漢字の偶発記憶に及ぼす精緻化の型の効果

奈良教育大学紀要 第44巻 第1号(人文・社会)平成7年
Bull. NaraUniv. Educ., Vol. 44, No. 1 (Cult. &Soc.), 1995
漢字の偶発記憶に及ぼす精練化の型の効果
豊 田 弘 司
(奈良教育大学心理学教室)
(平成7年4月4口受理)
Tulving (1972)は、記憶を意味記憶(semantic memory)とエピソード記憶(episodic
memory)に区分しているが、おおむね意味記憶は一般的な知識や概念に該当し、エピソ-ド記
憶は個人的な,LH来事などの記憶に該当するものである。豊田(1987)は、記憶における精教化研
究を展望し、上述したTulvingの主張する区別に対応させて、精微化の型として、意味的精練化
(semantic elaboration)と自伝的精微化(autobiographical elaboration)に区別する枠組み
を提唱した。ここでの意味的精練化は意味記憶から検索された情報を記銘語に付加することであ
り、自伝的精微化とはエピソード記憶から検索された情報を記銘語に付加することである。そし
て、過去の研究を展望してみると、意味的精教化に関する研究は多く、精教化の有効性を規定す
る要因の検討が十分にされているのに対し、自伝的精微化に関する研究は極めて少ないことが指
摘されている(豊田,1987) 。
ところで、自伝的精微化という用語を最初に使ったのは、 Warren, Chattin, Thompson, &
Tomsky (1983)であるが、彼らの研究では、自伝的精敵化を促す方向づけ課題として時間系列
評定課題を用いていた。この課題は、記銘語の示す対象を「最近ではいつ見たか」について6段
階(分、時、目、過、月、年;見ていないという段階を入れれば7段階)で評定させるものであっ
た。そして、この課題が記銘語の示す対象に関する快一不快評定課題よりも偶発記憶成績を促す
ことを明らかにしている。しかし、彼らの研究で用いられた時間系列評定課題も快一不快評定課
題もともに自伝的精練化を促すものであると考えられる。つまり、時間系列評定においては、被
験者白身が対象を見た最近の出来事を思い出すわけであるし、快一不快評定の場合には、被験者
自身の過去の出来事が想起されるわけである。彼らは自伝的精練化を促す2つの課題の記憶成績
の差は検討したが、自伝的精教化と意味的精微化の有効性に関する比較は行っていなかった。そ
こで、豊田(1989)の実験2では、漢字を記銘語として、自伝的精教化を促す方向づけ課題とし
て漢字から連想される過去の出来事の量を評定させる課題を用い、意味的精教化を促す方向づけ
課題としては漢字から連想される語の量を評定させる課題を用いて、両者の方向づけ課題での偶
発自由再生率を比較したが、両者の間に差は認められなかった。しかし、意味的精練化を促す方
向づけ課題においても、被験者によって連想された語は被験者自身の個人的な出来事に関する情
報である可能性がある。もし、そうであるならば、この意味的精微化を促す方向づけ課題は、部
分的には自伝的精練化を促していたと考えられ、それ故、両課題間の偶発自由再生率に差がなかっ
たのかもしれない。
本研究では、上述した可能性を考慮し、意味的精教化を促す方向づけ課題を改良して、両精撤
化間の有効性を比較することにした。具体的には、意味的精教化を促す方向づけ課題として、豊
田(1985)で用いられた形容詞対による評定課題を用いた。形容詞による評定であれば、被験者
白身の個人的な出来事が想起されずに、意味記憶からの情報が漢字に付加されると考えたからで
229
230
?;. hi i!. =`l
ある。一方、自伝的精練化を促す方向づけ課題においても、過去の出来事の量に関する尺度によ
る評定だけでなく、記銘語(本研究では漢字)から思い出される過去の出来事に関する感情価を
評定する尺度と、思い出された過去の出来事の鮮明度を評定する尺度を設けた。この2つの尺度
を付け加えたのは、豊田(1989)の実験3と4及び豊田(1992)において自伝的精教化の有効性
を規定するのは、記銘語に付加される自伝的情報の質であり、その質として自伝的情報の感情価
と鮮明度が重要な安川として指摘されているからである。
ところで、先の一連の研究(豊田, 1985, 1989, 1992)では漢字を記銘語に用いたが、漢字に
は、アルファベットやひらがななどと異なる大きな特徴がある。井ト斎藤・野村(1979)は、
梅村(1978)や海保(1975)の研究を取り上げ、ひらがなやカタカナなどは、形態から音韻そし
て意味へと処理が進んでいくのに対して、漢字は形態からすぐに意味処理に至る可能性の高いこ
とを指摘している。それ故、漢字の記憶にとって形態処理は意味処理と同じくらい有効であると
考えられる。 Craik & Lockhart (1972)は、深い水準での処理すなわち意味処理が浅い水準で
の処理すなわち形態処理よりも記憶を促進するという処理水準説を提唱している。この処理水準
説は多くの研究で支持されてきたが(Hyde, 1973 ; Hyde & Jenkins, 1969 ; Craik &
Tulving, 1975) 、漢字を記銘語にした場合には、意味処理と形態処理の間に差が生じてない場
合も認められている(北尾・馬場園, 1980) したがって、漢字の記憶においては漢字の形態的
情報を付加する形態的精微化が意味的精練化と同じくらいの効果をもつと予想できるが、自伝的
精練化の効果との比較は不明である。そこで、本研究の第1の目的は、漢字の偶発自由再生に及
ぼす自伝的精微化、意味的精教化及び形態的精微化の効果を比較することである。
また、先に述べた豊田(1989)では、自伝的精教化と意味的精教化の有効性を直後再生テスト
のみで比較していた。しかし、自伝的精練化の効果は時間の経過とともに意味的精教化の効果よ
りも増していく可能性も考えられる。また、 Bach & Underwood (1970)は、時間の経過とと
もに意味的情報が形態的な情報や音韻的な情報よりも多く保持されることを指摘している。した
がって、形態的精練化の効果は時間の経過とともに低下すると予想される。このように、 3つの
精微化の効果を直後再生と遅延再生の両方で比較した研究はない。そこで、本研究の第2の目的
は、直後再生だけでなく、 1週間後の遅延再生に及ぼす自伝的精教化、意味的精練化及び形態的
精練化の効果を検討することである。
さらに、豊田(1989)の実験2、 3及び4では、自伝的精微化の有効性を規定する要因として、
記銘語から思い出す過去の出来事(自伝的情報)の量、過去の出来事に関する感情価(快-不快)
及び思いだした過去の出来事の鮮明度を明らかにしている。そして、豊田(1992)では、この3
つの要因の中で最も有力な要因を決定するために、自伝的情報の量、感情価及び鮮明度を組み合
わせた条件で最も正再生率の高い条件を検討した。その結果、鮮明度が高いという評定を受けた
記銘語が最も正再生率が高く、自伝的精撤化の有効性を規定する最も重要な安国は、鮮明度であ
ると結論された。もし、この結論が正しければ、 1週間後の遅延再生テストにおいても、記銘語
から思い出す過去の出来事の鮮明度尺度の評定段階が高くなるにつれて正再生率が高くなるであ
ろう。しかし、量尺度や感情価尺度の場合にはそのような評定段階の上昇に伴う正再生率の増加
は認められないであろう。この予想を検討するのが、本研究の第3の目的である。
偶発記憶に及ぼす精練化の型の効果
231
実 験1
日 的
本研究の第1の目的のために、以トの実験が計画された。実験1では、精練化の型を被験者内
要因として検討する。
方 法
実験計画 精教化の型を被験者内要因とする1要田計画が用いられた。精練化の型には、自伝
的精教化、意味的精微化及び形態的精微化が含まれていた。
被験者 被験者は大学生69名(男子15、女f・54)であり、平均年齢は、 20歳6か月(19歳11か
月∼23歳5か月)であった。
材 料 a)漢字刺激 被験者が方向づけ課題において評定する漢字(以下、 T)には、 30字
が用いられた。これらのTは、豊田(1989)と同じものであり、 1文字で意味をもつ比較的具体
性の高い名詞が選ばれた(茶、川、糸、薬、駅、 H、本、歯、犬、油、星、鏡、氷、柱、絵、服、
石、馬、詩、海、橋、イと、筆、月、旗、空、虫、竹、鳥、港)。なお、北尾・八田・石田・馬場
園・近藤(1977)の表において、これらの漢字の熟知度は3.5-5.3 (平均4.7) 、 C価が69-97
の範囲に分布するものであった。
b)評定尺度 自伝的精教化条件では、豊田(1989)と同様に、量尺度、感情価尺度及び鮮明
度尺度を用いた。量尺度では、漢字を見て思い出す過去の出来事(ェピソード)の多少を、少な
い一多い、感情価尺度では、漢字を見て思い出す過去の出来事について持つ感情を、悪い(嫌な)
感じ-良い感じ、鮮明度尺度では、漢字を見て思い出す過去の出来事の鮮明度を、ぼんやり-はっ
きりという評定対を用いて評定させた。また、意味的精微化条件では、先行研究(森本, 1982;
豊田, 1985)と同様に、 LIJ本・西村・野村・飽戸・岡部(1960)の形容詞分類表から選んだ3つ
の対を用いた。まず、評価次元では、きれい-きたない、力量次元では、小さい一大きい、活動
性次元では、おそい-はやい、という形容詞対を用いた。さらに、形態的精敵化条件では、豊田
(1985)と同じく、海保・犬飼(1982)の漢字形態評定尺度の中で、お互いに独立した尺度であ
る3つの対、すなわち単純な一複雑な(複雑性) 、でたらめな一規則的な(規則性) 、不安定な
一安定な(安定性)という評定対を用いた。なお、いずれの条件においても、評定方法は6段階
評定法であった。
C)評定リスト a)で述べたTがB6判の用紙1枚に1文字ずつL部の中央に印刷され、評
定尺度はその下に印刷されていた。リストには、自伝的精教化、意味的精教化及び形態的精教化
条件に対応するTが10字ずつ含まれるように配列された。ただし、各精微化に対応する評定対は、
上述したようにそれぞれ3種類あるので、これらの評定対をカウソタ-バラソスすると27種類の
リストを作成することになるが、この内の3種類を用いた.まず、リスト1には、各条件に対応
する評定対として、少ない一多い(自伝) 、きれい-きたない(意味)及び単純な-複雑な(形
態) 、リスト2には、悪い(嫌な)感じ一良い感じ(自伝) 、小さい-大きい(意味)及びでた
らめな-規則的な(形態) 、リスト3でははっきり-ぼんやり(自伝) 、おそい-はやい(意味)
及び不安定な一安定な(形態)が用いられた。なお、いずれのリストにおいても、リスト内のT
の配列及びTと各尺度の割り当て方はラソダムにされ、バッファーの漢字(窓・卵)をリストの
前後に付加して表紙をつけた32ページの小冊子にされた。表紙には、課題の仕方に関する詳細な
説明が記載されており、評定対の種類に対応して評定の仕方がわかるようになっていた。
232
豊 田 弘 司
d)挿入課題用紙 方向づけ課題と自由再生テストの間に挿入課題を行うが、そのための用紙
も用意された。この用紙は、 B4判の人ききで上半分に有意味な文字列、下半分に無意味な文字
列が印刷されているものであった。
e)再生テスト用紙 再生テストの用紙はB6判の大きさであり、再生された順にTを記入で
きる欄が設けてあった。
手 続 実験は、偶発学習実験の手続を用いて集団的に実施された0
a)方向づけ課題 上述した3種類のリストの小冊子のいずれか1つを男女比を考慮して等人
数ずつ(23名) 、被験者に配布し、表紙に記載された課題の進め方に関する説明を黙読させた。
そして、その黒板に例を示しながら課題の進め方について教示を与えた。教示の主な内容は、各
ページに印刷されている評定対に対応して、漢字から思い出す過去の出来事に関する評定(自伝) 、
漢字の示す対象の意味に関する評定(意味) 、漢字そのものの形態に関する評定(形態)を行う
のであるが、その際、 6段階の内の該当する数字に丸印をつけるようにというものであった。被
験者が課題の内容を十分に理解したことを確認した後、実験者の合図に従って1ページにつき20
秒で評定させた。
b)挿入課題 評定終f後、 3分間の挿入課題を行った。被験者は上述の用紙に印刷されたひ
らがな文字列の中から3文字以上でできている名詞を見つけ出して丸印をつけていった。
C)再生テスト 上述の再生テスト用紙を配布し、予告無しの書記自由再生テストを10分間実
施した。
結果と考察
方向づけ課題で用いられた評定小冊子をチェックしたところ、どの被験者にも記入もれはなかっ
た。また、記銘の意図を持った者に挙手を求めたが挙手はなく全員が記銘の意図を持っていなかっ
たことが明らかにされた。
表1の上欄には、 3種類のリストを込みにした、各精撤化条件における平均1上:_再生率が示され
ている。この正再生率を角変換して、・精教化の型を被験者内要因とする分散分析を行った。その
結果、精微化の型の主効果(F(,136,-.03)は有意でなかった。したがって、精微化の型による偶
発記憶に及ぼす効果の違いは兄いだされなかった。豊田(1989)の実験2においても、自伝的精
撤化と意味的精微化の効果の違いは兄いだされなかった。そこでは意味的精微化を促す方向づけ
課題が部分的に自伝的精教化を促すために、両者
の間に差がなかったという可能性が議論された。
表1 精教化の型ごとに正再生率
そこで、本実験では、方向づけ課題を純粋に意味
的情報による精練化を促す評定対を用いたものに
ォ純化ハVl
変えて自伝的精教化と比較した。しかし、本実験
自伝 意味 形態
においても、同じように自伝的精練化との間に差
実験1`
は認められなかった。したがって、豊田(1989)
直後再生 .48 . 48 . 48
の実験2や本実験で用いた直後再生においては、
実験2
自伝的精練化と意味的精撤化の効果の違いは生じ
直後再生 . 48 . 46 . 50
ないといえよう。
遅延再生 . 40 . 25 . 29
Craik & Lockhart (1972)の.処理水準説から
すれば、形態処理は浅い処理であり、記憶に及ぼ
偶発記憶に及ぼす精微化の型の効果
233
す効果は意味処理に比べて劣ると予想される。しかし、本実験において、形態的精練化と意味的
精教化の間には差がなかった。この結果は、同じく漢字を用いた、北尾・馬場園(1980)と1---致
した結果である。したがって、漢字の場合には形態から意味への直接的に処理が進む可能性があ
るために(井上・斎藤・野村、 1979) 、形態の処理は意味的な処理と同様の効果を生むことが追
証されたといえよう。
実 験 2
日 的
本研究の第2及び第3の目的のために、以下の実験が計l*jされたO実験2では、精教化の型を
被験者間要t月とした。
方 法
実験計画 3 (精練化の型;自伝、意味、形態) ×2 (再生テストの型;直後、遅延)の要因
計画であり、前者は被験者間要因、後者は被験者内要凶である。
被験者 被験者は大学生69名(男子19、女子50)であり、男女比を考慮して、 3つの精練化群
にできるだけ、等しく配分した。ただし、被験者の座席の関係から、自伝的精微化群には27名、
意味的精練化群には22名、形態的精教化群には20名が割り当てられた。これらの学生の平均年齢
は、 19歳8か月(18歳4か月∼22歳2か月)であった。
材 料 評価する漢字(T)及び評定対については、実験1と同じものを用いた。ただし、本
実験では、精微化の型を被験者間要因として検討するので、 3つの糖教化群に対応する評定リス
トが作成された。どの群においても、上述したように3種類の評定対を用いているので、 Tとの
カウソタ-バラソスをするために、 Tを10個ずつ3組に分け、 3種類の評定対との対応を考慮し
て、 6種類のリストを作成した。したがって、 3種類の評定対に対して、それぞれ10個のTが割
り当てられることになる。ただし、リスト内での位置を統制するために、リストの最初から3つ
ずつのTを一つのブロックとして、そのブロック内での評定対の順序をランダムにした。これら
のリストは、実験1と同じく、バッファーが加えられ、 B6判の表紙をつけた小冊子にされた。
挿入課題用紙、再生テスト用紙も実験1と同じものを用いた。
手 続 本実験で用いられた手続は、実験1とほぼ同じであった。ただし、本実験では、方向
づけ課題において、群によって評定する内容が異なるので、各群に対応する教示が与えられた。
すなわち、自伝的精教化群には、 Tから思い出す過去の出来事について、意味的精練化群には、
Tの示す対象の意味について、形態的精微化群には、 Tの形態そのものについて評定するように
教示された。また、実験1と同じ手続で直後再生テストが行われたが、 1週間後に遅延再生テス
トも実施された。遅延再生テストの手続は、直後再生と同じであった0
結果と考察
方向づけ課題で用いられた小冊子における記入もれはなく、どの被験者も記銘の意図は持って
いなかった。ただし、自伝的精教化群において1名、意味的精教化群において2名、形態的精教
化群において2名が、 1週間後の遅延再生テストには参加しなかったので、これらの被験者は後
の分析から除いた。
精練化の型ごとの正再生率 各群における直後再生及び遅延再生テストにおける平均正再生率
234
豊 田 弘 司
が、表1の下の欄に示されている。この正再生率を角変換して、 3 (精教化の型) ×2 (再生テ
ストの型)の分散分析を行ったところ、精教化の型の主効果(F(2,6I)-3.75, pく.05) 、再生テス
トの型の主効果(F(I,6D-264.89, pく.01)及び精練化の型×再生テストの型の交互作用(F(2,61)20.25, pく.01)が有意であった。この交互作用について下位検定を行ったところ、直後再生テ
ストでは自伝的精教化、意味的精敵化及び形態的精教化群間に有意差は認められなかったが(自
伝と意味の間はt-.72;意味と形態の間はt-i.37;自伝と形態の間はt-.75) 、遅延再/主テスト
においては、自伝的精練化群が意味的精練化群及び形態的精微化群よりも正再生率が高く(t(61)
-4.17, pく.01 ;t(6i)-2.60,pく.05) 、後2着問に差は認められなかった(t-1.37) 。
本研究の第2の目的は、遅延再生テストにおいて精教化の型の効果を検討することであったが、
直後再生とは異なり、遅延再生においては自伝的精線化が意味的精教化もしくは形態的精教化よ
りも有効であることが示された。自伝的精級化は、記銘語(本研究においては漢字)に対して過
去の出来事に関わる自伝的情報を付加することであるが、自伝的情報はその被験者にとってのエ
ピソード記憶内で安定したものである。さらに、自伝的情報は意味的情報や形態的情報と比較し
て個人的な情報であるが故に、差異性(distinctiveness)が高い。そして、この差異性が高けれ
ば高いほど、検索可能性は高まると指摘されている(Jacoby & Craik, 1979) 。それ故、 1週
間後の遅延再生において、この差異性の高い自伝的情報がまず検索されやすく、この検索された
自伝的情報を手がかりとして、記銘語が検索される場合が多かったと考えられる。一方、意味的
情報や形態的情報は、この差異性が自伝的情報よりも低く、 1週間後において検索される可能性
が低かったと考えられる。それ故、意味的精教化群と形態的精微化群においては、記銘語を検索
するための手がかり情報が自伝的精練化群に比べて少なかったために正再生率が低かったのであ
ろう。また、遅延再生においても、意味的精級化と形態的精練化の間には差は認められなかった。
Craik & Lockhart (1972)の処理水準説では深い意味的処理が浅い形態的処理よりも安定し
た記憶痕跡をもたらすと主張され、 Bach & Underwood (1970)は、時間経過とともに形態的
情報が消失して、意味的情報が優勢になることを指摘している。したがって、遅延再生において
は意味的精練化が形態的精教化よりも有効であると予想された。しかし、漢字が処理される場合
には、形態から意味-と処理が直接的に進むので、形態的精練化群においても意味的な情報が符
号化され、その情報が1週間たった後においても消失されずに残っていたため、意味的精級化と
の差は兄いだされなかったのであろう。
自伝的精練化群の量、感情価及び鮮明度尺度における段階ごとの正再生率 本研究の第3の目
的は、遅延再生において、鮮明度における段階ごとの正再生率の違いが、量尺度や感情価尺度に
おける段階ごとの正再生率の違いよりも顕著であるという予想を検討することであった。豊田
(1989)と同じように各評定尺度の評定値を2段階ごとにまとめ、その段階の平均J上再生率を算
出した。各尺度における評定段階ごとの直後再生及び遅延再生率が表2に示されている。
a)量段階ごとの正再生率 直後再生での量尺度における段階ごとの正再生率を角変換して、
量の段階を被験者内要因とする分散分析を行ったところ、竜の段階の主効果(F(2.50)-3.82,pく.05)
は有意であった。下位検定を行ったところ、 1・2 (少ない)段階及び 4 (中間)段階と評
定されたTの正再生率は、 5・6 (多い)段階と評定されたTの正再生率よりも低かったが(多
いと少ないの間はt(5。)-2.41,pく.05;多いと中間の間はt(5。>-2.37,pく.05) 、前2省間に差は認め
られなかった(t-.04) 一方、遅延再生においては、量の段階の主効果(Fa.m-2.65)は有意
ではなかった。豊田(1989)の実験2は、直後再生において量段階の上昇に伴って正再生率が増
偶発記憶に及ぼす精練化の窄まの効果
235
加することを示し、自伝的精教化の有効性を規
表2 自伝的精練化における評定段階ごとの正再
定する要因は、記銘語に付加される自伝的情報
生率
量であるとしている。本実験の結果も、豊田
評定段階
(1989)の実験2と一致するものであったが、
評定の型 テストの型 1・2 3・4 5-6
遅延再牛においては、量段階の上昇に伴う正再
量 直後再生 . 33 . 31 . 46
生率の増加はなかった。したがって、遅延再生
遅延再生 . 22 . 36 . 49
においては、記銘語に付加される自伝的情報量
感情価 直後再生 .66 .54 .71
は自伝的精教化の有効性を規定する要因とはな
遅延再生 . 53 . 52 . 58
らないことがわかる。
鮮明度 直後再生 .27 .41 .49
b)感情価段階ごとのiE再生率 直後再生で
遅延再生 . 09 . 32 . 41
の感情価尺度における段階ごとの正再/L率を角
変換して、感情価の段階を被験者内要因とする
分散分析を行ったところ、感情価の段階の主効果(F(2,50)-2.15)は有意には至らなかった。有
ノミ封こは至らなかったが、感情価の段階ごとのlE再生率には」二昇傾向が認められ、豊田(1989)の
実験3において兄いだされた結果と-一致する方向にある。しかし、遅延再生については、感情価
のI:_効果(F(2,50)-.63)は有意ではなく、実際の正再生率の値も段階においてほとんど変化がな
かった。この結果から、遅延再生においては、記銘語に付加される自伝的情報の感情価は自伝的
精教化の有効性を規定する要因とはならないことがわかる。
C)鮮明度段階ごとの正再生率 直後再生での量尺度における段階ごとの正再生率を角変換し
て、量の段階を被験者内要因とする分散分析を行ったところ、鮮明度段階の主効果(F(,
-5.01,pく.05)が有意であった。 F位検定を行った結果、 1・2 (ぼんやり)段階に評定され
たTの正再/1工率は、 3・4 (中間)及び5・6 (はっきり)段階に評定されたTの正再生率より
も低かったが(ぼんやりと中間の間はt(5。,-2.32,pく.05;ぼんやりとはっきりの間はt(5。)-3.03,pく.01) 、
後2著聞に差は認められなかった(t-.07) また、遅延再生においても、鮮明度段階の主効果
(F(2,0)-12.44, pく.01)が有意であった。豊田(1989)の実験4は、直後再生において鮮明度
段階の上昇に伴って正再年率が増加することを示し、自伝的精教化の有効性を規定する要因は、
記銘語に付加される自伝的情緒の鮮明度であるとしている。本実験の結果も、豊田(1989)の実
験4と一致するものであり、さらに、遅延再生においても鮮明度段階の上昇に伴う正再生率の増
加が認められた。したがって、遅延再牛においても、記銘語に付加される自伝的情報の鮮明度は
自伝的楕撤化の有効性を規定する要因となることがわかる。
以Lの結果をまとめると、遅延再生では量及び感情価尺度においては評定段階の上昇に伴う止
再生率の増加が認められないが、鮮明度尺度においてはその増加が認められた。豊田(1992)は、
自伝的精微化の有効性を規定する安閑の中で自伝的情報の鮮明度が最も重要な要因であることを
示しているが、本実験の遅延再生においても自伝的情報の鮮明度が正再生率を規定していること
が明らかになったことは、豊田(1992)の主張を追証するものといえる。
要 約
本研究では、大学生を被験者として、漢字の偶発記憶に及ぼす精微化の型の効果を検討するた
めに、 2つの実験を行った。実験1では、精教化の型を被験者内要因として検討した。先の研究
'i H Ill. .・l
236
(豊田、 1989)における意味的精微化を促す方向づけ課題と自伝的精教化を促す方向づけ課題を
変えて、形態的精教化の有効性とも比較したが、 3つの精微化の有効性においては有意差は認め
られなかった。実験2では、精微化の型を被験者聞要因として検討した。その結果、直後再生に
おいては3つの精練化群間に差はなかったが、遅延再生においては自伝的精練化群が意味的精教
化及び形態的精教化群よりも有効であることが示された。さらに、自伝的精級化群において、呈
尺度、感情価尺度及び鮮明度尺度の評定段階ごとの正再生率を比較したが、遅延再生においては
鮮明度尺度における段階による違いが認められたのみであった。したがって、自伝的精練化の有
効性を規定する要因の中で最も重要なのは、自伝的情報の鮮明度であることが追証された。
引用文献
Bach, M. J. , & Underwood, B. J. 1970 Developmental changes in memory attributes.
Journal of Educational Psychology, 61 , 292-296.
Craik, F. I. M., & Lockhart, R. S. 1972 Levels of processing : A framework for memory
research. Journal of Verbal Learning & Verbal Behavior, ll , 671-684.
Craik, F. I. M., & Tulving, E. 1975 Depth of processing and retention of words in episodic
memory. Journal of Experimental Psychology : General, 104 , 268-294.
Hyde, T. S. 1973 Differential effects of effort and type of orienting task on recall and organization
of highly associated words.
Journal of Experimental Psychology, 97, 111-113.
Hyde, T. S. , & Jenkins, J. J. 1969 The differential effects of incidental tasks on the organization of recall of a list highly associated words. Journal of Exかrimental Psychology , 82, 472-481.
井上道雄・斎藤洋典・野村辛正1979 漢字の特性に関する心理学的研究-形態・音韻処理と意味の抽LLl卜
心理学評論, 22, 143-159.
Jacoby, L.L. , & Craik.F.I.M. 1979 Effects of elaboration of processing at encoding and retrieval^Trace distinctiveness and recovery of initial context. In Cermak.L.S. , & Craik.F.I.M. (Eds.)
Levels of priαessing in hu刑αn memory.
Hillsdale, N.J. :Lawrence Erlbaum Associates,Pp.ト20.
海保博之1975 漢字意味情報抽出過程 徳島大学学芸紀要 24,ト7.
海保博之・犬飼幸男1982 教育漢字の概形特徴の心理的分析 心理学研究, 53, 257-260.
北尾倫彦・馬場園陽一1980 漢字の偶発記憶における意味的符号化の効果について人阪教育入学紀要 第
Ⅳ部門, 29, 15-23.
北尾倫彦・八田武志・石田雅人・馬場園陽一・近藤淑子1977 教育漢字881の具体性,象徴性および熟知
性 心理学研究 48, 105-111.
森本 博1982 Semantic Differential法による漢字の分析(3) 神戸山手女子短期大学紀要, 25,ト1
7.
豊田弘司1985 漢字の偶発記憶に及ぼす符号化された属性の数および差異性の効果心理学研究56, 36-40.
豊田弘司1987 記憶における梼敵化(elaboration)研究の展望心理学評論30, 4,402-422.
豊田弘司1989 偶発学習に及ぼす自伝的精教化の効果教育心理学研究37, 234-242.
豊田弘司1992 自伝的精微化における符号化属性数 奈良教育入学紀要 人文・社会科学, 41, 18ト187.
Tulving, E. 1972 Episodic and semantic memory. In Tulving.E- , & Donaldson,W. (Eds.) Orgardzation of memory, New York:Academic Press Pp.381-403.
梅村智恵子1978 複合語(熟語)の意味構造と語嚢判断について(2) El本心理学会第42W入会発表論文
集670-671.
偶発記憶に及ぼす精微化のョの効果
237
Warren,M.W. ,Chattin,D..Thompson,D.D. , & Tomsky.M.T. 1983 The effects of autobiographical elaboration on noun recall. Memory & Cognition, ll,445-455.
山本和郎・西村怒彦・野村健二・飽Ti 弘・岡部蓉f・ 1960 SD法による日本語の意味的構造の研究 市
場調在, 82, 3-16.
く付,fd>本研究の実験2の材料作成及びデータの整理に関しては平成3年卒業の吉田真奈美さんの協ノ)を得
た. .言止して感謝の意を表します。
238
Effects of Types of Elaboration on Incidental Memory of Kanji
Hiroshi Toyota
{Department of Psychology, Nara University of Education, Nara, 630, Japan)
(Recieved April 4, 1995)
Two experiments were carried out to investigate the effects of the following three
types of elaboration on incidental memory of Kami wordsAutobiographical elaboration,
semantic elaboration and graphemic elaboration.
In the first experiment, the subjects were presented each target and asked to rate
it on each 6-i)oint rating scale. Three types of rating scales were used : the autobiographical
scale (the quantity, the pleasantness or the vividness of personal experiences on each
Kanii target), the semantic scale (the beauty, the size, or the speed of object
indicated by each Kanji target) and graphemic scale ( the complexity, the regularity,or
the stability of the graphemic feature of each Kanji itself). The performance of
targets recalled did not vary as a function of type of elaboration.
In the second experiment, the subjects were divided into three groups in terms of
types of elaboration. The subjects were given the immediate and the one-week
delayed free recall tests. The differences of performance among three groups were not
observed in the immediate tests. Recall performance showed no effect of type of
elaboration on immediate free recall. But the subjects in autobiographical elaboration
performed better than those in semantic and graphemic elaborations in the one-week
delayed recall. These results were interpreted as showing that the autobiographical
elaboration was more effective than semantic and graphemic elaborations. The
immediate recall performance varied as a function of quantity, pleasantness and
vividness rated by the subjects. But the delayed recall performance varied as a
function of the vividness only. These results indicated that the vividness of personal
experience was critical for the effectiveness of autobiographical elaboration.