ツールや手続きを修正
し、シミュレーション指導でその効果を確かめた
100
後、家庭で使用する手続きが、家庭における母親
80
80
の支援行動を促進し、対象児の標的行動の生起を
60
60
100
遂
行
率
40 (
%
20 )
40
20
0
2
3
4
5
6
7
8
9
10 11 12 13 14 15
自発率
支援遂行率
セッ シ ョン
図3 S1 洗濯物たたみ場面のたたんだ衣類を置く行動の自発率と支援遂行率(家)
注:家(家庭)、シ前(シミュレーション指導体験前)、シ後(シミュ レーション指導体験後)、整頓カ
ゴなし(整頓カゴを使用しない)、整頓カゴあり(整頓カゴを使用)
回数ライトなし
S1の書字場面とS2の洗濯物たたみ場面で対
で既に使用した経験のある物であった。対象児が
先行経験している物を使用することが、母親の支
援行動を促進し、対象児の標的行動の生起を高め
る支援ツールの条件と考えられる。
文献
回数ライトあり
全体
高めたと考えられる。
象児の標的行動の生起を高めた整頓カゴは、家庭
0
1
生
起
率
(
%
)
験していたことで、過剰な支援を控えるといった
S1の書字場面では、使用困難な支援ツールを、
図2 S1 書字場面のプリントを正しい向きに置く行動の自発率と支援遂行率 (家)
自
発
率
(
%
)
が他の場面で先行してシミュレーション指導を体
考えられる。
自発率
支援遂行率
グラフ タイトル
母親がシミュレーション指導を体験する前から
家庭で自発的な標的行動の生起が認められていた
100
シ前
整頓カゴなし
S1の食事場面における「ごちそうさま」を言
う行動は、シミュレーション指導において形成が
29
図1 S1 歯磨き場面の自発率、支援遂行率(家)
自
発
率
(
%
)
体験することが有効であることが示唆できる。
自発率
支援遂行率
下敷きなし
ーション指導で標的行動が生起しやすい手続きを
100
武藏博文・高畑庄蔵(2006)ポジティブにいこう!発達障
80
害のある子とお母さん・先生のための思いっきり支援ツ
60
ール.エンパワメント研究所.
40
竹内めぐみ・島宗理・橋本俊顕(2005)自閉症児における
20
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
セ ッ シ ョン
図4 S2 歯磨き場面の拒否反応の生起率(家)
注:家(家庭)、回数ライトなし(回数ライトを使用しない)、回数ライトあり(回数ライトを使用)
ワークシステムを使った家庭での自立課題の遂行支援.
特殊教育学研究,43,41-50