消費税に軽減税率? - 税理士法人今仲清事務所

平成27年11月号
遺言控除創設? 消費税に軽減税率?
いよいよ政府与党で平成28年度税制改正の議論が始まりました。今年は
12月11日ごろに平成28年度税制改正大綱が公表されるものと思われます
が、私たちに身近な税に関する改正は非常に気になるところです。
食品に係る消費税率を低い税率にする軽減税率の導入を公明党が必死
になって実現しようとしています。自民党も安保法案実現の見返りにこれを
実現するよう税制調査会の幹部を入れ替えました。財務省が提案した日本
型軽減税率は廃案のようです。年末に向けてこの課題を中心に議論される
ようです。
経済産業省からは「役員給与の損金算入範囲の見直し」「取引相場のな
い株式の評価方式の見直し」など、金融庁
からは「上場株式等の相続税評価の見直
し」など、農林水産省からは「農地を中間
管理機構に貸し付けた場合の固定資産
税の免除」などそれぞれ気になる改正
要望が出ています。
自民党の「家族の絆を守る特命委員会」
では、遺言控除制度の導入を求める決議
がされており、その内容と実現可能性が
注目されます。今月はこれらについて
まとめることとします。
1.「遺言控除」制度を自民党が提案
(1)遺産分割事件は10年で3割増加
最高裁判所の司法統計によると、平成25年に調停や審判に至った遺産分割事
件の新規受件数は15,195件で、10年前の11,556件から約31%増加しています。平
成23年の全国の死亡者数は1,253,453人ですが、司法統計による相続に関する相
談件数は174,494件に上っており、なんと約14%もの相続について親族間で訴訟
にならないまでも家庭裁判所に相談していることになります。
(2)財産額の多寡は争いには関係ない
一方で平成25年度に認容・調停成立した遺産分割事件件数の相続財産額別の
件数は次の表のようになっています。総数8,994件のうち財産総額5,000万円以下
が全体の75%を超えており、争いになるかどうかは財産の多い少ないとは関係が
ないことがわかります。
【図表】 平成25年度に認容・調停成立した遺産分割事件件数
相続財産額
件数
5,000万円以下
6,753 件
5,000万円超1億円以下
1,079 件
1億円超
608 件
不 明
554 件
総 数
8,994 件
(3)まだまだ少ない遺言書作成
遺言書は遺言者が自ら自筆で作成した場合でも、住所、氏名、日付、印鑑等
法的に必要な記載要件を満たしていれば形式上は有効ですが、死亡後に自筆証
書遺言に基づいて手続きをするためには、家庭裁判所の検認を受けなければな
りません。平成25年度に家庭裁判所が検認した自筆証書遺言は16,708件だった
そうです。また、平成26年中に作成された「公正証書遺言」の件数は104,490件で
す。公正証書の作成件数はここ数年大きく伸びているのですが、まだまだ少ない
のが現状です。
(4)自民党が遺言控除制度の創設を提言
自民党の「家族の絆を守る特命委員会」は、9月10日に「遺言控除」の創設を盛
り込んだ「家族の絆を強くする税制についての提言」をまとめました。この制度に
ついては、政府税制調査会でも議論されており、年末の与党税制調査会で検討さ
れる可能性があります。
平成27年1月1日から、相続税の基礎控除がそれまでの「5,000万円+1,000万
円×法定相続人数」から、「3,000万円+600万円×法定相続人数」に引下げられ
ましたが、基礎控除に一定の額を上乗せできるようにしようという案です。
提言では、例えば、複数いる子のうち1人だけが親と同居して介護を続けてきた
場合や、長男の妻が長男の死後も長年にわたり献身的に義父を介護してきた場
合など、家族内での介護による貢献がある場合に、被相続人がこれに報いるため
の遺言を残すことにより、家族の貢献に見合った遺産相続が促進され、ひいては
家族の絆を強めることとなるとしています。さらに、被相続人が遺言においてその
所有する建物の所有権の帰趨を明確にしておくことにより、その建物が空家にな
ることを未然に防止する効果も期待できるとしています。
(5)遺言控除の検討課題
遺言控除は基礎控除に上乗せすることが考えられているのですが、次のような
検討課題があります。
(1) 控除額をいくらにするのか
数百万円程度が考えられているようです。仮に300万円とすれば相続税
の累進税の高い部分の税率が30%であれば90万円の減税になります。
(2) すべての遺言書に適用するのか
遺言には秘密証書遺言、自筆証書遺言、公正証書遺言などがあります。
これらのすべてに適用するのか、限定するのかがあります。また、民法上
効力を生じない場合もありますので、その場合でも控除を認めるのかどう
かという問題もあります。遺言の偽造ということも考えられるため、その対
応策をどうするのかという点も検討課題です。
2.消費税10%引上げ時に食料品に軽減税率か?
食料品に係る消費税率を通常の消費税率より低い税率にする軽減税率の導入
を公明党が必死になって実現しようとしています。自民党も安保法案実現の見返
りに、これを実現するよう税制調査会の幹部を入れ替えました。9月に財務省が
提案した日本型軽減税率は、食料品を買う際に購入金額の2%相当額をポイント
として貯まるように個人番号カードをポイントカードのように利用し、これを後から
金銭で還付しようという制度でした。
公明党がこれでは購入時に軽減を実感できないとして反対し、自民党からも反
対案が出て現状では見向きもされていないような状況です。しかし、本当に軽減
税率を導入することがいいのでしょうか。
(1)低所得者対策というけれど富裕層優遇
公明党は、食料品購入に消費税がかかっているのは低所得者の生活を圧迫し
ており、消費税率が上がれば上がるほど厳しくなるので食料品については税率を
低くすべきだという主張をしているようです。しかし、本当にそうでしょうか。次の表
をご覧ください。1世帯当たりの年間収入別の1カ月当たり食料支出の表です。1
月約20万円以下の収入の世帯(年間248万円)の1月当たりの食料支出は34,456
円ですが、1月約60万円以上の収入の世帯年間722万円)の1月当たりの食料支
出は82,277円で2.38倍です。 食料品に係る消費税率を低くすると低所得者も高額
所得者も同じく恩恵を受けますので、結果的に高額所得者優遇になることは明ら
かです。公明党が言う「低所得者対策」にはならないわけです。低所得者対策とい
うなら、低所得者に食料品の購入に使用できる「消費税軽減商品券」を、例えば
「35,000円×12カ月×(10%-8%)=8,400円」を対象者に配布すればよいでしょ
う。
【図表】 1世帯当たり年間収入五分位階級別家計収支(月額)
第1階級
第2階級
第3階級
第4階級
第5階級
年間収入
~248万円 248~364万円 364~503万円 503~722万円 722万円~
食料支出 34,456 円
50,518 円
59,399 円
65,857 円
82,277 円
└───────── 2.38倍 ──────────>
(出典)2012年総務省「家計調査」(家計収支編)より
(2)軽減税率を導入すると標準税率引き上げ時期は早まる
公明党及び自民党は昨年の衆議院選挙前に「消費税率を10%に引き上げる際
に軽減税率を導入することについて合意した」として、軽減税率導入を前提として
議論を進めています。国民にすれば税率は低いほうが良いに決まっていますの
で、選挙対策としてはそうなるのでしょう。しかし、どの商品やサービスに軽減税率
を導入するにしても、1,000兆円を超える国の債務があることを考えると、消費税率
を将来15%以上に引き上げていかざるを得ないのは明らかです。そうすると軽減
税率を導入することによって標準税率を引き上げるタイミングが早くなることは明
らかなのですから、食料品に軽減税率を導入して標準税率が上がる時期が早ま
ることを選択するのか、食料品に軽減税率を導入しないで標準税率を引き上げる
時期をできるだけ先に引き伸ばすことを選択するのかを、まず国民に問うべきで
はないでしょうか。
確かに消費者にとって食品は、毎日のように購入しますのでその都度消費税の
負担感がありますが、衣服やガソリン、電気・ガス・水道、洗剤その他の日常係る
生活費のほうが金額的には大きいわけで、できるだけ標準税率を低くした方が結
果的に負担は低くなるはずです。それより最近のようにGDPを大きくして結果的に
法人税や所得税収入を大きくすることによって標準税率の引き上げ時期を先送り
した方がよりいいという判断になるかもしれません。
税は国民が選挙で選んだ政治家が決めることといえばその通りかもしれません
が、「軽減税率か標準税率か」の議論が全くないまま、選挙民の耳障りのいい「食
料品の軽減税率」にいきなり行くのはあまりに無責任、安易と言わざるを得ないで
しょう。
【図表】 軽減税率か標準税率か
(3)軽減税率導入でEUは大きな混乱を招いている
消費税の仕組みのことを付加価値税といいますが、EUでは長い歴史がありま
す。そのEUでは消費税に非課税規定や軽減税率を導入したため多くの業界団体
から陳情合戦が起き、大変複雑な制度になってしまい、徴税コストと納税コストが
高くなりすぎています。日本でもすでに各社が、新聞や書籍で軽減税率導入運動
をこぞって主張しています。また、高価な容器に入った食品を開発して軽減税率を
本来は受けることができない容器に適用するなどの節税商品開発競争も起こって
います。なによりもインボイスという税額票がなければ事業者は納税を適正にでき
ないのですが、これを悪用して偽の税額票を売買する犯罪まで起きています。
今のところの議論では、インボイスを導入しない簡易方式でスタートし、その後に
本格的なインボイスを導入するとしていますが、可能な限り単一税率でいくことが
消費者にとっても事業者にとっても国にとってもよいことは明らかでしょう。
低所得者対策は「消費税軽減商品券」を配布することで、できるだけ長く単一税
率で据え置くべきではないでしょうか。
(1) 非課税だけでもすでに多くの税務争訟が生じており、上記の様に標準税
率であるところを軽減税率適用可能とするような商品開発競争を呼ぶ可能
性は、きわめて高い。
(2) 今のところ新聞が代表であるが、今後EU各国と同じように各業界から
の政治要求が頻発する恐れが強い。
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