生物多様性保全による 貧困削減の実現 JICAの取り組み 目次 序文 ……………………………………………………………………………………………………………………… 03 1 生物多様性保全に係るJICA の協力方針 1.1 JICA のビジョンと使命 ………………………………………………………………………………………… 04 1.2 生物多様性保全分野協力方針 ………………………………………………………………………………… 05 1.3 ポスト2010 年目標(新戦略計画)達成へ向けての JICA の取り組み ……………………………………… 16 2 JICA の取り組みと協力事例 2.1 協力実績 【無償資金協力】 【技術協力】 ラオスでの森林セクター協力(ラオス) ……………………………………… 21 【無償資金協力】 【技術協力】サンゴ礁保全・海洋保護区管理支援(パラオ) ……………………………… 22 【有償資金協力】 【技術協力】シッキム州生物多様性・森林管理事業支援(インド)………………………… 22 【無償資金協力】 【技術協力】 【科学技術協力】生物多様性保全支援(インドネシア)………………………… 22 2.2 協力事例 【技術協力】ベレテ・ゲラ参加型森林管理計画Ⅰ、Ⅱ(エチオピア)………………………………………… 23 【技術協力】シレ川中流域における村落振興・森林復旧プロジェクト (マラウイ) ………………………… 23 【技術協力】ユカタン半島湿地保全プロジェクト (メキシコ) ………………………………………………… 23 【技術協力】ボルネオ生物多様性・生態系保全プログラムⅠ、Ⅱ(マレーシア) …………………………… 24 【技術協力】野生生物と人間の共生を通じた熱帯林の生物多様性保全プロジェクト(ガボン)…………… 24 【技術協力・無償資金協力】シードバンク計画(ミャンマー)………………………………………………… 24 【技術協力】ラクロ川及びコモロ川流域住民指導型流域管理計画(東ティモール)………………………… 25 【技術協力】国立公園・自然保護区の管理能力向上プロジェクト (サモア)………………………………… 25 【ボランティア事業】青年海外協力隊 環境教育(ケニア)…………………………………………………… 25 BOX.1 生態系サービス ………………………………………………………………………………………………… 05 BOX.2 生物多様性条約 ………………………………………………………………………………………………… 06 BOX.3 生物多様性減少の直接的要因 ………………………………………………………………………………… 08 BOX.4 3 つの生物多様性とその減少…………………………………………………………………………………… 09 BOX.5 SATOYAMAイニシアティブ …………………………………………………………………………………… 10 BOX.6 REDD-plus(森林減少と劣化の抑制による温室効果ガス排出削減)……………………………………… 12 BOX.7 ミレニアム開発目標(MDGs)…………………………………………………………………………………… 15 BOX.8 シナジー効果 …………………………………………………………………………………………………… 21 略語集……………………………………………………………………………………………………………………… 26 参考文献…………………………………………………………………………………………………………………… 27 02 ― 序 文 ― 私たちの生活は、食糧、水、空気などの供給や、気候の安定などの機能(生態系サー ビス) を有する地球の生態系に依存しています。生物多様性の損失は生態系サービス を劣化させ、人々の生活に強い影響を及ぼします。特に貧困層は生物多様性への依存 度が高いため、 その影響を激しく受けることになり、 開発途上国の各地では生態系サー ビスの劣化によって貧困層の生活が更に悪化するという負の連鎖が発生しています。 貧困削減の実現には生態系をいかに管理・保全していくかが大変重要となります。 国際社会は生物多様性保全の重要性を認識し、1992 年に生物多様性条約を採 択しました。2002 年には条約において 「地球上のすべての生き物と貧困緩和への貢 献を目的として、2010 年までに生物多様性の損失速度を顕著に減少させる」 という 2010 年目標を採択し、各国・地域において取り組みを進めてきましたが、目標は達成 できず、 生物多様性の損失は拡大を続けています。 生物多様性条約事務局は、 人類が地球の生態系を安定した状態で未来の世代に引 き継ぐことができるかどうかは、今後 20 年間の国際社会の取り組みいかんにかかって いるとしています。国際社会の英知の結集と協調が求められている今、2010 年 10 月 に愛知県名古屋市において生物多様性条約第 10 回締約国会議(COP 10)が開催さ れ、今後の取り組みについて協議されるとともに、2010 年以降の新たな目標の採択 が行なわれます。 国際協力機構(JICA) は日本の ODA による二国間援助を一元的に扱う機関として、 開発途上国の経済・社会の開発、復興、そして安定に寄与し、 「人間の安全保障」 の 実現を図ることを目指し活動しています。生物多様性の保全は、開発途上国の脆弱な 人々の生活を守るとともに、国際社会の安定と持続可能な成長に寄与します。国際社会 の一員として地球規模の諸問題に取り組んでいくことは日本の責務であり、JICA では 重要な課題のひとつとして開発途上国における生物多様性保全の取り組みを支援し ていきます。COP10 の開催にあわせて、本冊子において近年 JICA が行なってきた生 物多様性保全に関する活動を紹介するとともに、開発途上国における貧困層の人々の 生活を守っていくために、生物多様性保全に今後どのように取り組んでいくかを明らか にします。 地球環境部長 江島 真也 03 JICA 1章 生物多様性保全に係るJICAの協力方針 「使命」 はすべて、生物多様性保全と密接にかかわって 1.1 JICAのビジョンと使命 います。 生物多様性の減少は、一国にとどまらない地球 規模の問題であり、開発途上国と先進国が協調して取 日本は 1954 年にコロンボプランに加盟して以 り組んでいかなくてはならない課題です (使命①) 。 来、 政 府 開 発 援 助(ODA: Official Development 生物多様性の損失は社会や経済、更には人類の未 Assistance) として、開発途上国に資金的・技術的な 来にも大きな影響を及ぼします。 特に貧困層は最も早く 協力を実施してきました。JICAはODA のうち、 国際機 そして最も深刻に影響を受けると言われています。貧 関への資金の拠出を除く、二国間援助の 3 つの手法、 困層のおよそ7 割が農村で暮らしており、日々の生活 を生態系に直接的に依存しているうえ、代替の手段を 「技術協力」 「有償資金協力」 「無償資金協力」 を一元 とるだけの経済的余裕を持たないケースが一般的で 的に担っています。 あるためです (SCBD 2009) 。JICA では国際協力を JICA では 「すべての人々が恩恵を受ける、 ダイナミッ 推進するに際して、 常に 「人間の安全保障」 の実現に貢 クな開発」 をビジョンに掲げており、以下に示す 4 つの 献する視点を持って臨んでいます。途上国では多くの 「使命」 を果たしていくことによって、このビジョンの実 人々が人道上の脅威にさらされています。生態系破壊 やそれに伴って引き起される災害などは、それらの脅 現を目指しています。 威のひとつとなっています。 人々をそれらの脅威から守 ① グローバル化に伴う課題への対応 るための努力を続けていかなくてはなりません (使命 ② 公正な成長と貧困削減 ②及び④) 。 ③ ガバナンスの改善 生物多様性保全には、各国政府の果たすべき役割 ④ 人間の安全保障の実現 が大きく、政治や行政が適正な判断を下し、政策を実 行していく能力を備える必要があり、多くの途上国では これらJICA が果たしていかなくてはならない 4 つの ■ 図 1.1 生物多様性保全への JICA の取り組み方針 生物多様性保全による貧困削減の実現 基本原則 重点領域 1 生物多様性の保全と 持続可能な利用の推進 重点地域 2 生物多様性保全と気候変動対策の コベネフィットの発揮 (REDD-plus1)) 広域的な取り組みを重視 ア ジ ア:メコン流域 (グリーンメコンイニシアティブ) 1-1 生態系保全 ●保護区管理 ●侵入種対策 1-2 住民参加型資源管理 ●コミュニティフォレストリー ●持続可能な農業・漁業 重点課題 1-3 生態系サービスから生まれる 利益の公正かつ衡平な配分 ●PES2) ●ABS3) 1-4 人々の理解と意識の向上 ●環境教育 2-1 能力向上 ●政策策定支援 ●デモンストレーションプロジェクトの 実施 2-2 森林モニタリング ●リモートセンシングを活用した 森林モニタリング ●MRV4)システム整備支援 2-3 多様なステークホルダーとの連携 ●民間・NGOとの連携 ●住民への配慮 (利益の衡平な配分) 2-4 コベネフィットの発揮 ●生物多様性保全とのコベネフィット アフリカ:サブサハラ 中 南 米:アマゾン流域 大 洋 州:広域 協力スキーム 技術協力 ●プロジェクト ●専門家・ボランティア派遣 ●研修 ●科学技術協力 有償資金協力 無償資金協力 JICAは生物多様性保全の取り組みを実施する際に、特に以下の点に配慮して行います。 1)Reducing Emissions from Deforestation and Forest Degradation ●人間の安全保障の視点 ●自立的な仕組みづくりの視点 2)Payment for Ecosystem Services ●包括的 (分野横断的) な取り組み ●国際条約、 枠組みに沿った協力 3)Access and Benefit Sharing 4)Measurable, Reportable, and Verifiable 04 1 章 生物多様性保全に関するJICAの協力方針 制度の改善や能力の向上に関連した支援を必要とし を基本原則として、開発途上国における生物多様 現」 ています (使命③) 性保全の取り組みを支援していくこととします。 生態系の 「変化」が転換点 (臨界点) を超えてしまう と、生物多様性の激しい損失とそれに伴う生態系サー 1.2 生物多様性 保全分野協力方針 ビス (BOX.1)の劣化が急激に進んでしまう懸念があ ります。 その際、生態系サービスへの依存度の高い貧 JICA では自然環境保全分野での協力をいかに実 困層が最も激しく影響を受けると考えられています。例 施していくかの基本方針を 2008 年に取りまとめまし えば森林の消失や劣化の結果、洪水や土砂崩れなど た。その中で協力の目的を 「自然環境の維持と人間 の自然災害が増加し、飲料水の枯渇、水質悪化を引き 活動との調和を図る」 事と定め、 「住民による自然資源 起し、食料、伝統的薬品、エネルギー源の減少・枯渇 の持続的利用」 、 「生物多様性の保全」 、 「持続的森林 を引き起すことになります。その他生物多様性の損失 経営」 という3 つの開発戦略目標を設定し、取り組ん は農産物の減産、感染症の蔓延、気候変動に対する適 でいます (図 1.2) 。 本冊子では、戦略目標のうちの「生 応力の低下などを引き起し、いずれの場合も貧困層が 物多様性の保全」への取り組みにかかる指針を示し 最も直接的に影響を被り、更なる貧困へと陥っていくと ます。図 1.1は本分野での協力をどのように実施して いう、 負のスパイラルが懸念されています。 いくかを図式化したものであり、この図を元に説明を 環境破壊や災害といった 「脅威」や貧困という 「欠 行います。 乏」 を取り除き、人間の安全保障 1)を実現していくこと はJICA の使命です。協力の恩恵が確実に社会的に弱 ■ 図 1.2 JICA の自然環境保全協力の方針 い立場にある人々に届くよう協力を行っていかなくて 自然環境保全協力の目的 「自然環境の維持と人間活動の調和を図る」 はなりません。貧困層のセーフティーネットの強化など も含め、貧困削減の実現を目的として、生物多様性保 住民による 自然資源の 持続的利用 生物多様性の 保全 全への取り組みを実施していきます。 重点領域と重点課題 持続的 森林経営 JICA では 「生物多様性の保全と持続可能な利用の 推進」 と 「生物多様性保全と気候変動対策のコベネフ ィットの発揮 (REDD-plus) 」の 2 点を重点領域と定 め、それぞれの重点領域に関して決定した 4 点の重点 基本原則 課題に取り組むことによって、重点領域の実現を目指 します。 JICA では 「生物多様性保全による貧困削減の実 BOX.1 生態系サービス 【生態系サービス】 以下 4 つの機能に分類されています。 生態系サービスとは人々が生態系から受ける恩恵をあらわし、 ミレニアム生態系評価 2)では、 供給サービス:食糧、水、木材、繊維、エネルギー源など生態系によって供 給されるサービスです。 調整サービス:空気や水の浄化、 気候の安定化、 土壌浸食や災害の防止、 疫 調整サービス 病や病虫害の抑制など、 生態系の持つ調整的機能による恩恵を指します。 文化的サービス:生態系がもたらす、文化や精神の面に与える非物質的 な恵みです。 文化・宗教・社会制度の基盤、 レクリエーションの機会、美的 文化的サービス リクリエーション・審美的価値 精神的・宗教的価値 教育 な楽しみや精神的な充足を与えるものです。 供給サービス 基盤的サービス:他のサービス全ての基盤となるもので、水や栄養の循環、 土壌の形成・保持など、人間を含むすべての生物種が存在するための環境を 形成し、 維持するものです。 災害の防止 空気及び水の清浄 気候の調節 木材・食材・水等の供給 基盤的サービス 土壌形成 生息地の提供 1)人間の安全保障 : 緒方貞子 (現 JICA 理事長) 、 アマルティア・セン (現ハーバード大学教授) を共同議長とする 「人間の安全保障委員会」 が作成した最終報告書 (2003 年)Human Security Now(邦題「安全保 障の今日的課題」) では、 「人間の安全保障」 を 「人間の生にとってかけがえのない中枢部分を守り、すべての人の自由と可能性を実現すること」 と定義。ひとりひとりのいのちの尊厳や生活を守るために必要と考えられ るのが「人間の安全保障」 という概念で, 中心に捉えるのは 「人間」 であり、人々が着実に力をつけ自立することを重視する考え方である。 (JICAウエブサイト/ 事業紹介 / 人間の安全保障の実現よりhttp://search. jword.jp/cns.dll?type=lk&fm=109&agent=9&partner=BIGLOBE&name=JICA&lang=euc&prop=500&bypass=3&dispconfig=) 2)ミレニアム生態系評価 : 国連の主唱により2001 年から2005 年にかけて行われた、地球規模の生態系に関する総合的評価。生態系が提供するサービスに着目して、それが人間の豊かな暮らしにどのように関係して いるか、生物多様性の損失がどのような影響を及ぼすかを明らかにした。 (平成 21 版環境白書 環境省) 05 JICA の倍以上となり、陸地面積の 12%を占め、12 万ヶ所 重点領域① 以上となっています。一方、絶滅危惧種の存続の為に 生物多様性の保全と 持続可能な利用の推進 その保護が不可欠であると指定 3)された世界の 595 生物多様性と人々の生活には密接な繋がりがあり %にすぎず、 また世界の 825の陸域におけるエコリー ます。人々の生活が生態系サービスとして生物多様性 ジョン 4)すべてにおいて、その 10%以上を保護区に の恩恵を受けて成り立っている一方、生物多様性の減 指定するという目標は56%のエコリージョンにおい 少の主たる5 つの原因 (BOX.3) もまた、人々の生活 てしか達成されていません。 また、保護区のうちの 13 に起因しています。生物多様性条約 (BOX.2) は 「生物 %は管理が明らかに不適切と判定されており、指定さ 多様性の保全」 、 「持続可能な利用」 、そして 「利益の公 れているだけで管理の行なわれていないペーパー保 正かつ衡平な配分」 という3 つの目的に取り組むこと 護区の増加も懸念されています。今後も保護区の効果 によって、問題の根本的解決を目指しています。JICA 的な拡張と適切な管理への取り組みが必要とされて では重点領域①において、生物多様性条約の 3 つの います。 目的にバランスよく対応していきます。 重点課題 1-1 に 人々が生活を営んでいる、貴重な生態系を含む地 おいて多様な生態系の保全に取り組み、 重点課題1-2 域を国立公園などに指定し管理していく場合、人々を において住民参加型の資源管理により、生物多様性資 保護区から排除してしまうのではなく、人々の理解と協 源の持続的な利用を推進します。 重点課題 1-3 におい 力を得ながら、一定のルールを設けた上で共に管理 て生態系サービスや遺伝資源の利用から生じる利益 を行なっていくべきであるとの考え方が主流となりつ の衡平な配分に取り組み、重点課題 1-4 において、環 つあります。 日本の国立公園はそこに暮らす人々、公園 境教育などの手法を用いて、生物多様性保全に係る 内の土地所有者や行政が協力しながら管理してきたと 人々の知識と意識の向上を図り、生物多様性の主流 いう歴史があり、各々の開発途上国の事情に合わせ 化に取り組んでいきます。 た保護区の制度作りや実際の管理において、日本に サイトの内保護区の中に完全に含まれているのは36 協力できる点は多いと考えられています。 重点課題 1-1 JICA ではこれまで、保護区の管理支援をプロジェク 生態系保全 トの実施などを通して行なってきました。 地域住民参加 生物多様性条約は生物多様性には 「生態系の多様 など多岐にわたる保護区管理能力の向上を多様なス 性」 、 「種の多様性」 、 「遺伝子の多様性」 という3 つの テークホルダーを対象に実施してきており (P.19参照) 、 多様性が含まれると規定しています。JICA ではそれら 今後も同様の支援を対象地域の実情に即した形で行 のうち、多様な生態系の保全に中心的に取り組むこと っていきます。 型の手法を用いつつ、調査技術、政策策定、環境教育 を通じて、種や遺伝子レベルでの多様性の保全に貢 献していきます。 森林、 海洋、 淡水、 湿地などの多様な生 [協力項目] 態系を対象とし、具体的には 「保護区の管理」 や 「侵入 ● 地域や国レベルでの保護区制度策定支援 種対策」 などへの協力を行なっていきます。なお、人々 ● 保護区における生態的調査、 社会調査の実施 の生活の営みと関連して形成された生態系 (里山生 ● 保護区と関連したエコツーリズムや環境教育に係 態系など) の保全については重点課題 1-2 において言 る支援 及します。 ● 地域住民の参加による制度策定及び管理能力向上 支援 ●保護区管理 ● 周辺コミュニティの生計向上 生物多様性保全に自然保護区の果たす役割が大 ● 保護区におけるPES や REDD 等による利益還元シ きいことは広く認識され、各地で保護区拡大への取り ステムの構築支援 組みが進められてきました。 生物多様性事務局によると ● 保護区における希少種の保護プログラム支援 (SCBD 2010) 、現在では保護区の面積は1980 年 ● 保護区における生態系の修復 3)種の絶滅防止を目指す国際的な連合組織絶滅ゼロ同盟 (AZE) が、国際自然保護連合のレッドリストから、 絶滅の恐れのある794の種にとって重要な生息地を指定。 4)825の生態系別地域 :WWFは、地球上を825 ヶ所の陸域のエコリージョンと約 450 ヶ所の淡水域のエコリージョンに分類。 06 1 章 生物多様性保全に関するJICAの協力方針 ●侵略的外来種対策 ● 検疫などに係る技術移転及び施設整備の支援 侵略的外来種 (invasive alien species)問題は生 ● 侵略的外来種対策に係るデモンストレーションプ 物多様性減少の 5 つの主たる直接的要因 (BOX.3) ロジェクトの実施 のひとつと生物多様性条約において認識されていま す。 繁殖力の強さや有用性に着目して、政策として導入 重点課題 1-2 されたケースもあれば、旅行者や貿易の際、故意また 住民参加型資源管理 は無意識に持ち込まれる場合もあります。対策が各国 で立てられつつありますが、先進国においても有効な 自然資源の持続可能な利用に係る取り組みは、 手立てが打たれていない場合も多く、難しい問題とな JICA が長年にわたって最も力を入れて取り組んでき っています。侵入種に係る世界的な状況の変化は生物 た分野のひとつです。農業開発・農村開発分野では 多様性条約 2010 年目標 (BOX.2) の 15 の指標のひ 協力における3 つの開発戦略目標 5)のひとつに 「持続 とつとなっていますが、条約による調査の結果、本指標 可能な農業生産」 を据え、環境への配慮を行なうこと は期間中に悪化してしまったとの報告がなされています を規定しています。 また水産分野では3 つの開発戦略 目標 6)のひとつに 「水産資源の保全管理」 を据え、持 (SCBD 2010) 。 続的な漁獲量を守るため、資源管理意識を高め、過剰 な漁獲を止めるとともに、資源増加のための種苗生産 [協力項目] ● 侵略的外来種の関する生態調査、 社会調査の実施 などにも取り組んでいます。 持続可能な森林管理、持続 ● 地域や国レベルでの侵略的外来種対策に係る制 可能な農業 (アグロフォレストリーや環境保全型農 度作り支援 業) 、持続可能な海洋・沿岸・内陸水系漁業の促進 BOX.2 生物多様性条約 1992 年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された国連環境開発会議 (地球サミット)において採択された生物多様性条 約は、翌年 1993 年に発効しました。 日本は 1993 年 5 月に 18 番目の締約国として条約を締結し、2010 年 8 月現在、EU を含め 193カ国・組織が加盟しています。 生物多様性条約は①生物多様性の保全、②生物多様性の持続可能な利用、③遺伝資源から生ず る利益の公正で衡平な配分の 3 つを目的としています。 第 1 回締約国会議は 1994 年キューバ ハバナで開催され、第 3 回以降は 2 年おきに締約国会議 (COP)が開催されています。 2002 年の COP6(オランダ・ハーグ) において、生物多様性 2010 年目標が採択されました。 「貧困削減と地球上の全ての生命の 利益のため、地球、地域、国レベルで2010 年までに現在の生物の損失速度を顕著に減少させること」 を目標とし、21 の個別目標 が設定されました。 しかし2010 年 5 月に発表された、 2010 年目標の達成状況を評価した Global Biodiversity Outlook 3(SCBD 2010) では、21 の個別目標全てにおいて地球規模での達成の見込みがないことが明らかになりました。 2010 年 10 月名古屋で開催される COP10 では、2010 年目標の達成状況を検証し、新たな生物多様性目標 (ポスト2010 年 目標) が検討されるほか、COP6 で採択された遺伝子資源の取得と利益から生じる利益の公正かつ衡平な配分(ABS) に関する 「ボ ン・ガイドライン」 を念頭にした更なる国際的な枠組みなどが議論されます。 BOX.3 生物多様性減少の直接的要因 生物多様性の減少を引き起こしている直接的要因は、Global Biodiversity Outlook 3(SCBD 2010) では以下の 5 つが考えら れています。 生息地の損失と劣化:開発による土地改変、 森林減少、 汚染、 地球温暖化や気候変動などにより生息地の損失と劣化が多くの地域で 進んでいます。 生態系の分断化も生物の生息地減少に大きく関与しています。 気候変動:世界平均気温の上昇が 1.5 ∼ 2.5℃(1980 ∼ 1999 年との比較) を超えた場合には、評価種の約 20 ∼ 30%の種に ついて絶滅の危機が増し、世界平均気温の上昇が約 3.5℃を超えた場合には、地球規模で重大な絶滅 (評価種の約 40 ∼ 70%) を もたらすとIPCC(気候変動関する政府間パネル) は予測しています。 過剰な栄養素の蓄積による汚染:窒素やリンが農業肥料として大量に使われることで土地の植物構成が変化してしまうほか、土壌 から河川、湖沼や沿岸域への流入による富栄養化をもたらし、赤潮や貧酸素水塊を発生させています。 富栄養化は魚介類を大量死 滅させ、 漁業で生計を立てている人々の経済をも圧迫します。 過剰利用と非持続可能な利用:人口増加や主に先進国の大量消費の生活スタイルによる、過剰な耕作や放牧などの資源収奪的な 生産による土地の劣化、 また過剰な漁獲による水産資源の枯渇などが生物多様性の損失を招いています。 侵略的外来種:直接的あるいは間接的な人為的理由により、従来生息していなかった地域に生物種が侵入してくるという状況が起 こっています。 これら外来種との競争による固有種の絶滅などが生物多様性への脅威となっています。 5)農業開発・農村開発分野 3つの開発戦略目標:1. 持続可能な農業生産 2. 安定した食糧供給、3. 活力ある農村の振興 6)水産分野 3つの開発戦略目標:1. 活力ある漁村の振興 2. 安定した食料の供給 3. 水産資源の保全管理 07 JICA BOX.4 3 つの生物多様性とのその減少 【生態系の多様性:森林、 湿原や砂漠など様々な種類の生態系があること】 森林、特に熱帯林は陸地面積の 7%に過ぎないものの、そこに生息する生物種数は全生物種の約半数を占めていると考えられ、 生物多様性保全の鍵となる生態系と言えます。FAO の世界森林資源評価 (FAO 2010) では、2000 年以降の消失率 (年間 1,300 万ヘクタール) が 1990 年代の森林消失率 (年間 1,600 万ヘクタール) と比較して減少したとの報告がありますが、依然として南アメ リカやアフリカでは、 2010年までの10年間の間に年間約740万ヘクタール (日本の国土面積約5分の1) の森林が減少しています。 また、1980 年以降から世界中のサンゴ礁の 20%、マングローブ林の 4 分の 1 が消失しており、その影響で海岸線の防風雨の緩衝 作用が低下しています (SCBD 2010) 。 これまで、生態系は緩衝能力を持ち、ある程度の負荷がかかってもバランスを崩すことはな いと信じられてきました。 しかし、 現在、 生態系の多くのサービスを提供し続ける能力が低下し、 危機に瀕しています。 【種の多様性:動植物から細菌・微生物までいろいろな生き物がいること】 現在、 多くの野生生物が絶滅の危機に瀕しており、IUCN(国際自然保護連合) が公表したレッドリスト (IUCN 2009) には、 絶滅のお それの高い種として8,782種の動物や8,509種の植物が掲載されています。 さらに、 近年絶滅のスピートは恐竜時代を遥かにしのぎ、 化石記録からの推定値では 1000 倍、1年間に絶滅する野生生物は 4 万種と言われています (図1.3、Myers 1979) 。 また、2010 年 5 月に発 表され た地 球 規 模 生 物 多 様 性 概 況 第 3 版 (GBO3、SCBD 2010) において、絶滅危惧種をめぐる状 況は特に両生類、サンゴ礁および植物種で状況が悪化して いると報告されました。 また、1970 年から 2006 年の間 に平均で約 3 分の 1の野生脊椎動物が失われているとし、 特に熱帯地域と淡水生態系では深刻な状況にあります。 ■ 図 1.3 絶滅した生物種の数 (種/年) 40,000 (Myers 1979,1981) 30,000 4万種 【遺伝子の多様性:同じ種でも異なる遺伝子をもつこと】 遺伝的多様性については植物の遺伝的多様性の保全は シードバンク (種子の保全施設)の利用によって保全に大 きな進展がみられましたが、標準化された生産効率の高 20,000 10,000 0.001種 い畜産システムは家畜の遺伝的多様性を低下させており、 少なくとも家畜品種の 5 分の 1 は絶滅の危機にあります (SCBD 2010) 。 遺伝子多様性の減少により、将来の気候 0 約6500万年前 (恐竜の絶滅) 変動や新たな疫病等に対応した品種改良に影響を及ぼす 0.25種 1種 1,000種 1600年 1900年 1975年 2000年 ことが懸念されています。 (COP10 支援実行委員会 HPより http://www.cop10.jp/aichi-nagoya/) などの自然資源の持続可能な利用に関連するプロジ なって森林を管理し、そこで得られる利益などを分配 ェクトは2000-2009 年にかけて250 件以上実施さ する方 法 を 指します。日 本 政 府 が 提 唱してい る れ、その多くは地域住民による参加型の手法を用いて SATOYAMAイニシアティブ (BOX.5) とも重なる部分 います。 が多くあります。JICA では住民参加型の森林資源管 生物多様性条約の 3 つの目的のひとつは 「生物多 理は、社会林業や村落林業などの名称も使用され、多 様性構成要素の持続可能な利用」 となっています。 こ 数の途上国において長年にわたって取り組まれてきま の目的を実現することによって、5 つの直接的な脅威 した。ケニアにおける社会林業に係る協力は80 年代 の内の 「生息地の損失と劣化」 、 「過剰な栄養素の蓄積 に開始され、断続的に現在まで続けられています。 また による汚染」 、 「過剰な利用と非続不可能な利用」 とい 1994 年に開始されたネパールでのプロジェクトから う3 つの脅威に対応することができます。森林の農地 は住民の生活向上に係る活動も組み入れた形で実施 への転用は生息地の減少の大きな原因となっていま されるようになり、その後の様々な国におけるコミュニ す。 この問題には大企業や市場のメカニズムなども複 ティーフォレストリーの取り組みに繋がっています。対 雑に絡み合っていますが、JICA では住民参加型のア 象となる地域のおかれた自然及び社会的環境によっ プローチによる 「コミュニティーフォレストリー」や 「持 て、それぞれ適したコミュニティーフォレストリーの形 続可能な農業・漁業」 など、草の根レベルや貧困層に 態は大きく異なり、十分な調査と地域ごとのきめ細やか 直接届く形での協力を通して、持続可能な資源の利用 な取り組みが求められます。対象地域のニーズに合わ に取り組んでいきます。 せて、保護や利用のゾーニング、利用に係るルール作 り、 人々の生計向上などに加えて、 行政側の能力向上な ●コミュニティーフォレストリー ど複合的な協力を実施していきます。 コミュニティーフォレストリーとは地域住民が主体と 08 1 章 生物多様性保全に関するJICAの協力方針 [協力項目] ● 住民組織化支援 ● コミュニティフォレストリーにおける生態調査、社会 重点課題 1-3 経済調査の実施 生態系サービスから生まれる 利益の公正かつ衡平な配分 ● 住民組織による森林保有権制度の整備支援 人間社会は様々な生態系サービス (BOX.1) の恩恵 ● 地域に適したコミュニティーフォレストリーシステム の上に成り立っています。 企業による経済活動もまた生 構築支援 態系サービスに依存していますが、例えば清浄な空気 ● 伝統的な知識や技術のリストアップと適用 や水、災害の防止、気候の安定などといった生態系サ ● 非木材林産物の開発や商品化支援 ービスの恩恵に対する明確な経済的対価の利用者に ● 認証制度の導入支援 よる支払いは、まだ広く定着していません。 これら生態系 ● 地域住民の生計向上支援 サービスの経済的価値を明らかにし、利用者は経済的 ● コミュニティーフォレストリーに係る行政の能力向上 対価を支払い、それを生態系の保全に係るコストや、 生態系を守りながら暮らしている人々へのインセンティ ●持続可能な農業・漁業 ブとして活用していこうという考え方が PES(Payment 伝統的な焼き畑農業は耕作と地力維持のための休 for Ecosystem Services) と呼ばれています。自然保 閑が一定のローテーションで繰り返される持続可能 護区において適切な管理を行なうためのコストを入場 なシステムでしたが、人口増加によるバランスの崩壊 料によって徴収するケースや京都議定書において制度 や大規模プランテーションの開発などにより、森林は 化されているCDM7)による炭素排出権の取引なども 次々と新たな農地に転用されていきました。 また、過剰 PES の一例です。 また重点領域②において取り組む な農薬や化学肥料の使用は農民にとって経済的に負 REDD-plusは森林を対象として気候変動緩和と生物 担となるうえ、 近隣の河川や湖沼に流れ込み、 窒素やリ 多様性保全を同時に取り扱える可能性が期待されてい ンなどの栄養分の蓄積過多、水質汚染などによる生態 ます。生物多様性条約の目的のひとつとなっている遺 系破壊の原因となっています。 過剰な漁業は、海洋生態 伝資源の利用によって生じる利益の公正かつ衡平な 系にとって大きな脅威となっています。 漁村においても、 配分 (ABS: Access and Benefit Sharing)もまた 漁獲量の減少は経済的にも食料の供給という面からも PESの一環として、 取り組みが重要となります。 深刻な問題となっています。 また、ダイナマイトなどを利 PES や ABS の導入に際しては、生じる利益が持続 用した破壊的な漁法も生態系に深刻な打撃を与えて 可能な生物多様性資源の利用や保全を行なっている います。JICA では住民参加型のアプローチによって、 地域住民に還元される仕組みを考慮することが必要 持続可能な農業や漁業の普及を行なっていきます。 です。JICA ではPES や ABS が生物多様性に係る資 源の保全と持続可能な利用の推進に重要な役割を果 たしていくとの考えから、これらへの途上国政府の取り [協力項目] 組みを支援していきます。 ● 農村や漁村における生態調査、社会経済調査の実施 ● 持続可能な農業・漁業に係る啓発活動 ● 持続可能な農業・漁業に向けた住民によるルール ● PES 作り支援 PES には市場による取引や税としての徴収などの多 アグロフォレストリーや農薬・化学肥料の使用を抑 岐にわたるシステムがあり、途上国においても導入に えた経済的にも生態的にも優れた農業技術の普及 取り組んでいる国が増加しつつあります。 いずれのシス 農産物・水産物の保存や加工技術向上による、付 テムを導入する場合にも、正確なモニタリング、資金の 加価値の創出 管理と適切な活用、透明性と公平性の確保など、関係 ● 地域住民の生計向上支援 機関においては高度な技術と能力が要求され、途上国 ● マングローブ生態系の保全と持続可能な利用 における能力向上は重要な課題となっています。 ● ● 日本では、森林の持つ水源涵養や防災などの公益 的機能を維持するための森林整備に係る費用負担を 7)CDM:クリーン開発メカニズム (Clean Development Mechanism) 。京都議定書採択時 (COP3 1997) に導入された京都メカニズム (市場メカニズムを利用した温暖化対策のためのツール) のうちの一つ自国外 においてCO2などの温室効果ガス排出削減 (または吸収増大) プロジェクトを行い、 その結果生じた排出削減量 (吸収増大量) に基づいてクレジットを発行し、 プロジェクト参加者間で分け合う国際制度。 09 JICA 伝統品種の保存 地域住民に求める、森林環境税や水源税を導入する 自治体が増加しつつあります。 これら日本の知見を活 ● 用して、 開発途上国の PES 導入を支援していきます。 ントリ作成、 情報管理) [協力項目] ● PES に係る調査の実施 ● 関係機関の能力向上支援 ● PES に係る制度構築支援 基礎情報の収集・整理 (遺伝資源の評価とインベ 重点課題 1-4 人々の理解と意識の向上 生物多様性保全の実現には、開発など人間社会の 営みのあらゆる局面で生物多様性保全への配慮が行 ● ABS なわれる、社会における生物多様性保全の主流化が 生物多様性条約 (BOX.2) は各国政府が 「環境に悪 実現される必要があります。 そのためには、草の根から 影響を及ぼさない形での遺伝資源のへのアクセスを 民間企業、そして行政のトップにいたるまで全ての人 可能にする制度を整える」 、 「遺伝資源の利用により発 が生物多様性の重要性、自分たちの生活との関わり、 生する利益を利用者と供給者が公正かつ衡平に分配 取るべき行動を理解し、生物多様性保全への意識を する制度を整備する」 という2 つの責務を負うことを定 向上させることが重要です。JICA では生物多様性保 めています。 ここでいう遺伝資源には、その利用に係る 全に係るほぼ全てのプロジェクトにおいて、環境教育 地域の人々が育んできた伝統的な知識が含まれる場 や住民啓発に関連した活動を行ってきました。 また、環 合もあります。 開発途上国では自国の遺伝資源に係る 境教育に係るボランティアを多数派遣してきた他 知識・情報の整備が遅れている場合が多く、貴重な遺 (P.20 参照) 、毎年環境教育に関する複数の研修を日 伝資源を利用に結び付けられなかったり、急速な開発 本において実施してきたのに加え、その他の自然環境 が進められる中、 貴重な遺伝資源が人知れず失われて に関連する研修においても、環境教育や住民啓発など いってしまっている可能性もあります。 遺伝資源の開発 に係る内容を含んでいます。 このように、環境教育の普 や管理、適切な制度構築のための能力の向上が必要 及に関する協力の実績を積み重ねてきており、今後も とされています。 社会における多様な階層の人々を対象に、環境への 意識の向上、環境教育の普及や能力向上に係る協力 を実施していきます。 [協力項目] ● 資源国における遺伝資源に係る基礎研究・共同研究実施 ● 伝統的知識の持続的可能な開発への活用・応用 ● [環境教育に係る協力項目] に対する技術的支援 ● 行政や民間による環境教育や意識向上への取り組み支援 シードバンクの設立・管理、固有微生物群の保存、 ● 環境教育に係る行政・教育・民間セクターの能力向上 BOX.5 SATOYAMAイニシアティブ 里山ランドスケープとは、日本で古くから受け継がれてきた社会生態学上の生産的システムであり、地域の生態系がもたらす恩恵 を最大限に引き出す農作業法や自然資源管理の技法を地域住民が用いる多角的な土地利用法の一種です。そこで生み出される食 料や燃料などは、地域を貧困から守る一助となります。 加えて土地や水、その他の資源を劣化させることなく、かつ、野生生物に生息 地を提供しつつ達成できるのです。 里山的ランドスケープは世界各地で見られます。 住民間の調和の取れた営みを必要とし、昔ながらの知恵に頼る、この多様な土地と 生態系の利用法は、農業・林業・畜産・漁業で生計を立てる人々によって世界各国で長年にわたり実践されてきました。里山的景 観は何千年もの間、 数え切れない人々の暮らしを支え続けているのです。 しかし、近代化や都市化の様々な影響を受け、このような営みは徐々に衰退し放棄されるようになってきました。 これに伴い、生態 系の多くが劣化し、 里山の地域コミュニティが弱体化しつつあります。 「SATOYAMAイニシアティブ」 では、生物多様性を守りつつ持続可能な方法で生態系サービス (生態系機能の働き) と人間の福利を最 大限に高めるために、社会生態学上の生産的景観が秘めた可能性を認識した上で、これらの景観を評価し、その管理メカニズムの再興 と改良促進の一助となることを目指します。SATOYAMAイニシアティブの効果を地球規模で最大化するために、2010 年の生物多様 性条約第 10 回締約国会議 (COP10) で正式提案される予定です。 (環境省ホームページより http://satoyama-initiative.org/jp/about/) 10 1 章 生物多様性保全に関するJICAの協力方針 「多様なステークホルダーとの提携」 、 「コベネフィット 重点領域② の発揮」 という4 つの重点課題に取り組んでいきます。 生物多様性保全と 気候変動対策のコベネフィットの 発揮 (REDD-plus) 重点課題 2-1 能力向上 気候変動は生物多様性への 5 つの直接的な脅威 (BOX.3) のひとつであり、気候変動の結果生物多様 REDD-plusを実施するためには、対象となる開発途 性に様々な影響が及ぶことが予想されています。 一方、 上国がそれぞれ自国の森林の置かれた状況を正確に 森林破壊などの生物多様性の減少は気候変動の大き 把握した上で、REDD-plus に係る制度を策定しそれ な要因のひとつであり、気候変動と生物多様性の減少 を実行していく能力を身に付けることが必要とされてい は負の相互作用によって加速しつつあります。そこで、 ます。 各対象国が把握しなくてはならない森林情報は、 森 気候変動防止と生物多様性の保全の両方に効果的な 林面積や蓄積の変化に始まり、森林に関わるステーク 対策を行なうことによって、正の相乗効果を発揮しつ ホルダーとその役割、森林減少の主な理由、土地利用 つ、 更には気候変動による影響への適応や人々の生計 のトレンド、森林政策とガバナンス、これまでの森林減 向上にも繋がっていく、コベネフィット (相乗便益) 型対 少に対する取り組みとその成果、 成功・失敗事例とその 策の実施を目指します。 具体的には、国際社会で制度 理由、今後の可能性などです。 それらの情報を分析した 作りが進められつつあるREDD-plus(森林減少と劣 上で、REDD-plusを導入した際に社会や環境にどの 化の抑制による温室効果ガス排出削減:BOX.6)に ような影響を与えるかを予測し、REDD-plus 実施の結 係る支援を中心に、 「能力向上」 、 「森林モニタリング」 、 果生じる経済的利益を公正かつ衡平に配分する制度 BOX.6 REDD-plus(森林減少と劣化の抑制による温室効果ガス排出削減) FAO によると森林の面積は毎年約 1300 万ヘクタール減少しており (2000-2005 年平均:FAO 2006) 、特にアフリカ、南アメ リカ、南および東南アジアにおける熱帯地域で大規模な森林面積の減少が発生しています (図 1.4) 。森林減少による温室効果ガス の排出量は総排出量の約 17%を占め、世界中の自動車や飛行機などによる排出 (13%) よりも多くなっています (IPCC 2007) 。 開発途上国における森林の減少を抑制することによって、温室効果ガスの排出を削減するという温暖化対策案は 2005 年の「気候 変動枠組条約第 11 回締約国会議 (COP11) 」 において初めて提案され、 COP13(2007 年) において採択されたバリ行動計画では、 「途上国における森林減少及び森林劣化を原因とする排出の削減に関連する問題に対する政策手法の採用とプラスのインセンティ ブの提供、ならびに途上国における保全の役割、森林の持続可能な管理、森林炭素貯留量の増加について各締約国は国内および国 際的行動を強化すること」 が合意されました。REDD-plus の基本的概念は、 開発途上国が森林減少・劣化の抑制や森林保全などに より、温室効果ガスの排出量を減少させた際 (あるいは森林の炭素蓄積量を維持・増大させた際) に、その先進国が途上国へ排出削 減量 (あるいは維持・増大した炭素蓄積量) に応じて、先進国が途上国へ経済的支援 (資金支援等) を行うというものです。 一方で、支 援した先進国には、達成された排出削減量 (あるいは維持・増大した炭素蓄積量) に応じてクレジットを取得し、それを自国の排出 削減努力として組み込むことに対する期待もあります。 その基本的な仕組みは、まず森林の減少や劣化を抑制する対策が行われなかった場合に予測される排出量である 「リファレンス レベル」 を設定します。 リファレンスレベルは、過去の森林減少やそれに伴う排出量の推移などに基づき予測します (図 1.5- 点線) 。 このリファレンスレベルと、森林減少・劣化を抑制した場合 (REDD-plus の取組を実施した場合) の排出量 (図 1.5- 実線) との差に 対して経済的インセンティブを付与するものです。 熱帯林の保全への取り組みに経済的インセンティブが付与されることで、長年の熱帯林減少トレンドの転換に寄与し、生物多様性 保全へも大きく貢献することが期待されています。 「国際協力機構 (2010)REDD-plus: 開発途上国における森林保全 (http://www.jica.go.jp/publication/pamph/pdf/redd.pdf) 」 より抜粋。 ■ 図1.4 世界の森林面積の変化 (出典 FAO FRA2005) ■ 図1.5 リファレンスレベルの概念図 リファレンスレベル (過去のトレンドなどから推定 される森林減少・劣化による排出量) 経済的 インセンティブ 排出削減量 排出量 REDD-plusの実施 森林減少・劣化の抑制、 森林の炭素蓄積量の維持・増大を行った場合の排出量 >0.5% Decrease per year >0.5% Increase per year Change rate below 0.5% per year 20XX年 20△△年 時 間 11 JICA を制定し、それを実行していかなくてはなりません。 施の際にはその点への配慮と能力の向上を重視して JICA では長年にわたって、開発途上国の森林セクター いきます。具体的には 「リモートセンシングを活用した への多岐にわたる支援を実施してきた経験をもとに、上 森林モニタリング」 と 「MRVシステム整備支援」 に係る 記に係る開発途上国の能力向上に 「政策策定支援」 や 協力を機材供与 (衛星画像解析に係る最新設備の導 「デモンストレーションプロジェクトの実施」 などの協力 入など) 、システム開発、能力向上などを組み合わせて 協力を実施していきます。 を通して取り組んでいきます。 [政策策定支援協力項目] ● ● ● [リモートセンシングを活用した森林モニタリング協力項目] ワークショップの開催などによる行政及び関係機関 ● 既存の森林データのレビュー におけるREDD-plus に関する知識の向上 ● 最適なリモートセンシング技術の検証 森林減少の原因、有効な対策、土地や森林行政に ● 最適な森林炭素蓄積量推定技術の検証 関する調査実施 ● 最適な森林モニタリングシステムの設計と実施 これまでの森林保全に係る取り組みに関するレビュ ● デモンストレーションプロジェクトにおける上記モ ーの実施 ● リファレンスレベル設定支援 ● 地域住民の生活や生物多様性へ配慮したセーフガ ニタリングシステムの実証 [MRV システム整備支援協力項目] ードの設定支援 ● ● 的モニタリングへの報告体制の構築及び能力向上支援 政府の REDD-plus への政策策定支援 ● 政府の炭素モニタリング・アカウンティングシステ ムへの貢献支援 [デモンストレーションプロジェクト協力項目] ● 気候変動枠組み条約や FAOなどの炭素や森林の国際 デモンストレーションサイトにおける基礎調査 (森 林蓄積量、森林資源・土地の利用、生物多様性、村 重点課題 2-3 落社会経済システムなど) 多様なステークホルダーとの連携 ● デモンストレーションプロジェクトの計画策定 ● 植林等を含めた森林管理 REDD-plus による国際的な炭素取引システムが、 ● モニタリングの実施・問題点の抽出 国際的な合意を得て開始されるまでにはまだしばらく ● 情報発信 時間がかかると見られています。一方、NGO や企業 によるCSRとしてのカーボンオフセットなどの自主的 なREDD-plus 事業は、プロジェクトベースですでに 重点課題 2-2 各地で開始されています。 これらのパイロット事業によ 森林モニタリング って、明らかになってくるであろう問題点の克服、技術 REDD-plus の実施には国レベルでの定期的かつ の向上、経験の蓄積などを経て、REDD-plus が最終 正確な森林とそこに蓄積されている炭素量のモニタリ 的に形作られていくことが期待されています。 今後民間 ングを行なうことが必要で、計測可能 (Measurable) 、 セクターや NGO の役割は更に重要となっていくこと 報告可能 (Reportable) 、 検証可能 (Verifiable) な一貫 が予想され、REDD-plus に係る取り組みは、相手国 した体制 (MRVシステム) を整備する必要があります。 政府だけでなく、関心を持つ企業や NGO などの民間 森林のモニタリングは衛星画像を活用したリモートセ 組織とも連携していく必要があります。 ンシングと地上調査を組み合わせた方法で行なわれ また、REDD-plus によって森林の保全が経済的利 ます。最先端の技術を利用して、それぞれの国の状況 益を生むようになると、森林で生活を営んできた人々 (面積、 過去のデータ、 既存のモニタリング体制など) に が森林から排除される事態が生じる恐れがあります。 応じて、最先端の技術を利用した最適な方法が模索さ 発生した経済的利益が森林と関わって暮らしている住 れます。 その際、技術的にもコスト的にも自立的に継続 民レベルにまで届かない可能性もあります。利益が衡 可能である方法を確立することが重要であり、協力実 平に分配され、行政と住民が協力し合って森林を保全 12 1 章 生物多様性保全に関するJICAの協力方針 していけるような制度の構築を行なうことが重要です。 ● 森林モニタリングへの生物多様性項目の追加や技 術支援 [民間・NGOとの連携に係る協力項目] ● ● ● 企業や NGO の関心を呼び起こすための、REDD- 様性保全への影響のモニタリングと、得られた情報 plusとコベネフィットに係る情報発信 の制度設計へのインプット 企業や NGOとのデモンストレーションプロジェクト ● の協同実施 ● ● 自然災害防止や貧困削減などにも効果を発揮する 制度設計の支援 [住民への配慮 (利益の衡平な配分) に係る協力項目] ● デモンストレーションプロジェクトにおける、生物多 協力スキーム REDD-plus 制度設計への地域住民や他の利害関 係者の意見を十分に反映する仕組み作り (地域住 多様な地域における多岐にわたる課題に対して、包 民の資源へのアクセスと利用権の確保など) 括的な支援を行うため、また異なる発展段階にあるそ REDD-plusと関連した住民参加型の持続可能な森林 れぞれの国の開発ニーズに、柔軟に対応する連続的 管理計画の立案、森林管理体制の構築と能力向上支援 な支援を行うため、様々なスキームを用いて、協力を REDD-plusを組み込んだ住民参加型森林経営デ 実施します。 モンストレーションプロジェクトの実施 JICAでは 「技術協力」 「 、有償資金協力」 「 、無償資金 協力」 という3 つの協力スキームがあります。 「技術協 力」 によって協力対象国における、草の根から行政まで 重点課題 2-4 コベネフィットの発揮 各レベルでの能力の向上を図り、 「資金協力」 によって REDD-plus の実施により森林やマングローブ林の す。 「技術協力」ではプロジェクトの実施、専門家やボ 保全及び回復が行なわれる場合、森林内に温室効果 ランティアの派遣、研修などを行うほか、2008 年度 ガスを固定することによる気候変動緩和の効果と同時 からは 「地球規模課題対応国際科学技術協力」が開 に、 他にも様々な効果をもたらします。 始され、生物多様性保全などの地球規模課題の解決 それらの効果とは森林生態系が保全されることによ のため、最先端の研究分野での協力にも力を入れて る 「生物多様性の保全」に係る効果。森林の持つ水源 います。 開発途上国による取り組みへの経済的支援を行いま 涵養機能の発揮による洪水の防止や、 マングローブ林 による高潮被害の緩和など、気候変動の結果起こると 配慮すべき点 予想されている、洪水や暴風雨の増加に対応する 「気 候変動適応策」 としての効果。 また REDD-plus による 上記であげた協力スキームを用いて、生物多様性 経済的利益の住民への配分に加えて、マングローブ 保全に関する協力を実施する際には、以下の 4 つの点 林における漁獲高の増加、災害防止や生物多様性保 に配慮して取り組んでいきます。 全によるセーフティーネットとしての 「地域住民の貧困 削減」 に係る効果などです。 (1) 人間の安全保障の視点 JICAでは、 これら多様な効果によるコベネフィットが 生物多様性保全に係る協力は、生物多様性に依 十分に発揮され、生物多様性保全、気候変動適応策、 存して暮らす人々、その変化から影響を受ける 貧困削減などにも大きく貢献することができるよう、 人々等、常に人間を中心に据えて、人間と生物多 REDD-plusに係る制度策定やその実施を支援してい 様性との関係において、 「人々の幸せ」に繋がる きます。 協力を行うことを第一義とします。自然環境の保 全を通してそれに依存して暮らす人々の生活の 安定と向上を図り、また人々の生活の安定と向上 [生物多様性保全などのコベネフィット発揮に係る協力項目] ● REDD-plus の実施が、生物多様性保全にも最大の が図られることによって、生物多様性の保全が図 効果を発揮するための制度設計支援 られるという相乗効果を目指します。 13 JICA ーションインターナショナルによる 「生物多様性ホット (2)包括的(分野横断的)取り組み 自然環境保全は、自然環境のみを対象にするの スポット8)」や WWF の 「Global 200 ecoregions9)」 ではなく、それを取り巻く地域社会、そこに生きる 等による認定地域など、貴重でありかつ危機にある生 個々の人々に焦点をあてて行うものであると考 態系を有する地域において優先的に取り組んでいきま え、実際の取り組みにおいては、自然環境の持続 す。 また生物多様性の破壊による貧困層の生活への影 可能な利用、保全、復旧、環境教育等の自然環境 響が深刻な地域や、REDD-plus への取り組みと関連 に直接関わる協力のみならず、農業、畜産、水産 し森林炭素蓄積量が多い地域なども重要となります。 業、農村手工業、あるいは識字教育等、幅広い分 その他、人々の生活と自然との関わり、行政による取り 野の中から、地域や社会のニーズ、実現可能性等 組み姿勢、他ドナーや国際機関による協力状況などを を考慮して、複数のセクターにまたがる協力を包 総合的に判断して協力対象国・地域が決定されます。 括的に実施していきます。 (1)国境を越えた広域的視点に基づいた協力の重要性 生物多様性保全は国境をまたぐ課題であり、一 (3)自立的な仕組みづくりの視点 生物多様性保全に係る協力は、具体的な成果が 国だけではなく地域で捉えていく必要があります。 表れるまでに時間を要する場合が多いので、長期 例えばひとつの国の森林保全の取り組みの結 的な視点を持って、JICA の支援が終了した後も、 果、隣国の森林伐採を加速させてしまう場合もあ 取り組みが当該国・地域で継続される仕組みづ ります。 ある国において導入・奨励された種が国 くりを行います。そのためには行政制度の改善を 境を越えて隣国に侵入し、生態系に影響を及ぼ 支援するほか、NGO や民間との協調、国際機関 す場合もあります。 淡水生態系は、上流の国、ある の基金等の活用も検討します。 また、組織とそこに いは下流の国のどちらかだけが保全を行なって 属する個人、更には地域住民など、対象事業と関 も、効果は限定的となります。 国境を越えた管理を わる人々の能力向上を支援します。 必要としている、貴重な生態系も各地に存在して います。生物多様性は地域において共通性が多 く、これらを保全していくには、域内で共通のアプ (4)国際条約、 枠組みに沿った協力 生物多様性の保全は国際的な課題であり、国際 ローチやイニシアティブをとっていくことが必要 条約や枠組み、国際的潮流に沿って事業を実施し であり、また効果的・効率的でもあります。 各地域 ていきます。その際も上記 (1)∼(3)の点には十 のリーダーを育て、 南南協力につなげていくことも 分に留意して、JICA のビジョンや自然環境保全 重要です。 これらの理由から、JICA では生物多 分野における目標の達成に即した方向で協力を 様性保全に関して、地域的な視点を持って協力を 行っていきます。 実施していきます。 (2) 重点地域の例 重点対象地域 ■アジア 高い生物多様性を有する一方、森林の消失などの 熱帯アジアは豊かな生物多様性に恵まれてい 生態系の劣化の速度も激しい熱帯地域を中心に生物 ます。 広大な熱帯林が広がるほか、 メコン川に代表 多様性保全に係る協力を実施していきます。 コンサベ される豊かな内陸淡水生態系を有し、また、海洋 BOX.7 ミレニアム開発目標(MDGs) 2000 年 9 月の国連ミレニアム・サミットで合意されたミレニアム開発目標(MDGs) は、21 世紀の国際社会が達成すべき目標が 掲げられました。2015 年を達成期限として平和と安全、開発と貧困、環境、人権とグッドガバナンス等の 8 つの目標 (ゴール) が示 されています。 この中で、目標 7 に持続可能な環境の確保が挙げられ、ターゲット7.Bでは生物多様性の損失を2010 年までに確実 に減少させ、その後も継続的に減少させ続けることが挙げられています。MDGs では生物多様性と貧困削減とのつながりを認識し ており、 生物多様性 2010 年目標と連携して実施状況のモニタリングを行っています。 8)生物多様性ホットスポット:地球規模での生物多様性が高いにも関わらず、破壊の危機に瀕している地域のこと。 コンサベーション・インターナショナルは、2005 年に緊急かつ戦略的に保全すべき地域を再評価し、 世界 34 ヶ所の「生物多様性ホットスポット」 を発表。 9)Global 200 ecoregions(グローバル200) :WWFによって優先的に保護される認定されるべきであると指定されたエコリージョンのリスト。238 ヶ所 (陸域、淡水域、海洋域) のエコリージョンを種多様性や固有性や 特異性を基準に選定している。 14 1 章 生物多様性保全に関するJICAの協力方針 域にも貴重な生態系が広がっており、地域住民の 環境プログラム (SPREP) 等の地域機関とも連携 生計だけではなく産業にも大きく貢献しています。 し、広域的に取り組むことで、効率の良い協力を 一方で、 これらの生態系は開発による影響を大きく 実施していきます。 受けています。2000-2005 年の間東南アジアの 多くの地域で森林減少率が年平均 0.5%以上と の生物多様性ホットスポットが選定されています。 1.3 ポスト2010 年目標 (新戦略計画) 達成へ 向けてのJICAの取り組み 同地域における協力は、各々の国の生物多様 2010 年 10 月に愛知県名古屋市で開催される生 性に係る取り組みを支援しつつ、 「グリーンメコン 物多様性条約第 10 回締約国会議 (COP10)では、 なっており、同地域の開発圧力が高いことを示して います (図 1.4) 。 このような状況を反映して、多数 10) 」 による、 メコン川流域国を対象 2010 年目標 ( 「2010 年までに、貧困削減と地球上の とした広域的な取り組みや、アセアン地域を対象 全ての生物の利益のために、生物多様性の損失速度 としたマングローブ保全などの沿岸生態系保全 を地球、地域、そして国レベルで顕著に減少させる」 ) に関する広域的な取り組みを実施していきます。 を含む条約戦略計画が改訂され、 ポスト2010 年目標 イニシアティブ (新戦略計画) が採択されます。 ■アフリカ アフリカには乾燥した地域が多いものの、コン ポスト2010 年目標の設定は条約事務局、締約国、関 ゴ川流域では世界で2 番目に大きな熱帯雨林が 係各機関により、以下に示す中長期ビジョンと個別目 広がっています。マダガスカルもまた広大な森林 標の 5 つのゴールのほか、20 のターゲットを設定す を抱え、貴重な生態系を形成しています。 その他、 る方向で調整が進められています。 サバンナ地帯も貴重な野生生物の生息地となっ ビジョン 〔中長期目標 (2050 年) 〕 「自然と共生する世界を実現する」 ており、観光資源となっている地域もあります。 JICA ではサハラ砂漠以南の地域を中心に、生物 多様性保全に係る協力を実施し、コンゴ川流域 に お い ては 中 央 アフリカ 森 林 協 議 会 戦略目標案 (COMIFAC) と連携し、広域的なアプローチによ ゴール A:各政府と各社会において生物多様性を主 る協力を実施していきます。 流化することにより、生物多様性の損失の ■中南米 根本原因に対処する。 中南米地域はアマゾン川流域に世界最大の熱 ゴール B:生物多様性への直接的な圧力を減少させ、 帯雨林地帯を有するのをはじめ、貴重な生態系 持続可能な利用を促進する。 が各地に分布しています。 アマゾン川流域には世 種、 遺伝子の多様性を守ることによ ゴール C:生態系、 り、 生物多様性の状況を改善する。 界の種の 1/4 が生息すると推測され、熱帯アンデ ス地帯は生物多様性ホットスポットに指定された ゴール D:生物多様性及び生態系サービスから得ら れる全ての人のための恩恵を高める。 地域の中で、最も多様な生物多様性を有していま 知識管理と能力構築を通 ゴール E:参加型計画立案、 す (Mittermeier et al. 2004) 。JICA ではアマ じて実施を強化する。 ゾン川流域の熱帯雨林の保全に加えて各地の貴 重な生態系保全に係る協力を実施していきます。 ■大洋州 JICA では上述の生物多様性保全への協力方針に 大洋州は多くの貴重な生物種が生息している 沿って開発途上国への支援を実施していくことにより、 ものの、開発によりその生息地が急速に狭まりつ ポスト2010 年目標の実現に貢献していきます。 ポスト つあります。域内の殆どの国が生物多様性ホット 2010 年目標案における5 つの戦略目標とJICA によ スポットとなっており、早急な対策が必要とされて る生物多様性保全に係る 「重点課題」における協力項 います。大洋州には面積の小さい島嶼国が多く存 目との相関関係を表 1.1 に示します。 在するので、太平洋共同体 (SPC) や太平洋地域 10)グリーンメコンイニシアティブ: 「緑あふれるメコン (グリーン・メコン) に向けた10 年」 イニシアティブ。2010 年 7月,第 3 回日メコン外相会議 (於:ハノイ) で発表された。 メコン地域の環境・気候変動にかかる問題を 地域全体の問題と捉え、同地域における豊かな生物多様性や豊かな国土と水資源などの目指すべき将来像の実現に向けて、我が国はODAや民間資金等によりメコン流域諸国の取り組みを支援。 15 JICA ■ JICA 生物多様性保全への取り組み指針と生物多様性条約ポスト2010 年目標案との対照表 重点領域➡ 重点課題➡ ポスト2010 年戦略目標案➡ A 各政府と各社会において生 物多様性を主流化すること により、生物多様性の損失 の根本原因に対処する ① 生物多様性の保全と持続可能な利用の促進 1-1 生態系保全 1-2 住民参加型資源管理 ●保護区と関連したエコツーリズムや 環境教育に係る支援 ●持続可能な農業・漁業に係る啓発活動 1-3 生態系サービスから生まれる利 益の公正な配分 1-4 人々の理解及び意識の向上 ●行政や民間による環境教育や意識向 上への取り組み支援 ●環境教育に係る、行政・教育・民間セ クターの能力向上 ●国や地域レベルでの侵略的外来種に 係る制度作り支援 ●地域に適したコミュニティーフォレス トリーシステム構築支援 ●侵略的外来種対策としての検疫など に係る技術移転及び施設整備の支援 ●非木材林産物の開発や商品化支援 ●侵略的外来種対策に係るデモンスト レーションプロジェクトの実施 ●地域住民の生計向上支援 B 生物多様性への直接的な 圧力を減少させ、持続可 能な利用を促進する ●認証制度の導入支援 ●コミュニティーフォレストリーに係る 行政の能力向上支援 ●持続可能な農業・漁業に向けた住民 によるルール作り支援 ●アグロフォレストリーや農薬・化学肥 料の使用を抑えた経済的にも生態的 にも優れた農業技術の普及 ●農産物・水産物の保存や加工技術向 上による、付加価値の創出 ●マングローブ生態系の保全と持続可 能な利用 ●国や地域レベルでの保護区制度策定 支援 C 生態系、種、遺伝子の多 ●保護区の管理能力向上支援 様 性を 守ることにより、 ●コミュニティー保護区の制度策定及び 生物多様性の状況を改 管理能力向上支援 善する ●保護区における貴重種の保護プログ ラム支援 D 生物多様性及び生態系 サービスから得られる全 ての人のための恩恵を 高める ●保護区における PES や REDD 等によ る利益還元システムの構築支援 ● PES 及 び ABS に 係 る 組 織・ 制 度 整 備支援 ●侵略的外来種に関する生態調査、社会 経済調査の実施 ●住民組織化支援 ● PES に係る調査の実施 ●コミュニティーフォレストリーに係る 生態及び社会経済調査の実施 ●資源国における基礎研究・共同研究 実施 ●伝統的な知識や技術のリストアップと 適用 ●伝統的知識の持続的可能な開発への 活用・応用に対する技術的支援 ●農村や漁村における生態調査、社会 経済調査の実施 ●基礎情報の収集・整理(生物・遺伝 資源の評価とインベントリ作成、情報 管理) ●持続可能な農業・漁業に向けた住民 によるルール作り支援 重点領域➡ 重点課題➡ ポスト2010 年戦略目標案➡ A 各政府と各社会において 生物多様性を主流化す ることにより、生物多様 性の損失の根本原因に 対処する B 生物多様性への直接的 な圧力を減少させ、持続 可能な利用を促進する ●シードバンクの設立・管理、固有微生 物群の保存、伝統品種の保存 ● PES や ABS に係る政府及び関係機 関の能力向上 ●保護区における生態系や社会経済に 係る調査 E 参加型計画立案、知識管 理と能力構築を通じて実 施を強化する ●住民組織による森林保有権制度の整 備支援 ●保護区における生態系の修復 ② 生物多様性保全と気候変動対策のコベネフィットの発揮(REDD-plus) 2-1 能力向上 2-2 森林モニタリング ●デモンストレーションプロジェクトで 得られた成果などの情報発信 2-3 多様なステークホルダーとの連携 ●企業や NGO の関心を呼び起こすため の、REDD-plus とコベネフィットに 係る情報発信 ●企業や NGO とのデモンストレーショ ンプロジェクトの協同実施 ●森林減少の原因、有効な対策、土地や 森林行政に関する調査実施 ● REDD-plus を組み込んだ住民参加型 森林経営デモンストレーションプロジ ェクトの実施 ●これまでの森林保全に係る取り組み に関するレビューの実施 ●デモンストレーションプロジェクトに おける植林等を含めた森林管理 ● REDD-plus の 実 施 が 生 物 多 様 性 保 全にも最大の効果を発揮するための、 制度設計支援 C 生態系、種、遺伝子の多 様 性を 守ることにより、 生物多様性の状況を改 善する D 生物多様性及び生態系 サービスから得られる全 ての人のための恩恵を 高める ●森林モニタリングへの生物多様性項 目の追加や技術支援 ●デモンストレーションプロジェクトに おける生物多様性保全への影響のモ ニタリングと得られた情報の制度設 計へのインプット ●ワークショップの開催などによる行政 及び関係機関における REDD-plus に 関する知識の向上支援 ●森林モニタリングの実施 ●リファレンスレベル設定支援 ●気候変動枠組み条約や FAO などの炭 素や森林の国際的モニタリングへの 報告体制の構築及び能力向上支援 ●地域住民の生活や生物多様性が守られ るためのセーフガードの設定支援 ●政府の REDD-plus への政策策定支援 ●デモンストレーションプロジェクトの 計画策定 ●デモンストレーションプロジェクトに おけるモニタリングシステムの実証 ● REDD-plus 制 度 設 計 へ の 地 域 住 民 や他の利害関係者の意見を十分に反 映する仕組み作り (地域住民の資源へ のアクセスと利用権の確保など) ●政府の炭素モニタリング・アカウンテ ィングシステムへの貢献支援 ●デモンストレーションプロジェクトのモ ニタリングの実施・問題点の抽出 E 参加型計画立案、知識管 理と能 力 構 築 を 通じて 実施を強化する 2-4 コベネフィットの発揮 ●森林減少の原因、有効な対策、土地や 森林行政に関する調査実施 ●既存の森林データのレビュー ●これまでの森林保全に係る取り組み に関するレビューの実施 ●最適な森林炭素蓄積量推定技術の検証 ●デモンストレーションプロジェクトサ イトにおける基礎調査の実施 ●最適なリモートセンシング技術の検証 ●最適な森林モニタリングシステムの 設計と実施 16 ● REDD-plusと関連した住民参加型の 持続可能な森林管理計画の立案、森 林管理体制の構築と能力向上支援 ●自然災害防止や貧困削減などにも効 果を発揮する制度設計への支援 1 章 生物多様性保全に関するJICAの協力方針 17 JICA 2章 JICAの取り組みと協力事例 7 つの指針に沿って分類した結果が図 2-1 に示され 2.1 協力実績 ています。 ほぼ全てのプロジェクトが「人的・科学的・ 技術的能力の向上(分野 7)」 を活動内容に含んでい JICA の生物多様性保全を含む森林・自然環境 ます。 これはプロジェクトの実施に際して、協力対象 分野の協力実績は、2000 年∼ 2008 年度実績で、 機関のキャパシティビルディングを実施することによ 技術協力74件、23,453百万円、無償資金協力9件、 る、自立的な仕組みづくりを重要視していることの表 10,446 百万円、有償資金協力 28 件、209,967 れです。 「生物多様性の保護(分野 1)」、 「自然資源の 百万円となります。具体的には、森林情報整備、管理 持続的な利用(分野 2)」、「生物多様性への脅威の 計画の立案や地域住民の生活改善などの活動を 軽減(分野 3)」、 「生物多様性由来の産物とサービス 1,230 万 ha の保全地域(森林保全 1,100 万 ha、生 の維持(分野 4)」へは同程度の頻度で取り組んでい 態系保全 130 万 ha) を対象に実施し、また森林再生 ます。一方、 「地域社会の伝統的知識、慣習の維持(分 のために 280 万 ha の植林を行いました。 これらの活 野 5)」 と 「遺伝子資源による利益の平等な配分(分野 動による自然環境の保全・再生の便益を受ける人 6)」への取り組みはこれまであまり行われてきません 口は累計で約 770 万人に上り、また、この間、約 39 でした。 万名(行政官:1 万 4 千名、地域住民:37 万 6 千名) プロジェクトの地域別の割合はアジア、アフリカ、 を対象に研修を行い能力向上に取り組みました。 中南米がそれぞれ 1/4 ずつとなっています。その残り の 1/4 を中 東、 大 洋 州、 欧 州 で実 施しており (図 2-2)、生物多様性に関するプロジェクトは各地域で 協力対象分野と対象地域 比較的バランスの取れた頻度で実施されています。 JICA では 1970 年代から自然環境保全に関する 協力に取り組んできました。2000―2009 年の間に は、生物多様性保全と関連して308 のプロジェクト が実施されました。 これらのプロジェクトを生物多様 性条約 COP6 で採択された 2010 年目標における ■ 図 2.1 JICA 生物多様性関連プロジェクト分野別実施数 (2000-2009) 350 生物多様性の保護 自然資源の持続可能な利用 生物多様性への脅威の軽減 (温暖化対策を含む) 生物多様性由来の産物とサービスの 維持(特に貧困層の生活維持) 地域社会の伝統的知識、慣習の維持 300 250 200 150 100 遺伝子資源による利益の平等な配分 人的・科学的・技術的能力の向上 50 0 18 2 章 JICAの取り組みと協力事例 ■ 図 2.2 生物多様性関連プロジェクトの地域別割合 (2000-2009) 欧州 7% 大洋 8% アジア 26% 中東 12% 中南米 23% アフリカ 24% 協力スキームと事例 上の取り組みを支援しています。 「ラクロ川及びコモ JICA では 「技術協力」、 「有償資金協力」、 「無償資 2005-2010、P.25 参照)」では伝統的な村落規則 金協力」 という3 つの手法を用いて、国際協力を実施 を活かして、森林を保全しつつ人々の生活を向上す しています。以下にそれぞれの手法と協力事例につ るための取り組みを行っています。 ロ川流域住民主導型流域管理計画(東チモール、 いて紹介します。 自然保護区管理 (1)技術協力 生態系の復元や自然保護区の管理などに関する 開発途上国の人材育成、制度構築のために、専門 プロジェクトも行っています。以下の 3 つのプロジェ 家の派遣、ボランティアの派遣、必要な機材の供与、 クトでは、生態系調査や行政による管理能力の向上 途上国人材の日本での研修などを行います。様々な を目的とした活動に加えて、住民参加型の手法も取り 手法を用いて、多様な課題を抱えるそれぞれの現場 入れながら実施されています。 「ユカタン半島沿岸湿 で、効率的な協力を行えるよう努力しています。 地保全計画プロジェクト (メキシコ、2003-2010、 P.23参照)」では、排水等による汚染や過剰な漁業な 参加型手法 どの結果破壊されてしまった沿岸生態系の修復に取 地域の住民の参加を促して、人々の生活の向上に り組んでおり、マングローブ林の復元などが行われて 取り組みつつ、自然環境の保全を行っていくという、 います。 「ボルネオ生物多様性・生態系保全プログ 参加型の手法は多くのプロジェクトで取り入れられ ラム(マレーシア、2007-2012、P.24 参照)」では ています。以下は参加型の手法を用いたプロジェクト ラムサール条約登録湿地や野生生物回廊などの新 の例です。 「 ベレテ・ゲラ参加型森林管理計画 I、II たな保護区を設置し、環境教育などを通して、住民と ( エ チオピア、2003-2012、P.23 参 照 )」では約 行政が一体となった体制(保全ガバナンス)作りに取 9,000 人の住民及び行政と協同で、天然林を保全し り組んでいます。 「 国立公園・自然保護区の管理能 つつ、そこで自生するコーヒーを森林コーヒーとして 力向上プロジェクト (サモア、2007-2010、P.25 付加価値を付けて販売するなどの、森林保全と貧困 参照)」では、管理計画策定などの活動を通して、行 削減との両立を目指した取り組みを行っています。 政の能力向上に取り組んでいます。 「シレ川中流域における村落振興・森林復旧プロジ ェクト (マラウイ、2007-2012、P.23 参 照 )」では 地域住民が植林などの実施により、荒廃した森林の 回復を図りながら、持続可能な農法を用いた生計向 19 JICA 地球規模課題対応国際科学技術協力 関連するボランティア派遣数は 40 職種 492 名とな 生物多様性の保全といった地球規模課題の解決 っています。その中で派遣数の多い職種は 「環境教 には、実務レベルでの協力だけでなく、最先端の研 育」が 290 名(59%)、 「生態調査」58 名(12%)、 「村 究分野での協力も不可欠であり、JICA では独立行 落開発普及員」40 名(8%)、 「森林経営・保全・保 政法人科学技術振興機構(JST) と連携して 「地球規 護/植林」28 名(6%)などとなっています。 模課題対応国際科学技術協力」 を 2008 年度から開 始しています。 「 野生生物と人間の共生を通じた熱帯 研修 林 の 生 物 多 様 性 プ ロ ジェ クト ( ガ ボ ン、2009- 研修には途上国の具体的な要請に基づき実施する 2014、P.22 参照)」では、生物種のモニタリングを 「国別研修」、日本側から途上国に提案し、要請を得 実施して季節による動態を把握し、生態系の保全を て実施する 「課題別研修」、そして次世代を担う若手 図るとともに、野生生物と人間との共生のための対策 リーダーの育成に焦点を絞った「青年研修」の三本 を検討しています。 「 生命科学研究及びバイオテクノ 柱で構成されています。課題別研修は数多くの日本 ロジー促進のための国際標準の微生物資源センタ 国内の団体や関係機関の協力を得ながら、年間500 ーの構築プロジェクト (インドネシア、2011-2016、 件を超える案件が幅広い分野で実施され、他の援助 P.22 参照)」ではインドネシアの微生物資源を用い 国や国際機関にはあまり例が無い日本の ODA の特 て、農業や環境に有用な微生物を探索するとともに、 徴のひとつとなっています。2009 年度は森林保全、 得られた微生物株の適正な保存、データベース化、 生物多様性保全、環境教育、エコツーリズムなど自 提供体整を整備することで、国際標準の微生物資源 然環境保全に関する課題別研修が 26 件実施され、 センターの構築を目標とします。 180 名の研修員が参加しました。2010 年度は地元 の住民を巻き込んだ持続的地域開発「自然・文化資 REDD-plus への取り組み 源の持続可能な利用(エコツーリズム)」、森林保全 近 年 の 国 際 社 会 に お ける REDD-plus(P.12 などの事業を地域住民参加型で実施するために必 BOX.6 参照)への期待の高まりへ対応するため、衛 要な普及指導方法を習得する 「地域住民の参加によ 星画像を利用したリモートセンシング技術を活用し る多様な森林保全」、マングローブ及び沿岸生態系 た森林モニタリング能力の向上にも取り組んでいま の保全・再生・管理に関する知識と技術を習得する す。例えば「衛星情報を活用した森林資源管理支援 「マングローブ生態系の持続可能な管理と保全」な ど22 件を実施中です。 プロジェクト (インドネシア、2008-2011)」では宇 宙航空研究開発機構(JAXA)の地球観測衛星「だい (2)有償資金協力(円借款) ち (ALOS)」の情報を活用した森林資源管理による、 精度の高い森林資源情報に基づいた持続可能な森 一定以上の所得水準を達成している開発途上国 林経営の推進を支援しています。 「アマゾンの森林に を対象に、長期返済・低金利という緩やかな条件で、 お ける炭 素 動 態 の 広 域 評 価( ブ ラジ ル、2010- 大規模インフラなどの開発資金の貸し付けを行いま 2014)」では森林インベントリーシステムやリモート す。1990 ∼ 2006 年度の生態系保全・植林への センシング技術等を活用した、アマゾンの森林にお 支援実績は、インドで 164.631 百万円(17 件)、中 ける炭素動態の定量的な評価技術の開発に取り組 国 で 105,535 百 万 円(13 件 )、 インドネ シ アで んでいます。 210,422 百万円(6 件) となります。具体的には、 「トリ プ ラ 州 森 林 環 境 改 善・ 貧 困 削 減 事 業( インド、 ボランティア派遣 2007-2014)」では荒廃した森林の回復、生物多様 JICA のボランティア事業は 1965 年に開始され、 性の保全、地域住民の生計向上などの活動を組み これまで 83 カ国において33,000 名を超えるボラン 合わせて、相乗効果をもたらすよう事業を実施してい ティア (青年海外協力隊、シニア海外ボランティア、日 ます。 「シッキム州生物多様性保全・森林管理事業(イ 系ボランティア)が開発途上国において活動を行って ンド、2010-2020、P.22 参照)」では、東ヒマラヤ きました。2000-2009 年の間の生物多様性保全に 地域に位置するシッキム州の豊かな生物多様性を 20 2 章 JICAの取り組みと協力事例 保全するため、生態系調査、保護区管理強化、森林 管理、エコツーリズム促進、生計改善活動等を総合 的に実施します。 (3)無償資金協力 返済義務を課さずに開発資金を供与するもので す。研究所、道路などの基礎インフラの整備や機材な どの調達にあてられます。 また、無償資金協力と技術 協力を組み合わせて、包括的な取り組みを実施して います。 ラオスでの森林セクター協力、パラオでのサ ンゴ礁研究センター建設とモニタリング能力向上技 術支援、インドネシアでの生物資源センター建設と センター運営の技術支援、ミャンマーでのシードバ ンク保存センター建設と技術支援(詳細はP.24)、な どを実施しています。 BOX.8 シナジー効果 技術協力と資金協力 (無償資金協力・有償資金協力)を有機的に組み合わせることで、より開発効果を高 め、 更に広い範囲で協力効果を発揮しています。 【事例】 無償資金協力 技術協力 ラオスでの森林セクター協力(ラオス) 国民の大多数が自給的農業を営んでいるラオスでは、人口増加による過度の森林資源への依存や不法 伐採などにより森林減少と劣化が続き、その対策が急務とされています。 ラオス政府は森林セクターの改 善による貧困削減を目指す国家戦略を策定すると共に、気候変動対策としての REDD-plus に向けた準 備を行っています。 この取組みを包括的に支援する ため、政策レベルの技術協力として 「森林戦略実施 促進プロジェクト」 (2005-2010) を実施し、村落 レベルの技術協力 「森林減少抑制のための参加型 土地・森林管理プロジェクト」を行い、ラオスの森 林管理の促進を図っています。 また、REDD-plus の 活動を推進するためには森林資源を把握し、森林保 全を推進するための施設や機材の整備、人材育成 が不可欠となります。この支援を無償資金協力「森 林資源情報センター整備計画」 (2010-2012)を 通して行っています。 21 JICA 【事例】 無償資金協力 技術協力 サンゴ礁保全・海洋保護区管理支援 (パラオ) パラオは、サンゴ礁等を利用した観光開発を経済的発展の主軸として位置づ けています。 そのためサンゴ礁の生態系保全は、パラオの重要な課題です。 その支 援として、 日本は無償資金協力により、 「パラオ国際サンゴ礁センター」 (PICRC) を 建設しました (2001年開館) 。 また、JICA は 「PICRC 強化プロジェクト」 (2002 ∼ 2006) と、 「サンゴ礁モニタリング能力向上支援プロジェクト」 (2009 ∼ 2012) 2つの技術協力により、PICRC の研究と教育機能の強化を実施しています。 有償資金協力 技術協力 シッキム州生物多様性・森林管理事業支援(インド) 【2010 年 3 月∼ 2020 年 3 月】 シッキム州はヒマヤラ山脈の麓に位置しネパールとブータンに挟まれた小さな州ですが、希少種や固 有種の多い生物多様性が豊かな地域です。一方で、近年シッキム州を訪れる観光客が急増していること や、貧困層は依然として自然環境に依存して生活していることなどから、自然環境への負の影響が顕在化 してきています。 このため、生態系保全のための基礎データ整備、保護区管理能力の強化といった生物多 様性保全の取組みや、地域特有の自然と文化を活かしたエコツ―リズムの促進、森林管理活動の実施、 地域住民の生計改善活動などを実施するこ とによって、この地域における自然環境と 調和のとれた持続可能な社会経済の発展 を、有償資金協力と専門家派遣による技術 協力によって支援しています。 無償資金協力 技術協力 科学技術協力 (SATREPS) 生物多様性保全支援 (インドネシア) インドネシアの生物多様性は世界第 2 位の規模ですが、自然破壊によってその損失が危惧されていま す。チビノンにあるインドネシア科学院生物学研究センター(RCB ‐ LIPI)は、インドネシアの生物多様 性保全のために、 動物標本、 植物標本、 植物園や微生物標本の収集・保存を継続して促進することを目的 としています。 日本政府は、RCB-LIPI に対してこれまでに無償資金協力や技術協力を実施していますが、 その成果もありRCB-LIPI の動物標本館と植物標本館は、国の中核機関として認知され、国際的にも評価 されています。 微生物標本の収集・保存についても、RCB-LIPI が統合的に管理する体制を整えるために、JICA は独 立行政法人科学技術振興機構 (JST) と連携して科学技術協力「生命科学研究及びバイオテクノロジー促 進のための国際標準の微生物資源センターの構築プロジェクト」 (2011 ∼ 2016)を実施予定です。 本プ ロジェクトでは、インドネシアの微生物資源の保全・利用を推進す るため、RCB-LIPI における新規微生物の探索と生態学的研究を 推進すると同時に、微生物の収集・分離・保存・提供等に関し、 技術及びマネジメントの両面で国際標準に沿って組織運営の強化 を図ります。 日本の研究者と共同研究で実施され、両国に有益な生 物資源研究体制の確立が期待されています。 また ABS(遺伝資源 へのアクセスと利益配分) にも配慮して実施する予定です。 22 2 章 JICAの取り組みと協力事例 2.2 協力事例 技術協力 ベレテ・ゲラ参加型森林管理計画Ⅰ、 (エチオピア) Ⅱ 【2003年10月∼ 2012年3月:フェーズⅠ 2003年10月∼ 2006年9月、 フェーズⅡ 2006年10月∼ 2012年3月】 エチオピアでは過度の森林伐採や人口増加などに起因した森林の減少・劣化が進んでおり、自然資源 に依存した生活を送る住民の生活基盤が脅かされています。同国南西部に位置するベレテ・ゲラ森林優 先地域には貴重な森林生態系が残されており、本プロジェクトでは地域住民と共に森林保全と住民の生 計向上に取り組んでいます。第 1 フェーズではオロミア州ベレテ・ ゲラ内 2 郡内において、地域住民と行政との協働による参加型 森林管理システムが確立されました。 第 2 フェーズでは、ベレテ・ ゲラ森林優先地域全域に対象地を広げ、森林管理組合の設立や 森林管理計画の作成及び実施に取り組んでいます。本プロジェク トの支援により、同地域の森林に自生するコーヒーが、環境 NGO であるレインフォーレストアライアンスの認証を取得したことで、 コーヒーの高価格での販売が可能となり、地域住民の生計向上 と森林保全に役立っています。 技術協力 シレ川中流域における村落振興・森林復旧プロジェクト (マラウイ) 【2007 年 11月∼ 2012 年 11月】 シレ川中流域の森林資源は、同地域に隣接する商業都市の人口増加等に伴う過度の薪採取や農地開 拓等により急激に減少し、自然資源に依存した生活を送 る地域住民の貧困を悪化させています。 また、森林の消失 により土壌浸食が加速し、 流出した土砂がシレ川に流れ込 むことで、ダム湖に大量の土砂が堆積し、ダムの発電能力 の低下を招いています。 これらの問題に対処するため、地 域住民を対象に、植林や土壌侵食対策のための技術を普 及させることを目的とした研修を各地で実施し、住民の生 計向上と土壌保全・森林復旧の両立を目指した支援を行 っています。 技術協力 ユカタン半島湿地保全プロジェクト (メキシコ) 【2003 年 2 月∼ 2010 年 2 月】 ユカタン半島沿岸の多くはフラミンゴなど鳥類の繁殖 地となっており、その独特な沿岸湿地生態系は世界的に自 然環境保全上重要なサイトとして知られています。 しかし、 道路建設やゴミの投棄によって、沿岸を覆うマングローブ が大量に枯死する事態が発生しました。そこで、住民との 協働による生態系の回修復と適切な管理を目的とし、環 境保全にかかる人材育成や保護管理体制の強化技術支援 を行い、約 200 ヘクタールのマングローブの再生に取り 組んでいます。 23 JICA 技術協力 ボルネオ生物多様性・生態系保全プログラムⅠ、 (マレーシア) Ⅱ 【2002年2月∼ 2012年 9月:フェーズⅠ 2002年2月∼ 2007 年1月、 フェーズⅡ 2007 年10月∼ 2012年 9月】 ボルネオ島は、アジアゾウなどが生息する低地熱帯や汽水域のマングローブ林を擁し、多様な生態系 と生物相がみられます。 しかし、同島では伐採やプランテーション開発により熱帯林が急速に減少し、近 年、これに伴う絶滅危惧種の増加が懸念されています。 このため、JICA は同島マレーシア・サバ州にお いて技術協力を実施し、第 1 フェーズでは、主に熱帯林やマ ングローブ林からなる陸域生態系を中心に、研究・教育、公 園管理、野生生物生息域管理、環境教育の支援を行いまし た。第 2 フェーズでは、第 1 フェーズで培われた現場活動の成 果を基盤に、サバ州生物多様性センターの機能強化を通じ、 サバ州全体の生物多様性保全行政の体制 (保全ガバナンス) 強化に取り組んでいます。 尚、2008 年にはプロジェクトサイ トの一部がラムサール条約登録湿地に指定されました。 技術協力 野生生物と人間の共生を通じた熱帯林の生物多様性保全プロジェクト (ガボン) 【2009 年 9 月∼ 2014 年 9 月】 アフリカ中央部に位置するコンゴ盆地は、世界第 2 位の熱帯林を有する生物多様性に富んだ地域です が、現状のままであると 2040 年までに熱帯林の 70%が失われると警告されています。 中でもガボン 共和国は高い森林率と豊かな生物多様性を有し、 多くの固有種が生息しています。これまでの京都大 学とガボン熱帯生態研究所によるゴリラの生息地 として有名なムカバラ国立公園における霊長類を 中心とした研究成果を踏まえ、更に科学的知見を深 めると共に、住民によって生態系が守られることを 目指し、科学的知識に基づいた地域エコツーリズム の導入が進められています。 技術協力 無償資金協力 シードバンク計画 (ミャンマー) 【1997 年 12 月∼ 2002 年 5 月】 ミャンマーには貴重な植物遺伝資源が多く存在しています。 しかし、近年、高収量品種の育成や普及が 進んだ結果、伝統的な在来種の栽培が大幅に減少 し、貴重な遺伝資源の損失が懸念されています。 こ のような状況の受け、イネを中心に遺伝資源の収 集・特性評価・保存などを行い、 育種事業などの有 効活用を目指す 「シードバンク計画」に、無償資金 協力と技術協力による支援を行いました。その結 果、500 点を超えるイネ種子が保存されるなどの 成果を上げました。 24 2 章 JICAの取り組みと協力事例 技術協力 ラクロ川及びコモロ川流域住民主導型流域管理計画調査 (東ティモール) 【2005 年 11月∼ 2010 年 3 月】 東ティモールでは 1972 年から 1999 年の間に違法伐採、薪の採取や家畜の過放牧で既存森林の約 四分の一を失いました。首都ディリや国内有数の都 市マナツトに近いラクロ川及びコモロ川の両流域 では、水源地である森林の損失・劣化により河川へ 土壌が流出し、農業用水や生活用水に悪影響を及 ぼしています。そこで、流域の持つ総合的な機能を 維持し改善することを目的として、現地の伝統的な 村落規則を活かして森林を保全し、住民の生活を向 上させるための計画を提案しました。 技術協力 国立公園・自然保護区の管理能力向上プロジェクト (サモア) 【2007 年 3 月∼ 2010 年 9 月】 サモアは南太平洋の島国で、 そこにしか生息しない固有の植物や生物が多数存在しています。 しかし、 商業 伐採や農地拡大などによって、森林は減少・劣化が 進行してきました。 政府は残された貴重な自然の保 護に取り組んでおり、JICA ではサモア国環境省によ る国立公園の管理能力の向上を支援するプロジェク トを実施しました。 対象となる国立公園において、 生態 調査や近隣村落の社会経済性調査を実施するととも に、 その結果を管理計画に反映し、 適切な管理への指 針とした他、トレイルやビジターセンターなどの小規 模インフラの設置や管理、近隣村落の人々の理解や 管理への参加を促す活動を行ないました。 青年海外協力隊 環境教育(ケニア、 ワイルドライフ・クラブス・オブ・ケニア) 【1993 年∼現在も隊員派遣中】 サバンナ、森、海など多様な自然に恵まれたケニアで環境教育活動を展開する NGO、ワイルドライフ・ クラブス・オブ・ケニアでは、15 年以上にわたって青年海外協力隊 (環境教育)によるボランティア活 動が続けられてきました。 現地スタッフと共に、座学になりがちな現地の環境教育の授業に、自然を身体 で体感してもらうネイチャー ゲームを新たに取り入れ、エッ セーコンテストを開催したりす るなど、ケニアの未来を担う子 ども達の自然保護に対する理 解を深めるための草の根での 活動は今も続けられています。 25 JICA 略語集 ■ ABS ■ ODA Access and Benefit Sharing Official Development Assistance 遺伝資源へのアクセスと利益配分 政府開発援助 ■ ALOS ■ PES Advanced Land Observing Satellite Payment for Ecosystem / Environmental Services だいち (陸域観測技術衛星) 生態系/環境サービスに対する支払い ■ CBD ■ PICRC Convention on Biological Diversity Palau International Coral Reef Center 生物多様性条約 パラオ国際サンゴ礁センター ■ COMIFAC ■ RCB-LIPI Central African Forests Commission Research Center of Biology-Indonesian Institute of Sciences 中央アフリカ森林審議会 インドネシア科学院生物学研究センター ■ COP ■ REDD-pluss Conference of the Parties 締約国会議 R e d u c i n g E m i s s i o n s f r o m D e f o r e s t a t i o n a n d Fo r e s t Degradation森林減少・劣化の抑制等による温室効果ガス排出量の削減 ■ CSR Corporate Social Responsibility 企業の社会的責任 ■ FAO Food and Agriculture Organization of the United Nations 国際連合食糧農業機関 ■ GBO3 Global Biodiversity Outlook 3 地球規模生物多様性概況第 3 版 ■ IPCC Intergovernmental Panel on Climate Change 気候変動に関する政府間パネル ■ IUCN International Union for Conservation of Nature 国際自然保護連合 ■ JAXA Japan Aerospace Exploration Agency (独) 宇宙航空研究開発機構 ■ JICA Japan International Cooperation Agency (独) 国際協力機構 ■ JST Japan Science and Technology Agency (独) 科学技術振興機構 ■ MDGs Millennium Development Goals ミレニアム開発目標 ■ NGO Nongovernment Organization 非政府組織 ■ SBSTTA Subsidiary Bodies for Scientific,Technical and Technological Advice 生物多様性条約の科学技術助言補助機関 ■ SCBD Secretariat of the Convention on Biological Diversity 生物多様性条約事務局 ■ SATREPS Science and Technology Research Partnership for Sustainable development 地球規模課題対応国際科学技術協力事業 ■ SPC Secretariat of the Pacific Community 太平洋共同体 ■ SPREP Secretariat of Pacific Regional Environment Programme 太平洋地域環境プログラム ■ TEEB The Economics of Ecosystems and Biodiversity 生態系と生物多様性の経済学 ■ UNCED United Nations Conference on Environment and Development 環境と開発のための国連会議 (リオ・サミット 国連環境開発会議 地球サ ミット) ■ WGRI Working Group on Review of Implementation of the Convention 条約実施レビューに関する作業部会 ■ WWF World Wide Fund for Nature 世界自然保護基金 ■ MRV Monitoring, reporting and verification 測定・報告・検証 26 略語集/引用文献/謝辞 【参考文献】 FAO(2010), Global Forest Resources Assessment 2010. IPCC(2007), IPCC Fourth Assessment Report: Climate Change 2007. Synthesis Report, Summary for Policymakers. IUCN(2009), IUCN Red List of Threatened Species 2009. JICA-ITTO(2010), REDD-plus(森林減少・劣化の抑制等による温室効果ガス排出量の削減−開発途上国における森林保全-) . Mittermeier, R.A., Robles-Gil, P., Hoffmann, M., Pilgrim, J.D., Brooks, T., Mittermeiere, C.G., Lamoreux., J., De Fonseca, G.A.B.(Eds) (2004)Hotspots Revisited: Earth’ s Biologically Richest and Most Endangered Terrestrial Ecoregions. Mittermeier, R.A., Robles-Gil, P., Mittermeiere, C.G.(Eds) (1997) , Megadiversity. Earth's Wealthiest Nations. 環境省(2010), 生物多様性国家戦略2010. Myers N.(1979), The Sinking Ark: A New Look at the Problem of Disappearing Species. SCBD(1992), Convention on Biological Diversity. SCBD(2009), Biodiversity Development and Poverty Alleviation. SCBD(2010), Global Biodiversity Outlook 3. TEEB(2009), TEEB ‒ The Economics of Ecosystems and Biodiversity for National and International Policy Makers. UNEP-WCMC(2008), Carbon and biodiversity: a demonstration atlas. 27
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