食品成分アピゲニンのマイクロRNA抑制機構を介

【研究報告】(自然科学部門)
食品成分アピゲニンのマイクロ RNA 抑制機構を介した
抗 C 型肝炎ウイルス効果の検討
大
野 元
子
東京大学大学院医学系研究科内科学専攻(消化器内科学) 博士課程
緒
イルス量を減らすことが確認されている6)。慢性 C 型肝
言
ポリフェノールは分子内にフェノール性ヒドロキシ
炎は治療法が進歩しつつあるものの、いまだに我が国の
ル基をもつ植物性成分の総称で、多彩な生理学的作用を
肝癌の主要な原因であり、また抗ウイルス療法の治療効
持つことが知られているが、その作用機構の大部分は明
果はウイルス量によって規定されているという側面もあ
らかにされていない。一方、microRNA は 20∼25 塩基
り、miR122 の機能調整・発現調整は肝臓関連疾病の管
程度の小分子 RNA で、現在ヒトで 2,000 種ほど報告され
理に有用な可能性がある。本研究ではこれまでに見出し
ているが、ひとつの microRNA が複数の mRNA を標的
たアピゲニンの microRNA 合成・機能阻害効果の知見
として結合し、それらの遺伝子からの蛋白発現を負に制
を元に、miR122 の合成阻害を介した C 型肝炎ウイルス
御することで様々な生理機能を発揮することが近年明ら
増殖抑制効果について検証した。
1)
かになってきた 。我々は microRNA が多彩な生理作用
を持つという点でポリフェノールと類似していることに
方法・結果
着目し、「ポリフェノールの持つ生理作用の多様性は、
1.
アピゲニンは miR122 の産生を抑制する
多彩な生理作用をもつ microRNA の機能変化によって
ヒト肝癌細胞株である Huh7 細胞にアピゲニンを添加
惹起されている可能性がある」という仮説を立ててこれ
後 5 日目の細胞中の成熟 miR122 発現量を RT-PCR 法で
を検証した。その結果、ブロッコリー・パセリなどの緑
定量した。TRBP が関与しない microRNA の一つ let-7g
色野菜やカモミール茶に多量に含まれるポリフェノール
を Control として用いたところ、let-7g の発現量は変化
の 中 の フ ラ ボ ノ イ ド 属 の ひ と つ ア ピ ゲ ニ ン が、
しなかったものの、miR122 はアピゲニン濃度依存的に
microRNA の成熟過程に関与する TRBP というタンパク
有意な低下を認めた(図 1a)。また、Northern blotting
のリン酸化を MAPK 経路依存性に抑制し、TRBP に依
でもアピゲニン存在下での miR122 の発現低下を確認し
存して合成される一群の microRNA の産生を低下させ
た(図 1b)。 一 方、miR122 の 前 駆 体 で あ る miR122
その機能を抑制するということを見出した。その具体的
precursor はアピゲニン濃度依存的に増加しており(図
な効果として、耐糖能異常に関与することが報告されて
1c)、アピゲニンが precursor から miR122 への成熟の過
いた microRNA-103(miR103)2)に着目し、アピゲニン
程を阻害していると考えられた。
が miR103 の生成を抑制することによって耐糖能異常を
次に、miR122 のターゲット領域を 3′-UTR に持つルシ
改善する効果があることをマウスモデルで検証し報告
フェラーゼレポーターを細胞に導入し、miR122 の機能
3)
し た 。 ア ピ ゲ ニ ン は TRBP を 介 し て 生 成 さ れ る
をルシフェラーゼアッセイで評価した。この系において
microRNA の一群の機能を抑制すると考えられるが、そ
miR122 はルシフェラーゼの発現を抑制するが、アピゲ
の中で microRNA-122(miR122)もアピゲニンによっ
ニンの濃度依存的にルシフェラーゼ活性の上昇を認め、
て合成が阻害される microRNA のひとつであった。
アピゲニンが miR122 の機能を抑制していると考えられ
た(図 1d)。また、miR122 のターゲット領域に変異を
miR122 は肝細胞特異的に発現し、脂質代謝や鉄代謝
4)
など肝臓の多彩な機能に関わる microRNA である とと
導入したレポーターではルシフェラーゼ活性の変化はな
もに、C 型肝炎ウイルス(HCV)の複製を「正」に促す
く、活性変化は miR122 の特異的な作用を反映している
ことが示されており5)、実際に miR122 のアンチセンス
と考えられた。なお、アピゲニン濃度は 5 μM まで上げ
核酸が小規模の短期臨床試験(Phase 2)で C 型肝炎ウ
ても有意な細胞毒性を認めず、50 μM ではわずかに細胞
1
大
野 元
子
図 1 アピゲニンの miR122 産生抑制効果
数の低下がみられた(図 1e)。
2.
アピゲニンは miR122 発現抑制を介して HCV 複製
を抑制する
miR122 が HCV 複製に促進的に働くことから、アピゲ
ニンが miR122 発現抑制を介して HCV 複製を抑制する
という仮説を立て、これを検証した。この際、HCV レ
プリコンによるレポーターコンストラクト(Huh7-Feo)
を 持 つ Huh7-Feo 細 胞 を 用 い た。 こ の レ プ リ コ ン は、
HCV の 5′ IRES の下流にルシフェラーゼ遺伝子とネオマ
イシン耐性遺伝子による融合遺伝子 Feo を持ち、細胞内
の HCV 複製をルシフェラーゼ活性によってモニターで
きる(図 2a)。この細胞にアピゲニン添加後 5 日目にル
シフェラーゼ活性を測定すると、アピゲニン濃度依存的
にルシフェラーゼ活性は有意に低下(すなわち HCV 複
図 2 アピゲニンの miR122 抑制を介した HCV 複製抑制効果
製の低下を示唆)しており、5 μM のアピゲニン処理後
では miR122 アンチセンスを導入したものとほぼ同程度
中の miR122 が増加していることを Western Blotting で
の低下であった(図 2b)。Western Blotting でも同様に、
確認(図 2d)、アピゲニン添加によるルシフェラーゼ活
アピゲニンによるルシフェラーゼの発現抑制を確認した
性をみると、miR122 高発現細胞ではアピゲニン存在下
でもルシフェラーゼ活性低下を認めなかった(図 2e)。
(図 2c)。
以上より、アピゲニンは miRNA 発現抑制を介して HCV
次に、合成 miR122 の導入がアピゲニンの効果に拮抗
複製抑制効果を阻害すると考えられた。
するかどうかを調べた。まず合成 miR122 導入後の細胞
2
食品成分アピゲニンのマイクロ RNA 抑制機構を介した抗 C 型肝炎ウイルス効果の検討
して miR122 の成熟過程を阻害し、結果として miR122
が促進的に働く HCV 複製が抑制されると考えられる。
考
察
慢 性 C 型 肝 炎 の 治 療 に お い て は、 近 年 DAA 製 剤
(direct acting antiviral drug)の進歩により治療効果が
目覚ましく向上してきており、アピゲニンの HCV 複製
抑制効果がどれほど寄与できるかは不明である。しか
し、DAA が高価であることから経済性・利便性の問題、
図3
また DAA 耐性株を持つ治療無効な患者などの問題も存
ア ピ ゲ ニ ン の HCV 複 製 抑 制 効 果 に 対 す る リ ン 酸 化
TRBP の拮抗効果
在している。我々の見出したこの知見により、例えばア
ピゲニンと従来の治療を組み合わせるなど、アピゲニン
3.
リン酸化 TRBP はアピゲニンの HCV 複製抑制効果
が HCV の制御に補助的な役割を果たすことができるか
を阻害する
もしれない。また、miR122 が脂質代謝にも関与してお
アピゲニンの microRNA 産生抑制効果が TRBP リン
り、miR122 の発現抑制がコレステロールを低下させる
酸化抑制によるという以前の実験結果を踏まえ、flag-
効果も示唆されることから、アピゲニンのサプリメント
Tag 付き TRBP、および活性型であるリン酸化 TRBP の
や補助食品の開発など、新たな予防法・補助治療法とし
mimic(TRBP(SD)
: TRBP のセリンをアスパラギン酸
て発展することも期待できる。
に置換)の発現コンストラクトを作成した。これらのコ
謝
ンストラクトを 293T 細胞に導入すると、共に同程度の
辞
発現を認めた(図 3a)。次に、レンチウイルスを用いて
本研究を遂行するにあたり、助成を賜りました公益
TRBP および TRBP(SD)安定発現 Huh7-Feo 細胞株を
財団法人三島海雲記念財団に心より感謝申し上げます。
作成し、これらの安定発現株にアピゲニンを添加したと
文
ころ、TRBP(SD)発現株では miR122 の発現が有意に
高く、アピゲニン存在下でも miR122 発現は低下しな
献
D. P. Bartel:
, 116, 281–297, 2004.
M. Trajkovski, et al.:
, 474, 649–653, 2011.
M. Ohno, et al.:
., 3, 2553, 2013.
A. Takata, et al.:
., 59, 187–
203, 2013.
5) C. L. Jopling, et al.:
, 309, 1577–1581, 2005.
6) H. L. Janssen, et al.:
., 368, 1685–1694,
2013.
7) C. Shibata, et al.:
, 462–463, 42–48, 2014.
1)
2)
3)
4)
かった(図 3b)。また、ルシフェラーゼ活性(HCV レプ
リコンの複製)の低下も認めなかった(図 3c)。つまり
TRBP(SD)はリン酸化 TRBP の機能を持ち、アピゲ
ニンの miR122 発現抑制作用をキャンセルしていると思
われた。
以上より、アピゲニンは TRBP のリン酸化抑制を介
3