07P229_樋口 翔吾

平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅱ
論文題目
両親媒性物質との分子複合体形成を用いた殺菌剤の開発
Studies on Development of the disinfectant using complex formation
with an amphiphilic substance
物理薬剤学研究室 6 年
07P229
樋口 翔吾
(指導教員:飯村 菜穂子)
要 旨
近年、外界からの様々なストレスによる目に見える皮膚疾患が急増している。皮膚疾患を
治療する上で殺菌剤等の薬剤が頻繁に使用されているが、患者のニーズにあった、且つ薬
の適正使用の理想に近づく薬剤の開発は、まだ発展途上ともいえる。殺菌成分が剤形設計
するにおいて溶解性の悪い、分解されやすいなども解決しなくてはならない問題の一つで
ある。
現在の医療現場における殺菌剤の動向等を知るため卒業研究Ⅰでは皮膚感染症や殺
菌剤の分類や特徴について比較し調査してきた。医療機関では消毒、殺菌を目的にアルコ
ール、アルデヒド類やヨードチンキ製剤等が広く使用されている。しかし揮発性が高いため
に起こる粘膜、皮膚へのトラブル、薬剤特性による器具腐食等々問題点は多い。
これまで当研究室では、「両親媒性物質との分子複合体形成とその新しい機能性付加」
について研究を進めている。両親媒性物質でもあるカチオン性界面活性剤もその殺菌作用
が医療現場において高く評価されている物質である。
そこで今回、当研究室での研究成果を利用した新しい殺菌剤の開発を主な目的に、界面
活性剤にはそれ自身に殺菌作用があるが、殺菌剤の 4-Chloro-m-cresol との複合体を形
成すれば、より効果的な殺菌剤に改善されるのではないかという発想のもと、複合体形成を
試みた。殺菌作用を持つ薬物と両親媒性物質間で作製した分子複合体について殺菌効果
を検討したところ、グラム陰性菌の大腸菌に対して高い効果を確認し、その効果が分子複合
体化することで発揮されることが明らかになった。
キーワード
1.殺菌剤
2.耐性菌
3.皮膚感染症
4.両親媒性物質
5.界面活性剤
6.分子複合体
7.4 級アンモニウム型界面
8.4-Chloro-m-cresol
活性剤
9.紫外線可視吸光光度測
定
10.大腸菌
12.新規殺菌剤開発
11.グラム陰性菌
目 次
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
1.はじめに
2.実験
3.実験結果
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5
4.考察
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7
5.おわりに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7
6.謝辞
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
8
引用文献
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
9
論 文
1. はじめに
20 世紀に飛躍的な発展を遂げた治療に感染症の化学療法がある。その中で殺菌剤
は頻繁に使用されている 1。殺菌剤とは、微生物学的に広く微生物を殺菌する薬剤のこと
を言い、消毒とは特に医療関係で用いられる言葉で、病原菌を死滅させる、或いは感染
能力をなくすなどの方法で無害にすることを言い、それに用いられる薬剤が消毒薬であ
る1。感染症治療薬に殺菌剤が用いられてから 60 年が経つが、この間様々な種類の殺菌
剤が発見・開発されてきた 2。来院者には抗生物質が処方され、院内設備には消毒薬な
どの様々な殺菌剤が使用されている。しかし、顕著な効果が認められる一方で、微生物
は殺菌剤に対する耐性を獲得し続け、様々な耐性菌の発現が大きな問題となっている。
また、殺菌剤の不適正な使用が微生物の抵抗性増加の原因になっているということがこ
こ数年増え、耐性菌出現の温床となっている。そして、種々の殺菌剤に同時に耐性を獲
得するなど、現在では治療困難な耐性菌が増加している。その作用機序も解明されつつ
あるが、現在でもなお、新しい耐性菌に対する新薬開発の努力が繰り返されている 1,2。
殺菌剤は薬剤師が取り扱う薬剤の中でも使用頻度が高いとされる薬剤であり、種々の疾
患に対してその効力を発揮する大切な薬剤である。感染症治療には、適切な殺菌剤を
選択し、必要な量を適切な期間投与するといった殺菌剤の適正使用が耐性菌発現防止
のためには重要である。その際、薬剤師は適切な殺菌剤を選択・利用するために様々な
薬剤の特徴や分類などを知っておかなければならず、最適な薬剤を熟考しなければなら
ない 2。その一方で、殺菌剤に関することでは、薬剤師の医療現場における役割拡大の
大きな武器となるものである。
新規薬剤の開発、製剤技術の発展には様々な手法の導入、提案がなされている 3 が、
近年両親媒性物質が様々な有機化合物、金属カチオンなどの分子を認識し複合体化す
ることで、種々薬物分子の安定化、溶解性等の物性向上や改善など新しい性質の付加、
発現を可能にすることが見出されている 4。両親媒性物質とは、分子内に親水基(水にな
じみやすい部分)と疎水基(油になじみやすい部分)を持つ物質であり、界面の性質を著
しく変化させる性質があることから界面活性剤とも呼ばれている。このような構造をもつ両
親媒性物質の共存が、本来混合させることが難しい水と油を均一に分散させ、また難水
1
溶液薬物の溶解度を高める働き(可溶化)を示す 5。その他、薬物の浸透性や持続性等
の向上が期待でき、安定な医薬品の提供や反応の場としても重要な役割を担っている 6。
その例として、リポソームに代表される生体内への薬物輸送(ドラックキャリア)や軟膏剤の
基剤としての皮膚内部への物質輸送などに代表される生体膜を介した物質のやりとり等
があげられる 7。当研究室におけるこれまでの研究成果 8,9 にも「両親媒性物質を利用した
製剤化技術の提案」がある。
卒業研究Ⅰでは、各薬剤の特徴や分類、皮膚感染症、耐性菌、薬理作用、体内動態
等に注目し、殺菌剤の適切な使用方法、臨床現場における位置づけ、殺菌剤を扱う薬
剤師の役割について述べてきた。本論文では、当研究室において進めてきた「両親媒性
物質との分子複合体形成と新規機能性の付加」に関しての研究を利用し、これまでにな
い新規の殺菌剤の開発を目標に、既存殺菌剤と両親媒性物質との分子複合体の生成、
その殺菌効果について検討を行った。
2. 実験
2.1 試料
両親媒性物質として 4 級アンモニウム型界面活性剤であり 1 本のアルキル鎖を有する
Hexadecyltrimethylammonium bromide(CTAB)(東京化成)、
Tatradecyltrimethylammonium bromide(MTAB)(東京化成)を選択した。
既存の殺菌剤として 4-Chloro-m-cresol(東京化成)を用いた。実験に使用した物質
の化学構造を図1に示す。
ま た 、 4-Chloro-m-cresol 単 体 、 両 親 媒 性 物 質 単 体 、 両 親 媒 性 物 質 /
4-Chloro-m-cresol 分子複合体、両親媒性物質と 4-Chloro-m-cresol 混合物各々の
殺菌作用の比較をするためにグラム陰性桿菌である大腸菌(Escherichia coli )を用
いて検証を行った。大腸菌は、グラム陰性の桿菌で通性嫌気性菌に属し、環境中、
腸管(大腸)に存在する。食中毒、腸炎、胆嚢炎などの原因菌となる場合もある。
2
4-Chloro-m-cresol
Tatradecyltrimethylammonium bromide (MTAB)
Hexadecyltrimethylammonium bromide (CTAB)
図1 本研究で用いた物質の化学構造
3
2.2 実験方法
両親媒性物質との分子複合体の生成
Hexadecyltrimethylammonium bromide (CTAB)、
Tatradecyltrimethylammonium bromide (MTAB)、
各々の水溶液、メタノール(MeOH)溶液、エタノール(EtOH)溶液、プロパノール(PrOH)
溶液を作成し、等モルのゲスト分子 4-Chloro-m-cresol を添加し、均一溶液を得た後冷
却放置し、沈殿物として分子複合体を得た。
得られた沈殿物は、紫外線可視吸光光度計(UV-160A、SHIMAZU)を用いてモル生
成比の確認を行った。
殺菌効果検討実験
4-Chloro-m-cresol 単 体 、 界 面 活 性 剤 単 体 、 4-Chloro-m-cresol 分 子 複 合 体
(CTAB/4-Chloro-m-cresol ま た は MTAB/4-Chloro-m-cresol) 、 界 面 活 性 剤 と
4-Chloro-m-cresol 混合物(CTAB+4-Chloro-m-cresol)、各々について界面活性剤の
ミセルを形成する濃度点(critical micelle concentration(CMC))前後の水溶液を
調整し、寒天を加えた普通ブイヨン培地に混合固化後、大腸菌を接種し、37℃で
一日培養後、殺菌効果について観察した。CTAB、MTAB の CMC は、それぞれ
9.2×10-4 mol/L、 MTAB: 3.6×10-3mol/L14 である。ミセル形成前後では溶液物性
が大きく異なることから、評価濃度を CMC を境に CMC 前(low と略す)、CMC
後(high と略す)両方を調製しそれぞれの殺菌作用について検討を行った。
4
3.実験結果
3.1 分子複合体の生成
表 1 に示すように CTAB、MTAB それぞれにおいて 4-Chloro-m-cresol との分子複
合体を得ることができ、それぞれ安定に結晶体として単離することができた。
表1
本研究で得られた分子複合体
生成モル比
両親媒性物質/殺菌剤
(両親媒性物質/添加物)
CTAB/4-Chloro-m-cresol
1:1
MTAB/4-Chloro-m-cresol
2:1
3.2 分子複合体の殺菌効果について
大腸菌を用いた 4-Chloro-m-cresol 単体、界面活性剤単体、複合体、界面活性剤と
4-Chloro-m-cresol 混合物の殺菌効果について、24hr 培養後の結果を表 2 に示す。表
2 において菌の増殖が見られた場合には+を、見られない場合には-を表示している。
+の前に書かれている数字は、増殖の程度を表し、大きい数字ほど増殖していることを
示している。
5
表2
大腸菌を用いた殺菌効果の比較
大腸菌の生育
CTAB alone low
2+
CTAB alone high
-
4-Chloro-m-cresol alone low
3+
4-Chloro-m-cresol alone high
2+
CTAB/4-Chloro-m-cresol low
-
CTAB/4-Chloro-m-cresol high
-
CTAB+4-Chloro-m-cresol low
-
CTAB+4-Chloro-m-cresol high
+
MTAB alone low
-
MTAB alone high
-
4-Chloro-m-cresol alone low
-
4-Chloro-m-cresol alone high
-
MTAB/4-Chloro-m-cresol low
-
MTAB/4-Chloro-m-cresol high
-
MTAB+4-Chloro-m-cresol low
+
MTAB+4-Chloro-m-cresol high
+
※low は CMC 以下の濃度に調製、high は CMC 以上に調製
結果より、単に界面活性剤と殺菌剤の mixture は大腸菌の生育が見られたのに対し、
complex では十分な殺菌効果が認められた。また、4-Chloro-m-cresol の殺菌効果は、
CTAB の CMC 近辺の濃度では効果が見られないことがわかった。界面活性剤の CMC
を境に濃度に変化をつけて評価溶液調製を行ったが、濃度は今回の実験にあまり影響
することはなかったと判断できる。
6
4. 考察
CTAB、MTAB ともに殺菌剤である 4-Chloro-m-cresol との間に分子複合体が形成さ
れることがわかった。それらは結晶体として安定に単離することができた。
今回用いた CTAB、MTAB はカチオン性界面活性剤であり、その殺菌作用が医療の
現場で利用されることが知られる。4-Chloro-m-cresol も比較的殺菌効果が高いとされる
薬物の一つである。本研究結果より界面活性剤、4-Chloro-m-cresol それぞれの単体使
用、また両者の mixture 使用に比べ、分子複合体を利用する効果が確認できたことから、
殺菌剤が分子複合体化することによる殺菌作用の増大といった新しい機能性を見いだし
た。分子複合体は大腸菌に高い有効性を示したが、これは脂質に富んだ細胞壁にそれ
と類似した構造の界面活性剤が攻撃し易かったためと考えられる。CTAB の場合、低濃
度の方が効果があったのは、CMC 以上になると界面活性剤分子がミセルを形成し、集
合体を形成するため分子の流動性が低くなり細菌に対する攻撃が減弱したことに起因す
ると考えられる。この研究成果より新規の殺菌剤の提案が期待できる。
5.おわりに
分子複合体を形成することで大腸菌に対する殺菌作用の向上が図られていることが今
回の実験で明らかとなった。本研究において獲得した分子複合体についてさらに、各種
細菌に対する効果の検証や殺菌作用の持続性等々について今後研究を展開させること
で、ひいては臨床現場においても応用できる有用性高い新規の薬剤として期待できる。
この両親媒性物質との分子複合体形成における様々な新しい機能性の付加が新薬開
発、製剤設計に大いに貢献できると考えている。
7
謝 辞
本論文を作成するにあたり、終始ご指導頂きました新潟薬科大学薬学部物理薬剤学
研究室准教授飯村菜穂子先生に心より感謝申し上げます。また本論文作成にあたり有
益なご意見、ご助言を賜りました新潟薬科大学薬学部微生物学研究室准教授福原正博
先生に心より感謝申し上げます。
8
引 用 文 献
1.西野敦、冨岡敏一、冨田勝己、小林晋、「抗菌剤の科学、安全性と快適性を求めて」、
志村幸雄、株式会社 工業調査会、p39-55(1996)
2.古川雄彦、仲川義人、「抗生物質の種類と使用状況」、薬局、南山堂、
vol54,3,p2-16(2003)
3.NEW パワーブック 生物薬剤学、金尾義治、森本一洋、3 刷、廣川書店、
411-433(2008)
4.小原正明、古賀憲司、平岡道夫、柳田博明、ホスト・ゲストケミストリー、1 版、株式会社
講談社、1-127(1984)
5.Yuji Ohashi,Keiji Sawada,Nahoko Iimura “Complex Formation of
Surfactants with Aromatic Compounds and their Pharmaceutical
Applications” Organic Crystal Engineering:Frontiers in Crystal
Engineering,Edward R.T.Tiekink,Jagadese Vittal,Michael
Zaworotko,Wiley,101-150(2010)
6.Nahoko Iimura, Keiji Sawada,Yuji Ohashi and Hirotaka Hirata
“Complex Formation between Cationic Surfactants and Insoluble Drugs”
Bulletin of the Chemical Society of Japan,72,2417-2422(1999)
7.吉田時行、進藤真一、大垣忠義、山中樹好、新版 界面活性剤ハンドブック (第 4
版) 、工学図書株式会社、東京都、530-537(2000)
8.飯村菜穂子、丸山友裕、北川修治、大橋裕二 “界面活性剤との分子錯体形成を利
用したハイドロキノンを含有する新しい美白剤の開発とその評価” 日本香粧品学会
誌、29(4),301-313(2005)
9.飯村菜穂子“両親媒性物質との分子錯体形成を利用したハイドロキノン含有美白剤
の開発と臨床的評価” PHARM TECH JAPAN, 22(9), 163-170(2006)
10.M.J.Rosen, surfactant and interfacial phenomena second edition, John
Eiley & Sons, Inc.125-126(1988)
9